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c0077412_09124790.jpgДневникМайдана』(Андрей Курков2014

副題に「国民的作家が綴った祖国激動の155日」とあり、20131121日(木曜日)から2014424日(木曜日)までの日記によって構成されている。初日は「今日の午前零時半にセヴァストーポリに隕石が落ちた」という記述に続いて、ヤヌコヴィチ政権の首相アザーロフがEUとの連合協定調印の準備作業を停止すると声明したことへの衝撃が綴られている。そして最後の日付には、著者の長編小説『大統領の最後の恋』のロシアへの搬入が禁止されたと出版関係者から連絡があったが、「国内は相対的に落ち着いている、つまりロシア軍はウクライナとの国境を越えていない」という記述がある。続いて前日は客人達を迎えて著者の誕生祝いを行ったこと、この日にキエフで開かれる会議にロシアから作家、批評家をはじめとする知識人達が何十人もやって来たこと、息子達の通う学校の保護者会に出席したことなどが綴られ、最後は「525日に予定されている大統領選挙は行われるのだろうか?行われる、そう信じたい。だが確たる自信はない」という言葉で終わっている。(大統領選挙は行われ、チョコレート王として知られる大富豪で親欧派のペトロ・ポロシェンコが当選している。)

著者はウクライナのキエフに住む作家で、1996年に発表した『ペンギンの憂鬱』が国際的ベストセラーになり、2014年にはフランスのレジオンドヌール勲章を受章している。国民的作家であると同時に、著作が25カ国語に翻訳されている国際的な作家でもある。民族的にはロシア民族なので、ウクライナ語話者でもあり、ロシア語話者でもある。キエフの属する西ウクライナの市民の多くがそうであるように親欧派で、その立場と考えを本書で明確に語っている。

本書にはウクライナ争乱の日々の出来事が事細かに記録されているので、遙か遠くの国・ウクライナが現実感をもって迫ってくる。ただし、記述があまりに詳細なので、予備知識がないと消化しきれない。私の予備知識は、2004年の大統領選挙戦でユシチェンコ(ものすごくハンサムだった)が政敵に毒を盛られて顔がぼろぼろに崩れてしまったこと、同じ時期の政治家ティモシェンコ(この人もすごい美人)が贈賄と殺人の罪で起訴され、刑務所病院に監禁されていることくらいだったから、それから後の時期を扱っている本書の内容は実はほとんど消化できなかった。それでも何とか理解できたいくつかの言葉・事項を今後のために書き留めておくことにする。

*ユーロマイダン――EU派市民による親ロシア派大統領ヤヌコヴィチへの抗議デモ。「マイダン」は「広場」という意味だが、広場に集まった人々が繰り広げる市民運動もマイダンと呼ばれる。マイダンはもともと地域の代表的な広場を指し、キエフではマイダンと言えば「独立広場」のこと。この広場を中心にEU派市民による抗議デモが広がっていった。

*ウクライナ内戦――東ウクライナのクリミア・ドネツィク・ルガンスクの各州で激化した「反ウクライナの政府組織+親ロシアの分離派武装勢力+ロシア軍」対「ウクライナ政府軍」の軍事衝突を、「ロシア軍は関与していない」という立場をとるロシアはこう呼んでいる。

*東ウクライナと西ウクライナ――ウクライナはドニエプル川を挟んで東部と西部に分かれている。どちらの市民も大多数は民族的にはロシア人だが、東には親ロシア派が多く、西には親ヨーロッパ(親EU)派が多い。東はウクライナを離れてロシアへ帰属することに抵抗がないが、西は東も含めた一つのウクライナを堅持したい。というのも、資源の豊富な東が分離してしまうと、チェルノブイリという負の資産を抱えた西ウクライナだけでは国として立ちゆかなくなるからだ。EUとしてもウクライナ全体なら歓迎だが、西だけというのは困るのだ。

ウクライナは依然として不穏な情勢が続いている。本書から垣間見える著者一家のちょっと優雅な暮らしが末永く続くことを祈りたい。(2018.2.28読了)


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by nishinayuu | 2018-04-26 09:21 | 読書ノート | Trackback | Comments(2)

翻訳練習 課題8


2017年後期の韓国語講座「翻訳の秘訣」で練習したものの記録です。2017.12.4

名詞5-桁違

意味:차이가 매우 크다, 월등하다

原文1:桁違いの品質と衝撃のプライスで勝負に出る。

訳文:월등한 품질과 놀라운 가격으로 승부를걸다.

原文2:食品にしてもDVDにしても、中国のニセモノ事情は桁違いだ。

訳文:식품이든 DVD든 중국의 카피 짝통 시장은 차원이 다르다.

名詞6-草分(처음으로 황무지를 개척하는 )

意味:개척하다, 창시하다, 길을 열다, 선구자

原文1:江頭匡一氏は1959年に日本のファミリーレストランの草分けとなる「ロイヤルホスト」一号店を出店した。

訳文:에가시라 교이치 씨는 1959, 일본 패밀리레스토랑의 시조인 [로열호스트] 1호 점을 열었다.

原文2:京都の創作料理の草分け的存在として有名な店を訪れる。

訳文:교토에서 선구적인 창작요리로 유명한 가게를 찾다.

名詞7-見方によっては

意味:견해에 따라, 관점에 따라, 생각하기에 따라서는, 내 생각으로는

原文1:友子の旦那さんは遠洋漁業の漁師で、半年に一度しか戻らないそうだ。見方によっc0077412_10123428.jpgては羨ましい限りだ。

訳文:도모꼬의 남편은 원양 어업 선원인데 6개월에 한번 밖에 집에 돌아오지 않다고 한다. 나로서는 매우 부러울 따름이다.

原文2:見方によっては肯定とも否定ともとれるあいまいな返事は誤解を招く危険性がある。

訳文:듣기에 따라 긍정으로도 부정으로도 해석이 되는 애매한 대답은 어해를 있어 위험하다.

名詞8-手抜

意味:해야 할 수고를 생략하다

原文1:家族の健康を考えると、料理だけは手抜きできない。

訳文:가족의 건강을 생각하면 요리만은 수고를 아껴서는 안 된다.

原文2:悪徳業者は資材の量や人件費を減らすなどの手抜き工事によってコストを削減している。

訳文:악덕 업체는 자재의 양이나 인건비를 줄이는 등 부실 공사를 통해 코스트를삭감하고 있다.

名詞9-味方

意味:아군, 내 편

原文1:忙しい現代人にとっては、時間を味方に付けることが何より大切だ。

訳文:바쁘게 사는 현대인에게는 시간을 잘 쓰는 것이 가장 중요하다.

原文2:不況さえも味方につけて売り上げを伸ばすとは、彼はなかなかのやり手と言える。

訳文:오히려 불경기를 이용해서 매출을 증가시키다니 그는 진정한 능력자다.

名詞10-

意味:팔 물건, 자랑거리

原文1:インテリアやカーテンなど、家具以外は売り物でないということだ。

訳文:인테리어나 커튼 등 가구 외의 것은 판매용이 아니란다.

原文2:破天荒な生き方そのものがその作家の売り物であり商売道具だといえる。

訳文:파격적인 삶 자체가 그 작가의 특색이며 장사 밑천이라고 할 수 있다.


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by nishinayuu | 2018-04-21 10:17 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)


c0077412_09131167.jpgRemise dePeine』(Patrick Modiano1988

本作は、ひとりの少年が自分を取り巻く世界の情景や人々を断片的に綴るという形で展開していく。個々の出来事や人物が、そのときどきに周囲から切り離されたように浮かび上がり、やがてふっと消えていく。まるで、街灯の回りだけが明るい霧のかかった街を歩いているかのようで、道も全体の状況もよく見えないのに、光の当たっている一点だけが鮮明なのだ。

物語は次のように始まる。

「それは、芝居の巡業がフランス、スイス、ベルギーはおろか、北アフリカまでかけまわっていた頃のことだ。ぼくは十歳だった。母はある劇団の地方巡業に出かけていたので、弟とぼくはパリ近郊の村にある母の友人たちの家に住んでいた。」

このあと語り手はその二階建ての家について、庭(そこにはギロチンに名を残すギヨタン博士のお墓があった)の様子や、室内の家具調度を細々と描写したあと、家の前のドクトゥール・ドルデーヌ通りについても細々と描写する。この細々とした描写が曲者で、建物の大きさやそれぞれの位置関係、距離や方向などの情報が欠けているので、全体像がつかめない。(略図を書きながら読んだが、3ページほどのこの冒頭部分だけで20分ほどかかってしまいました!)この後も所々にこの地域についての描写があるので、全体像は少しずつ補完されていく(というわけで何度も略図を修正しました)。

同じ事が登場人物の描写についてもいえる。登場人物たちは、はじめはただ「母の友人」であり、そのうちひとりひとりの特徴と語り手や弟への接し方などで区別できるようになる。が、彼らが何者なのかはずっと後になるまで不明のままだ。実は彼らは語り手の父親を含めて、子どもたちには知られてはいけないことをやっていたのであり、彼らにも彼らなりの「物語」があったのだ。彼らのすぐそばで、彼らに可愛がられながら無邪気な日々を送っていた語り手は、それでも振り返ってみればいろいろ「おかしなこと」に気づいてはいたのだ。

言ってみれば、曖昧模糊の美しさに溢れていてまるでフランス映画を見ているような気分になる作品である。(2018.2.15読了)


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by nishinayuu | 2018-04-16 09:19 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

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Une Femme』(Annie Ernaux, 1987

著者は1940年生まれ。18歳までフランス北部ノルマンディー地方のイヴトーという町で過ごし、結婚、離婚を経て現在はパリ近郊でひとり暮らしをしている。高校教育に従事したのち1974年に作家デビュー。現代フランス文学界でいま最も注目を集めている作家である(見返しの作者紹介文より抜粋)。

本作は「母が死んだ。47日日曜日、ポントワーズの病院付属の養老院でだった。二年前に、私が彼女をそこに預けたのだ」という文で始まる。

母親が死んだ1986年のその日は、著者の世代のフランス女性に決定的ともいえる精神的影響を与えたシモーヌ・ド・ボーヴォワールの死去の1週間前だった。そして著者はボーヴォワールの葬儀の翌日の420日に冒頭の文を書いたのだった。

著者の母親はボーヴォワールとは全く異なる低い階層に生まれ育った女性だった。ノルマンディーの田舎で育ち、女工から小売商人となり、世間に面目をほどこそうとがむしゃらに働き、読書好きで向学心も旺盛だった母親は、成長期の著者にとっては世間に立ち向かう意志と活力のイメージそのものだった。開けっぴろげで派手で粗暴でもあった。母親は娘にありったけの愛情を注いだが、愛するあまりに時には乱暴な言葉を投げつけることもあった。そして娘が大学教育を受け、「ただの労働者ではない、教養のある家庭で育った」男性と結婚したときには、娘が上の階層の人間になれた、と喜んだ。

そんな母親と著者の葛藤の日々が描かれたあとに、老年性痴呆に陥った母親との日々が描かれる。

老年期に入って痴呆に陥り別人になってしまった母親と1年あまり格闘した末に、著者は2年前についに母親を施設に入れて最期の日々を看取ったのだった。すなわち本書には「ある女」の一生が描かれると同時に、母親に対して娘が抱く嫌悪感と親近感、疎ましさと愛着などの綯い交ぜになった複雑な思いが描かれている。著者は本書の最後を次のように締めくくっている。

――この本は伝記ではないし、もちろん小説でもない。おそらく文学と社会学と歴史の間に位置するなにかだと思う。被支配階級に生まれ、そこから脱出しようとした母自身が、歴史となる必要があったのだ。彼女の望みに従って、言葉と思想を持つ支配階層に移った私が、その階層の中で、自分をそれほど孤独でも不自然でもないと感じるために――。私が彼女の声を聞くことは、もはやない。大人の女である私を、子どもだった頃の私に結びつけていたのは、彼女と、そして、彼女の話し言葉、彼女の手、仕草、笑い方、歩きぶりなどだった。私は、自分の生まれ故郷にあたる階層との間の最後の絆を失った。

2018.2.13読了)


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by nishinayuu | 2018-04-11 10:09 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

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Blodläge』(Johan Theorin, 2010

本書は秋編に始まる「エーランド島 4部作」の第3作目に当たる。夏編でさえ『夏に凍える舟』というタイトルになるような北国の、しかも本土から離れた島の寒さと冷たさ、寂寥感が、本作からもひしひしと伝わってくる。「赤」「微笑む」「春」と一見温かそうなイメージの言葉が並んでいるにもかかわらず。

本作には、シリーズを通しての主人公であるイェルロフの他に二人の主人公がいる。一人は古い家を継いだ新参の住民であるペール、もう一人は古い民話の世界とともに生きてきたヴェンデラである。ペールは本作のストーリー展開の軸となる人物であり、ヴェンデラは1950年代を回想することによって過去と現代を結びつける人物である。主要登場人物は以下の通り。

*イェルロフ・ダーヴィッドソン――元船長。不自由な体ながら老人ホームを出て自宅で暮らし始める。

*エラ――イェルロフの亡き妻。残された日記には「とりかえっ子」に関する記述もある。

*ペール・メルネル――妻子と別れて島で暮らし始めた会社員。ふたごの兄妹(イエスペルとニーラ)の父親として彼らと過ごす時間も大切にしている。ニーラは危険な手術を控えて入院中。

*ジェリー・モーナー――ペールの父で元ポルノ映画の制作者。年老いてペールの許に転がり込む。

*ハンス・ブレメル――ジェリーの仕事仲間。写真講師。

*トマス・ファル――ハンスの教え子。最後の方でペールとの因縁が判明する(ネタバレ)。

*ヴェンデラ・ラーション――島育ちの女性。「作家で料理研究家」の夫マックスのゴーストライター。

*ヘンリ・フォシュ――ヴェンデラの父。島の石切場で働いていた腕のいい石工。

*ヤン-エリク――ヴェンデラの兄。障害のため家に閉じ込もったまま、17歳のとき姿を消す。

本書には幸せをもたらすエルフや禍をもたらすトロールの話がよく出てくる。ヴェンデラは子どもの頃はもちろん、大人になってからもエルフやトロールのいる世界で生きてきたのだ。父親がその存在を隠していた兄ヤン-エリクも、ヴェンデラにはそんな世界の住人のようだったのではないだろうか。エラの日記に残された「とりかえっ子」のエピソードや、ヴェンデラを救ったあと霧の中に消えた少年のエピソードなどから垣間見えるヤン-エリクの姿が、本筋の人物たちの姿より強く印象に残る。

2018.2.9読了)
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by nishinayuu | 2018-04-06 09:36 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

翻訳練習 課題7


今学期の韓国語講座「翻訳の秘訣」で練習したものの記録です。(2017.11.27.

名詞-1 こ・そ・あ

原文1:リーダーには、自分がこうだ!と思ったことを貫き通す勇気も必要だ。

訳文:리더에게는 자신이 옳다고 믿는 일을 관철하는 용기도 필요하다.

原文2:毎日これでもかと言うほどの寒さが続いている。

訳文:매섭디 매서운 추위가 매일 계속되고 있다.

原文3:こちらから掛けた電話は、向こうが切るのを待ってから切るのがマナーとされている。

訳文:자신이 건 전화는 상대방이 끊기를 기다려서 끊는 것이 매너라는 인식이 있다.

原文4:そうだ!宿題をすっかり忘れていた。

訳文:아차! 숙제가 있는 것을 까맣게 잊었네.

原文5:古本屋で半額セールをしていたので、ここぞとばかりに『ベルサイユのばら全集』を大人c0077412_09180239.jpg買いしてしまった。

訳文:헌책방에서 반액 세일을 하기에 이때다 싶어 [베르사이유의 장미 전집]을 왕창 사 버렸다.

名詞2-手上

意味:두 손 들다, 졌다, 포기하다, 속수무책

原文1:すさまじいばかりのサイン攻めに、さすがの宮崎駿監督も笑顔でお手上げのポーズをとった。

訳文:어마어마한 사람들이 사인을 받으려고 몰려들어 이런 상황에 익숙한 미야자키하야오 감독도 이번만은 진땀이 난다는 듯 웃으며 두 손을 들어 올였다.

原文2:花粉症のこの時期は鼻水保とまらないし頭はぼうっとするしでもうお手上げ!といった感じだ。

訳文:꽃가루 알레르기 때문에 이 시기에는 콧물이 시도 때도 없이 흘러나오는데다 머리도 무겁고 속수무책이다.

名詞3-になる

意味:마음에 걸리다, 신경 쓰이다, 마음에 들다, 궁금하다(否定的意味だけではないことに注意。)

原文1:書き終えた小説の中にどうしても気になるところがあったので、少しだけ修正した。

訳文:소설을 다 쓰고 나니 아무래도 신경쓰이는 부분이 있어서 수정을 조금 했다.

原文2:高校に入って、初めて気になる人ができた。

訳文:고등학교에 들어가서 처음으로 마음이 끌리는 사람이 생겼다.

原文3:彼女は今頃家で何をしているのだろうと、気になってしかたがない。

訳文:그녀가 지금쯤 집에서 뭘 하고 있을지 자꾸만 생각하게 된다.

原文4:自分の気になる部分を掘り下げて、論文を薦めてみて下さい。

訳文:본인이 궁금한 부분을 파고들어 논문을진행하세요.

名詞4-一味違

意味:어딘가 조금 다르다, 또 다른

原文1:バレンタインに、一味違う手作りチョコレートを作ってみたら?

訳文:밸런타인데이 때 특별한 수제 초콜릿을 만들어 봐.

原文2:前作とはまた一味違う世界観が画に現れている。

訳文:이전 작품에 없던 신선한 세계관이 그림에 나타나 있다.


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by nishinayuu | 2018-04-01 09:20 | 翻訳 | Trackback | Comments(1)

読書と韓国語学習の備忘録です。


by nishinayuu