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本作は『ショーシャ』の作家による最初の児童書で、ヨーロッパのユダヤ人社会に伝わる民話や伝説をもとにした7つの物語からなる。

Fool’sParadise」には怠け者の男が、「Grandmother’s Tale」には悪魔が、「The Snow in Chelm」「The Mixed-Up Feet and theSilly Bridegroom」「The First Shlemiel」の3編には愚か者たちの村「ヘルム」で起こったできごとが、「The Devil’sTrick」には悪魔より賢かった少年が、「Zlateh the Goat」には互いに助け合って雪嵐を切り抜けた少年と山羊が登場する。愉快な話もあれば、ぞわっと鳥肌の立つ話もあり、心温まる話もある。中では巻の最後に置かれている「Zlateh the Goat」がいちばん心に残った。表題になるだけのことはある。

作者のシンガーは1904年(もしくは1902年)ポーランドに生まれ、1935年に渡米してイディシュ語によって作家活動をした。邦訳書としては『ワルシャワで大人になっていく少年』(金敷力、新潮社)、『ヘルムのあんぽん譚』(関憲治、篠崎書店)、『やぎと少年』(工藤幸雄、岩波書店)、『ルブリンの魔術師』(大崎ふみ子、吉夏社)『父の法廷』(桑山孝子、未知谷)などがある。

ところで本書の表紙絵をはじめとする17点の絵は、絵本『かいじゅうたちのいるところ』で知られるモーリス・センダック(19282012)の作品である。実はこの本はわが家の本棚でずっとツンドク状態になっていたのだが、それはセンダックの絵が苦手だったからだ。子どもだけでなく大人も56頭身に描かれていて、しかも顔つきや目つき、全体の雰囲気がかなり不気味で。それが今回、捨てる前に一度だけ、と思って目を通してみたところ、この内容にはこの絵しかないと思えるほどのすばらしい絵であることがわかり、「食わず嫌い」を反省したのだった。センダックさん、ごめんなさい。(2018.6.28読了)


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by nishinayuu | 2018-10-03 14:26 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)


c0077412_10251653.png『天使未満の人たち』(バーバラ・ピム)

この作者は教会を核にした穏やかなコミュニティーの日常を描くことが多いのでそのつもりで読み始めると、ちょっと面食らう。冒頭に描かれているのはオクスフォード大の人類学者たちが集うパーティーの場面なのだ。時は春4月の夕べ、所は人類学の重鎮Felix Byron Mainwaringの名を冠したFelix’s Folly――ゴシック風の模造廃墟で23号の建物である。集まったのは上記のメナリング、主任教授のフェアファクス博士、パトロネスのミニー・フォーサイト、秘書のエスター・クロウヴィス、アフリカ語のエキスパートであるガートルード・リギット等と、会場の図書室にたまたま居合わせた学生たち――1年生のディアドゥリ・スワン、3年生のマーク・ペンフォウルドとディグビィ・フォクス。

続く第2章の舞台は、ロンドンはリージェント・パークのぱっとしないフラット。3部屋にキッチンとバスルームのこのフラットの主は小説家のキャスリン・オリファント。同居人である前途有望の若き人類学徒トム・マロウズはアフリカのフィールド・ワークを終えて来週、2年ぶりに帰ってくる予定。トムの家はシュロプシャーの大地主だが、家族はトムが人類学を専攻したことに失望している。母方の叔父のように植民地行政官になる道もあるのに、と。家族や親戚のいないキャスリンは、トムの母親やハロッズのお得意様の姉妹と知り合いになれたら、と思っているが、トムは結婚ということに思い至らない様子。トムの後輩のディグビィはそんなキャスリンの心を読んで優しく接する。

3章の舞台はディアドゥリ・スワンが家族といっしょに住んでいる、ピカデリー・サーカスからバスで1ペニーの所にある家。ここでやっとこの作者の定番の人々――教会の仕事が好きな中年の姉妹――ディアドゥリの母メイベルと結婚経験のない姉のローダが登場する。メイベルとローダの姉妹とメイベルの息子マルコムの三人が夕食のテーブルに着いた頃、ディアドゥリはバスで家に向かっている。翌日のランチタイムにディアドゥリは「貴族的で明るい灰色の瞳の青年」トムに声を掛けられて一目惚れすることになるのだが、この日はまだそれを知らない。この話は次の第5章で語られる。

そして第5章。スワン家の隣には長年トムの研究を指導してきたアラリック・リギットが住んでいる。ガートルードの兄であるアラリックは、自分は失敗者だ、なぜなら植民地行政官だった11年の間に相応の地位を得ることもできなかったし、人類学や言語学の分野でもこれといった成果を上げられなかった、と考えている。偏屈な変わり者で、人に顔を見られたくないからと仮面を付けて庭を歩き回るし、11年間の研究ノートをトランクにしまい込んでいて誰にも見せようとしない。世間に一つだけ知られているのは皮肉なレビューを書くライターであること。几帳面なアラリックは出版社に送る原稿を封書に入れたあと、目覚まし時計を600にセットして床につく。翌朝、ローダがその目覚ましの音で目を覚ます。

こんな具合に主要人物たちが紹介されていき、続く6章から最後の23章まで、人類学者たちの権謀術数に未来の学者たちの恋愛が絡んだ物語がテンポよく展開していく。

2018.5.26読了)


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by nishinayuu | 2018-08-14 10:30 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)


c0077412_11421960.jpg『闖入者』(モンロー)

本作は『サキ全集』の「TheToys of Peace」の1編。

舞台は東部カルパチア山地にある広大な山林。狩猟に適した野獣の宝庫であるこの山林は、かつて所有権をめぐって裁判が行われ、大地主のグラドヴィツ家が正統な所有者として認められた。しかし訴訟の相手だった小地主のズネーム家はその裁判結果を受け入れず、両家は3代にわたって争い続けている。その争いは今や土地争いの域を超えて、互いに相手の不幸を願うという個人的憎悪にまで発展している。

ある冬の夜、グラドヴィツ家の当主はライフルを手にして、数人の部下とともに領地の外れをパトロールしている。彼が耳を澄まし、目を凝らして待ち構えているのは野獣ではなく、ズネームとその部下たちだ。風の強い夜なのに、いつもなら茂みに隠れているはずの牡鹿たちが駆け回り、眠っているはずの獣たちもなぜか落ち着かないのは、密猟者が入り込んでいるからに違いないのだ。今日こそは決着を付けてやる、という思いでグラドウィツは、部下を山の上に潜伏させて、一人で麓の深い森に降りていく。そして、いきなりズネームと出くわしてしまう。ズネームも部下と離れて一人きりだった。

二人は銃を向け合ってにらみ合うが、やはりそう簡単には発砲できずにためらっているうちに、風に煽られて倒れてきた橅の大木の下敷きになってしまう。二人とも怪我をして身動きもできないまま、このときとばかり積年の憎しみをぶつけ合う。が、やがてどちらも部下たちの助けを待つしかない身であることに気づくと同病相憐れむ気持ちが起こる。徐々に相手への憎しみは薄れていき、ついには仲直りをして世間を驚かせてやろう、ということで一致するに至る。

そこで二人は声を合わせて部下たちを呼ぶ。どちらの部下が先に来ても、まず相手を助けさせてから自分も助けてもらう、と心に決めて。やがて遠くにいくつかのシルエットが浮かび上がり、こちらに向かって力強く走ってくるのを目にしたグラドウィツは、目に怪我をして何も見えないズネームに、9人か10人のようだ、と教える。じゃあ、そっちの部下たちだな、こっちは7人しか連れてきていないから、とズネーム。が、近づいてくるシルエットを見つめていたグラドウィツは、いきなりばかのように笑い出す。恐怖に戦慄しながら。

巧みな語り口とブラックな結末という「サキらしさ全開」の作品。(2018.4.13読了)


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by nishinayuu | 2018-06-05 11:44 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)


c0077412_15483053.jpg本作は1963年に4巻本として発行された短編集の第4巻に収録されている。(今回読んだのは1980年代発行の版。)

舞台はオーストラリア領の木曜島。ニュージーランド島とオーストラリアの間にあるトレス海峡に位置する小島で、キャプテン・クックが木曜日に発見したことから名付けられたという。

語り手はその島が「神の作った最後の土地」だと聞いて、シドニーから日本の貨物船「シカ丸」に乗って出かけて行った。「何もないところだよ。それに、喉をかき切られるかもしれない」とシドニーの連中にからかわれたけれど。夜中に真っ暗な海岸に下ろされ、数マイル歩いてやっと「ホテル」にたどり着いた翌日、語り手はキャプテン・バートレットという船乗りと知り合う。語り手が、フランス語もわかる、と言うとバートレットが、フレンチ・ジョウに会いに行こう、フランス語がしゃべれるのを喜ぶだろうから、語り手を誘う。そうして訪ねていった病院で、93歳のフレンチ・ジョウは語り手に、波瀾万丈の生涯の物語を語り聞かせる。

ひとりの男の「波瀾万丈の生涯」が2ページ弱の紙幅におさめられているところが強く印象に残る短編である。

ところで、夜中にやってきた語り手にホテルのおかみが「I’ll makeup the bed before you can say Jack Robinson」 と言う場面がある。「before you can say Jack Robinson」の意味は前後関係から「すぐに、あっという間に」だとわかるが、Jack Robinsonって何者?と思って調べてみました。が、何者かは判明していない、ということしかわかりませんでした。18世紀頃から使われている慣用句だそうです。

2017.12.6読了)


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by nishinayuu | 2018-01-31 15:49 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

私の10冊(2017年)

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☆この1年に読んだ本の中から特に気に入った本を選んで、「私の10冊」としてまとめてみました。また、「私の10冊」の選から漏れた本を「お勧めの10冊」として挙げてみました。

☆画像は「ふたつの海のあいだで」です。


「私の10冊」

聖ペテロの雪(レオ・ペレック、訳=垂野創一郎、国書刊行会)

イザベルに 曼荼羅(アントニオ・タブッキ、訳=和田忠彦、河出書房新社)

植物たちの私生活(李承雨、訳=金順姫、藤原書店)

The Buried Giant (KazuoIshiguro, Vintage)

冬の灯台が語るとき(ヨハン・テオリン、訳=三角和代、早川書房)

ぼくが逝った日(ミシェル・ロスタン、訳=田久保麻里、白水社)

ふたつの海のあいだで(カルミネ・アバーテ、訳=関口英子、新潮クレストブックス)

あの素晴らしき七年(エトガル・ケレット、訳=秋元孝文、新潮クレストブックス)

ジヴェルニーの食卓(原田マハ、集英社)

黄昏に眠る秋(ヨハン・テオリン、訳=三角和代、早川書房)


「お勧めの10冊」

회색 문헌 (강영숙, 문확과지성사)

書店主フィクリーのものがたり(ガブリエル・ゼヴィン、訳=小尾芙佐、早川書房)

The Sheep (H. H. Munro,Doubleday & Company Inc.)

妻は二度死ぬ(ジョルジュ・シムノン、訳=中井多津夫、晶文社)

A Woman of No Importance(Oscar Wilde)

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年(村上春樹、文藝春秋)

ゴリオ爺さん(バルザック、訳=中島英之、青空文庫)

チェーホフ短編集(編=沼野充義、集英社)

地図のない道(須賀敦子、新潮社)

人生の段階(ジュリアン・バーンズ、訳=土屋政雄、新潮クレストブックス)


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by nishinayuu | 2018-01-02 17:09 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

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本作は1963年に4巻本として発行された短編集の第4巻に収録されている。(今回読んだのは1980年代発行の版。)


舞台はシャム王国。シャムの王様は二人の娘に「夜」と「昼」という名を付けたが、娘が4人に増えたので最初の二人の名前を変えて、4人を「春」「夏」「秋」「冬」と呼ぶことにした。そのあとまた3人の娘が生まれると、全員を曜日の名で呼ぶことにした。そして8人目が生まれたとき、はたと困った王様は12ヶ月の名で娘たちを呼ぶことにした。王様は極めて規律正しい精神の持ち主なのだった。そのあと生まれたのがこの物語の主人公で、王様の決めた規則に従って「9月」と名付けられたセプテンバー王女だ。

さて物語は、何度も名前を変えられてちょっと性格がねじれてしまった姉たちと違って、かわいくて優しい子に育ったセプテンバー王女が、まどから飛び込んできたナイチンゲールとなかよくなって……という、まあよくある展開になっている。

8ページ余りのごく短い話なので、あっという間に読める。読みどころは、物事がすべて規則的になっているシャムの王室の様子と、決して暴君ではないのになにかというと「首を撥ねる」ことで物事を解決しようとする王様、という「異国情緒」だろうか。(「王様と私」と同じように、シャムが「ちょっとへんてこな」国として描かれているわけです。)

ところで、手許の本は長年放置しておいたため紙面の黄ばみが進んだ古い版で、使われている活字がとても小さい。日本語や韓国語だったら読もうと思っても読み取れそうもない大きさである。それなのに、英語の活字は読み取れる。漢字やハングルに比べると、アルファベットというのは本当によくできた文字である、と改めて思った。(2017.10.5読了)


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by nishinayuu | 2017-12-10 11:42 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

c0077412_13331815.jpgThe Complete Worksof Sakiに収録されている1編でタイトルの意味は「見落とし」あるいは「手抜かり」といったところ。1923年の作品。



ホームパーティーに招く客の人選を任されたレディ・プラウシュ。名前を書いたメモ用紙をあれこれ組み合わせながらレナ・ラドゥルフォードに言う。「まるで中国のパズルだわ。」(あるポーランド人がフィンランド語を「ヨーロッパの中国語」と言っていたのを思い出しました。「ちんぷんかんぷん」ということですね。)夫のサー・リチャードからは、執筆に集中したいのでとにかく和やかなパーティーにして欲しい、と言われている。過去のパーティーではいろいろなトラブルがあった。前の年は女性参政権運動の問題で、さらにその前年はクローヴィス・サングレイルがクリスチャン・サイエンスの祭司的立場の女性にいたずらを仕掛けたせいで、パーティーは大荒れになり、サー・リチャードの書いたものは批評家たちに酷評される羽目になった。

そんな過去の悪夢を繰り返さないようにとレディ・プラウシュが悩んでいるのは、アトキンスンとマーカス・ポパムのふたりだ。彼らはどちらも穏健なリベラルで福音派であり、女性参政権にはどちらかというと反対で、ファルコナー・レポートとダービーのクラガヌールに関する判定は支持している。そこまでは問題なしなのだが、唯一わからないのが彼らの「動物の生体解剖」に対する考えだ。それを聞いたレナ・ラドゥルフォードが、簡単に「賛成・反対」で答えられるアンケートを葉書で送ったらどうか、と提案する。さっそく葉書が送られ、返信が届いて、二人とも「生体解剖」には反対だということがわかり、レディ・プラウシュは用意してあった招待状を二人に送った。ところがアトキンスンとポパムがハイエナよりも凄まじい格闘をはじめて、パーティーはぶちこわしになってしまった。人物調査に大きな見落としがあったせいだった。

本作もサキ独特の雰囲気が楽しく読める作品である。当時の社会の出来事や人々の関心事が盛り込まれていて、とてもお勉強になる作品でもある。作中に取り上げられている主な出来事・事件を記しておく。

*婦人参政権運動――大きな社会運動となってアメリカにも波及した。

*トルキスタンの土地保有権問題

*ファルコナー・レポート――1911年。予算決定における下院優先の原則を打ち立て、累進課税に対する上院の抵抗を排除。

*クラガノール――1913年のエプソムダービーで先頭でゴールしたが、進路妨害で失格となった。このレースでは婦人参政権論者がレース中の馬群に突進して転倒し、4日後に死亡するという事故もあった。

*バルカン戦争――イギリス世論もギリシャ派とブルガリア派に分かれた。

2017.9.1読了)


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by nishinayuu | 2017-11-04 13:35 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)


c0077412_11071853.jpg戯曲『つまらぬ女』(オスカー・ワイルド)

タイトルのno importanceは「取るに足りない」、「どうでもいい」とも訳せる。本作にはこのタイトルに合いそうな女が大勢登場するので、だれのことを指しているのか、だれがその台詞を言ったのか、はかなり読み進んでいくまでつかめない。それまではイギリスの有閑階級の男女の会話に付き合って、登場人物ひとりひとりの言動を楽しんでいればよい。そこへ新たにひとりの女性が登場すると、物語の雰囲気ががらりと変わる。そうしてそれまで場を盛り上げたり仕切ったりしていた人物の正体が次第に明らかにされていく。前半は緩やかに、後半は怒濤の如く進行していき、最後にはNo importanceと言ってのけた人物がその言葉をそっくりそのまま返されるという、機知にあふれた作品である。この作品はあらすじを読むと魅力が10分の1くらいになってしまうので、紹介は登場人物の名前と最小限の情報に留めておく。

*レディ・ハンスタントン――カントリーハウスの所有者。

*レディ・キャロライン――手のかかる夫にかまけていて、会話は上の空の女。

*レディ・スタッフィールド――美人ではあるが考えが浅はかな女。

*ミセズ・アロンビィ――気の利いた会話ができる才気にあふれた女。

*ヘスター・ワースリィ――イギリス上流社会の人々の中に舞い込んだアメリカ娘。雰囲気に気押されない自然体の言動で人々を圧倒する。

*ミセズ・アーバスノット――レディ・ハンスタントンの古い友人。

*ロード・イリングワース――才覚・容姿・財力に恵まれた怖いものなしの男。

*サー・ジョン・ポンティフラクト――妻キャロラインの言いなりになっているふがいない男。

*ジェラルド・アーバスノット――銀行勤めの青年。ロード・イリングワースから秘書になるよう求められ、明るい将来を夢見ている。

*ドーベニィ――副司教。

*ミスター・ケルヴィル――国会議員。

ずっと昔の学生時代に購入したワイルド全集にはこの作品が収録されていなかった(たとえ収録されていても今となっては文字が細かすぎて読めなかっただろうが)。そこで今回はProject Gutenbergからダウンロードし、読みやすい書体に換えて読んだ。便利な時代になりました。(2017.8.21読了)


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by nishinayuu | 2017-10-27 11:09 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)


c0077412_09423199.jpg本作『ひつじ』は「The Complete Works of ASKI」に収録されている「The Toysof Peace」の中の1編。

主人公のルーパットは妹のキャスリーンが結婚しようとしている男に辟易している。ブリッジでチームを組めばとんでもないプレイをして相手チームを勝たせてしまうし、狩猟をすれば地区の人々が保護鳥として見守っているハチクマを撃ってしまう。議会の欠員選挙のためのキャンペーンでは余計な発言をしてルーパットの努力を無にしてしまう。なにをやらせてもドジではた迷惑な男なのだ。

ただドジだというだけなら問題はないのだが、この男、ヘマをしても、人に迷惑をかけても、気弱そうな笑みを浮かべて謝罪の言葉を言うだけで、本当に悪いとは思っていないようなのだ。むしろ、いざというときは立派にやってみせる、という根拠のない自信のようなもの、牧場のヒツジに見られる自己満足のようなものをちらつかせている。このやっかいな将来の義弟をルーパットは秘かに「ひつじ」と呼んでいる。

ルパートが「ひつじ」にいらいらさせられるのは、子どもを亡くして後継者のいない自分の財産が、将来キャスリーンに、そのあとはキャスリーンと「ひつじ」の子である「小ひつじ」のところに行ってしまうからだ。そもそもキャスリーンが「ひつじ」を結婚相手に選んだことも、ルーパットは納得できない。人間的により優れていて、ハンサムで、明らかに妹を思慕しているマルカム・アスリングという男もいるのに。

そうして冬のある日、ルーパットとキャスリーンは冬のリゾートに出かける。当然のように「ひつじ」もついてくる。そしてそこで思いもよらない事件が起き、ルーパットは「ひつじ」を後腐れなく消し去ることができたのだった。

これぞSAKIといった感じの、ブラックでしかも笑いどころ満載の短編である。

画像は「ひつじ」が撃ってしまった保護鳥のハチクマ。学名をPernis apivorusという鷹目鷹科の鳥で、蜂の幼虫や小型のネズミ、爬虫類などを主食とするヨーロッパの鷹。熊鷹に姿が似ていて蜂を主食とすることから、ハチ+クマタカ=ハチクマという和名になったという。(2017.5.1読了)


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by nishinayuu | 2017-08-08 09:42 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)
c0077412_142961.jpg『忘れられた巨人』(カズオ・イシグロ)
物語の舞台はイングランドの辺鄙な地方。イングランドの他の地域には城や修道院などもあったが、このあたりはまだ「Iron Age」にあってogre(オーグル=人食い鬼、怪物)もいる。
主人公はアクセルとベアトリスというブリトン人の老夫婦で、網目状に繋がった住居群の外れに住んでいる。外部からの危険はより大きく、夜みんなで集まる大広間の火の恩恵にあずかることはより少ない場所である。二人は夜、ろうそくを灯すことも許されていない。そのように集落の中で疎外され、ないがしろにされていている二人は、それだけにいっそう互いを思いやる強い気持ちで結ばれている。
そんな二人には大きな気がかりがある。周りの人々が過去を語らず、思い出すこともなさそうなことだ。以前、赤毛の女がやって来て人々の病気を治したことがあったが、人々は(ベアトリスも)その女のことをおぼえていない。行方不明になった少女が戻ってきたときも、人々は別に喜ばなかった。みんなで懸命に探したことを忘れていたからだ。そしてアクセルも、つい3週間前の「ろうそく事件」を今朝思い出すまですっかり忘れていたことに愕然とする。ノラという少女が二人のために持ってきてくれたろうそくを鍛冶屋の女房たちに取り上げられてしまったあの事件を忘れていたとは。人々を覆いつつある「忘却」が自分たち夫婦にもじわじわと迫ってきているのだ。
ここを出よう、という話を二人でしたのは前の年の11月頃だったろうか。灰色の朝、村を通ったサクソン人らしき女とことばを交わしたあとベアトリスが、息子のところに行こう、と言いだした。息子の住む村はグレート・プレインの東の方にあって、2~3日で行けるから、と。アクセルは覚えていないがベアトリスによると、そのときはアクセルが反対したらしい。
春のある朝アクセルは、今こそ息子を訪ねる旅に出よう、とベアトリスに告げる。息子はなぜ出て行ったのか、息子はどんな顔でどんな声だったのか、息子にも子どもがいるだろうか……。二人にはなにもわからない。それでもベアトリスは、何度かグレート・プレインを通ってサクソン人の村へいったことがあるのでサクソン村への道はわかるし、息子のいる村はその少し先だと思うから見つけるのは難しくないはずだという。
杖をつき、荷物を背に負った二人は、最初の晩を過ごす予定のサクソン人の村を目指す。グレート・プレインには「ジャイアントが埋められている所」があるので、そこをよけて大回りをしなければならない、とベアトリスがアクセルに教える。ベアトリスが道を探しながら前を行き、アクセルが後ろを歩く。襲われるのは列の後ろの人間と決まっているからだ。


ここまでが第1章と第2章の最初の序奏部分で、ここから物語は壮大な展開を見せていく。二人は息子に会えるのか。そもそも二人の過去に何があったのか。忘却の霧は二人にとって、またブリトン人やサクソン人にとってどんな意味があったのか。記憶することの意義、忘却することの意義について考えさせられる物語である。
主要な登場人物は以下の通り。
渡し船の船頭/ウィスタン(サクソンの戦士)/エドウィン(サクソン村の少年)/ガウェイン(龍の守護者)/クエリグ(龍。彼女の息が「忘却」の元凶)
(2017.2.10読了)
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by nishinayuu | 2017-04-14 14:02 | 読書ノート | Trackback | Comments(2)

読書と韓国語学習の備忘録です。


by nishinayuu