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本作は第2次世界大戦末期のワルシャワを舞台に、そこに居合わせた人々それぞれの精神的・肉体的戦いの日々を描いたもので、物語に史実を巧みに取り込んで書き上げた力作である。物語の軸となるのは三人の青年――日本大使館の書記官の棚倉慎(マコト)、カメラマンのヤン、そしてジャーナリストのレイである。

彼らはそれぞれ数奇な出自と育ちを持っていた。慎は白系ロシア人の父と日本人の母の間に生まれ、日本人ばなれした外観から友だちができずに寂しい子ども時代を送った。そんなある日、当時日本が保護していた「ポーランド系のシベリア孤児」の一人カミルが庭に逃げ込んできた。慎の父が弾いていたショパンの「革命のエチュード」に耳を傾けて懐かしんだカミル。二人は互いの重い秘密を打ち明けあって「友だち」になったが、結局カミルは孤児を保護していた「福田会」に戻り、その後ポーランドへ向かったはずだった。慎9歳、カミル10歳のときのこの出会いがずっと心の中にあった慎は、カミルとの再会という期待もいだいてポーランドに赴任した。

ヤンとは赴任の途中の列車の中で出合った。ユダヤ人が同じ列車に乗っているのはけしからん、とドイツ人に難癖を付けられたヤンを慎が自分のコンパートメントに隠した。そしてヤンは下車するはずだった駅では降りずに慎といっしょにワルシャワで列車を降りた。ヤンはドイツ領の土地で生まれたポーランド人なのだが、ナチスドイツの区分によれば「第1級ユダヤ人」なのだった。

そしてワルシャワでヤンの母親が住むユダヤ人地区に行ったときに出合ったのがレイモンド・パーカー、通称レイだった。シカゴプレスの記者をしている、と自己紹介したレイは190㎝近くもあり、屈託のない笑顔のアメリカ人だった。

この三人の他に日本大使館の面々、そこで働く現地人スタッフ、対ドイツの地下組織のメンバーたちなど、多彩な顔ぶれが緊密に絡み合いつつ、19434月の「ワルシャワ・ゲットー蜂起」へとなだれ込んでいく。慎とカミルは再会できるのか、そして「桜のもとで会うこと」を約束した人たちは約束を果たせるのか、という謎も巻き込んだまま。

本作は2017年に「高校生が選ぶ直木賞」を受賞している。日本でもフランスの「高校生が選ぶゴンクール賞」に習ったこのような賞ができたことを嬉しく思う。今後どんな作品が選ばれるかも楽しみだ。(2018.5.5読了)


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by nishinayuu | 2018-06-30 11:00 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

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LABIBLIOTECARIA DE AUSCHWITZ』(Antonio G. Iturbe

巻末の著者あとがきに、「この物語は事実に基づいて組み立てられ、フィクションで肉付けされている」とある。絶滅収容所アウシュヴィッツ=ビルケナウに秘密の学校と秘密の「図書館」があったことは事実であり、学校を運営したフレディ・ヒルシュも、その学校の図書係だったディタも実在の人物なのだ。

物語の主人公は収容所に入れられた当時は14歳だったチェコ出身の少女。作中名をディタ(エディタ)・アドレロヴァというこの少女は、服の内側に作ったポケットに本を隠して持ち歩き、秘密の学校で教える教師たちに、そしてそこで学ぶ子どもたちに本を貸し出す。飢えと寒さと過酷な労働を強いられ、明日にもガス室に送られるかもしれないという状況の中で、図書館の本は人々の「心の糧」だった。ディタは絶対にあきらめない、絶対に希望を失わない、という強い信念を抱いていたからこそ生き延びた、物語の主人公にふさわしい素晴らしい女性である。しかしこの物語には、ディタの両親をはじめとする生き延びることがかなわなかった人たちを主人公とするエピソードもふんだんに盛り込まれている。中にはユダヤ人の少女に恋をした若いSS隊員のエピソードなどもある。収容所で命を終えたユダヤ人たち、収容所でユダヤ人を死に追いやったドイツ人たちを十把一絡げにすることなく、各自各様の人生があったことを浮き彫りにするこうしたエピソードによって、物語はより深く、より真実みを持って迫ってくる。

ディタが任された秘密の図書館には「紙の本」が8冊と「生きた本」(人が語って聞かせる本)が6冊あったという。すなわち――

「紙の本」――地図帳、幾何学の基礎、H.G.ウェルズの『世界史外観』、ロシア語文法、フランス語の小説『モンテ・クリスト伯』、フロイトの『精神分析学入門』、ロシア語の小説、チェコ語の小説『兵士シュベイクの冒険』

「生きた本」――『ニルスのふしぎな旅』、アメリカ先住民の伝説、ユダヤ人の歴史、『モンテ・クリスト伯』など。

また、ディタの愛読していた本は――『城砦』、『魔の山』など。

印象的な場面は山ほどあるが、その中でも3ヶ月の間同じベッドを分け合った大柄な女性とディタの別れの場面。ディタが挨拶しても返事をしなかったこの女性が、9月組の大勢の人々と「別の場所に移送」されることになって12月組のディタたちの前を通ったときに、ディタに「私はリダよ!」と野太い声で呼びかけて列に連れ戻され、それでもディタを振り返って手を振る。この場面が頭にこびりついて離れない。(2018.4.19読了)


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by nishinayuu | 2018-06-25 11:36 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

翻訳練習 課題11


2017年度後期の韓国語講座「翻訳の秘訣」で練習したものの記録です。2017.12.25

名詞18-作成

意味と用法:만들다, 제작하다,(書類、原稿などを)작성하다、(法律제정하다, (法案を)마련하다

原文1:携帯機器で動画を見るには、その機器に最適化された動画を作成することが必用です。

訳文:휴대 기기로 동영상을 보려면 기기에 최적화된 동영상을 제작해야 합니다.

原文2:ホームページ作成ソフトが開発され、初心者でも簡単にホームページを作ることができる。

訳文:홈페이지 제작 소프트가 개발되어초보자도 쉽게 홈페이지를 만들 수 있다.

原文3:サイバー犯罪が拡大傾向にある中、ウイルス作成、配布を直接罰する国内法の制定が急がれる。

訳文:사이버 범죄가 활대되는 경향을 보이는 가운데, 바이러스 제작유포를 직접 처벌하는 일본 국내법 제정이 시급하다.

名詞19-面会c0077412_10095704.jpg

意味:면회, 면담, 만남 등

原文1:患者様の状態によってはご面会を制限させていただく場合があります。

訳文:환자분의 병세이 따라 면회를 제한할경우도 있습니다.

原文2:指導教授と面会し、学位論文のテーマについて相談しました。

訳文:지도교수님과 면담을 하고 학위논문주제에 대해 상담했습지다.

原文3:この市では、市民と市長が面会し、市政の理解を深める場として「市長面会日」を設けている。

訳文:이 시에서는 시민과 시장이 만나며 시정에 대해 깊이 이해하는 자리로서 시장 면담일을 마련했다.

原文4:離婚して子どもと離れて暮らす親にも親子として面会したり電話で話すなど、といった交流する権利があります。

訳文:이혼해 자녀와 떨어져 사는 부모에게도 부모 자식으로서 만나거나 전화로 아야기하며 교류할 권리가 있습니다.


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by nishinayuu | 2018-06-20 10:12 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)


c0077412_09492539.jpgВадимФролов』(ЧТО К ЧЕМУ, 1966

原題の意味は「何にどんなわけが」といった意味。訳者によると、ロシアでは一般的な表現であるが日本語では説明的になってしまうので、内容を考えて『愛について』としたのだという。しかし、こんなベタで色彩のないタイトルでは内容が伝わってこないのでは?ずっと昔読んで感動したことは覚えているが、内容は思い出せなかった(必ずしもタイトルのせいではないかも知れないが)。それで今回あらためて読んでみたところ、やはり素晴らしい作品だった。

語り手はレニングラードのアパートに住む14歳のサーシャ。前の年の夏、サーシャはひとりで遠いブスコフ州の小さな村に送り出され、楽しい毎日を過ごした。その間、両親は妹のニューラを連れて、黒海に行ってしまった。新学期が始まる間際にサーシャがレニングラードに戻ってきたとき、家にはパパしかいなかった。劇団員のママは地方公演に出かけていて、小さな妹のニューラはユーラ小父さん・リューカ小母さんのところで暮らしている、ということだった。男二人の暮らしが始まったサーシャの家へ、同じアパートに住む同学年の少女・オーリャがしげしげとやってきては、あれこれ世話を焼く。アパートにはいつもハンチングをかぶっているユルカという男の子もいて、サーシャは間もなくユルカと親友になる。ユルカの母親はとても美しく、姉はとても洒落た身なりの若い娘だったが、父親の姿はなかった。ユルカの母親には歳下の求婚者がいてよく訪ねてきていたが、アコーディオンが上手でまじめな働き者のこの青年をユルカは頑なに拒否していた。

思春期の少年たちの出くわす、あるいはしでかす様々な出来事がテンポよく綴られていくこの物語のトーンがある時点でがらりと変わる。劇団の公演ポスターを目にしたサーシャは、地方巡業から帰ってくるのを今か今かと待っていたママが、街へ戻っても家族のところへは戻ってこないという事実を突きつけられる。この時サーシャは学校でもやっかいな問題を抱えていたが、それはそれとして、ママはいったいどうなっているのか、とパパに尋ねることにした。大柄で達者でたくましかったパパに。そして今は酔っ払って眠ってしまい、眠りながら苦しげにため息をついているパパに。やがてサーシャは、ママを家族のところへ呼び戻すために、シベリアのイルクーツクへと旅立つのだった。

サーシャがナターシャにラブレターを書いたときに引用したハムレットの言葉(ACT5-SCENE2)をメモしておく。

(I loved Ophelia;)forty thousand brothers/ Could not, with all their quantity of love,/ Make upmy sum. 四万人の実の兄が、ありったけの愛情を注いでも、ぼくが愛したほどには、愛せるものか。(2018.4.17読了)


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by nishinayuu | 2018-06-15 09:53 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)


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著者は1951年ベラルーシ生まれの詩人。1985年に出した最初の詩集でゴーリキイ賞を受賞し、ソ連邦崩壊後の1993年に来日。富山大学でロシア語、ロシア文化を講義するとともに詩やエッセイを発表し続けている(以上、本書の紹介記事より)。

本書は「ロシア的性格とその世界を最大限に含む、それだけに含蓄に富むいくつかのロシアの言葉についてのエッセイ」9編と1編の詩からなっている。

*Сад(サート/庭、庭園、果樹園)――ルーシ(ロシアの古名)における庭の意味と歴史。祖父母の庭にあったアントーノフカ(りんごの名)の樹下で過ごした至福の時。

*Родина(ロージナ/母国、祖国、生まれ故郷、ふるさと)――「小さな祖国こそが、大きな祖国よりはるかに大きい。なぜなら詩人の生まれ故郷であるベラルーシの田舎町ベルィニチは受け取る手紙の消印からわかるのだが、今でも存在している。わが大きなロージナであるソ連邦はぜんぜん跡形もないのだ。」

*Няня(ニャーニャ/乳母)――プーシキンの乳母として有名なアリーナ・ロヂオーノヴナ・ヤーコヴレワとは違って全く無名の、詩人たちの乳母兼お手伝いさんが主人公。詩人の父親が「三の九倍の彼方の国から連れてきた」マリアーナは子どもたちを「奇妙な、純粋にロシア的なやさしさと残忍さの混ぜ物でもって慈しみ育んでくれた」。

*Тоска(トスカ/ふさぎの虫、憂鬱、もの悲しさ)――「ロシア人なら誰でも、トスカがいかなるものか承知している。トスカについては、わが国の何百人もの作家が書いてきた」と書き出した詩人はさまざまなトスカの例をあげ、分析する。そしてこんなことを言い出す。「一つわからないことがある。なぜロシアはこれまでロシアと呼ばれて、トスカーナではなかったのだろう?わたしたちは確たる根拠に基づいて、イタリア人にこの名称を要求することができるのではないか」と。

*Простор(プラストール/何もない空間。空漠。果てしない広がり)――「茫々」と題する詩。

*Гармонь(ガルモーニ。愛称ガルモーニカ/アコーディオンのことで、ロシア民謡c0077412_10230145.jpg『春に』の日本語訳ではガルモーシカとなっている)――「あるナチュラリストは人間を羽のない鳥と定義した。しかし鳥の雄が身につける鮮やかな装いや声に比べれば、人の男性はひどく見劣りがする。そこでロシアの村の強き性(つまり男)たちはアコーディオンを身につけたのだ。胸に聳える、響きも高いアコーディオンはどんなに冴えない貧相な男にも、豪華な羽毛と未曾有の声帯を与えてきたのである。」

*Эакат(ザカート/夕日、日没、落日、夕焼け、その刻限)――宏大で長い時間続くロシアの幻想的な落日を礼讃する章。ザカートが享受できるロシアに生まれたかったと思えてくる。

*Дача(ダーチャ/郊外の小さな別荘。終末に農作業などにいそしむ)――タタール人を祖父に持つ友人イリヤーと、モスクワ郊外のヴヌーコヴォにあったダーチャの思い出。

*Брат(ブラット/兄または弟。仲間。朋輩)――母親に言わせると「ルパーシカを着て生まれた」幸運児の詩人。その詩人のあとをついて回っていた弟のワレンチーン。弟へのやりきれない思いと深い愛情の交錯する「兄弟に関する考察」。

*Рыцарь(ルィツァリ/騎士)――『葉隠――さむらいの書』とロシアの『青年の鑑』をもとにしたロシアと日本の比較論考。

宏大で複雑なロシアという国。そこに暮らすつかみ所がないようでいてどこか親しみも覚える人々。手元に置いて何度でも読み返したい魅力に溢れる一冊である。2018.4.12読了)


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by nishinayuu | 2018-06-10 10:26 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)


c0077412_11421960.jpg『闖入者』(モンロー)

本作は『サキ全集』の「TheToys of Peace」の1編。

舞台は東部カルパチア山地にある広大な山林。狩猟に適した野獣の宝庫であるこの山林は、かつて所有権をめぐって裁判が行われ、大地主のグラドヴィツ家が正統な所有者として認められた。しかし訴訟の相手だった小地主のズネーム家はその裁判結果を受け入れず、両家は3代にわたって争い続けている。その争いは今や土地争いの域を超えて、互いに相手の不幸を願うという個人的憎悪にまで発展している。

ある冬の夜、グラドヴィツ家の当主はライフルを手にして、数人の部下とともに領地の外れをパトロールしている。彼が耳を澄まし、目を凝らして待ち構えているのは野獣ではなく、ズネームとその部下たちだ。風の強い夜なのに、いつもなら茂みに隠れているはずの牡鹿たちが駆け回り、眠っているはずの獣たちもなぜか落ち着かないのは、密猟者が入り込んでいるからに違いないのだ。今日こそは決着を付けてやる、という思いでグラドウィツは、部下を山の上に潜伏させて、一人で麓の深い森に降りていく。そして、いきなりズネームと出くわしてしまう。ズネームも部下と離れて一人きりだった。

二人は銃を向け合ってにらみ合うが、やはりそう簡単には発砲できずにためらっているうちに、風に煽られて倒れてきた橅の大木の下敷きになってしまう。二人とも怪我をして身動きもできないまま、このときとばかり積年の憎しみをぶつけ合う。が、やがてどちらも部下たちの助けを待つしかない身であることに気づくと同病相憐れむ気持ちが起こる。徐々に相手への憎しみは薄れていき、ついには仲直りをして世間を驚かせてやろう、ということで一致するに至る。

そこで二人は声を合わせて部下たちを呼ぶ。どちらの部下が先に来ても、まず相手を助けさせてから自分も助けてもらう、と心に決めて。やがて遠くにいくつかのシルエットが浮かび上がり、こちらに向かって力強く走ってくるのを目にしたグラドウィツは、目に怪我をして何も見えないズネームに、9人か10人のようだ、と教える。じゃあ、そっちの部下たちだな、こっちは7人しか連れてきていないから、とズネーム。が、近づいてくるシルエットを見つめていたグラドウィツは、いきなりばかのように笑い出す。恐怖に戦慄しながら。

巧みな語り口とブラックな結末という「サキらしさ全開」の作品。(2018.4.13読了)


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by nishinayuu | 2018-06-05 11:44 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

読書と韓国語学習の備忘録です。


by nishinayuu