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c0077412_1743542.jpg邦題は『秘密の花園』。昔翻訳で読んだ児童文学の古典を、グーテンベルク・プロジェクトでダウンロードして読んだ。
イギリスの植民地インドで育ったメアリーは、暑さのせいでいつも気分が悪く、召使いに当たり散らす不機嫌で尊大な子どもだった。疫病の大流行で両親が死に、召使いに置き去りにされても、悲しむということも知らなかった。そんないびつな育ち方をした、見た目もかわいくないメアリーが、叔父に引き取られることになってイギリスのヨークシャーにやってくる。そこでメアリーを待ち受けていたのは、滅多に家にいない叔父、開かずの部屋だらけの広大な屋敷、そして相変わらず退屈な毎日だった。けれども、気だてのいい小間使いマーサ、ちょっと気むずかしい庭師のウエザースタッフ、おしゃべりな駒鳥、そして「秘密の花園」との出会いが、メアリーを少しずつ変えていく。やがて美しい春の訪れとともに「秘密の花園」には花があふれ咲く。(2007.5.15記)

☆メアリーと、いとこのコリン少年の成長物語であると同時に、緑の木々、色とりどりの花にあふれるヨークシャーの美しさを綴った物語です。また、花園という秘密、叔父という秘密、コリンという秘密、など秘密がいっぱいあって、推理小説のような雰囲気もあります。
☆マーサはメアリーと話すときに tha’ とか、tha’rtという言葉を使っています。これは古い英語の thou, thou artの名残ですね。マーサはヨークシャーなまり丸出し、ということですが、ずいぶん格調の高いなまりだなあ、と思いました。
☆上の画像は日本語版(西村書店)のものです。
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by nishinayuu | 2007-06-23 09:13 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
c0077412_1519359.jpgアメリカの大西洋岸、コネティカットの海辺に住む一家の、ある夏から翌年の夏までの物語。三人の子どもたちの父親であるシーンが、ある日とつぜん消えてしまう。数日後、死体となって発見されたシーンは、勤め先の銀行で不正を働いていたことが判明する。その日から、母親のベイと子どもたちの嵐のような日々が始まる。子どもたちにとって完全無欠のすばらしいパパだったシーンは、ベイにとっては妻を愛することをやめた不実で身勝手な夫だった。けれど、子どもたちの愛する父親像を崩したくないベイは、親友のタラに励まされながら奮闘する。ベイが子どものころにあこがれていた男性・ダンとの再会。ダンの娘と、ベイの長女との交流。シーンの死に疑念を抱いたFBI捜査官による地道な捜査。などなどいろいろな出会いや出来事があった末に、子どもたちはパパが完全な人間ではなかったことを悟り、ベイはベイで、夫が自らの過ちに気づいてやり直そうとしていたことを理解するようになる。幸せだった夏は一瞬にして消えてしまったが、やがて来る新しい夏がすばらしい夏になりそうな予感とともに物語はおわる。(2007.3.25記)

☆物語の主眼は夫を失った妻、父親を失った子供たちがいかにしてその喪失を克服していくか、にあります。FBIの捜査官が登場しますが、この人、あまり事件の捜査には役に立っていません。後半のクライマックスの事件現場にも、駆けつけ損なっていますし。感じはいい人なのですけれどね。
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by nishinayuu | 2007-04-22 11:17 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
c0077412_150478.jpg著者の前書きによると、1868年から1925年にかけて、8万人あまりの子どもがイギリスからカナダへ送られたが、その多くはHomeと呼ばれる児童保護施設の子どもたちだったという。この物語の主人公は、こうした子どもたちの1人として著者が想定した14歳の少女・ロゼッタ。新しい家族の一員になれるという希望を抱いて、6歳の妹・フローラともにカナダに渡ったロゼッタを待ち受けていたのは、養女として引き取られることになったフローラとのとつぜんの別れだった。家族の一員としてではなく働き手としてロゼッタを引き取ったのは、小さな農場を営むミスター・トーマス。ぶっきらぼうなアルバート・トーマスと、夫を恐れている年若くてひ弱そうなルーナ・トーマスのもとで、ロゼッタの家事労働と慣れない農作業に明け暮れる厳しい毎日が始まる。
しかしロゼッタは、「いつもいっしょにいるからね」というフローラへの約束を果たすために、年季が明けて汽車の切符が買えるお金がもらえるまでは、と全力を尽くして働く。教師になるという夢を果たすために、様々な困難を乗り越えて学校にも通う。その間に、ルーナとの間に友情のようなものが育っていき、学校友達の少年との淡い恋も経験する。こうして状況は徐々に好転していくが、いよいよフローラを捜しに出かけようというときに、また大きな災難がロゼッタを襲う。この終盤の部分はまさに「手に汗を握る」展開。そしてもちろん最後の最後にはフローラとの感動の再会が待っている。(2007.2.27記)

☆同じ孤児でも、『赤毛のアン』のアンに比べるとロゼッタの苦労、困難はあまりにも過酷です。それでもこの物語には、本当に悪い人間は1人しか登場しません。冷たいように見える人物にもそれなりの事情があることが理解できます。むしろミス・ジャスパーやミセスファーガスンのように、全身全霊を傾けて愛し、保護してくれる人物のいることが、ロゼッタにも、そして読者にも救いです。もう一つ付け加えれば、最後に幸せをつかむ孤児に共通するのは「勉強がよくできる」ということでしょうか。
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by nishinayuu | 2007-03-21 12:00 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
c0077412_17303841.jpgロバータ(物語の始まりの時点では11歳)、ピーター、フィリスの三人は両親とともにロンドンで幸せに暮らしていたが、ある日、家にやってきた見知らぬ男たちと出かけていった父親は、それきり家に戻ってこなかった。間もなく母と三人の子供たちは田舎に引っ越し、「三本煙突」という家で暮らし始める。それまでは子供たちのために詩を書いたり物語を聞かせてくれていた母だったが、今は生活のための原稿書きで忙しい。遊ぶものも、遊び相手もいない子供たちが引きつけられたのは、近くを走る鉄道だった。
ある日、父がいるはずのロンドンへ向かう上り列車に、父の無事を祈って手を振った三人に、列車の中から一人の老紳士が手を振り返してくれる。そして物語の終番で三人が列車に向かって手を振ったときは、列車中の人たちがいっせいに手を振り返してくれるのである。ハッピーエンディングの心温まる内容で、「児童文学はかくあるべし」といいたい作品であると同時に、母親の心情をはじめとして、大人たちが実によく描けているので、大人が読んでも楽しめる、すばらしい作品である。(2007.1.23記)

☆この本はグーテンベルク・プロジェクトからダウンロードして読みました。上の画像はChronicle Books(2005.7.15)の表紙です。
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by nishinayuu | 2007-02-19 16:52 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
c0077412_17471421.jpg読書会「かんあおい」2006年11月の課題図書『ジェイン・オースティンの読書会』に関連してオースティンを読み始めて、これで4冊目。長編6編の中には前に読んだもの、映画を見たものなどもあるが、この作品は初めて。
ヒロインのキャサリンは17歳で、他の作品のヒロインと同様とても若いけれども結婚適齢期の女性である。彼女の「友人」であるミセス・アレンはおしゃれにしか興味のない人物であり、新しくできた「親友」のイザベラは誠実さとは無縁の人物。そんな人たちと親しくすることに喜びを見いだしているキャサリンも、したがってあまり思慮深い人物とは言えない。ヘンリーがそんな彼女のどこに惹かれたのか、納得できる説明はないが、とにかく彼女はヘンリーの恋人となり、ヘンリーの父親の反対に遭うという事態もあったが、結局めでたしめでたしとなる。この締めくくりの場面は相当ご都合主義でいいかげんである。(2006.11.26記)

☆この作品はProject Gutenberg からダウンロードして読みました。
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by nishinayuu | 2007-01-11 14:34 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
c0077412_16102569.gif大学のゼミで出会って大好きになった作品。卒業後、この作品が1つのエピソードとして含まれている長大な物語Forsyte Sagaも読んだが、 この部分がいちばんよかった。因みに、我が家の次女の名前「愛理」は、ヒロインの名前アイリーンからとったもの。
この作品の翻訳は『人生の小春日和』というタイトルで岩波文庫の『りんごの木/人生の小春日和』 (ゴールズワージー著、河野一郎訳)に収められている。

『りんごの木』は階級社会が生んだ悲劇を、悲劇を引き起こした張本人である男性の側から描いた感傷的な小説で、後味の悪いことこの上なし。

☆画像はDailylitのものです。
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by nishinayuu | 2006-11-09 15:20 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
c0077412_1644233.jpg映画「マイ・フェア・レディ」の原作なので、映画の画面を思い浮かべながら読めば、楽しさ倍増。ただし、当然のことながら、かの有名な「スペインの雨」「踊り明かしたい」「君住む街」などの歌は聞こえてこない。それに、そもそもこれらが歌われる場面に相当する部分が原作にはないのだ。また、物語の結末も映画とは違っており、どたばた調の皮肉な終わり方になっている。なるほどこれがバーナード・ショウか、という感慨を覚えると同時に、この原作をすてきなミュージカルに仕立てた映画製作者の手並みに感嘆してしまう。
英潮社のこの本はPenguin bookと注釈書を組み合わせたもの。注釈書は語句の注解やエピローグの解説が懇切丁寧で大いに役立つ。

☆画像はDover Thrift Editionのものです。
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by nishinayuu | 2006-10-23 15:26 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
c0077412_2035549.jpgOxford English Dictionaryの初代編集者と、語彙の収集に多大な貢献をしたひとりの‘madman’の、30年にわたる交流の物語。辞書作りのドキュメンタリーとして、あるいは英語英文学裏話集として、あるいは推理小説としても読める。

☆古語や廃語、専門用語がふんだんに出てくるので、辞書を引きまくって読みましたが、それだけの手間暇をかける価値はありました。
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by nishinayuu | 2006-09-27 16:43 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
c0077412_20414753.jpg一時のブームが過ぎ去ったあとなので、今更読むのもばからしいかなと思いつつも、本が安く手に入った(Amazonで950円)ので読んでみた。暗号の解き方は予想が的中し、意外性がなくてちょっとがっかりしたが、怪しい人物の予想は一部はずれたので、まあ面白かったといえる。映画化されてブームが再燃し、種明かしも盛んなようだが、推理小説なのに種明かしをしてもいいものだろうか。

☆少し前のことですが、韓国ではこの映画の公開を控えて公開反対の声が高まっている、という話を聞きました。キリスト教信者の多いヨーロッパ諸国では、新聞報道によると案外冷静に受け止めているとか。カトリックの国であるポーランドに住む知人にも尋ねてみましたが、特に問題にはなっていない、ということでした。韓国の過剰反応?は、国民性でしょうか、ネット社会のせいでしょうか。ちょっと気になります。
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by nishinayuu | 2006-09-08 12:33 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
c0077412_2245173.jpg副題「and the Half-Blood Prince」。
ハリーは青年期にさしかかり、学友との友情が深まり、新しい恋が生まれる。一方、ボルデモートとの対決の時が近付き、ハリーを取り巻く人々にも大きな変化が訪れるなど、この卷もやはり波瀾万丈であきさせない。

☆第1巻からずっと読んできて思うのは、この作品は実に現代の映画向きにできているということです。CGFで表現するのにぴったりの場面、CGFでなくては表現できないような場面にあふれているからです。作者は初めから映画化を意識していたに違いありません。作品の質についてはいろいろ批判もあるようですが、気楽に楽しめる物語であることは確かです。経済的に追いつめられた状態でこの作品を書き始めたという作者には、成功を祝って拍手を送りたいと思います。
ところで、日本語版の翻訳者には、ちょっとがっかりさせられました。もし私が日本語版の読者だったら、「がっかり」ではすまないでしょう。日本の読者のおかげで稼いだのですから、日本で税金を払うのが当然ではないでしょうか。税率の違いが10%くらいならどこで払ってもたいして違わないのでは、と言ったら、それは貧乏人の考え、と家人に一笑に付されてしましましたが。まあ、持てる者には持たざる者の想像を超えた事情がいろいろあるということでしょう。
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by nishinayuu | 2006-08-22 12:19 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

読書と韓国語学習の備忘録です。


by nishinayuu