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c0077412_15483053.jpg本作は1963年に4巻本として発行された短編集の第4巻に収録されている。(今回読んだのは1980年代発行の版。)

舞台はオーストラリア領の木曜島。ニュージーランド島とオーストラリアの間にあるトレス海峡に位置する小島で、キャプテン・クックが木曜日に発見したことから名付けられたという。

語り手はその島が「神の作った最後の土地」だと聞いて、シドニーから日本の貨物船「シカ丸」に乗って出かけて行った。「何もないところだよ。それに、喉をかき切られるかもしれない」とシドニーの連中にからかわれたけれど。夜中に真っ暗な海岸に下ろされ、数マイル歩いてやっと「ホテル」にたどり着いた翌日、語り手はキャプテン・バートレットという船乗りと知り合う。語り手が、フランス語もわかる、と言うとバートレットが、フレンチ・ジョウに会いに行こう、フランス語がしゃべれるのを喜ぶだろうから、語り手を誘う。そうして訪ねていった病院で、93歳のフレンチ・ジョウは語り手に、波瀾万丈の生涯の物語を語り聞かせる。

ひとりの男の「波瀾万丈の生涯」が2ページ弱の紙幅におさめられているところが強く印象に残る短編である。

ところで、夜中にやってきた語り手にホテルのおかみが「I’ll makeup the bed before you can say Jack Robinson」 と言う場面がある。「before you can say Jack Robinson」の意味は前後関係から「すぐに、あっという間に」だとわかるが、Jack Robinsonって何者?と思って調べてみました。が、何者かは判明していない、ということしかわかりませんでした。18世紀頃から使われている慣用句だそうです。

2017.12.6読了)


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by nishinayuu | 2018-01-31 15:49 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

私の10冊(2017年)

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☆この1年に読んだ本の中から特に気に入った本を選んで、「私の10冊」としてまとめてみました。また、「私の10冊」の選から漏れた本を「お勧めの10冊」として挙げてみました。

☆画像は「ふたつの海のあいだで」です。


「私の10冊」

聖ペテロの雪(レオ・ペレック、訳=垂野創一郎、国書刊行会)

イザベルに 曼荼羅(アントニオ・タブッキ、訳=和田忠彦、河出書房新社)

植物たちの私生活(李承雨、訳=金順姫、藤原書店)

The Buried Giant (KazuoIshiguro, Vintage)

冬の灯台が語るとき(ヨハン・テオリン、訳=三角和代、早川書房)

ぼくが逝った日(ミシェル・ロスタン、訳=田久保麻里、白水社)

ふたつの海のあいだで(カルミネ・アバーテ、訳=関口英子、新潮クレストブックス)

あの素晴らしき七年(エトガル・ケレット、訳=秋元孝文、新潮クレストブックス)

ジヴェルニーの食卓(原田マハ、集英社)

黄昏に眠る秋(ヨハン・テオリン、訳=三角和代、早川書房)


「お勧めの10冊」

회색 문헌 (강영숙, 문확과지성사)

書店主フィクリーのものがたり(ガブリエル・ゼヴィン、訳=小尾芙佐、早川書房)

The Sheep (H. H. Munro,Doubleday & Company Inc.)

妻は二度死ぬ(ジョルジュ・シムノン、訳=中井多津夫、晶文社)

A Woman of No Importance(Oscar Wilde)

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年(村上春樹、文藝春秋)

ゴリオ爺さん(バルザック、訳=中島英之、青空文庫)

チェーホフ短編集(編=沼野充義、集英社)

地図のない道(須賀敦子、新潮社)

人生の段階(ジュリアン・バーンズ、訳=土屋政雄、新潮クレストブックス)


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by nishinayuu | 2018-01-02 17:09 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

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本作は1963年に4巻本として発行された短編集の第4巻に収録されている。(今回読んだのは1980年代発行の版。)


舞台はシャム王国。シャムの王様は二人の娘に「夜」と「昼」という名を付けたが、娘が4人に増えたので最初の二人の名前を変えて、4人を「春」「夏」「秋」「冬」と呼ぶことにした。そのあとまた3人の娘が生まれると、全員を曜日の名で呼ぶことにした。そして8人目が生まれたとき、はたと困った王様は12ヶ月の名で娘たちを呼ぶことにした。王様は極めて規律正しい精神の持ち主なのだった。そのあと生まれたのがこの物語の主人公で、王様の決めた規則に従って「9月」と名付けられたセプテンバー王女だ。

さて物語は、何度も名前を変えられてちょっと性格がねじれてしまった姉たちと違って、かわいくて優しい子に育ったセプテンバー王女が、まどから飛び込んできたナイチンゲールとなかよくなって……という、まあよくある展開になっている。

8ページ余りのごく短い話なので、あっという間に読める。読みどころは、物事がすべて規則的になっているシャムの王室の様子と、決して暴君ではないのになにかというと「首を撥ねる」ことで物事を解決しようとする王様、という「異国情緒」だろうか。(「王様と私」と同じように、シャムが「ちょっとへんてこな」国として描かれているわけです。)

ところで、手許の本は長年放置しておいたため紙面の黄ばみが進んだ古い版で、使われている活字がとても小さい。日本語や韓国語だったら読もうと思っても読み取れそうもない大きさである。それなのに、英語の活字は読み取れる。漢字やハングルに比べると、アルファベットというのは本当によくできた文字である、と改めて思った。(2017.10.5読了)


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by nishinayuu | 2017-12-10 11:42 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

c0077412_13331815.jpgThe Complete Worksof Sakiに収録されている1編でタイトルの意味は「見落とし」あるいは「手抜かり」といったところ。1923年の作品。



ホームパーティーに招く客の人選を任されたレディ・プラウシュ。名前を書いたメモ用紙をあれこれ組み合わせながらレナ・ラドゥルフォードに言う。「まるで中国のパズルだわ。」(あるポーランド人がフィンランド語を「ヨーロッパの中国語」と言っていたのを思い出しました。「ちんぷんかんぷん」ということですね。)夫のサー・リチャードからは、執筆に集中したいのでとにかく和やかなパーティーにして欲しい、と言われている。過去のパーティーではいろいろなトラブルがあった。前の年は女性参政権運動の問題で、さらにその前年はクローヴィス・サングレイルがクリスチャン・サイエンスの祭司的立場の女性にいたずらを仕掛けたせいで、パーティーは大荒れになり、サー・リチャードの書いたものは批評家たちに酷評される羽目になった。

そんな過去の悪夢を繰り返さないようにとレディ・プラウシュが悩んでいるのは、アトキンスンとマーカス・ポパムのふたりだ。彼らはどちらも穏健なリベラルで福音派であり、女性参政権にはどちらかというと反対で、ファルコナー・レポートとダービーのクラガヌールに関する判定は支持している。そこまでは問題なしなのだが、唯一わからないのが彼らの「動物の生体解剖」に対する考えだ。それを聞いたレナ・ラドゥルフォードが、簡単に「賛成・反対」で答えられるアンケートを葉書で送ったらどうか、と提案する。さっそく葉書が送られ、返信が届いて、二人とも「生体解剖」には反対だということがわかり、レディ・プラウシュは用意してあった招待状を二人に送った。ところがアトキンスンとポパムがハイエナよりも凄まじい格闘をはじめて、パーティーはぶちこわしになってしまった。人物調査に大きな見落としがあったせいだった。

本作もサキ独特の雰囲気が楽しく読める作品である。当時の社会の出来事や人々の関心事が盛り込まれていて、とてもお勉強になる作品でもある。作中に取り上げられている主な出来事・事件を記しておく。

*婦人参政権運動――大きな社会運動となってアメリカにも波及した。

*トルキスタンの土地保有権問題

*ファルコナー・レポート――1911年。予算決定における下院優先の原則を打ち立て、累進課税に対する上院の抵抗を排除。

*クラガノール――1913年のエプソムダービーで先頭でゴールしたが、進路妨害で失格となった。このレースでは婦人参政権論者がレース中の馬群に突進して転倒し、4日後に死亡するという事故もあった。

*バルカン戦争――イギリス世論もギリシャ派とブルガリア派に分かれた。

2017.9.1読了)


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by nishinayuu | 2017-11-04 13:35 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)


c0077412_11071853.jpg戯曲『つまらぬ女』(オスカー・ワイルド)

タイトルのno importanceは「取るに足りない」、「どうでもいい」とも訳せる。本作にはこのタイトルに合いそうな女が大勢登場するので、だれのことを指しているのか、だれがその台詞を言ったのか、はかなり読み進んでいくまでつかめない。それまではイギリスの有閑階級の男女の会話に付き合って、登場人物ひとりひとりの言動を楽しんでいればよい。そこへ新たにひとりの女性が登場すると、物語の雰囲気ががらりと変わる。そうしてそれまで場を盛り上げたり仕切ったりしていた人物の正体が次第に明らかにされていく。前半は緩やかに、後半は怒濤の如く進行していき、最後にはNo importanceと言ってのけた人物がその言葉をそっくりそのまま返されるという、機知にあふれた作品である。この作品はあらすじを読むと魅力が10分の1くらいになってしまうので、紹介は登場人物の名前と最小限の情報に留めておく。

*レディ・ハンスタントン――カントリーハウスの所有者。

*レディ・キャロライン――手のかかる夫にかまけていて、会話は上の空の女。

*レディ・スタッフィールド――美人ではあるが考えが浅はかな女。

*ミセズ・アロンビィ――気の利いた会話ができる才気にあふれた女。

*ヘスター・ワースリィ――イギリス上流社会の人々の中に舞い込んだアメリカ娘。雰囲気に気押されない自然体の言動で人々を圧倒する。

*ミセズ・アーバスノット――レディ・ハンスタントンの古い友人。

*ロード・イリングワース――才覚・容姿・財力に恵まれた怖いものなしの男。

*サー・ジョン・ポンティフラクト――妻キャロラインの言いなりになっているふがいない男。

*ジェラルド・アーバスノット――銀行勤めの青年。ロード・イリングワースから秘書になるよう求められ、明るい将来を夢見ている。

*ドーベニィ――副司教。

*ミスター・ケルヴィル――国会議員。

ずっと昔の学生時代に購入したワイルド全集にはこの作品が収録されていなかった(たとえ収録されていても今となっては文字が細かすぎて読めなかっただろうが)。そこで今回はProject Gutenbergからダウンロードし、読みやすい書体に換えて読んだ。便利な時代になりました。(2017.8.21読了)


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by nishinayuu | 2017-10-27 11:09 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)


c0077412_09423199.jpg本作『ひつじ』は「The Complete Works of ASKI」に収録されている「The Toysof Peace」の中の1編。

主人公のルーパットは妹のキャスリーンが結婚しようとしている男に辟易している。ブリッジでチームを組めばとんでもないプレイをして相手チームを勝たせてしまうし、狩猟をすれば地区の人々が保護鳥として見守っているハチクマを撃ってしまう。議会の欠員選挙のためのキャンペーンでは余計な発言をしてルーパットの努力を無にしてしまう。なにをやらせてもドジではた迷惑な男なのだ。

ただドジだというだけなら問題はないのだが、この男、ヘマをしても、人に迷惑をかけても、気弱そうな笑みを浮かべて謝罪の言葉を言うだけで、本当に悪いとは思っていないようなのだ。むしろ、いざというときは立派にやってみせる、という根拠のない自信のようなもの、牧場のヒツジに見られる自己満足のようなものをちらつかせている。このやっかいな将来の義弟をルーパットは秘かに「ひつじ」と呼んでいる。

ルパートが「ひつじ」にいらいらさせられるのは、子どもを亡くして後継者のいない自分の財産が、将来キャスリーンに、そのあとはキャスリーンと「ひつじ」の子である「小ひつじ」のところに行ってしまうからだ。そもそもキャスリーンが「ひつじ」を結婚相手に選んだことも、ルーパットは納得できない。人間的により優れていて、ハンサムで、明らかに妹を思慕しているマルカム・アスリングという男もいるのに。

そうして冬のある日、ルーパットとキャスリーンは冬のリゾートに出かける。当然のように「ひつじ」もついてくる。そしてそこで思いもよらない事件が起き、ルーパットは「ひつじ」を後腐れなく消し去ることができたのだった。

これぞSAKIといった感じの、ブラックでしかも笑いどころ満載の短編である。

画像は「ひつじ」が撃ってしまった保護鳥のハチクマ。学名をPernis apivorusという鷹目鷹科の鳥で、蜂の幼虫や小型のネズミ、爬虫類などを主食とするヨーロッパの鷹。熊鷹に姿が似ていて蜂を主食とすることから、ハチ+クマタカ=ハチクマという和名になったという。(2017.5.1読了)


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by nishinayuu | 2017-08-08 09:42 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)
c0077412_142961.jpg『忘れられた巨人』(カズオ・イシグロ)
物語の舞台はイングランドの辺鄙な地方。イングランドの他の地域には城や修道院などもあったが、このあたりはまだ「Iron Age」にあってogre(オーグル=人食い鬼、怪物)もいる。
主人公はアクセルとベアトリスというブリトン人の老夫婦で、網目状に繋がった住居群の外れに住んでいる。外部からの危険はより大きく、夜みんなで集まる大広間の火の恩恵にあずかることはより少ない場所である。二人は夜、ろうそくを灯すことも許されていない。そのように集落の中で疎外され、ないがしろにされていている二人は、それだけにいっそう互いを思いやる強い気持ちで結ばれている。
そんな二人には大きな気がかりがある。周りの人々が過去を語らず、思い出すこともなさそうなことだ。以前、赤毛の女がやって来て人々の病気を治したことがあったが、人々は(ベアトリスも)その女のことをおぼえていない。行方不明になった少女が戻ってきたときも、人々は別に喜ばなかった。みんなで懸命に探したことを忘れていたからだ。そしてアクセルも、つい3週間前の「ろうそく事件」を今朝思い出すまですっかり忘れていたことに愕然とする。ノラという少女が二人のために持ってきてくれたろうそくを鍛冶屋の女房たちに取り上げられてしまったあの事件を忘れていたとは。人々を覆いつつある「忘却」が自分たち夫婦にもじわじわと迫ってきているのだ。
ここを出よう、という話を二人でしたのは前の年の11月頃だったろうか。灰色の朝、村を通ったサクソン人らしき女とことばを交わしたあとベアトリスが、息子のところに行こう、と言いだした。息子の住む村はグレート・プレインの東の方にあって、2~3日で行けるから、と。アクセルは覚えていないがベアトリスによると、そのときはアクセルが反対したらしい。
春のある朝アクセルは、今こそ息子を訪ねる旅に出よう、とベアトリスに告げる。息子はなぜ出て行ったのか、息子はどんな顔でどんな声だったのか、息子にも子どもがいるだろうか……。二人にはなにもわからない。それでもベアトリスは、何度かグレート・プレインを通ってサクソン人の村へいったことがあるのでサクソン村への道はわかるし、息子のいる村はその少し先だと思うから見つけるのは難しくないはずだという。
杖をつき、荷物を背に負った二人は、最初の晩を過ごす予定のサクソン人の村を目指す。グレート・プレインには「ジャイアントが埋められている所」があるので、そこをよけて大回りをしなければならない、とベアトリスがアクセルに教える。ベアトリスが道を探しながら前を行き、アクセルが後ろを歩く。襲われるのは列の後ろの人間と決まっているからだ。


ここまでが第1章と第2章の最初の序奏部分で、ここから物語は壮大な展開を見せていく。二人は息子に会えるのか。そもそも二人の過去に何があったのか。忘却の霧は二人にとって、またブリトン人やサクソン人にとってどんな意味があったのか。記憶することの意義、忘却することの意義について考えさせられる物語である。
主要な登場人物は以下の通り。
渡し船の船頭/ウィスタン(サクソンの戦士)/エドウィン(サクソン村の少年)/ガウェイン(龍の守護者)/クエリグ(龍。彼女の息が「忘却」の元凶)
(2017.2.10読了)
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by nishinayuu | 2017-04-14 14:02 | 読書ノート | Trackback | Comments(2)
[The Complete Works of SAKI ]Part1 ‘The Toys of Peace’の1編。

c0077412_9432057.jpgピーター・ピジンコウト夫妻が親戚のウィルフリッド・ピジンコウトについて、先だって准男爵の地位と莫大な財産を得たけれど、この家に来ることはないだろう、とうわさしている。というのも夫妻はこのウィルフリッドは将来の見込みはないと思ってとうの昔に見放してしまったからだ。一族には、名誉ある事績をあげた先祖に因んだウィルフリッドという名の者が多く、それぞれの領地や職業の名称で区別されていたが、今話題にしているウィルフリッドはなんと「ひったくりのウィルフリッド」と呼ばれていた。なぜなら彼には盗癖があって、サイドボードより小さくて運びやすく、9ペンスより値のはる「他人の持ちもの」は盗まずにはいられない子どもだったからだ。地位と財産を得た今は盗癖も治ったかも知れない、と彼との交際を期待する夫人に対して、夫のほうは今でも盗癖はもとのままだろう、とつきはなす。
そんな話をした30分ほど後に電報が来る。ウィルフリッドからで、車で近くを通るので表敬訪問したい、できれば一晩泊まりたいのでよろしく、という内容である。さて、二人は大慌てに慌てる。折しも応接間には、二人の銀婚を祝ってあちこちから贈られた品物がたくさん飾ってあったからだ。
ウィルフリッドが到着。夫妻は礼儀として、飾ってある贈り物を見せる。そして「クリームのジャグが7つも重なっちゃって」とか言いながらも、ウィルフリッドが何かに手を触れるたびにすぐにもとの位置に戻させる。それでも彼がゲスト・ルームに引き上げたあとで調べてみると、何かがなくなっているような気がしてくる。それで夫妻は翌朝、前もって相談していたことを実行する。ウィルフリッドがバスルームに入った隙に夫がゲスト・ルームに侵入し、ウィルフリッドの旅行鞄の中を探ったのだ。すると案の定、旅行鞄には銀製のクリーム・ジャグが入っているではないか。夫は急いでそれを手にしてゲスト・ルームを出る。
ところが、朝食に遅れてやって来たウィルフリッドが、この家には盗人がいるのでは?実はカイロに滞在中の母と相談して二人に贈り物を持ってきたのだが、それが旅行鞄から消えてしまった、と言い出す。「ひったくりのウィルフリッド」は母なし子のはず、と慌てた夫妻が聞きただすと、目の前の相手は「大使館のウィルフリッド」だと判明する。彼が夫妻のために持ってきた贈り物は銀製のクリーム・ジャグだったが、応接間にクリーム・ジャグがすでに7つもあったので、夕べはとり出し損ねた、と言うではないか。夫妻は真っ青になる。しかし夫人は立ち直りが早かった。そして手際よく問題を処理してのけたのである。

夫人はとんでもなく機転が利く女性で、夫の方は妻の機転のおかげで救われたと思ってほっとしている人のよい男性、という図である。サキの作品にはこの手の女性がよく出てきて、話としては愉快だが、身近にはいて欲しくない女性ではある。(2017.1.9読了)
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by nishinayuu | 2017-03-17 09:46 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)
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[The Complete Works of SAKI ]Part1 ‘The Toys of Peace’の1編。
タイトルは「臨時のガーデン」というような意味。



エリノア・ラプスリーが「とにかく一時間ほどは黙って私の話を聞いて」と言って話し始める。その内容は――エリノアの庭は大型の草食動物を飼えるほどの広さはないので、何か植えないと格好がつかないのだが、近所の猫たちの会議場になっているので何を植えてもだめになってしまう。しかも集会に集まるのはどうやら菜食主義の猫たちで雀には見向きもしないものだから、雀も植物を荒らし回る。そういうわけでエリノアの庭はなにも育たなくて酷い状態になっているのだが、幸い庭が客間からは見えない位置にあるので他人の目には触れないですむ。ところが、次の水曜に気の置けない知人を昼食に招いたところ、それを耳にしたグエンダ・ポディントンがぜひいっしょにお邪魔したい、といってきた。グエンダは自分の庭が自慢の女性で、エリノアの庭を見てほくそ笑み、自分の庭がいかに世間の羨望の的になっているかをしゃべりたくてやってくるのだ。
ここまで黙ってエリノアの話を聞いていた男爵夫人(女男爵かも)がエリノアにO.O.S.A.(Occasional-oasis Supply Association)の会員になることを勧める。O.O.S.Aはランチやパーティーの間だけそれに相応しい庭を設えるというサーヴィス提供会社で、たとえば1:30のパーティーなら10:00に電話すればすぐに素晴らしい庭を作り上げ、パーティーが終わったら片付けてくれるという。そこでエリノアはすぐに会員契約をして水曜のランチに備える。当日、最高級の庭造りを依頼したおかげでグエンダをやり込めることに成功し、エリノアは大満足したのだったが……。

有閑階級の軽妙で洒落た会話と、サキにつきものの冷笑的なオチが楽しめる短編作品である。また
動植物の名前がたくさん出てくるので勉強にもなる。(Japanese sand-badgersがムジナの類だということはわかりますが、正確な和名は?)(2016.12.29読了)
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by nishinayuu | 2017-03-01 17:21 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

c0077412_15474535.jpg『ヴァンのレディ』(アラン・ベネット、2015)
著者は1934年生まれのイギリスの劇作家、小説家、シナリオライター。エリザベス女王が移動図書館の熱心な利用者になるという楽しい小説『The Uncommon Reader』(『やんごとなき読者』というタイトルの邦訳あり)で知られる。


本書は著者自身が語り手となって展開するドキュメンタリー作品で、エキセントリックなホームレス女性との関わりが事細かく記されている。著者は女子修道院の前で初めてこの女性を見かけたが、そのとき彼女は60歳くらいだった。次に見かけたのはパンダ・カー(パトカー)が著者の車を追い越して彼女のヴァンに近づいていったときで、著者がヴァンを追い越すと彼女はヴァンの外に出て著者に向かって怒鳴った。道行く人は著者が彼女に何か悪いことをしたと思ったに違いない。そして1年ほどあとの60年代末頃に、彼女のヴァンが著者の住むグロスター・クレセント(ロンドン北部のカムデン地区)に現れる。ただしこのとき著者はまだ、その後この女性と同じ敷地内で毎日顔を合わせる関係が15年も続くことになろうとは思ってもみなかった。
本書で仮にミス・シェパードと呼ばれているこの女性は、大柄で偉そうな雰囲気の女性だった。はじめのうち少し離れたところに路上駐車していたヴァンはいつの間にか著者の家の外に置かれるようになる。すると誰かがヴァンを叩いたり、揺らしたり、明かりで照らしたり、といったいたずらをする度に著者が出ていって注意して追い払ったりすることになった。そのうちついにヴァンの窓が割られて彼女が顔にけがをするという事件が起きたため、著者はついにヴァンを自分の敷地内に駐車させることした。すると彼女は渋々と云った感じで著者の提案を受け入れる。その後著者は彼女に安全な場所を提供し続けたが、自分ではチャリティという意識はなかったし、むしろ、そんなはめになったことに腹を立てていたという。著者は言う。「ただ私は静かに暮らしたかったし、彼女もたぶんそうだったのだ」。
しかし、静かに暮らすということからはほど遠い15年だった。家の前の路上には彼女がヴァンを黄色に塗り替えたときのペンキのしみがくっきりと残っているし、ヴァンのボンネットが玄関の石段にぴったりくっついているので出入りしにくいことこの上ないし、ヴァンの後ろ扉が開いていればヴァンの中のごたごたしたものを見るはめになるし、横をすり抜けて玄関にたどり着くまでに彼女からじろじろと検分される。さらに彼女はときどき突飛なこと――様々なパフォーマンスの構想、選挙への立候補などなど――を思いついて著者を煩わせる。身体は頑丈で態度は横柄、言動は常軌を逸していて、とにかく不潔。こんな恐るべき人物と15年もつきあった著者の忍耐力は驚異的というしかない。が、こうして一冊の本が仕上がり、しかもそれが映画化されたり舞台で上演されたり、なると著者の長年の忍耐は充分報われたと考えることもできる。
さて、その映画は『ミス・シェパードをお手本に』というタイトルで2016年12月に公開されている。監督はニコラス・ハイトナー、主演男優はアレックス・ジェニングス、主演女優はマギー・スミス(ハリーポッターのマクゴナガル先生、ダウントン・アビーのバイオレット)である。なお、舞台作品のタイトルは『ポンコツ車のレディ』だそうだ。(2016.12.14読了)
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by nishinayuu | 2017-02-17 15:48 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

読書と韓国語学習の備忘録です。


by nishinayuu