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『誰でもない』(黄貞殷)

本書は1976年ソウル生まれの若手作家による3冊目の小説集。20122015に発表された8編が収録されている。登場するのは孤独でわびしい男女(著者のポートレートが象徴的!?)だが、悲惨さやむごたらしさはなく、おおむね共感できる。凝った文章、難解な言い回しもないので読みやすい

*『上行』――語り手と男友達のオジェがオジェの母親と一緒に、母親の養母が暮らす田舎に出かけて唐辛子やら柿やらの収穫を手伝い、収穫したもの以上のお土産をもらってソウルに帰る。(集中で唯一明るくて楽しい話。)

*『ヤンの未来』――書店員のヤンは不良たちと談笑している少女チンジュを目にするが、そのまま仕事を続けていたらチンジュが行方不明になった。何日も書店の前に座り込んでチンジュを待ち続ける母親。ヤンは黙って立ち去り、今は目立たない所でひっそり暮らしている。同僚のホジェのかわいがっていた猫たちのことを思うこともあれば、チンジュに関する情報を求めて夜を過ごすこともある。

*『上流には猛禽類』――ジェヒとその母親と樹木園に行った語り手。それなりに楽しい一日だったのだが、2年後にジェヒと別れることになったのは自分のせいでは、と思う。

*『ミョンシル』――長年連れ添ったシリルに死なれて長い間ひとりぼっちのミョンシル。ふと思いついてノートを買うことにした。机の抽出にはシルリが使っていた万年筆もあるし。

*『誰が』――アパートの上の階と下の階の騒音問題に悩まされる語り手は、やがて社会の階級問題を意識することに。(李孝石文学賞受賞作品。)

*『誰も行ったことのない』――ふと思い立って初めての海外旅行に旅立った夫婦。ヘルシc0077412_10333993.jpgンキ、ワルシャワ、クラクフを経てプラハへ。そこで2回、はぐれそうになる。ベルリン行きの列車内で険悪な雰囲気になり、ベルリン駅では降り損なった妻を乗せたまま列車が出発してしまうという事態に。

*『笑う男』――決定的な瞬間に思わず回避する人間は、次の時も回避してしまう。語り手の父がそうだった。語り手はバスを待っていたとき、自分の方に倒れかかってきた老人を支えずに身を引いてしまい、しかも地面に頭を打ち付けた老人をそのままにしてバスに乗ってしまった。ディディが死んでしまったのも、彼女を引き寄せるべきときに自分の鞄を引き寄せてしまったからだ。狭い部屋に閉じこもって男は考え続ける。男は笑ってはいないのだが、この部屋を出て行けばやがて笑うこともあるだろう。

*『作り笑い』――デパートの寝具売り場で働く女性。他人との摩擦を避けるためにいつも笑っている。笑いたいわけではないのに笑ってしまう。(感情労働に携わる人間の日常を描きつつ、暴力について考察した作品。我々は日々、他人からの暴力に曝されていると同時に、自分も他人に対して暴力的な存在になり得るのだ。)

2018.12.16読了)


# by nishinayuu | 2019-04-06 10:34 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

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『ルイーズ』(マンロウ)

『サキ全集』の「TheToys of Peace1923」に収められている1編。

場面は老姉妹スーザンとジェインのティータイム。ジェインはミドゥルセクスでいちばんのうっかり者で、いつも上の空。そのジェインが「今日の午後はわたし、珍しくとっても冴えていたのよ。訪ねようと思ったところはみんな訪ねたし、スーザンのためにデパートにも寄ったし」と姉に向かって得意げに語る。そんなジェインを見ながらスーザンが尋ねる。「ルイーズはどうしたの?」。そう、ジェインはその日、姪のルイーズを連れて出かけたはずなのに、帰ってきたときは一人だったのだ。

さあ、それからが大変。ジェインは、キャリウッズ家には立ち寄ったのかカードを置いてきただけなのか、デパートはハロッズだったかセルフリッジだったか、思い出せない。救世軍の行進に巻き込まれたのは覚えているけれど、そのときルイーズがそばにいたかどうかは覚えていないし、アダ・スペルヴェクシットのところに行ったときルイーズが一緒だったのかもはっきりしない。あいまいな記憶をたぐりながらその午後に行った場所、会った人たちの話をしながら、のんびりとお茶を楽しんでいるジェインにスーザンはあきれる。ジェインの話からわかったのは、キャリウッズのところにもアダ・スペルヴェクシットのところにも、ウエストミンスター寺院にもルイーズはいない、ということだけ。さて、ルイーズはいったいどこに?

この短編のおもしろみは、ロンドンの市街の雰囲気や、有閑階級の暮らしぶりを垣間見ることができることと、もう一つ、これは作者が意図したものかどうかわからないが、姉と妹の対比である。姉から見ると妹というのは幼いときも歳をとっても、なんとも頼りないものなのです。ジェインほどひどいのも珍しいでしょうが。(2018.12.13読了)


# by nishinayuu | 2019-04-01 22:08 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

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To Say Nothing of the Dog』(Connie Willis, 1998

副題に「あるいは、消えたヴィクトリア朝花瓶の謎」(or How We Found The Bishop’s Bird Stump At Last)とある。タイトルの「犬は勘定に入れません」はかの有名な『ボートの三人男』(ジェローム・K・ジェローム)の副題がそのまま使われている。作中では犬も大活躍するという含みのあるタイトルであるが、犬の登場のしかたがユニークで、読者には最初、彼らが犬だとはわからない。たとえば第1章は次のように始まる。

「そこにいたのは総勢五名だった。カラザ-ス、新入生、僕、それにミスター・スピヴンズと堂守。」

語り手の僕が真ん中、という変わった順序の紹介の意味はこの時点ではわからないが、すぐあとで僕たちがタイムトラベルによって過去の世界にやって来て、その時代の堂守と出くわしたことが判明する。そのあとで、トンネルを掘ったり、ネコを見てうなり声を上げたり、果ては僕の足元にうずくまったり、という怪しい動きを見せることからミスター・スピヴンズが犬だと判明するのだ。

もっと重要な役割を持つブルドッグのシリルの正体も、読者にはすぐにはわからないように仕組まれている。ミスター・スピヴンズで学習した読者ならもう騙されることはないが、この2回の犬を介したおふざけによって作者はその独特のユーモア世界に読者を引き込んでいく。

ただしこの作品は単なるユーモア小説ではない。タイムトラベルを主題とするSF小説であり、ヴィクトリア朝を舞台にした歴史ミステリーであり、文学作品からの引用があふれる蘊蓄小説であり、登場人物たちがもつれ合う恋愛小説でもある。冒頭の場面からいきなり複雑な状況に放り込まれるので読みこなせるかどうか心許なくなるが、いったん状況が飲み込めるとストーリーとしてはそれほど複雑ではない。タイムトラベルにまつわる複雑な理屈や文学的蘊蓄はさらっと読み流してしまっても充分楽しめる。

特筆すべき点はイギリス小説ならではの「執事」の活躍である。ヴィクトリア時代の名家の執事として完璧な働きぶりを見せたベイン(本名ウィリアム・パトリック・キャラハン――これはネタバレ)。オクスフォードのダンワージー教授の許からヴィクトリア朝に移動してベインの後釜として名家に入り込み、ミステリーの解明に貢献するフィンチ。最近どなたかが愛読なさっているとかでもてはやされている「強かな執事のジーヴズ」に比べると、ふたりともきまじめな執事たちである。ところで疑問が一つ。執事になる階級と執事を雇う階級の間には確然とした壁があったと思うのだが、ベインはどうして執事になる階級ではないことがばれずに済んだのだろうか、そもそもどうして執事の仕事を完璧にこなせたのだろうか。カズオ・イシグロの『陽の名残』の主人公がうっかり「サー」と言ってしまったために紳士階級ではないことがばれてしまったのとは逆のパターンだが。(2018.12.4読了)


# by nishinayuu | 2019-03-27 09:28 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

翻訳練習 課題23

2018年度後期の韓国語講座「翻訳の秘訣」で練習したものの記録です。11/512/17


形容詞1-しい

意味:상냥하다, 친절하다, 자상하다, 순하다

原文1:優しいおじいさんは、かわいそうな魚を池に戻してやりました。

訳文:마음 작한 할아버지는 물고기를 가엾게 여기고 연못에 풀어 주었습니다.

原文2:彼女は男性に優しく扱われることに慣れていない。

訳文:그녀는 남자가 잘해주는 것에 익숙하지 않다.

原文3:環境に優しい製品を生み出すことが、企業のイメージアップにつながっていく。

訳文:친환경 제품을 만드는 것이 기업 이미지 향샹에 도움이 된다.

形容詞2-気持ちよい

意味:기분 좋다, 상쾌하다

原文1:「気持ちのよい挨拶でお客様を迎えましょう」と朝のアナウンスが響いた。

訳文:상냥한 인사로 손님을 맞이합시다 하고 아침 구내 방송이 흘러나왔다.

(言葉などは흘러 나왔다、音楽などは을려 보지다)

原文2:窓の外は、気持ちいいくらい雨が降っている。

訳文:창밖에 시원스럽게 비가 내리고 있다.

形容詞3-めまぐるしい

意味:어지럽다

原文1:景気低迷のあおりを受けて社会情勢がめまぐるしく変動している。

訳文:경기 침체의 여파로 사회정세가 급속히 변동하고 있다.

原文2:父は「じゃあまたな」とひとこと言い残して、人々のめまぐるしい往来の中に消えていっc0077412_09070479.jpgた。

訳文:아버지는 다음에 보자라는 한마디를 남기고 어지럽게 왕래하는 인파 속으로 사라졌다.

(다음에 いつかまた、나중에 あとで 이따가 あとで(場所や時間が決まっている場合)

形容詞4-おかしい

意味:이상하다, 우습다, 의심스럽다

原文1:「おかしなことを訊くようだけど、まだ独り立ちしてないって言うのかい?」

訳文:기분 나쁘게 듣지 말고, 아직도 독립하지 않났다는 거야?

原文2:「世界を変えられるのは天才か頭のおかしい人だけだ」それが彼の口癖だ。

訳文:세상을 바꾸는 건 천재 아니면 괴짜뿐이다.’ 이것이 그의 입버릇이다.

形容詞5-ない

意味:위험하다, 미덥지 않다, 아슬아슬하다, 불안하다

原文:もし彼が現代に生きていたら、アブない人以外の何者でもない。

訳文:만약 그가 현대에 살았다면 그저 정신 나간 사람에 불과하다.


# by nishinayuu | 2019-03-22 09:09 | 翻訳 | Trackback | Comments(2)

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All theLight We Cannot See』(Anthony Doerr

物語の主要舞台は「フランスのブルターニュ地方、エメラルド海岸でもひときわ輝きを放つ町、古くからの城壁に囲まれたサン・マロ」(フィリップ・ベックによる)。物語の始まりは194487日、サン・マロがイギリス海峡を越えてやって来たアメリカ軍の爆撃機によってほぼ完全に破壊された日である。砲撃の前に「町の住民はただちに市街の外に退去せよ」と書かれたビラが町に降り注いだ。

町の一角、ヴォーボレル通り4番地にある建物の最上階である6階で、16歳の少女マリー・ロール・ルブランが近づいてくる爆撃機の音を聞く。そして別の小さな音に気づいて窓辺に行き、窓の鎧戸に挟まった一枚の紙を手に取ると、紙を鼻に近づけて新鮮なインクの匂いをかぐ。マリー・ロールはこの建物に一人取り残された目の見えない少女だった。

通りを5本進んだところにある「蜂のホテル」で、18歳の少年ヴェルナー・ペニヒがスタッカートのようにうなるかすかな音を聞く。海の方からは高射砲の轟音が届く。ここ4週間、ホテルはオーストリア人対空部隊の要塞として使われていた。伍長に「地下室へ行け」と声をかけられたヴェルナーは毛布をダッフルバッグに入れて廊下を進み始める。ヴェルナーは連合軍の攻撃を迎え撃つためにこの町にやってきたドイツ軍の2等兵だった。炭鉱町ツォルフェアアインの孤児院で育ったドイツ人二等兵だった。

こうして始まる物語は、ここに到るまでの二人の物語を交互に描いていく。一方には1934年、6歳で視力を失ったマリー・ロールが父親から点字を習い、『海底2万里』と親しんだ日々、父親とともにパリを後にすることになったいきさつ、サン・マロの大叔父の家で暮らし始めてまもなくスパイの嫌疑で父が連行されたあと、家から一歩も出ずに無線放送を続ける大叔父と過ごした日々の物語がある。そしてもう一方にはヴェルナーがドイツの炭鉱町ツォルフェアアインの孤児院で過ごした日々、ザクセン州のシュルプフォルタ国家政治教育学校で指導教授から眼をかけられた日々、そして軍役に就いてサン・マロにやって来たいきさつなどの物語がある。そして19448月、マリー・ロールとヴェルナーの軌跡が交わる。二人を繋いだのは大叔父の兄(マリーの祖父)による朗読と「月の光」のメロディーだった。

忘れ難い登場人物たち

*マリー・ロール関係――父(国立自然史博物館の錠前主任。娘が前向きに生きていけるように全力を尽くした)/エティエンヌ・ルブラン(祖父の弟。マリーに『ビーグル号航海記』を読んできかせる)/マネック夫人(エティエンヌ家の家政婦兼保護者。マリーの保護者ともなる

*ヴェルナー関係――ユッタ(妹。ヴェルナーがほとんど知らなかった世界のからくりをよく理解していた)/エレナ先生(孤児院の先生。愛と献身で孤児たちを育む)/フレデリック(政治教育学校の同期生。鳥博士。無抵抗を貫いて精神に異常を来す)/フォルクハイマー(政治教育学校で知り合った年長の巨体の少年。表面は上官に忠実だが、陰ではヴェルナーに共感して秘かに助ける)/

(2018.11.19読了)


# by nishinayuu | 2019-03-17 10:30 | 読書ノート | Trackback | Comments(2)

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On ChristmasDay in the Morning & Other Writings』(Margery Allingham,1936

本書は『キャンピオン氏の事件簿』シリーズの第3巻で、中編の「今は亡きピッグ(豚野郎)の事件」、短編の「クリスマスの朝に」の2編の他に、アガサ・クリスティーによる追悼文「マージェリー・アリンガムを偲んで」が収められている。

*「今は亡きピッグ(豚野郎)の事件」――時は19361月。キャンピオンはその朝受け取った美文調の匿名の手紙を読みながら、従僕のラッグがタイムズの死亡欄聞を読み上げるのを上の空で聞いていたが、小学校時代のいじめっ子・ピーターズ(37歳)の名が読み上げられて、俄然興味を覚える。「おまえの葬式には必ず行く」と行ってやった相手なので、ロンドンから車を飛ばして東サフォーク州キープセイク村近郊の寒村テザリングへ。葬儀の参列者の中に小学校の後輩のウィペットもいて、彼もキャンピオンが受け取ったのと同じ美文調の匿名の手紙を受け取っていたことを知る。そして6月。キャンピオンは再びキープセイク村へ赴く。地元の警察本部長で旧知のレオ・パースウィヴァントから殺人事件捜査の応援を頼まれたからだ。警察署でキャンピオンを待っていたのは、5ヶ月前に死んだはずのピッグの、死後12時間しか経っていない死体だった。(全然怪しくないのでかえって怪しく見える人物が次々に登場して、謎解きの面白さが味わえる。)

*クリスマスの朝に――時はピッグ事件から十数年あと。同じくキープセイク村の別の地域で郵便配達の老人が車にはねられて死亡するという事件がおこる。その朝、十字路の辺りで酔っ払い運転の車が事故を起こしていて車に乗っていた二人の男が警察に拘束された。他には車の通行はなかったので、この車が配達夫をはねたのは確実なのだが、十字路のずっと先にあるコテージには郵便が配達されているという証言がある。そうなると酔っ払い運転の車が配達夫をはねたと考えるには時間的にも場所的にも矛盾が出てくる。真相を突き止めるためにキャンピオンはパースウィヴァントと証言者のパシー警視といっしょにコテージへ出向く。パシー警視によるとコテージに住むのは「かなりのご高齢で、75歳は超えているはず」の女性だった。(今だったら8595を超えないとかなりご高齢とは言えないのでは? それはさておき、クリスマスにふさわしい心温まる結末になっている。)

クリスティはアリンガムの作風について「繊細な感性で選び抜かれた言葉が使われ」、「普通はあまり探偵小説とは結びつけられない資質である優雅さがある」と言っているが、そのとおりの作品でした。

2018.11.14読了)


# by nishinayuu | 2019-03-12 14:41 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

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本作は1955年生まれの作家・梁貴子が1987年に発表した作品の邦訳。2018630日に出版されたできたての本である。

ウォンミドンは漢字で書けば遠美洞(京畿道富川市遠美区)。遠美山という幻想的な名前を持つ山の麓に位置する、大都市ソウルの周辺地域の一つである。時はソウルオリンピック(1988)の前で、町はまだ昔ながらの田舎町といった雰囲気のなかにある。そんな遠美洞に暮らす人々の日常が細やかな筆致で、しつこいくらい丁寧に描かれている。全体は11のエピソードからなり、各エピソードの主人公が他のエピソードに端役で登場したりもすれば、全体を通して出ずっぱりの人物もいて、興味深い群像劇になっている。11のエピソードのタイトルは以下の通り。

「遠くて美しい町」、「火種」、「最後の土地」、「ウォンミドンの詩人」、「一匹の旅ネズミ」、「雨降りの日はカリボンドンに行かなければならない」、「カワラヒワ」、「茶店の女」、「日用の糧」、「地下生活者」、「寒渓嶺」

以上のうち「ウォンミドンの詩人」は以前、韓国語講座で原文を読んだことがある懐かしい作品。また「雨降りの日はカリボンドンに行かなければならない」は別の翻訳集で読んだ覚えがあり、そのときは「カリボンドン」という響きだけが印象に残ったが、今回、集中でいちばん共感を持って読めた。

ところで、残念なのは翻訳文がこなれた日本語になっていないため、非常に読みにくいこと。韓国語の原文に囚われすぎているようだが、これは翻訳の問題でもあり、校閲の問題でもある。「訳者あとがき」はきちんとした日本語で書かれており、その内容もすばらしいのに、どうしてだろうか。この作品が読みでのある優れた作品であることは確かなので、訳文を吟味した改訂版が一日も早く出ることを期待する。

2018.11.9読了)


# by nishinayuu | 2019-03-07 10:33 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

翻訳練習 課題22


2018年度後期の韓国語講座「翻訳の秘訣」で練習したものの記録です。(10/1510/29

動詞20-~てある

意味:そうなっている、(誰かが)そうした

原文1:昨日報告書を作成して机の中に入れてあったのだが、どうしたものかなくなっていた。

訳文:어제 보고서를 써서 책상 속에 넣어뒀는데 어찌된 일인지 없어졌다.

動詞21-~という/~ということ

注意:韓国語では単純な考えや判断を述べるときには引用の形は使わないので、直訳するとぎこちない韓国語になる。

原文1:自由と言うことと放任とでは、全く意味が違ってくる。

訳文:자유와 방임은 의미가 전혀 다르다.

原文2:願わくは寿退社をしたいものだ、という気持ちが胸のどこかにあった。

訳文:바라건대 결혼을 계기로 퇴사하고 싶다는 마음이 가슴속 한 구석에 있었다.

動詞22-さい

意味:~해 주세요, ~해 주시기 바랍니다

原文1:(塾長が講師に)「アンケートは学年毎に集めて教務室に届けてください」

訳文:설문조사는 학년별로 모아서 교무실로 가저오세요.

原文2:残ったわさびは水気を切り、ラップでくるみ密封状態にして冷蔵庫で保存c0077412_10342877.jpgしてください。

訳文:남은 고추냉이는 물기를 뺀 후 랩으로 말아 밀봉해서 냉장 보관하세요.

(細長いものは말다, 肉などは싸다)

動詞23-れる

意味:넣다, 끼워 주다, 포함시키다, 듣다

原文1:ウェブサイトの検索画面に必要な情報を入れる。

訳文:웹 사이트 검색 화면에 필요한 정보를 입력한다.

原文2:性同一性障害を持った男性犯罪者は女性刑務所に入れるべきだろうか。

訳文:성동일성 장애가 있는 남성 범죄자는 여성 교도소로 보내는 것이 마땅한가.

原文3:海外旅行に行くときは時差があることも頭に入れてプランを立てなければならない。

訳文:해외 여행을 갈 때는 시차도 염두에 두고 일정을 짜아야 한다.


# by nishinayuu | 2019-03-02 10:35 | 翻訳 | Trackback | Comments(1)

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『平和の玩具』(マンロウ、「サキ短編集」)

エレノア・ボウプが弟のハーヴェイに319日付け(作中には明記されていないが1914年)の新聞記事を見せる。子どもたちの情操教育のために「平和の玩具」を与えよう――すなわちドレッドノート(注)や砦の模型、兵隊の人形や武器のおもちゃの代わりに、一般の建物の模型や農具、工具などを、という趣旨の記事だった。そしてエレノアはハーヴェイに、今度のイースターの子どもたちへのプレゼントは「平和の玩具」にして欲しい、と頼む。

ハーヴェイは、戦争や政界で勇ましく戦ったことで知られる大おじや曾祖父を持ち、戦争ごっこが大好きな子どもたちに「平和の玩具」を与えても意味があるだろうか、と疑問を抱くが、それでも姉のたっての願いを受け入れて、イースターのときにエレノアに言われた通りのおもちゃを取りそろえてやってくる。期待でいっぱいのエリック(11歳前)とバーティ(9歳半)の前にそれらが取り出されると、子どもたちは失望を隠さない。とりあえずバーティは子どもたちに遊び方を教えた。そうしておけばそのうち遊び出すだろうと思ったのだった。さて、しばらくしてバーティが子どもたちの様子を見に行ってみると……

エリックは戦争や歴史・地理に関する知識が豊富なことを自負する少年だが、まだ11歳にもなっていないのでその知識は生半可なものでしかない。バーティがYMCAの建物の模型を取りだして、クリスチャン関係の建物だと説明すると、「ライオンは付いてないの?」と尋ねる。彼の頭の中には「クリスチャン⇒ライオンのえじき」という図式があるのだ。

(注)ドレッドノート:「不安ゼロ/恐れ知らず」という意味の名を持つ巨大戦艦。やがて「格段に大きい」という意味につながっていき、ここから「超ド級(超弩級)」という言葉が生まれた。

2018.10.31読了)


# by nishinayuu | 2019-02-25 08:47 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

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『セルノグラッツのオオカミ』(マンロウ、『サキ短編集』)

セルノグラッツ城の主となった男爵夫妻が招いた客たちと歓談している場面から物語は始まる。こういう古いお城には伝説がつきものだ、と男爵夫人が語り始める。「ここの場合は、お城で誰かが死ぬと森の野獣たちが一晩中遠吠えする、という伝説があるのだけど、でたらめよ。去年の春に義母が亡くなったときだって何も起こらなかったわ」。

すると家庭教師のアマーリアが「それは違います」と声を上げる。普段は雇い主たちの会話に口を出すことはないのに。アマーリアによると、誰かが死ぬと獣たちの遠吠えが聞こえる、ということではなく、「セルノグラッツ家の人間が死ぬ時に」あちこちからオオカミがやって来て森の外れで吠えるのだという。普段はこの森に棲むオオカミの数は限られているのに、ものすごい数のオオカミがやって来て吠えるので、お城や村の農場の犬たちもおびえて吠えるのだという。「それだけではありません。死んでいく人の魂が身体を離れた瞬間、庭の木が裂けて倒れるのです。城と無関係の人が死んでもオオカミが吠えたり木が倒れたりはしません」 と彼女は挑むような、蔑むような調子で言い放つ。

アマーリアはさらに、零落して雇われる身になったときに名前を変えたが、本名はアマーリア・フォン・セルノグラッツだと告げる。男爵も夫人も家庭教師の不遜な態度にあきれて、当分は人手が必要なのでこのままにしておくが、年明けのパーティーが済んだら彼女を解雇しようと考える。ところが、クリスマス後の寒さのせいで家庭教師は病の床についてしまい、老齢のせいもあってどんどん弱っていく。そんなある日、男爵家の飼い犬が突然クッションから飛び降りて震えながらソファーの下にもぐり込む。それと同時に城の庭で犬たちが吠えだし、遠くからも犬の吠える声が聞こえてくる。耳を澄ますとあちこちからオオカミの遠吠えの声もするではないか。

深い森に囲まれた古い城に伝わる伝説が現実のものとなる、という神秘的な物語展開が魅力的。ただし、それだけでは終わらずに皮肉の効いた結末が付いているところがサキらしい。(2018.1028読了)
# by nishinayuu | 2019-02-20 09:35 | 読書ノート | Trackback | Comments(2)

読書と韓国語学習の備忘録です。


by nishinayuu