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c0077412_09441000.jpgBookseller』(Mark Prayor, 2012

著者のデビュー作だという本書は、セーヌの河岸の露店で古書を売るブキニストの世界を舞台にしたサスペンス。主人公がセーヌ河を中心にパリのあちこちを歩き回るので、読んでいると一緒にパリを歩いているような気分になれる。ただしこの本を旅行案内書や参考書として使うのは止めたほうがいいかもしれない。というのも著者が前書きで次のように言っているからだ。

「私はパリをとても愛しているが、その歴史や地理にときおり勝手に大きな変更を加えることを余儀なくされた。私の身勝手な要求に合うように出来事を創作し、街を捏造した。あらゆる誤り、不当表示は、私のせい、私だけのせいである。」

主人公は元FBIのプロファイラーで現在はアメリカ大使館の外交保安部長であるヒューゴー・マーストン。別れた妻に未練があるヒューゴーは、妻へのプレゼントとして2冊の古書を馴染みのブキニスト、マックスから買う。その直後にヒューゴーは、マックスが屈強な男に拉致されて船で連れ去られるのを目撃する。すぐに警察に捜査を依頼するが、マックスが進んで船に乗ったという目撃証人が現れたとかで、事件性が否定されてしまう。そこで自ら捜索に乗り出したヒューゴーはマックスがナチ・ハンターだったという事実を突き止める。さらに、彼から購入した古書が極めて高価な稀覯本であることも判明する。やがてマックスが溺死体となってセーヌ河に浮かび、さらに二人の人間の死体がセーヌ河で見つかる。

何が彼らを死に追いやったのだろうか。そしてヒューゴーが手を打つ前に稀覯本は人手に渡ってしまったが、誰が何のために高価な本を慌てて購入したのだろうか。ヒューゴーは沈着かつ大胆に事件解決に向かって突き進む。

その他の主要登場人物は以下の通り。

*トム・グリーン(生真面目なヒューゴーとは性格が真逆の友人。元CIAの局員)

*エマ(ヒューゴーの秘書。非常に有能で、しかもユーモアセンス抜群)

*クラウディア(ジャーナリスト。ヒューゴーとは互いに引かれあっている)

*ジェラール・ド・ルション(伯爵で財産家。クラウディアの父親)

*ブルーノ・グラヴァ(パリ古書店組合の新会長)

2018.5.17読了)


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by nishinayuu | 2018-08-04 09:48 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)


c0077412_06323351.jpgDie Karawane』(Wilhelm Hauff, 1825

本作は隊商を構成する商人たちが語る数編の数奇な物語と、それらをつなぎ合わせる一つの大きな物語という形になっている。カイロに向かって沙漠を横切っている商人たちは、日差しのきつい昼の間に身体を休め、涼しい夜間に歩みを進める。途中で一行に加わった客人の提案で、商人たちは休息の間の退屈しのぎに、ひとりずつ物語を語ることになる。さて、それらの物語と語り手は――

*コウノトリになったカリフの話(セリム・バルフ、途中で加わった客人)

*幽霊船の話(アハメット、バルゾラの老商人)

*切り取られた手の話(ツァロイコス、ギリシアの商人、赤マントの男のせいで左手をなくしている)

*ファトメの救い出し(レザー、アカラの商人、盗賊オルバザンに助けられたことがある)

*小さいムクの話(ムライ、若くて陽気な商人、ニケア出身)

*偽りの王子のおとぎ話(アリ・ジツァー)

商人たちは沙漠の王者である盗賊オルバザンを怖れていて、ときどきその名が話題に上る。一度などはオルバザン一味に襲われそうになったが、なぜか一行のひとりが持っていた旗をテントに掲げたおかげで難を免れる。この、なんとなくおぞましい響きの名をもつ盗賊の正体が、最後の最後に明かされて、おどろおどろしい物語が人情味溢れる物語として幕を閉じる。

この作品には特別な思い出がある。家族みんなが読み終えたと早とちりした私が「〇〇がオルバザンだったなんてね」と言ったら、小学生だった長女が叫んだ。「えー!まだ最後まで読んでないのに!」。それ以来わが家では作品の結末をばらしてしまうことを「オルバザンする」と言うようになり、今でも普通に使っている。2018.5.14読了)


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by nishinayuu | 2018-07-30 06:36 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)


c0077412_10060638.jpg『The Girl on the Train』(Paula Hawkins)

(上巻からの続き)

本作ではレイチェル、メガン(ジェスの本名)、アナの三人が交代に登場してそれぞれの過去と現在を語っていく。時間的には201375日(金曜日)から910日(火曜日)までの期間に、1年前の2012516日から2013713日(土曜日、メガンが失踪した日)までの期間が並行して綴られる形になっている。

はじめのうちは主人公がアルコール依存症ではた迷惑なダメ女なのであまり共感できず、男たちがあまりに寛大で優し過ぎるのにも違和感があって、作品世界にすんなり入り込めない。そこを乗り越えると話は徐々に好調な展開を見せ、やがて敵同士だった二人の女性が心を合わせ、自分たちを苦しめた嘘つき男、もう一人の女性を死に追いやった酷い男を追いつめることになる。ヒロインがアルコール依存症を克服するというおまけが付くのもいい。

上巻の裏表紙には「絶望と闇を抱える女性三人の独白で描く、サイコスリラーの傑作!」とあり、下巻の裏表紙には「世界で絶賛された英国ミステリー、驚愕の結末!」とある。たしかに「驚愕の結末」であり、フィクションならではの「痛快な結末」でもある。

☆2013713日、メガンの頭の中に響いているのは「マザー・グース」のカササギの歌。

Magpie, magpie,flutter and flee,/Turn up your tail and good luck come to me./ One for sorrow,two for joy,/ Three for a girl, four for a boy,/ Five for silver, six forgold,/ Seven for a secret ne’er to be told.

(2018.4.30読了)


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by nishinayuu | 2018-07-20 10:11 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)


c0077412_10231902.jpgThe Girl onthe Train』(Paula Hawkins

物語はレイチェルの視点で語られる部分から始まる。レイチェルは804のアシュベリー発ユーストン行きの各駅停車に乗っている。老朽化の進んだ線路を這うように進む電車の窓から、レイチェルは線路沿いを流れていく家並みをぼんやりと眺める。そこにすむ住民たちにさえ馴染みのないアングルから、なんの縁もゆかりもない人々の日常を見ていると、レイチェルは不思議と心が落ち着くのだった。

ロンドンまでの道のりの中間あたりに信号があり、電車はほぼ毎日ここで停止する。すると線路脇の住宅の中でレイチェルがいちばん気に入っている15番地の家がちょうど見える。レイチェルはその家に住む夫婦にジェイソンとジェスという名前を付ける。整った顔立ちのジェイソンは背が高く、頼りがいがあり、思いやりに満ちている。金髪をショートカットにしたジェスは小鳥のように華奢な美人。ふたりは理想的なカップルで、彼らを見ていると幸せぶりが伝わってくる。二人は5年前のトムとレイチェルそのままだった。あの二人になりたい、とレイチェルは思う。

15番地の家から4軒先に、レイチェルがトムと5年間暮らしたブレナム・ロード23番地の家がある。この家を見ると自分が傷つくことはわかっているのに、レイチェルはつい見てしまう。見ずにはいられない。そこには今、トムと新しい妻のアナが住んでいる。帰路も電車の中から幸せそうな二組の夫婦の住む家を見る。そしてアシュベリーの家に戻るとレイチェルは、惨めさと絶望感に打ちのめされてアルコールにおぼれる。そんなある日、新聞がメガンという女性の失踪を顔写真付きで報じる。写真の女性はレイチェルがジェスと名付けた15番地の女性だった。(下巻へ続く)

2018.4.29読了)


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by nishinayuu | 2018-07-15 10:31 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)


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Dieversunkene Glocke』(Gerhart Hauptmann1896

著者はドイツのシュレージェン州生まれの劇作家(18621946)。代表作は『はたおりたち』(自然主義的群衆劇)、『海狸の外套』(ドイツの三大喜劇の一つとされる)、『ハンネの昇天』(ロマン主義的傾向が現れ始めた作品)など。


本作は『フローリアン・ガイアー』(自然主義的群衆劇で、不評に終わった失敗作)と同じ年に初演されたもので、五幕の「ドイツ童話劇」と銘打たれたロマン主義的作品である。主人公ハインリヒが妻子を捨て、妖精めいた乙女のラウテンデラインにめろめろになるという設定や、そこここにみだらな台詞や仕草が出てくるので、これが「童話劇」?と思わないでもない。が、妖精やら小人たちが登場する森の雰囲気は幻想的で、子どもにも楽しめそうではある。登場人物は以下の通り。

*村の住人――ハインリヒ(鐘造り師)、マグダ(妻)と子どもたち、牧師、教師、床屋。

*山の住人――老婆(ウィッチヒェン)、ラウテンデライン、水の精ニッケルマン(年老いた男の妖精)、森の神(山羊足、山羊鬚で角の生えた男の妖精)、妖精たち、小人たち。

美しい音色の鐘を作ろうと苦悩する一方で妻子がありながらラウテンデラインに惹かれるハインリヒには、自然主義とロマン主義のあいだで、また妻マリーと若い愛人マルガレーテとのあいだで苦悩していたハウプトマン自身が投影されていると思われる。この作品は日本では非常に愛好され、泉鏡花などにも影響を与えたという(納得!)が、現在ドイツではほとんど評価されていないという(これも納得)。

2018.5.10読了)


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by nishinayuu | 2018-07-05 09:54 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

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LABIBLIOTECARIA DE AUSCHWITZ』(Antonio G. Iturbe

巻末の著者あとがきに、「この物語は事実に基づいて組み立てられ、フィクションで肉付けされている」とある。絶滅収容所アウシュヴィッツ=ビルケナウに秘密の学校と秘密の「図書館」があったことは事実であり、学校を運営したフレディ・ヒルシュも、その学校の図書係だったディタも実在の人物なのだ。

物語の主人公は収容所に入れられた当時は14歳だったチェコ出身の少女。作中名をディタ(エディタ)・アドレロヴァというこの少女は、服の内側に作ったポケットに本を隠して持ち歩き、秘密の学校で教える教師たちに、そしてそこで学ぶ子どもたちに本を貸し出す。飢えと寒さと過酷な労働を強いられ、明日にもガス室に送られるかもしれないという状況の中で、図書館の本は人々の「心の糧」だった。ディタは絶対にあきらめない、絶対に希望を失わない、という強い信念を抱いていたからこそ生き延びた、物語の主人公にふさわしい素晴らしい女性である。しかしこの物語には、ディタの両親をはじめとする生き延びることがかなわなかった人たちを主人公とするエピソードもふんだんに盛り込まれている。中にはユダヤ人の少女に恋をした若いSS隊員のエピソードなどもある。収容所で命を終えたユダヤ人たち、収容所でユダヤ人を死に追いやったドイツ人たちを十把一絡げにすることなく、各自各様の人生があったことを浮き彫りにするこうしたエピソードによって、物語はより深く、より真実みを持って迫ってくる。

ディタが任された秘密の図書館には「紙の本」が8冊と「生きた本」(人が語って聞かせる本)が6冊あったという。すなわち――

「紙の本」――地図帳、幾何学の基礎、H.G.ウェルズの『世界史外観』、ロシア語文法、フランス語の小説『モンテ・クリスト伯』、フロイトの『精神分析学入門』、ロシア語の小説、チェコ語の小説『兵士シュベイクの冒険』

「生きた本」――『ニルスのふしぎな旅』、アメリカ先住民の伝説、ユダヤ人の歴史、『モンテ・クリスト伯』など。

また、ディタの愛読していた本は――『城砦』、『魔の山』など。

印象的な場面は山ほどあるが、その中でも3ヶ月の間同じベッドを分け合った大柄な女性とディタの別れの場面。ディタが挨拶しても返事をしなかったこの女性が、9月組の大勢の人々と「別の場所に移送」されることになって12月組のディタたちの前を通ったときに、ディタに「私はリダよ!」と野太い声で呼びかけて列に連れ戻され、それでもディタを振り返って手を振る。この場面が頭にこびりついて離れない。(2018.4.19読了)


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by nishinayuu | 2018-06-25 11:36 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)


c0077412_09492539.jpgВадимФролов』(ЧТО К ЧЕМУ, 1966

原題の意味は「何にどんなわけが」といった意味。訳者によると、ロシアでは一般的な表現であるが日本語では説明的になってしまうので、内容を考えて『愛について』としたのだという。しかし、こんなベタで色彩のないタイトルでは内容が伝わってこないのでは?ずっと昔読んで感動したことは覚えているが、内容は思い出せなかった(必ずしもタイトルのせいではないかも知れないが)。それで今回あらためて読んでみたところ、やはり素晴らしい作品だった。

語り手はレニングラードのアパートに住む14歳のサーシャ。前の年の夏、サーシャはひとりで遠いブスコフ州の小さな村に送り出され、楽しい毎日を過ごした。その間、両親は妹のニューラを連れて、黒海に行ってしまった。新学期が始まる間際にサーシャがレニングラードに戻ってきたとき、家にはパパしかいなかった。劇団員のママは地方公演に出かけていて、小さな妹のニューラはユーラ小父さん・リューカ小母さんのところで暮らしている、ということだった。男二人の暮らしが始まったサーシャの家へ、同じアパートに住む同学年の少女・オーリャがしげしげとやってきては、あれこれ世話を焼く。アパートにはいつもハンチングをかぶっているユルカという男の子もいて、サーシャは間もなくユルカと親友になる。ユルカの母親はとても美しく、姉はとても洒落た身なりの若い娘だったが、父親の姿はなかった。ユルカの母親には歳下の求婚者がいてよく訪ねてきていたが、アコーディオンが上手でまじめな働き者のこの青年をユルカは頑なに拒否していた。

思春期の少年たちの出くわす、あるいはしでかす様々な出来事がテンポよく綴られていくこの物語のトーンがある時点でがらりと変わる。劇団の公演ポスターを目にしたサーシャは、地方巡業から帰ってくるのを今か今かと待っていたママが、街へ戻っても家族のところへは戻ってこないという事実を突きつけられる。この時サーシャは学校でもやっかいな問題を抱えていたが、それはそれとして、ママはいったいどうなっているのか、とパパに尋ねることにした。大柄で達者でたくましかったパパに。そして今は酔っ払って眠ってしまい、眠りながら苦しげにため息をついているパパに。やがてサーシャは、ママを家族のところへ呼び戻すために、シベリアのイルクーツクへと旅立つのだった。

サーシャがナターシャにラブレターを書いたときに引用したハムレットの言葉(ACT5-SCENE2)をメモしておく。

(I loved Ophelia;)forty thousand brothers/ Could not, with all their quantity of love,/ Make upmy sum. 四万人の実の兄が、ありったけの愛情を注いでも、ぼくが愛したほどには、愛せるものか。(2018.4.17読了)


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by nishinayuu | 2018-06-15 09:53 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)


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著者は1951年ベラルーシ生まれの詩人。1985年に出した最初の詩集でゴーリキイ賞を受賞し、ソ連邦崩壊後の1993年に来日。富山大学でロシア語、ロシア文化を講義するとともに詩やエッセイを発表し続けている(以上、本書の紹介記事より)。

本書は「ロシア的性格とその世界を最大限に含む、それだけに含蓄に富むいくつかのロシアの言葉についてのエッセイ」9編と1編の詩からなっている。

*Сад(サート/庭、庭園、果樹園)――ルーシ(ロシアの古名)における庭の意味と歴史。祖父母の庭にあったアントーノフカ(りんごの名)の樹下で過ごした至福の時。

*Родина(ロージナ/母国、祖国、生まれ故郷、ふるさと)――「小さな祖国こそが、大きな祖国よりはるかに大きい。なぜなら詩人の生まれ故郷であるベラルーシの田舎町ベルィニチは受け取る手紙の消印からわかるのだが、今でも存在している。わが大きなロージナであるソ連邦はぜんぜん跡形もないのだ。」

*Няня(ニャーニャ/乳母)――プーシキンの乳母として有名なアリーナ・ロヂオーノヴナ・ヤーコヴレワとは違って全く無名の、詩人たちの乳母兼お手伝いさんが主人公。詩人の父親が「三の九倍の彼方の国から連れてきた」マリアーナは子どもたちを「奇妙な、純粋にロシア的なやさしさと残忍さの混ぜ物でもって慈しみ育んでくれた」。

*Тоска(トスカ/ふさぎの虫、憂鬱、もの悲しさ)――「ロシア人なら誰でも、トスカがいかなるものか承知している。トスカについては、わが国の何百人もの作家が書いてきた」と書き出した詩人はさまざまなトスカの例をあげ、分析する。そしてこんなことを言い出す。「一つわからないことがある。なぜロシアはこれまでロシアと呼ばれて、トスカーナではなかったのだろう?わたしたちは確たる根拠に基づいて、イタリア人にこの名称を要求することができるのではないか」と。

*Простор(プラストール/何もない空間。空漠。果てしない広がり)――「茫々」と題する詩。

*Гармонь(ガルモーニ。愛称ガルモーニカ/アコーディオンのことで、ロシア民謡c0077412_10230145.jpg『春に』の日本語訳ではガルモーシカとなっている)――「あるナチュラリストは人間を羽のない鳥と定義した。しかし鳥の雄が身につける鮮やかな装いや声に比べれば、人の男性はひどく見劣りがする。そこでロシアの村の強き性(つまり男)たちはアコーディオンを身につけたのだ。胸に聳える、響きも高いアコーディオンはどんなに冴えない貧相な男にも、豪華な羽毛と未曾有の声帯を与えてきたのである。」

*Эакат(ザカート/夕日、日没、落日、夕焼け、その刻限)――宏大で長い時間続くロシアの幻想的な落日を礼讃する章。ザカートが享受できるロシアに生まれたかったと思えてくる。

*Дача(ダーチャ/郊外の小さな別荘。終末に農作業などにいそしむ)――タタール人を祖父に持つ友人イリヤーと、モスクワ郊外のヴヌーコヴォにあったダーチャの思い出。

*Брат(ブラット/兄または弟。仲間。朋輩)――母親に言わせると「ルパーシカを着て生まれた」幸運児の詩人。その詩人のあとをついて回っていた弟のワレンチーン。弟へのやりきれない思いと深い愛情の交錯する「兄弟に関する考察」。

*Рыцарь(ルィツァリ/騎士)――『葉隠――さむらいの書』とロシアの『青年の鑑』をもとにしたロシアと日本の比較論考。

宏大で複雑なロシアという国。そこに暮らすつかみ所がないようでいてどこか親しみも覚える人々。手元に置いて何度でも読み返したい魅力に溢れる一冊である。2018.4.12読了)


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by nishinayuu | 2018-06-10 10:26 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)


c0077412_09095584.jpgThe Irresistible Inheritance of Wilberforce

Paul Torday,2007

「僕はあたふたとタクシーから降りた。ちょっと落ち着こうと身体を後ろに揺らすと、タクシーの側面にもたれて空を仰ぐのがいちばんバランスを保ちやすいとわかった。空はくっきりと黒く、星がいくつかきらめいていたが、昔ほどたくさんは見えなかった。いったん見上げると、今度はどうも下を向けない。」

こんな書き出しで物語は始まる。いったいどうなっているのかと思って読み進めると……

語り手はタクシーで乗り付けた店でシャトー・ペトリュスの1982年物という高級ワインを注文する。身なりやら言動から語り手の支払い能力に不安を覚えた店側から、クレジットカードの写しを取らせていただきたい、と言われる。すると語り手は、クレジットカードは使わないんでね、と言ってポケットから丸めた札束を取り出してトレイに置き、使った分だけ取って店を出るときに残りを返してください、と言う。そのとき語り手は、タクシー料金15ポンドを支払う際に運転手に100ポンド紙幣をやってしまったことに気がつくが、別に慌てることもなく、おもむろにワインを楽しみ始めるのである。

語り手によると、ここ数ヶ月バランス感覚が悪くなり、ひどく汗をかくようになり、ワインを飲んでいないと過去の出来事のつらい記憶がつい浮かんできてしまう(たとえば、この段階ではまだ明かされていないが、語り手は車の事故で妻を失っている)。ワインを飲むと穏やかで冥想的な、時には敬虔な気分にすらなれる語り手は、気づかないうちに鼻歌を歌っていて注意され、店中の注目の的となり、客達の会話の断片に傷ついて立ち上がって妻の姿を探し、そのまま床に倒れ込んでしまう。そう、この物語の語り手はアルコール中毒症なのだ。

物語は2006年から始まり、2004年、2003年、2002年、と過去に遡りながら綴られていく。語り手は愛情の薄い養父母に育てられ、友人もできない孤独な少年だったが、卓越した数学的能力のおかげで、若くしてソフトウエア会社の立ち上げに成功し、彼なりに充実した日々を送っていた。そんな彼がふとしたことからワイン収集家と知り合い、上流階級の青年達との交流に目覚め、美しい女性を婚約者から奪って結婚する。この頃はすでにウィルバーフォースはワインの迷宮にすっかり迷い込んでしまっていた。冒頭のような状態に到るまでの彼の歩みを逆に辿るあいだ、読者にはつねに彼の行き着く先が見えているのがなんともつらい。

語り手をワインの迷宮に誘い込んだ張本人フランシス・ブラックとは何者か。そもそもフランシスはなぜ語り手に興味を抱いたのか。そして語り手の方もなぜフランシスに惹きつけられたのか。これに関する暗示的な言及がさりげなく文中に埋め込まれているが、暗示されているだけで断定はされていないのがニクイ。特にワインに興味はなくても、あるいはワインの味はわからなくても楽しめる、実に味わいのある作品でした。(2018.3.25読了)


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by nishinayuu | 2018-05-21 09:15 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)


c0077412_10333460.jpgIl mosaico deltempo grande』(Carmine Abate, 2006

南イタリアの七つの州にはアルバニア系住民アルバレシュの共同体が50もあり、そのうち33が半島の長靴の先に位置するカラブリア州に集中している。アルバレシュの祖先は15世紀の初めから18世紀後半までにオスマン帝政下のアルバニア(当時の名はアルベリア)からイタリアに逃れてきたキリスト教徒たちだという。

本書にはアルバレシュの架空の共同体「ホラ」を舞台に繰り広げられる三つの世代の三つの恋物語が描かれている。それはアントニオ・ダミスとドリタの物語、ミケーレとラウラの物語、そしてジャンバッティスタ・ダミスとエレオノーラ(美しきロッサニーザ)の物語、という順に語られるが、時系列においては最も古いのが15世紀のジャン・バッティスタの物語、次が20世紀のダミスの物語で、最後がミケーレの物語となる。これらの三世代の人々の物語が、時と所を行ったり来たりしながら複雑に絡み合って進行していく。耳慣れない地名や人名、さらにはカタカナ表記されるさまざまな言語などのせいで、3分の1ぐらい読み進まないと全容が見えてこないのがもどかしいが、そのもどかしさが薄れる頃には魅力溢れる物語の世界にすっかり取り込まれている。

以下に主要人物をメモしておく。

*ヅィミトリ・ダミス(5世紀前に人々を引き連れてカラブリアにやって来た最初のパパス=正教会神父)

*ヤニ・ティスタ・ダミス(ヅィミトリの長男。苦難の中にいる同胞を救うためにアルバニアのホラへ旅立ったが、結局トルコ兵に捕らえられ、生きたまま皮をはがれて死んだ)

*コントラニ・ダミス(ヤニ・ティスタ・ダミスの次男で二人目のパパス)

*ジャンバッティスタ・ダミス(コントラニの息子。三人目のパパス)

*ゴヤーリ(モザイク工房の主。20世紀末に社会主義体制下のアルバニアから脱出した人々のうちの数少ない生き残りの一人。ホラの歴史をモザイク画で描き、若者たちに語って聞かせる、物語の進行役。本名はアルディアン・ダミサ)

*ミケーレ(大学を卒業したばかりの若者でゴヤーリに信服している。卒業祝いパーティを終えたらホラを出るつもりでいる)

*アントニオ・ダミス(ヅィミトリの直系。若い頃はミケーレの父親の親友だった。アルバニアの「ひとつめのホラ」へのあこがれから故郷を離れ、やがてブリュッセルへ、さらにアムステルダムへ)

*ドリタ(アルバニアの踊り子。ブリュッセルまで追ってきたアントニオと結婚する)

*ラウラ(アントニオとドリタの娘。レポートを書くためにカラブリアのホラへやって来てミケーレと知り合う)

*ゼフ(ラウラとともにホラにやって来た男の子。ラウラの甥)

*ツァ・マウレルア(アントニオの隣人だった女性。ラウラがアントニオの娘であると知りながら、ゼフのめんどうを見る)

*ロザルバ(ツァ・マウレルアの娘。ホラいちばんの美しい娘だったが、恋人のアントニオが去ったあとは家に閉じこもったまま)

『風の谷』や『ふたつの海のあいだで』と同様に、アバーテの登場人物たちは異邦人に惹かれて遠くへ旅立つ。そして故郷を憧憬し続ける。(2018.3.25読了)


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by nishinayuu | 2018-05-16 10:37 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

読書と韓国語学習の備忘録です。


by nishinayuu