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c0077412_13411957.jpg『私の文化遺産踏査記9---ソウル編1』(兪弘濬、創作と批評社)

1993年に「南道踏査一番地」から始まった兪弘濬の文化遺産踏査記は、済州島、北韓、日本を経てついに大韓民国の首都ソウルに突入。本書は日本編4編をのぞくと第9巻目、日本編を入れると第13巻目となる。ソウル編その1である本書において著者は、寺刹の都市・京都、庭園の都市・蘇州に対する宮闕の都市・ソウルの魅力を語り、朝鮮建築の美と朝鮮王朝の王族たちの暮らしと哀歓を、誇りと情愛を籠めて綴っている。なお、本書のサブタイトルとなっている「萬川明月主人翁」は昌徳宮の尊徳亭に掲げられている正祖の文からとられたものだ。

本書は4部構成で、各部のタイトルと内容は次のようになっている。

*1部「宗廟」――宗廟(宗廟礼讃、宗廟建築の美と宗廟の意義)/宗廟祭礼(宗廟祭礼の楽「保太平」と「定大業」、世宗大王の絶対音感など)

*2部「昌徳宮」――敦化門から仁政殿まで(ソウルの五大宮闕紹介、「東闕図」、禁川橋、仁政殿、「倹而不陋 華而不侈」など)/宣政殿と煕政堂(昌徳宮の構造、賓廳と御車庫、儒教イデオロギーと経筵など)/大造殿と誠正閣(大造殿の花階、喜雨楼など)/楽善齋(楽善齋の扁額、李王家の女人たち、李玖とジュリアなど)

*3部「昌徳宮後苑」――芙蓉亭(芙蓉池、四井記碑閣、暎花堂、茶山・丁若鏞)/奎章閣 宙合楼(魚水門、正祖と奎章閣、『奎章總目』、檀園・金弘道など)/愛蓮亭と演慶堂(不老門、倚斗閤の寄傲軒、孝明世子の「倚斗閤上棟文」、魚水堂、演慶堂、春鶯囀」)/尊徳亭と玉流川(後苑の亭子、萬川主人翁、流觴曲水、朝鮮最後の梓宮、樹齢700年のイブキなど)

*4部「昌慶宮」――外朝と治朝(明政殿、弘化門と英祖の均役法、鋳字所、思悼世子と正祖など)/内殿(涵仁亭、歓慶殿、景春殿と正祖・純祖の記文、仁顕王后と張禧嬪、内命婦の女人たち、集福軒など)/昌徳宮から昌慶苑へ(慈悲慶殿、惠慶宮と『閑中録』、風旗台、仰釜日晷、春塘台の観徳亭など)

なお、『文化遺産踏査記』シリーズは累積販売部数が380万に達し、韓国人文書籍では初めてのミリオンセラーになっているという。2018.5.12読了)


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by nishinayuu | 2018-07-25 13:41 | 読書ノート | Trackback | Comments(2)


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『おばあちゃんは死なない』(孔枝泳、2017

著者は『私たちの幸せな時間』などで知られる現代韓国の代表的作家の一人。

本書は2001年から2010年にかけて発表された作品を収録した作品集で、以下の5作品が収録されている。

월춘 장구(越春装具)」(「作家世界」2006年夏号)

할머니는 죽지 않는다(おばあちゃんは死なない)」(「文学思想」20018月号)

우리는 누구이며 어디서 와서 어디로가는가(我々何者どこからてどこにくのか)」

(「今年の問題小説 2000年」、200121世紀文学賞受賞)

부활 무렵(復活祭頃)」(「創作批評」2001年夏号、2002年韓国小説文学賞受賞)

맨발로 글목을 돌다(裸足文章路地)」

(「文学思想」201012月号、2011年李相文学賞受賞)

作中には作者がたびたび実名で登場する。作者の自分への評価は辛辣であるとともに実に正直で、あるときは堂々としているように見え、あるときはひどく弱々しく見える。また、実名で登場していない作品にも作者の実生活や体験が反映していると思われ、全体的に自伝か私小説のようにも読める。

一方、キリスト教徒である作者は、しきりに聖書の句節(ヨブ記、詩編など)を引用するが、オスカー・ワイルド(Oscar Wilde)、プリーモ・レーヴィ(Primo Levi)、ヴィクトール・フランクル(Viktor Frankl)への言及も際立つ。彼らはある日とつぜん理不尽に身柄を拘束された人たちであり、その理不尽さを運命として引き受けることによって苦痛に耐えて生き延び、解放されたあとで記録を残した人たちである。「裸足で文章の路地を廻る」に登場する蓮池氏(作中ではH氏となっている)も同じである。作者が蓮池氏と初めてであったときに長年の知己のように感じたのも、作者自身も同様の体験を持ち、それを記録してきた人だからだ。すなわち本書は、苦痛と運命について探索した作品集であり、苦痛の中にいる人々への哀れみと共感に満ちた作品集なのである。作者の自伝や私小説風に見えて、実は苦しみを知るあらゆる人々を主人公とする作品集なのだ。

どの作品も興味深い内容と巧みな語り口で読ませる。「裸足で文章の路地を廻る」は再読だが、今回もまた感慨深く読んだ。ただ一つ残念なのは、욕심쟁이 거인わがままな大男)とすべきところが키다리 아저씨あしながおじさん)となっている点。前者はオスカー・ワイルドのThe Selfish Giantであり、後者はジーン・ウェブスターのDaddy-Long-Legsなので、作者のうっかりミスだろう。それにしてもこんなミスを見逃すとは、校正・校閲がお粗末すぎるのでは?(2018.4.4読了)


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by nishinayuu | 2018-05-26 10:30 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)


c0077412_11053132.jpg『写真館の二階』(申庚林、創批、2014

著者のシンギョンニムは現代韓国を代表する詩人の一人。1936年、忠清北道忠州出身で、民衆の暮らしを見つめた作品で知られる。代表的な作品に『農舞』(1977)、『南漢江』(1987)などがあり、『酔うために飲むのではないからマッコリはゆっくり味わう』という谷川俊太郎との対詩集も出ている。

『私の文化遺産踏査記』の『南漢江編』にも引用されている「再び欅が」という詩を原文で紹介しておく。詩人には生家にある欅を詠んだ「遅い欅」という作品があるが、「再び欅が」は80歳のときにこの欅を見て新しい感懐を抱いて「再び」詠んだのだという。

다시 느티나무가

고향집 느티나무가/터무니없이 작아 보이기 시작한 때가 있다./ 때까지는 보이거나 들리던 것들이/문득 보이지도 들리지도 않는다는 것을 알면서/나는 잠시 의아해하기는 했으나/내가 커서거니 여기면서,/이게 세상 사는 이치라고 생각했다.

오랜 세월이 지나 고향엘 갔더니,/고향집 느티나무가 옛날처럼 커져 있다./내가 늙고 병들었구나 이내 깨달았지만,/내눈이 이미 어두워지고 귀가 멀어진 것을,/나는 서러워하지 않았다.

다시 느티나무가 커진 눈에/세상이 너무 아름다웠다./눈이 어두워지고 귀가 멀어져/오히려 세상의 모든 것이 아름다웠다.

2017.10.1読了)


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by nishinayuu | 2017-12-02 11:08 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)


c0077412_09390572.jpg『私の文化遺産踏査記 8』(兪弘濬)


本書はシリーズの12巻目で、日本編4巻を別にして韓半島に限定すれば8巻目の踏査記となる。全体は3部構成になっており、次の各地の踏査記録が綴られている。


第1部 寧越酒泉江と淸泠浦

酒泉江の邀僊亭、法興寺から金サッカの墓まで、淸泠浦と端宗の荘陵


2部 忠州湖畔:堤川・丹陽・忠州

淸風 寒碧楼、丹陽8景、旧丹陽から新丹陽へ、永春温達山城と竹嶺古道、堤川義林池 から忠州牧渓渡しまで、中原高句麗碑から弾琴臺へ


3部 南漢江の川辺の廃寺址

原州居頓寺址・法泉寺址と忠州青龍寺址、原州興法寺址と驪州高達寺址、驪州神勒寺


巻頭言「南漢江に沿って臥遊するために」によると、今回の踏査コースは45日あれば充分に巡ることができるが、23日を1回と日帰り1回に分けて行くのがお勧めだとか。本巻には申庚林や鄭浩承など南漢江に縁の深い詩人の作品もたくさん紹介されているが、それらは著者が意識して選んだというよりは詩自体が踏査記に入れるよう働きかけてきたものだという。そして巻頭言の最後は次のように結ばれている。


何はともあれまた1巻の踏査記を著してみると、大きな宿題をやりおおせた晴れ晴れした気持ちと共に、次の踏査記への重圧が始まる。この踏査記シリーズがいったい何巻になり、どこまで行くのかは私も考えないことにした。ただ、次の踏査記は「ソウル編」であると伝えておいて、すでにもう踏査場所を一つずつ巡っている。次回また会うことをお約束し、どうぞこの本と共に幸せな旅となりますようにと願っている。

東洋画において山水画は、5世紀の南北朝時代の画家・宗炳が歳をとってもはや山に登るのが辛くなるや、山水画を描いておいて寝ながら見て楽しんだところから生まれたという。これを寝て楽しむということから臥遊という。私の踏査記が必ずしも現場に行ってみなくてもソファにゆったりもたれて読書するもう一つの臥遊となることを願っている。


2017.9.30読了)



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by nishinayuu | 2017-11-24 09:50 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

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『保健教師アン・ウニョン、チョン・セラン2015

本書は「現代の若い作家09」シリーズの一つで、10の章からなる長編小説である。舞台は私立のM高校。各章の主要登場人物と「事件」は以下の通り。とにかく変な事件が起こる学校なのである。


①「愛してるよ、ジェリー・フィッシュ」――男子学生チョ・スンゴンの女子学生ジェリー・フィッシュ(クラゲちゃん)への切ない恋。

②土曜日のデイトメート――物語の主人公二人(アン・ウニョンとホン・インピョ)が登場。保健教師アン・ウニョンは数年前に滑り台から落ちて死んだジョンヒョンと今も交流している。ホン・インピョは漢文教師でM高創設者の孫。

③ロッキーと混乱――パク・ミヌ(混乱)とク・ジヒョン(ロッキー)の二人組が引き起こす騒動。

④ネイティヴ教師のマッケンジー――カリフォルニア育ちの韓国人マッケンジーはウニョンにはどこか気に触る人物だったが、実は悪質な特殊能力者だった。彼に片思いをしたユジョンの運命やいかに。

⑤アヒル先生――ある日学校の池に家鴨の子が現れて、生物教師ハン・アルムの奮戦の日々が始まる。

⑥レイディバグ・レイディ――タレント活動をしている生徒レディ(レイディではない)の家に鬼神が出るというので、ウニョンが23日の出張調査に出かける。因みにレイディバグ(テントウムシ)・レイディはビジュアルパンクバンド第1世代の父親が出したアルバムのタイトル。

⑦街灯の下のキム・ガンソン――ウニョンの前に現れた中学時代の同級生ガンソンには影がなかった。死後1週間だった。しばらくウニョンと過ごしたあと、やっと消えることができそうだ、と言ってガンソンが消えたとき、ウニョンは久しぶりに泣いた。(この章がいちばん気に入りました。)

⑧転校生オム――ペク・ヘミンは古典的な丸顔美人。実は河北慰禮城(5世紀)時代の生まれで、これまで50回近く生まれ変わっている。世のため人のためにオム(疥癬ダニ)を食べ続け、寿命はいつも20年ほど。もっと生きたいというヘミンにウニョンとインピョが手をさしのべる。

⑨穏健な教師パク・デフン――歴史教科書の選択で校長と対立し、教室に生徒ではなく死人たちが坐っているという悪夢を見るようになった。ウニョンとインピョのアドヴァイスによって悪夢からもそりの合わない校長からも解放されたデフンは、「穏健な教師」を脱していく。

⑩突風の中で二人は抱き合っていたよね――母親にせっつかれてお見合いしたインピョは相手のシン・ジヨンが気に入ってしまう。花模様が大好きなウニョンとは全く違うタイプの女性だった。それから昇龍現象などのアニメ風な展開を経て、結局インピョはある日、花模様のカーテンが揺れる部屋で花模様の布団にくるまっている自分を見いだすことになるのだった。

韓国語に関するメモ――「時間をつぶす」に当たる表現

*3학년 무리가 우유갑을 차며 시간을 죽이고 있었다.

*유령이 시간을 보내기에 보건실 만큼 좋은 데도 없어서……

2017.9.11読了)


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by nishinayuu | 2017-11-12 09:06 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)


『見知らぬ女たち』(申京淑)

c0077412_09133312.jpg本書は2003年から2009年にかけて発表された七つの作品が収められた短編集。2015年の盗作疑惑以来、ちょっと読む気の失せていたこの作家の作品を久しぶりに読んでみた。申京淑は『浮石寺』で惚れ込んで以来、いろいろ読んできた作家である。物語の流れが自然で、文章は簡潔、使われる言葉の一つ一つが的確で共感できる――そんな特徴はこの作品集でも健在で、読み終わった今の感想は「やっぱり猫が好き」じゃあなくて「やっぱり申京淑が好き」ということになりました。ただし、六作目の猫が登場する作品は、登場人物に共感できないし、なんとなく気持ちのよくない内容で、「やっぱり猫は好きじゃない」と思ったのでした。収録作品は以下の通り。

세상 끝의 신발――朝鮮戦争時の少年兵ふたり。逃げるときに15歳の少年は傷みの少ない自分の靴を16歳の少年に譲って先に逃がした。16歳は終生15歳を支えた。16歳だった男の娘は記者になり、15歳だった男の娘は結婚、出産のあと離婚し、精神を病んでコドモに返った。記者の娘が語るふたりの父とふたりの娘の物語。

화분이 있는 마당――語り手はインタビュアー。幼い頃からの長いつきあいの恋人から突然別れを告げられ、ことばは出なくなり、食べ物も喉を通らなくなる。近所の空き家を手に入れた後輩の女性が、荒れ果てていた庭に花を作り始める。語り手が、しばらく留守にすることになった後輩のために水やりに通っていると、その家の一郭にもう一人、女性が住んでいることがわかり……。

그가 지금 풀숲에서――運転中に他の車にぶつかられた男。気がついたら草むらに放り出されていて、身体がまったく動かない。助けを呼ぼうと声を張り上げるが、そのうち声も出なくなる。道路を通り過ぎる車の音は聞こえるが、人の気配はないまま、また夜を迎えようとしている。妻の左手が勝手に動いて男の顔を殴ったり、ものを壊したりするようになったのは、仕事にかまけていて妻の気持ちを考えもしなかった自分のせいかもしれない。死の予感にさいなまれながら、男の意識はあちこち彷徨う。

男の目に映るもの、意識に上るものだけから成り立っていて、ロブ・グリエの『迷路の中で』を彷彿とさせる極めて印象的な作品である。

어두워진 후에――母と兄と祖母の無残な死体を発見した男。あろうことか殺人の嫌疑を掛けられ、理不尽な取り調べを受けるはめに。連続殺人犯が捕まって男の嫌疑は晴れたが、家族が惨殺された家にはいたたまれず、あちこちさまよい歩く。やがて、ふと出会った女のさりげない心遣いに、男はようやく、家に帰ろう、と思い立つ。

성문 보리수――それぞれの道を歩んだ女たちの物語。語り手は韓国をあとにして久しい友人を訪ねてドイツへ。その友人とフランクフルトの町を歩きながら、友人が異国で暮らすようになった事情を知っていく。そして連絡のとれなくなっていたもう一人の自死についても。

この作品は「フランクフルト観光旅行記」の感があり、2015年に訪れたこの街を思いながら懐かしく読んだが、観光案内的な部分が少し多すぎて主題が散漫になったような気がしないでもない。歌曲・菩提樹の歌詞は「泉に沿いて茂る菩提樹」なのになぜ「城門前の菩提樹」なのかと思って調べてみたら、原詩は「城門前の泉の菩提樹」だった。

숨어 있는 눈――(内容省略)

『모르는 여인들――(内容省略)

2017.8.9読了)


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by nishinayuu | 2017-10-15 09:17 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)


c0077412_09354818.jpg『灰色文献』(カン・ヨンスク、文学と知性社、2016

「灰色文献」とは、書物が完成したあとには破棄されることになる資料類のこと。著者は1967年生まれ。1998年に『八月の食事』で文壇デビューしたあと、短編、長編を次々に発表し、各種の文学賞を受賞している中堅作家である。

短編小説集である本書には8つの作品が収録されている。各作品のタイトルと概要は以下の通り。

*帰郷(2013)――寛げる相手だった男が急に姿を消す。男の行方を探しあぐねた主人公は、やがて探すのをやめて自分の生まれ故郷を目指す。

*ポロック(2013)――語り手のJがインタビュー記事を書くために環境運動家のK理事の許を訪れる。老いのために絶え間なく睡魔に襲われるK理事を相手にJは、ともかく「灰色文献」を作成することにする。ポロックはアメリカのアクション・ペインターJackson Pollock

*不治(2014)――銀行員のジヌク。ある日銀行に現れた女スヨンに目を引かれて銀行を辞めてしまう。買い物依存症のスヨンとジヌクの破滅的生活。手相見の女はスヨンの手相を見て「悪くはない。何も無い手相を見たこともある」という。何も無い手相の持ち主はジヌクだった。

*盲地(2015)――語り手は会社員。会社の部品倉庫がある工業団地にバスで出向くが、つきまとってくる老女や老人の世話をするはめになる。とうとううんざりした彼は……。

*海鳴(2011)――大地震のあと不眠症に陥っていた日本人のリリ。「眠りに来た」韓国で、大女のユジンや人形劇団の人たちと出会って不眠症から解放される。

*黒い水たまり(2015)――25年勤めた会社を辞めたジョンヨン。たまたまやって来た家事代行会社のウルサン・おばさん、モルモン教の宣教師、運転代行をしているおじいさんといっしょに飲む。正体なく酔ったおばさんを家に送って行ったのが間違いで、気がついたら地下鉄の車両に閉じ込められていた。トイレを我慢しながら朝を迎え、その辺で用を足してから歩き始めたとたん、転んで田圃の泥水にうつぶせに倒れた。このままでは死ぬ、と思いながらもなぜか笑いがとまらないのだった。

*鋏と糊(2012)――「あらゆるおかしなことが同時に起こる」中で、重病の母親のめんどうをひとりで見ている語り手は、借金で身動きできない状態に陥っている。そこへ貸金業者から、いい方法がある、というおいしい誘いの電話がある。

*クフル(2013)――語り手は二人の子どもを持つ母親。恵まれた立場の人間「甲」だけがいいところを持っていき、「乙」である自分がないがしろにされている職場に対しても、子どもの担任教師に対しても、そもそもこの世の中を作った神に対しても怒りをぶつけずにはいられない。クフルはその怒りの合間に発する笑い声なのだ。しかし語り手は最後にふと気づく。壊れていくめちゃくちゃな世界を作ったのは自分なのだ、壊れているのは自分の内部なのだ、と。

知人・友人は離れていき、奇妙な人たちばかり近づいてきて、混沌とした状況がエスカレートしていく。それらの状況は悲惨というよりシュールであり、登場人物たちは、そんな状況に陥った自分を笑いながら、ひょいと立ち上がる。突き抜けた軽さと生命力を感じさせる短編集である。(2017.3.11読了)


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by nishinayuu | 2017-05-24 09:36 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『마상에서』(박완서)

『馬上にて』(朴婉緒)
韓国語講座テキスト。短編集『黄色い家』に収録されている作品。
韓国では旧暦で正月を祝う。正月休みを利用して故郷に帰省する人も多い。最近は海外に出かける人も増えたという話を他人事のように聞いていた著者だったが、ある年、旧暦の正月にネパール旅行をすることになった。旅行団は70代から10代までの老若男女によって構成されていたが、トレッキングのコースは20代の若者向けになっていて、日程表を見ただけでも相当きつい旅行になりそうだった。その旅行に著者は大学に入ったばかりの孫を連れて行くことにした。勉強さえできればいい、という感じで甘やかしてきた孫に、少しは肉体的にきついこともさせてみようと考えたのだった。
c0077412_1061852.jpgさて旅行先では、トレッキングで最初に音を上げたのは最年長者の著者だったが、年長者のために数頭の馬が用意されていたので、きつい上りにさしかかるたびに馬に乗せてもらった。著者は馬に乗るのが初めてなので怖くてたまらなかったのだが、孫が手綱を取ってくれたので、安心して乗っていられた。そしてその日が正月だったからか、ふと、祖父と過ごした正月のことが思い浮かんだのだった。
著者は祖父に特別にかわいがられて育ったが、教育熱心な母の計らいでソウルの学校に入れられたため、8歳で祖父の許を離れた。そんな孫娘のために、祖父は正月を新暦で祝うことにした。新暦の正月には学校が長い間休みになるからだ。時は日帝強占期。正月を新暦で祝うことが強制され、旧暦の正月の時は学校も役所も休みにはならなかった。けれども人々はこっそりと旧暦の正月を祝い、旧暦の正月を守ることをまるで独立運動のように感じていた。そんな中で村の精神的な支えでもある祖父が孫娘のために新暦の正月に、つまり「日本式に転向」してしまったのだ。正月は子どものための行事だという信念を持って祖父は、人々の陰口をものともせず、孫娘のために正月気分を盛り上げることに力を注いだ。こんな祖父のおかげで著者は、小学校時代の冬休みは半月の間ずっとゆったりとした豊かな祝祭の期間だった、と記憶することになる。
祖父にかわいがられ、大事にされた記憶がその後の人生でも自分を支えてくれた、と著者はしみじみ思う。そして今回のきつい旅は孫にどんな記憶として残るのだろうか、と想像してみる。かわいがられ、大事にされた記憶として残ることを祈りつつ。

大学受験生の事情、海外旅行事情、トレッキングと馬の関係、著者の祖父の人柄、日帝強占期のあれこれ、正月行事のあれこれなどなど、盛りだくさんな内容で読みでがありました。(2017.1.23読了)
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by nishinayuu | 2017-04-02 22:30 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

c0077412_9572755.jpg『私が見たいちばんすてきな結婚式』(朴婉緒)
韓国語講座テキスト。短編集『黄色い家』に収録されている作品で、女学校の同窓生の息子が挙げた結婚式の様子を描いたエッセイである。その結婚式は新郎自身が企画・演出したもので、著者をして「私が見たいちばんすてきな結婚式」と言わせている。

はじめに著者は、同窓生の間で「息子を上手に育てた」と評判になった人がいる、と話を始める。彼女には息子が二人いるのだが、二人とも中学から大学までとんとん拍子に「名門」に進学し、大学を出たあとは兵役も無事に務め、長男はアメリカへ、次男はヨーロッパへと留学した、という話が続き、著者はしきりにこの同窓生を羨ましがる。
そのあとの展開は――長男がまずドクターの学位を取り、アメリカの優秀な大学でポスドクをしていたが、韓国の優秀な大学に就職できることになって帰国した、という噂を聞く。それから1年もしないうちに結婚式の招待状が舞い込む。その前に結婚相手が名門のお嬢さんだという噂が入っていたので、結婚式もさぞ豪勢なところで挙げるのだろうと思っていたら、会場は郊外の個人住宅で、送迎バスを手配するのでそれでおいで下さい、ということだった。
そして結婚式の当日は――会場は新郎の親戚が所有する古家の広い庭で、特に豪華ということもなかったが、そこの景観が好きだという新郎の意を汲んで、新婦がそこを会場にすることを提案したという。近くに住むまたべつの親戚が「おいしいと評判の店」をやっていて、料理は任せろと言ってくれたという。そうしたみんなの目立たない心遣いのおかげで、結婚の宴は慎ましくも楽しいものとなった。
そしていよいよ宴の山場は――主禮(結婚式を司る人)は、地味な宴を少しは華やかにするために著名人に頼んであるだろうという予想に反して、長男の小学校時代の担任の先生だった。主禮の経験があまりなさそうなその先生は、通常の式次第は無視して、新郎の子ども時代の腕白ぶりを楽しそうに話して会場を沸かせた。もちろん新郎が正義感のある素晴らしい子どもだったことを示す逸話もあれこれ披露した。そのあと新郎が先生をおんぶして会場を一回りしたとき、この美しい結婚の宴は最高潮に達したのだった。

以上、内容を要約してみたが、これが「いちばんすてきな結婚式」だろうか。作為的で気恥ずかしくて、いたたまれない、と思ってしまうのは私だけだろうか。特に、みんなが自分に好印象を持つような話をしてくれることが確実な小学校時代の先生を主禮として招いた新郎を、著者は「思慮深い/物事を深く考えて行動する」と好意的に見ている点がひっかかる。先生を背負って会場を一巡りしたこととあわせて、この新郎は自分を売り込むことしか頭にない、慎み深さとは無縁のお調子者のように思えてしかたがない。(もしかしたら本日はちょっとひねくれた意地悪な気分になっているかも知れません。朴婉緒さん、ごめんなさい。)(2016.12.12読了)
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by nishinayuu | 2017-02-13 09:57 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)
c0077412_22312376.jpg韓国語講座のテキスト。短編集『黄色い家』収録作品のひとつ。
老境に至った著者が、自分が幸せに生きてこられたのはなぜかをしみじみと語る短編。幼いときに父を失ったが祖父母と母、叔父叔母に伯父まで加えた大家族の中で大事にされてわがままいっぱいに育った著者は、母親の教えのおかげで徐々にわがままも治まり、人を愛せば自分も愛されることを学んでいったという。
名前に関するエピソードが興味深い。著者の生まれた当時は日帝強占期で、学校では名前を漢字で書かなければならなかった。それで、決められた狭い四角の中に納めるのが難しい婉緒という名を恨めしく思ったが、誕生時に父が祖父と頭をつきあわせ、玉編(漢字の字引)を調べつけてくれた名前だ、と母から聞かされてそんなことはなくなった。むしろ、顔も覚えていない父、そして祖父の愛情を強く感じたという。周囲には「カンナンニ(難儀)」やら「ソプソビ(残念)」など、親がいいかげんにつけたに違いない酷い名前の子も多かったからだ。
後半は次第に説教くさくなり、イエスの言葉、金壽煥枢機卿の言葉で締めくくられる。

今後役立ちそうな表現を箇条書きにしておく。
이 맛에 살다 これが生きがいだ
늙은이 티를 내다 年寄り臭くなる
역성을 들다 贔屓にする、肩を持つ
귀가 따갑게 듣다 耳が痛いほど聞かされる
거들떠보지 않다 目もくれない
살맛나게 하다 生きがいを感じさせる
(2016.11.28読了)
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by nishinayuu | 2017-01-28 11:51 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

読書と韓国語学習の備忘録です。


by nishinayuu