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c0077412_10030122.png本書は『波』の20101月号~20149月号に掲載された「とかなんとか言語学」と、『熱風』(スタジオジブリ)の20121月号に掲載された「問答無用の「健康」印」に加筆修正したものだという。著者はノンフィクション作家。英実を「ひでみね」と読むのにはびっくり。本書にはそれほどびっくりすることは書かれていないが、共感した部分、印象に残った部分を列挙しておく。

*「日本語は難しいよね」とつぶやく人をよく見かける(…)難しいわりには外国人力士たちは日本語がとても流暢である。母国語のクセのようなものもないし、口ぶりというか顔つきまで日本人のようで、(…)さらには様々なしきたりも無難にこなしており、その姿を見ていると日本文化というものは深淵ではなく、むしろ簡便で汎用性の高いものではないかとさえ思えてくるのである。【なに】

*早い話、「リスク」とは言い訳。言い訳には好都合だから「リスク」は日本人に常用語として浸透したのではないだろうか。(…)「危険」なら避けるべきだが、「リスク」なら」隣り合わせ」も許容される。金融機関などは「リスク」を商品化するくらいで、「リスクが潜む」というより「リスク」ということばを濫用することで「リスク」を招き入れ、危険を現実にしているのである。【リスク】

*経済用語としての「景気」はかつて「経紀」と書かれていたらしい。(…)「経紀」は「経過をしるす」ようで、帳簿を彷彿させる。欧米の「business」もおそらくそのことを指しているわけで、景気循環も経紀循環なら、あくまで数字上の法則として納得できそうである。(…)経紀はよくないけれど景気よく頑張りましょう。時候の挨拶としてもそのほうが元気がでるのではないだろうか。【景気】

*(日野原重明さんの)著作を通読してみると、先生自身の健康ぶりに圧倒される。健康とは「自分が『健康だ』と感じること」らしく、感じたもの勝ちの様相なのである。そのせいか自分の職業やら克服した病気などには感謝しているが、毎日の健康的な食事の支度など、彼を支えている人々にはほとんど触れていない。要するに、自画自賛を貫いているのだ。【健康】

*「疲れる」は『古事記』にも「暫疲(しばらくつかれき)」と登場するほど古くから使われている。さらに驚くのは一人称のことを「僕(やつかれ)」と呼んでいたのである。「やつかれ」とは「やつこ(奴)」+「あれ(我)」の略ともいわれているが、橘守部などは「痩疲れの意なるべし」と断言している。要するに、痩せて疲れていること自体が「私」を指しているのだ。【つかれ】

2018.7.29読了)


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by nishinayuu | 2018-11-07 10:06 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)


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本作は第153回上半期の芥川賞受賞作。同時受賞の『火花』が読書会「かんあおい」の7月の課題図書だったので、ついでに読んだ。選考委員・島田雅彦の評にある通り、「間もなくお迎えが来る祖父を在宅看護せざるを得なくなった孫の悪戦苦闘を描きながら、今日の〈家族の肖像〉を鮮やかに定着させている」小説である。

家族は作中で88回目の誕生日を迎える祖父、今年還暦を迎えて嘱託勤務に切り替わった母、そして語り手である28歳の青年。フリーターの語り手は今年になって花粉症を発症したばかりか、慢性的な腰痛もある。寝起きも悪くて11時頃まで寝ている。それでも資格試験の勉強をしながらアルバイトにも出かけるし、デートにも出かける。その合間に祖父の話し相手もすれば、入浴の手伝いなどの細々とした介護もして、あれこれ忙しい毎日を送っている。

一方、介護される側の祖父は「じいちゃんなんか、早う死んだらよか」とことあるごとに長崎弁でぼやく。「じいちゃんは邪魔やけん部屋にもどっちょこうかね」といじけることもある。それに対する母親の応答がスゴイ。「いちいち宣言しなくてもいいんだよ糞ジジイが」「あんにゃろう、これみよがしに杖つきやがって。杖なしでも歩けるくせによ」とか。語り手はこの点について「後期高齢者の介護生活に焦点を絞った場合、おそらく嫁姑間より、実の親子のほうがよほど険悪な仲になるのではないか」という。

語り手は、365日の内330日以上「死にたい」と切に思い続けている老人のために、目的を最短距離でやり遂げられるようにしてやろう、と思うに到る。母のやり方に逆らって祖父に手を貸して祖父の筋肉を衰えさせ、祖父にあれこれ考えさせないようにして脳を活性化させる機会も奪うことにする。そしてそれとは逆に語り手は、自分の筋肉や神経回路を開発するために過酷なトレーニングとがむしゃらな学習に励む。まさにスクラップとビルドである。しかし語り手はある出来事をきっかけに、祖父の本音に気づくことになる。

つい卑屈になってしまう祖父、つい暴言を吐いてしまう母、つい一生懸命になってしまう語り手。三者三様の家族の姿は滑稽でちょっぴり悲しいが、温かく穏やかな気持ちで読み終えることができる。

2018.7.20読了)


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by nishinayuu | 2018-11-02 09:15 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)


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本作は第2次世界大戦末期のワルシャワを舞台に、そこに居合わせた人々それぞれの精神的・肉体的戦いの日々を描いたもので、物語に史実を巧みに取り込んで書き上げた力作である。物語の軸となるのは三人の青年――日本大使館の書記官の棚倉慎(マコト)、カメラマンのヤン、そしてジャーナリストのレイである。

彼らはそれぞれ数奇な出自と育ちを持っていた。慎は白系ロシア人の父と日本人の母の間に生まれ、日本人ばなれした外観から友だちができずに寂しい子ども時代を送った。そんなある日、当時日本が保護していた「ポーランド系のシベリア孤児」の一人カミルが庭に逃げ込んできた。慎の父が弾いていたショパンの「革命のエチュード」に耳を傾けて懐かしんだカミル。二人は互いの重い秘密を打ち明けあって「友だち」になったが、結局カミルは孤児を保護していた「福田会」に戻り、その後ポーランドへ向かったはずだった。慎9歳、カミル10歳のときのこの出会いがずっと心の中にあった慎は、カミルとの再会という期待もいだいてポーランドに赴任した。

ヤンとは赴任の途中の列車の中で出合った。ユダヤ人が同じ列車に乗っているのはけしからん、とドイツ人に難癖を付けられたヤンを慎が自分のコンパートメントに隠した。そしてヤンは下車するはずだった駅では降りずに慎といっしょにワルシャワで列車を降りた。ヤンはドイツ領の土地で生まれたポーランド人なのだが、ナチスドイツの区分によれば「第1級ユダヤ人」なのだった。

そしてワルシャワでヤンの母親が住むユダヤ人地区に行ったときに出合ったのがレイモンド・パーカー、通称レイだった。シカゴプレスの記者をしている、と自己紹介したレイは190㎝近くもあり、屈託のない笑顔のアメリカ人だった。

この三人の他に日本大使館の面々、そこで働く現地人スタッフ、対ドイツの地下組織のメンバーたちなど、多彩な顔ぶれが緊密に絡み合いつつ、19434月の「ワルシャワ・ゲットー蜂起」へとなだれ込んでいく。慎とカミルは再会できるのか、そして「桜のもとで会うこと」を約束した人たちは約束を果たせるのか、という謎も巻き込んだまま。

本作は2017年に「高校生が選ぶ直木賞」を受賞している。日本でもフランスの「高校生が選ぶゴンクール賞」に習ったこのような賞ができたことを嬉しく思う。今後どんな作品が選ばれるかも楽しみだ。(2018.5.5読了)


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by nishinayuu | 2018-06-30 11:00 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)


c0077412_09221761.jpg「進化の結果、なぜかちょっとざんねんな感じになってしまった生き物たち」を、イラスト(下間文恵・徳永明子・かわむらふゆみ)と文で紹介した本。第1章「ちょっぴり進化のお話」に続いて、第2章「ざんねんな体」に45種、第3章「ざんねんな生き方」に45種、第4章「ざんねんな能力」に32種のいきものが取り上げられ、その「ざんねんぶり」が解説されるとともに、ざんねんマークのコイン1個~3個で「ざんねん度」のランク付けまでされている。生き物たちからすれば余計なお世話であろうが、「ざんねん」という言葉には彼らへの限りない愛情がこもっていることを彼らが理解できないことがざんねんではある。とくに印象に残った生き物は以下の通り。

*ダチョウ――脳みそが40グラムしかなくて目玉(60グラム)より小さい。

*ホタル――ほとんどのホタルは幼虫のときだけ光って、成虫になると光らない。

*クジャク――雄の美しい羽は飛ぶにも動き回るにも邪魔。羽を広げているときに風が吹くと転ぶ。

フラミンゴ――雛は真っ白で、両親からカロテン入りのフラミンゴミルクを口移しでもらって赤くなる。雛にカロテンを与えた両親はだんだん白くなる。

*ザリガニ――水がアルカリ性だと体色は薄くなり、酸性だと濃くなる。カロテンを含まないアジやイワシばかり食べていると赤みが薄れて青くなり、最終的には色が抜けて白くなってしまう。

*アライグマ――食べ物を洗うというのは勘違いで、目が悪いためにえものを手探りしているだけ。飼育されているアライグマが食べ物を水で洗うのは「ひますぎてやることがないから」という説が有力。

*オオヨシキリ――だまされてカッコウの雛を育てる。

*シロアリを食べる生き物――アードウルフ(ハイエナの仲間)、ツチブタ、オオアリクイ、コアリクイ。

nishinaによる補足――本書にはオオヨシキリのことしか取り上げられていないが、ホトトギス科の鳥による拓卵はおおむね次のような関係になっているらしい。矢印の前が拓卵する鳥、矢印の後が拓卵される鳥。ホトトギスウグイス/カッコウオオヨシキリ、モズ、アオジ、ウグイス/ツツドリセンダイムシクイ。

なお、『万葉集』に「鶯の卵の中に霍公鳥ひとり生まれて」とウグイスの巣に拓卵されるホトトギスを詠んだ歌がある(1755「高橋虫麻呂歌集」の歌)。

本書は動物好きの友人から借りて読みました。(2018.1.12読了)


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by nishinayuu | 2018-03-22 09:25 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)


c0077412_14093963.jpg本書は『須賀敦子全集』(2000年河出書房新社)の第2巻から第4巻を底本にして編集された随筆集である。一番古い1968年の『ミラノの季節』から、亡くなる前年である1997年に発表された「パラッツィ・イタリア語辞典」まで、全部で29の作品がⅠ、Ⅱ、Ⅲの三つの章に分けられて収録されている。どのページを開いても、夢のようなイタリアの光景と心地よい日本語の響きに出会え、煩雑だったり憂鬱だったりする日常をふっと忘れることができる作品集である。目にとまった部分をいくつかメモしておく。

*30年前に訪れた北イタリアのフリウリ地方のチヴィダーレのペンションに滞在したとき、土地の漁師が料理番のおばさんとこちらにはまるで通じない言葉で話していたが)それは方言ではなく、フリウリ語という独立した国語だといわれている。――「悪魔のジージョ」

*かつてのプルーストの翻訳者が、社会参加の本を書いてしまったことについて、私は考えをまとめかねていた。友人の修道士が、宗教家にとって恐い誘惑の一つは、社会にとってすぐに有益な人間になりたいとする欲望だと言っていたのを、私は思いだした。文学にとっても似たことが言えるのではないか。――「私のなかのナタリア・ギンズブルグ」

*美術館や展覧会に行くと、あ、これは欲しい、うちに持って帰りたい、と思う作品を探して、遊ぶことがある。街中が美術館みたいなフィレンツェには「持って帰りたい」ものが山ほどあるが、(中略)サン・マルコ修道院のフラ・アンジェリコ、定宿にしている「眺めのいい」都心のペンションのテラス、もちろん、フィエゾレの丘を見晴らす眺めも一緒に。夕焼けの中で、丘にひとつひとつ明かりがついていく。そして最後には、何世紀ものいじわるな智恵がいっぱいつまった、早口のフィレンツェ言葉と、あの冬、雪の朝、国立図書館のまえを流れていた、北風の中のアルノ川の風景。――「フィレンツェ」

*日本では普通ジェノヴァと表記されるが、「ヴァ」と書くと英語風の重い音になるので、私はイタリア人の発音により近いジェノワと書くことにしている。――「ジェノワという町」

*(ローマ行きの列車で隣のコンパートメントの話し声に耳を傾けていると)ぶっきらぼうなパリのことばに慣れた耳には、彼らのことばはわたしが生まれ育った関西の人たちのアクセントそっくりなように聞こえた。――「となり町の山車のように」

*陽が落ちはじめると、アッシジの建物という建物は、すべて薔薇色に燦めく。(中略)アッシジの建物の石は、町のうしろの山の採石場でとれるもので、もともと、うすいピンクなのが、赤々と、そして次には、紫に、ゆっくりと染まる。――「アッシジに住みたい」

*『パラッツィ』(1939年初版の辞書)を使ってる、と私がいうと、ほう、と言う人と、へえ、と言う人がいる。「ほう」組は、どちらかというと古典的、文学的な道を歩いている人に多いのではないか。(中略)「へえ」と応える人は、たぶん、どうして、現代的なチーム編集の『ガルザンティ』とか、現代用語や外来語のたくさんある『ヅィンガレッリ』を使わないの、という質問が口に出かかっている。――「パラッツィ・イタリア語辞典」

2017.12.26読了)


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by nishinayuu | 2018-02-25 14:10 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)


c0077412_09242068.jpg本書は「地図のない道」と「ザッテレの河岸で」の二部からなる旅の随想記である。「地図のない道」は「新潮」(19965月号~7月号)に掲載されたのち著者が加筆・訂正中だったものを、著者の没後に編集部の責任で整理したものだという。


「ザッテレの河岸で」の初出は『ヴェネツィア案内』(トンボの本 19945月、新潮社)。

「地図のない道」はさらに「その1」「その2」「その3」の3つに分けられている。

「地図のない道-その1-ゲットの広場」――評論家ジャコモ・デベネデッティの著作『一九四三年十月十六日』を手にしたのをきっかけに著者は、ローマのユダヤ人とその歴史に思いをはせる。そしてゲットにあるレストランのざわめきから著者の思いは30年前に出会ったユダヤ人のマッテオへ、彼との出会いをもたらしたミラノのコルシア書店とその店主で著者の夫となったペッピーノへ、夫婦で名付け親となったマッテオの息子たちジャコモとジョヴァンニへと続いていく。最後はヴェネツィアの「ゲットのツアー」に挑戦して3度も冷たく門前払いされ、やっと4度目に参加できたが…という話で締めくくられている。

「地図のない道-その2-橋」――夫の死後に著者が初めてヴェネツィアを訪れたときに知り合ったルチアの話から始まる。「おばさんのところにちょっと寄る」と言ってグリエの橋のたもとで著者を待たせたルチアは、1943年頃の生まれで両親はもういないと言っていた。のちに再度グリエ橋を訪れた著者は、そこがゲットの入り口に近いことを知って、もしかしたらルチアの「おばさん」はユダヤ人の赤ん坊を引き取って育てた人のひとりだったのかもしれない、とふと思う。ヴェネツィアの大運河(カナル・グランデ)に架かるスカルツィ橋、リアルト橋、アカデミアの橋の三つのうち、飛び抜けて華やかなのはリアルト橋だが、著者にとっていちばん親しみが持てるのはアカデミアの橋だという話から、著者の連想は橋の多い大坂へと飛び、やがて「祖母の大坂」を歩くことに繋がっていく。

「地図のない道-その3-島」――1967年に夫と祖母を相次いで亡くした著者は翌年の夏、ベルリン生まれの友人インゲに誘われてヴェネツィアの沖にあるリド島(『ヴェニスに死す』の舞台でもある)のアルベローニに滞在していた。ある日インゲの勧めで、トルチェッロを訪れる。たぐいまれなモザイクがあることで知られる古い教会を見るためだった。そしてヴェネツィアに帰る最終便を待ちながら著者は、結婚した当時のこと、結婚式の司式をしてくれた夫の友人ダヴィデが連れて行ってくれたスロヴェニアの国境に近いアクイレイアの聖堂に思いをはせる。「海をへだてた小高い松林の丘には、アクイレイアの白い大聖堂が夕日をうけて燦めいているはずだった。」

「ザッテレの河岸で」――ヴェネツィアのジュデッカ運河に沿って散策していたときに著者の目にとまったのはリオ・デリ・インクラビリ(Rio degli incurabili) という水路名。Incurabiliは治療の当てのない、手の尽くしようのない病人を意味する語で、かつてそこにそういう名称の施設があったという。この名称をきっかけに、著者の縦横無尽な歴史的、文学的、社会学的考察が繰り広げられる(情報量が多すぎるので内容は省略)。

異国を旅する人の心に映る風景が写し取られている本書は、著者が翻訳した『インド夜想曲』とどこか似ている。流れるように美しい日本語が味わえることは言うまでもない。(2017.11.9読了)


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by nishinayuu | 2018-01-12 09:29 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)


本書は「史実に基づいたフィクション」で、4人の画家にそれぞれ一つの章が与えられた、4部構成の作品である。

c0077412_14272673.jpg*「美しい墓」――アンリ・マティスに関する章。舞台は光あふれるコートダジュール。語り手は21歳のときマグノリアの花とともに84歳のマティスのアトリエに送り込まれたマリア。マティスを支えた「マグノリアのマダム」やパブロ・ピカソなどに関するエピソードとともに、マティスの最晩年の姿が生き生きと浮かび上がる。冒頭にピカソの次のような言葉が掲げられている。「もしもマティスが死んでしまったら、ほかの誰にも話せないことを胸の中にためこんでしまうことになる。なんといっても、私には、マティスしかいないんだ。」

c0077412_14274015.jpg*「エトワール」――エドガー・ドガに関する章。進行役として登場するのはドガの友人だったメアリー・カサット。彼女はパリで成功した最初のアメリカ人画家であり、印象派をアメリカに伝えることによって印象派の世界的成功をもたらした立役者である。ドガが生前に発表した唯一の彫刻作品『十四歳の小さな踊り子』のモデルは「オペラ座」のエトワールを夢見ていた踊り子だったが、ドガの彫刻はアトリエの奥にしまい込まれ、夢破れてバレエを捨てた少女の行方はわからない。

c0077412_14275518.jpg*「タンギー爺さん」――ポール・セザンヌに関する章。語り手はゴッホの『タンギー爺さん』で知られるパリの画材商タンギーの娘である。才能のある画家たちへの援助を惜しまなかったタンギーが最も愛していた画家がセザンヌだったこと、セザンヌが親友だと思っていたゾラがセザンヌをモデルにして絶望の果てに自ら命を絶つ画家を描いたこと、しかもその作品『制作』をセザンヌに送りつけたこと、ゾラの呪詛にもかかわらずセザンヌは「リンゴ一つで、パリをあっと言わせてやる」という予言を実現させたことなど、興味深いエピソードが盛り込まれている。

c0077412_14274943.jpg*「ジヴェルニーの食卓」――クロード・モネに関する章。進行役はクロード・モネの義理の娘であるブランシュ。舞台はブランシュたちオシュデ一家の別荘であるモンジュロンのロッテンブール城から、モネが妻や息子たちと暮らすヴェトゥイユの借家へ、そしてジヴェルニーの館へと移る。それに伴ってオシュデ家とモネの関係も、‘裕福なスポンサー’と‘売り出し中の画家’から、‘倒産して妻子を貧しい画家に託したもとスポンサー’と‘ブランシュやその母アリスらとの同居を心から喜ぶ画家’へ、そしてオシュデ亡き後のアリスとやはり妻を亡くしたモネがついに結ばれてできあがったほんとうの家族へと変遷する。二つの家族が一つになるというおとぎ話のような展開に、様々な作品に関するエピソードが加わって、モネの絵そのままに明るい輝きに満ちた物語となっている。もと首相で美食家のクレマンソーが「睡蓮」の完成に大いに貢献しているというエピソードも楽しい。(2017.11.8読了)


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by nishinayuu | 2018-01-07 14:31 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

私の10冊(2017年)

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☆この1年に読んだ本の中から特に気に入った本を選んで、「私の10冊」としてまとめてみました。また、「私の10冊」の選から漏れた本を「お勧めの10冊」として挙げてみました。

☆画像は「ふたつの海のあいだで」です。


「私の10冊」

聖ペテロの雪(レオ・ペレック、訳=垂野創一郎、国書刊行会)

イザベルに 曼荼羅(アントニオ・タブッキ、訳=和田忠彦、河出書房新社)

植物たちの私生活(李承雨、訳=金順姫、藤原書店)

The Buried Giant (KazuoIshiguro, Vintage)

冬の灯台が語るとき(ヨハン・テオリン、訳=三角和代、早川書房)

ぼくが逝った日(ミシェル・ロスタン、訳=田久保麻里、白水社)

ふたつの海のあいだで(カルミネ・アバーテ、訳=関口英子、新潮クレストブックス)

あの素晴らしき七年(エトガル・ケレット、訳=秋元孝文、新潮クレストブックス)

ジヴェルニーの食卓(原田マハ、集英社)

黄昏に眠る秋(ヨハン・テオリン、訳=三角和代、早川書房)


「お勧めの10冊」

회색 문헌 (강영숙, 문확과지성사)

書店主フィクリーのものがたり(ガブリエル・ゼヴィン、訳=小尾芙佐、早川書房)

The Sheep (H. H. Munro,Doubleday & Company Inc.)

妻は二度死ぬ(ジョルジュ・シムノン、訳=中井多津夫、晶文社)

A Woman of No Importance(Oscar Wilde)

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年(村上春樹、文藝春秋)

ゴリオ爺さん(バルザック、訳=中島英之、青空文庫)

チェーホフ短編集(編=沼野充義、集英社)

地図のない道(須賀敦子、新潮社)

人生の段階(ジュリアン・バーンズ、訳=土屋政雄、新潮クレストブックス)


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by nishinayuu | 2018-01-02 17:09 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)


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本作品は「どうやらあがったようだわ。宇藤聖子は露の晴れ上がった空を見上げてそう呟いた。」という文で始まる。「あがった」のは「雨」だと思わせておいて、数行先で雨ではなく別のものの話だということがわかるのだが、なにやらゆったりした家庭小説の始まりを期待させる書き出しである。

主人公の宇藤聖子は、知り合いの税理士事務所で週三日ほどアルバイトをしているが、主婦業も完璧にこなす50台はじめの女性。夫の守とは大学の同級生で、出産前までは丸の内でばりばり働いていたという設定。それでこの夫婦の会話にはマルグリット・デュラスとかオクタビオ・パス、トーベ・ヤンソン、クロード・シモンなどの名がぽんぽん飛び出す。零細編集プロダクションを営む夫がある晩持ち出した名前は伊藤整だった。ある会社のPR誌を引き受けることになり、創業者の趣味を入れて伊藤整の『女性に関する十二章』のようなものを書くようことになったという。「文筆業が本業でその傍ら編集もやっている」という建前の夫はこの仕事に乗り気になっていて、『女性に関する十二章』をきみも読んでみる?と聖子に聞く。自分は家の本棚から見つけた文庫本を読むから、聖子はタブレットで読めばいいという。すでにキンドルで電子書籍を買ってあるのだ。まさに今の時代のごく一般的な夫婦、ということだろう。(因みにnishinaも新しもの好きの夫のおかげでずいぶん前からキンドルを使っているが、周りにいる同年代の友人知人には同類が見当たらない。)

こうして伊藤整の『女性に関する十二章』と付いたり離れたりしながら『彼女(聖子)に関する十二章』が展開していくことになる。初恋の男性の息子との邂逅に始まり、彼女なりにめまぐるしい男性との関わりが綴られていき、その合間に適度な蘊蓄も挟み込まれていて、中年女性の日常を綴ったエッセイのような趣もある。そして最後はまた冒頭と呼応するように「あがった」話で締めくくられている。この作者の本は『小さいおうち』しか読んでいないので、他の作品も読んでみようかという気分になった。たとえば泉鏡花賞を受賞している『妻が椎茸だったころ』とか、チャンドラーか?と突っ込むのがお約束と思われるタイトルの『長いお別れ』とか。

目にとまった部分を軽重は度外視して書き留めておく。

*阿野弥也子なんか、すっごいこと書いてて、あっちこっちから怒られているけど、それでもブイブイ威張りながら書いている。(あの作家のことですね。)

*守に仕事をくれた会社の会長が、若い男に動物としての種まき本能が欠けているから少子化問題が起こるのだという論理から、PR誌のタイトルを『種を蒔く人』にしたいと言い出した。それを聞いた聖子は初恋の人・久世佑太は「種を蒔く人」になったのだ、と思う。

*伊藤整による『金色夜叉』の要約。

*初恋の相手は一生の間その人の美の原型となる。

*アンドレア・デ・サルトがアンドレア・デ・サルトでなかったとしたら、『吾輩は猫である』の冒頭は、あんなにおかしいだろうか。

*お金を使わずに生きることにかけている片瀬さんと喫茶店に入ると、チェット・ベイカーの『レッツ・ゲット・ロスト』が流れていた。

*「自分のエゴも他人のエゴも肯定する」のがキリスト型の愛で、「他人のために自分のエゴを否定する」のが孔子型の愛だ。

*孔子型の愛は自己犠牲を称揚する日本的な情緒とつながる。そして「いつだって日本で軍事化が進められるときには、日本的情緒が引っ張り出される」と伊藤整は言っている。

*『遠くへ来たもんだ』(海援隊)と『遠く来たもんだ』(中原中也)じゃ大違いよ、と言って聖子はタブレットで中也の詩を読む。「この詩、いいよね」と聖子がしみじみ言い、「いいね」と言って妻を見上げる守に微笑み返す。

2017.10.28読了)


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by nishinayuu | 2017-12-26 09:17 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)


c0077412_14284604.jpgColorlessTsukuru Tazaki and His Years of Pilgrimage

本書はまず、その奇抜なタイトルで人目を引く。ひらがな表記の「つくる」が名前だと気づくのに数秒要するし、気づいたあとも今度は「色彩を持たない」ではたと考えさせられる。印象的なタイトルであることは確かだ。


「色彩を持たない」の意味は読み始めればすぐに解明される。主人公は高校時代に5人からなる親友グループに属していて、主人公以外はみな名前に色名がついていたのだ。男子の赤松、青海(おうみ)と女子の白根(しらね)、黒埜(くろの)の4人は「アカ」「アオ」「シロ」「クロ」が呼び名となり、色名を持たない主人公だけは「つくる」と呼ばれた。大都会郊外の中の上クラスの家庭、両親は団塊世代で父親は専門職か一流企業勤務、母親はおおむね家に入る、学校は受験校なので成績レベルも高い、という共通点を持つ5人は、それぞれが正五角形の1辺であるような緊密な共同体だった。

しかし、それぞれ個性的で目立った特質の持ち主であるほかの4人に比べ、主人公にはこれと示せるような特質は具わっていない(少なくとも彼自身はそう感じていた)。すべてにおいて中庸で,色彩が希薄だった。まさしく「色彩を持たない多崎つくる」だった主人公は、「いつかその親密な共同体からこぼれ落ち、あるいははじき出され、一人あとに取り残されるのではないかというおびえを、常に心の底に持っていた。」そして大学二年生の夏休みに、主人公は4人から絶縁される。何の説明もなく、一方的に。このため読者は、深く傷ついた主人公に寄り添ってこの後の展開を辿ることになる。

音楽通の著者は、本作品では主人公が大学で親しくなった灰田文紹という青年(彼の名前も色つき!)を通して様々な蘊蓄を披瀝している。その最たるものがタイトルにある「巡礼の年」に関する部分だろう。灰田と一緒にレコードであるピアノ曲を聞いていたとき、主人公はそれが「シロ」がよく弾いていた曲だと気づく。何という曲かと尋ねる主人公に灰田が答える。リストの『巡礼の年』という曲集にある第1年、スイスの巻に入っている『ル・マル・デュ・ペイ』(Le Mal du Pays)で「田園風景が人の心に呼び起こす、理由のない哀しみ」という意味だと。演奏しているのはラザール・ベルマン(Lazar Berman)というロシアのピアニストで、繊細な心象風景を描くみたいにリストを弾く、リストの曲は技巧的で表層的なものだとみられているが装飾の奥に独特の深みが巧妙に隠されている、リストを正しく弾けるピアニストは新しいところではベルマン、古いところではクラウディオ・アラウくらいかな…と説明が続く。(おそれいりました。)

この著者との出会いは『ノルウェーの森』で,その印象が余りに悪かったのでそれ以来ずっと避けてきた。それが、ジョージ・オーウェルとどう関連があるのかという興味で読んだ『1Q84』が思いの外面白かったので、毛嫌いするのは止めにして,今回本作を読んでみた。『ノルウェーの森』アレルギーの人にぜひお勧めしたい作品である。(2017.10.3読了)


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by nishinayuu | 2017-12-06 14:32 | 読書ノート | Trackback | Comments(2)

読書と韓国語学習の備忘録です。


by nishinayuu