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『デミアン』(ヘルマン・ヘッセ、訳=高橋健二、新潮文庫)_c0077412_17260024.jpg

DEMIAN』(HERMANN HESSE,1919)

副題に「エミール・新クレールの少年時代の物語 Die Geschichte von Emil Sinclairs Jugend」とある。主人公の少年が、不可思議な力をもつ大人びた雰囲気の上級生デミアンとの交流によって、自己を見つけて成長していく物語。思春期に大いに感動しながら読んだが、さてどこにどう感動したのかは記憶があいまいである。ということで再読してみたが、実に難解な作品であると改めて感じた。とりあえず、印象に残った部分を書きとめておく。


*(私の迫害者であるフランツ・クローマーは)私の影のように、私の夢のなかにも一緒に生きていた。私はいつも夢を見る傾向の強い人間だった。

*楽園のような我が家に戻った私は特別の情けをもって迎えられた。しかしデミアンはけっしてこの世界には属さなかった。彼はこの世界にはそぐわなかった。クローマーとは違っていたが、彼も誘惑者だった。

*あの春の日に公園であった若い女の人に私は非常に引き付けられた。(…)私は彼女にベアトリーチェという名前を付けた。ダンテを読んだことはなかったが、絵の複製(ラファエル前派の、手や表情が精神化された少女の像)によってベアトリーチェのことを知っていた。

*私は彼女を描いてみた。(…)出来上がった絵の顔は、半ば男性、半ば女性で、夢想的であると同時に意志の強さを持ち(…)。やがてその肖像の正体がわかった。それはデミアンの顔だった。そしてそれはベアトリーチェでもデミアンでもなくて――私自身だという気がしてきた。

*鳥は卵の中から抜け出ようと戦う。卵は世界だ。生まれ出ようと欲するものは、一つの世界を破壊しなけらばならない。鳥は神に向かって飛ぶ。神の名はアプラクサスという(門の要石についているハイタカの紋章を描いた私の絵を見たデミアンのことば)

*僕たちの神はアプラクサスといい、神であり悪魔であり、明るい世界と暗い世界とを内に蔵しているのだ。(風変わりな音楽家のピストーリウスがシンクレールに語ったことば)

実は初読の時にいちばん印象的だったのがアプラクサスのくだりである。そしてそのころ毎日のように聞いていた聞いていた曲――ラフマニノフの「前奏曲作品23の5」――がアプラクサスのテーマ曲のように聞こえた。それ以来『デミアン』とかヘッセという音を耳にしたり、わが思春期を想いだしたりするとき、きっとこの曲が聞きたくなるのである。

(2023.9.8読了)


# by nishinayuu | 2023-10-26 17:28 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『The Irish Boarding House』(Sandy Taylor)_c0077412_11353170.jpg

『アイルランドの下宿』(サンディ・テイラー、usAmazon)

本作はアイルランドを舞台に一人の女性の波乱万丈の人生を描いた物語。母親がメアリー・ケイトを産んですぐに姿を消したため、メアリー・ケイトは祖父母の手に残された。テナーズ・ロウにあった祖父母の小屋は貧しいが愛と笑いにあふれていた。祖父母は唯一の子どもだった娘の失踪に心を痛めたが、娘を責めることはなく、ただ、美しくて賢い娘だったと涙ぐんだ。母親は二人に「ごめんなさい。いつも二人のことを想うことでしょう。ときどき私のために蝋燭を灯してください」という手紙を残していた。祖父母が衰弱するとメアリー・ケイトが二人の世話をし、特権を与えられたかのように12歳で学校をやめた。友達はいなかったし、外を駆けまわることもなかった。

30歳の時に祖父母が相次いで亡くなった。祖父は亡くなる前の晩にメアリー・ケイトの手を取って二つのことを約束させた。「①ここを出ていくとき、郵便局に私書箱をもうけること。人々がアイルランド中を訪ね歩かなくて済むように。②毎年、年頭に日記帳を買うこと。そして暮らしを記録し、特別な出来事は赤い文字で記すこと。赤い文字の記録を読み返して知恵を得るために」。祖父母が亡くなるとメアリー・ケイトは小屋を出ることになった。そこは借家だったから。隣人のフィン夫人と抱き合って別れを惜しんだあと、メアリー・ケイトは思い出の詰まった小屋を後にした。コートのポケットに母親の写真と手紙を入れて。

そして15年の歳月が流れた。メアリー・ケイトは下宿を転々としたがどこもくつろげる場所ではなかった。郵便局の私書箱は毎月チェックしたが、手紙は一度もこなかった。1951年の大晦日、メアリー・ケイトはダブリンのメリオン・スクエアに立って「売り家」の札が出ているジョージア風の家を見ていた。赤レンガ造り4階建ての、かつては美しかったであろうこの家の石段の手すりは錆び、大きなドアの塗は剥げてドアを囲む石柱は黒ずんでいた。メアリー・ケイトは今までになく惨めだった。新しい年にはみじめさしか待っていなかったから。人生には何の意味があるのか。オコネル橋からリフィー川に飛び込んだほうがましではないだろうか。そう思うと安らかな気持ちになり、その晩はぐっすり眠った。翌朝、母親の写真と手紙だけをもって橋へ急いでいたメアリーを、郵便局の局長が呼び止めた。15年間一通もこなかった手紙が来たのだ。弁護士事務所からの手紙だった。読み始めたメアリー・ケイトの手が震えた。これが彼女の人生が変わった瞬間、この日こそが彼女の赤い文字の日だった。母親が、あとに残してきた赤ん坊を思い出したのだ。

このあと物語は急展開を見せ、メアリー・ケイトに文字通りおとぎ話のような幸運の日々が訪れる。が、物語はそれだけでは終わらない。手にした幸運を人々に分け与えることによって新しい人生を歩み始めたメアリー・ケイトの周りで、様々な人々の数奇な物語が展開していくのだ。登場人物、エピソードがもりだくさんすぎてちょっと疲れるが、温かい気持ちで読み終えることができる物語である。

2023.8.31読了)


# by nishinayuu | 2023-10-21 11:50 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『狼の幸せ』(パオロ・コニエッティ、訳=飯田亮介、早川書房)_c0077412_12080202.jpg



La felicità del lupo』(Paolo Cognetti,2021)

本作は『帰れない山』の作者による実体験が色濃く反映された山岳小説。主な舞台はヨーロッパアルプスのモンテ・ローザ山塊のふもと、1800mの地点にある小さな集落フォンターナ・フレッダ(冷たい泉)。




主要登場人物は

❦ファウスト(40歳)――ミラノの作家。いろいろな問題を抱え、やり直すための場所を求めてフォンターナ・フレッダにやってきた。秋は子どものころから親しんできた山の暮らしを楽しみ、孤独の悲しみをかみしめて過ごした。貯金が尽きた冬、山を下りるしかないと思い始めたときに、集落唯一の社交の場「バベットの晩餐会」にコックの職を得た。

❦バベット――10代にミラノからやってきた女性。レストラン経営に携わって35年。新天地を求めてフォンターナ・フレッダを出ていく。

❦シルヴィア(27歳)――「バベットの晩餐会」に住み込みで働くウエイトレス。ファウストの身体はグラッパと這松の実の匂い(7月の匂い)がする、と言う。葛飾北斎の画集『富嶽三十六景』をファウストにプレゼントする。

❦サントルソ(54歳)――フォンターナ・フレッダで生まれ育った生粋の山男で元森林警備官。冬はスキー場で圧雪作業車に乗っている。父親に教えられたルール「森からはけっして手ぶらで帰るな」を遵守している。ファウストをファウス(偽物)とからかう。岩場で落石に遭って大けが。それがきっかけで娘と再会。

❦ヴェロニカ――ファウストが長年ともに暮らした女性。

❦デュフール――サントルソの救助にあたった山岳ガイド。クインティーノセッラ小屋の持ち主で、シルヴィアの新しい雇い主。

❦雄の一匹狼――フォンターナ・フレッダに番人がいないときにやってきて、人間の匂いが残り香に過ぎないこと、敵は勢いを失ったことを確かめると、また森に身を潜めた。

❦カテリーナ――サントルソの娘。顔つきは父親譲りでちょっと厳めしく、透き通るように白い肌と赤毛は母親譲り。さて母親は?

特に印象に残った部分

*アルプスで1000m上るのは、北に1000km移動するのと同じ。だから3000m登れば北極圏が、5000m登れば北極点がある。

*フランス人が「犬と狼の間の時間」と呼ぶ時間帯、つまり夕闇と夜闇の狭間にクロライチョウは鉤爪からくちばしから翼から、武器となるものはすべて使って闘う。サントルノにとってはそれが春の始まりだった。

*ミラノを歩きながらファウストはヘミングウェイの『異国にて』の冒頭部分を思い出した。「秋になっても戦争はまだ続いていたが、僕らは二度と戦場には帰らなかった」という一文を。

*木々は幸せを求めてどこかに行くことができない。どの木も種が落ちた場所で育ち、幸せになりたければそこでなんとかするしかない。一方草食動物の幸せは牧草を追って移動する。(…)狼はずっと不可解な本能に従って動く。どこかの谷にたどり着き、仮にそこが獲物であふれていたとしても、何かが定住を妨げ、幸せを探して別の土地に向かう。常に新たな森へ、常に次の尾根の向こうへ。

厳しくも美しい自然の中で繰り広げられる、たくましくて情愛溢れる人々の営みが文学の香りとともに綴られており、さわやかな読後感を与える作品である。(2023.9.5読了)


# by nishinayuu | 2023-10-16 12:10 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

韓国ドラマノート-その22(2023.10.11作成)_c0077412_18221547.jpg

20231月から9月末までに見たドラマを上から新しい順に並べました。

1行目:日本語タイトル、韓国語タイトル、放送局

2行目:キャスト 3行目以降:一言メモ

画像は「ようこそサムグァンハウスへ


輝け!きらびやかなボクヒの人生(찬란한 인생MBC 128話

シム・イヨン、チン・イェソル、チュ・ソンジェ、イ・ジョンギル

貧しい家庭で育ったボクヒの逆転人生を描いた痛快なドラマだが、長すぎ。

騙されても夢心地(속아도 꿈결KBS1TV

リュ・ジン、パク・タミ、ユン・ヘヨン、チェ・ジョンウ、ハム・ウンジョン

親の熟年再婚によって一つの家族になった人々の繰り広げるドタバタ調ドラマ。

  リュ・ジンはバカっぽい夫役が似合いすぎ。

ようこそサムグァンハウスへ(! 삼광빌라!KBS

チン・ギジュ、イ・ジャンウ、チョン・インファ、ファン・シネ、チョン・ボソク

下宿の管理人を中心に展開するドラマ。高貴な雰囲気のチョン・インファが

貧しい育ちの人情味あふれるおばさんを好演。

離婚弁護士シン・ソンハン(신성한 이혼JTBC 16話

チョ・スンウ、ハン・ヘジン、キム・ソンギュン、チョン・ムンソン

ピアニストから離婚訴訟弁護士に転身した男の物語。こういう見ごたえのある

ドラマに限って16話で終わりとは。原作はカン・テギョンによるウエブ漫画。

エンジェル・アイズ(엔젤아이즈SBS

ナム・ジヒョン、ク・ヘソン、カン・ハヌル、イ・サンユン、キム・ヨジン

貧しい優等生ドンジュと裕福だが目の見えないジヒョンが初恋から12年後に

再会して展開するラブストーリー。

車輪(트롤리SBS

キム・ヒョンジュ、パク・ヒスン、キム・ムヨル、チョン・スビン

とつぜん世間の目に晒された政治家の妻を追いつめるつらい過去と家族の秘密。

久々のキム・ヒョンジュ!

愛と利と(사랑의 이해JTBC

ユ・ヨンソク、ムン・ガヨン、クム・セロク、チョン・ガラム

銀行で働く男女四人の恋愛と彼らをとり囲む格差社会を描いた大人の恋愛ドラマ。


# by nishinayuu | 2023-10-11 20:11 | 映画・ドラマ | Trackback | Comments(0)

『鳥の歌いまは絶え』(ケイト・ウィルヘルム、訳=酒匂真理子、サンリオSF文庫)_c0077412_20285727.jpg

Where Late the Sweet Birds Sang』(Kate Wilhelm)

著者の最高傑作と言われている本作は1977年度の「ヒューゴ賞」と「ジュピター賞」の二つを受賞している。「ヒューゴ賞」はSF大会においてファン投票で選ばれるもので、高度に形而上学的な作品や文明へのペシミスティックな対応を示す作品は選ばれにくい。また「ジュピター賞」は教育者によって選ばれるもので、わかりやすく健全な内容が要求される。著者はSF作家として高く評価されているが、その作品はけっして一般受けするものではない。そんな著者にとって本作は例外的な話題作といえよう。(巻末の解説から)

本作は三部構成になっている。

1部はサムナー家のデヴィッドを主人公とするカントリーストーリー。叔父さんのドクター・ウォルトを尊敬し、従妹のシーリアとの将来を夢見る青年だった。が、地球は汚染が急速に進み、人類は破滅に向かっていた。食料確保のために動物のクローンを育てる事業が始まり、山の洞窟では人間のクローンを育てる事業がひそかに進行していた。やがてデヴィッドは自分たちのクローン1号を、そして2号、3号、を見ることになった。そしてついにデヴィッドがクローンたちによってサムナー農場から追放される日が来る。別れ際に見送り役のウォルト2号(ウォルトの2世代目のクローン)がデヴィッドに告げる。「あなたがシーリアと呼ぶ少女たちの一人が妊娠しました。あなたがデヴィッドと呼ぶ少年たちの一人が父親です。彼らはあなたに知ってほしがっていました」と。

共同体から追放されてから六日目にデヴィッドは昔シーリアを待っていた農場に着き、それから古い森に向かった。巨大な木々の下の地面に横たわって眠った。そして、ひんやりと霧のたちこめた彼の夢の世界では、トカゲどもが歩き、鳥が歌っていた。

物語は第2部のラヴストーリーへ、そして第3部のアドヴェンチュアへと続いていき、次のように終わる。

(共同体から離れて自分の道を歩き始めた)マークは付近を散策し、谷を望む尾根二十年ぶりに谷を見下ろしたりしてから帰路を辿った。しばしば足を止めては、木々や、鮮やかな緑色の苔の絨毯に目をとめ、時には、きらきら光るバッタが日光の中を重たげに羽根を動かして飛ぶさまに見とれたりした。自分の谷を見晴らす丘の頂で一息入れた彼は、眼下の様々な活動を見守った。一群の男女が畑で働いており、十人あまりの子どもたちが、畑のへりに沿って生えたクロイチゴの実を摘んでいた――彼らのなかに似た者同士はひと組もなかった。(…)家に帰るとリンダが彼を出迎えた。彼女は19歳で、大きなお腹をしていた。そこに宿されているのは彼の子どもだった。

ここに描かれているのはクローンと人間の対決ではなく、クローンの存在によって浮き彫りにされる人間の存在意義である。重くて深いテーマを扱いながらも、美しい情景、心温まる場面もふんだんにある感慨深い作品である。

2023.8.23読了)



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# by nishinayuu | 2023-10-06 20:48 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

読書と韓国語学習の備忘録です。


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