カテゴリ:読書ノート( 1125 )

c0077412_17265635.jpg189ページからなるこの小説は「一時少し前、黒い表紙のペンギンのペーパーバックと、上にレシートをホチキスで留めたCVSファーマシーの白い小さな紙袋を手に、会社のあるビルのロビーに入ると、エスカレーターの方向へ曲がった」という文で始まり、「私は中二階に降り立ち(中略)ロビーまでずっと見下ろした。いちばん下に清掃係の姿が見えた。私は彼に向かって手を振った。彼は白い雑巾をちょっと持ち上げ、それからまたゴムの手すりの上に手を置いた。」という文で終わる。すなわち、一階のロビーから中二階までエスカレーターで昇るほんの短い時間に目に入った人や物、頭に浮かんだ事々を、こと細かくびっしりと書き連ねることによって成り立っている作品なのである。
読み始めてすぐ、気楽に読めそうな印象のカバー挿画に騙されたことに気がついたが、目の付け所の細かさ、分析の細かさにあきれながらも読み進むうちに、その細かさに共感を覚え、細かさが快感になってくる。世の中にはこの著者と同じように感じたり考えたりする人間はかなりいると思うが、感じたこと、考えたことをここまで正確に文章化できる人はまれだろう。とにかくたいへんな筆力である。それに、こんな作品を翻訳した人も並の翻訳者ではない。(2007.1.5記)

☆この本は構成が変わっていて、ふつうの大きさの文字で書かれた部分と、小さなポイントの文字を使った「注」の形の部分からなっています。この「注」がくせ者で、ページ内に収まらずに次のページへ、時には通常の文字の部分を挟んで次の次のページにまで及んでいます。それで、「注」の印が出てきたときに「注」の部分を読み進めるべきか、あるいは話の切れ目まで読んでから「注」に移るべきか、そもそも小さいポイントの部分は「注」なのか、むしろこちらが本文ではないのか、と読み惑い、最後まで「正しい読み方」を見つけることができませんでした。原書はどうなっているのか気になります。
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by nishinayuu | 2007-02-07 14:05 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
c0077412_17255552.jpg4冊目の梨木香歩で今回はエッセイ。
若き日にイギリスに渡った著者が、寄宿先の女主人として出会ったウエスト夫人。著者はこの聡明で闊達な女性のもとで愉しく豊かな学生生活を送り、20年後にまた渡英して交流を続けている。物事や人間を見る際の、公平で偏見のないあくまでも温かい目、信念を貫き、精力的に行動する精神力などを、著者はウエスト夫人との交流を通して学び、深めていったのであろう。小説では表に現れてこない著者の考え方や人柄がよくわかり、隠れ梨木ファンとしては得るところが多かった。(2006.12.12記)

☆ウエスト夫人の家の雰囲気は『村田エフェンディ滞土録』のディクソン夫人の家のそれとよく似ています。イギリスと土耳古、現代と19世紀末~20世紀初頭、という違いはありますが。
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by nishinayuu | 2007-02-03 09:19 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
c0077412_1725945.jpgふんわりしていて甘そうなタイトルと、夢のような装丁に惹かれて手に取った本。予想に違わず、優しくて暖かくてほっとするお話だった。
高校生活に疲れた女の子が一夏を香港で過ごすことになる。いろいろな人と出会い、少しずつ広東語を覚えて町にも馴染んで行くにつれ、心も柔らかくほぐれていく。嫌な人、悪い人がひとりも出て来ないし、嫌な出来事も起こらない、という本当に心の安まる物語である。(2006.12.9記)
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by nishinayuu | 2007-02-01 15:23 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
c0077412_1724354.jpg上巻を読んだときは未定だったが、読書会「かんあおい」の007年1月の課題図書に決定されたので、下巻は身を入れて(?)読んだ。
上巻では頼りなく、混乱状態だった主人公が、自分が夫にとってどんな妻だったか、自分はこれからどうしたらいいのかを、子供たちをはじめとする周りの人々と真剣にぶつかる日々のなかで理解していく。そして、雑誌編集に携わっている女性の思いがけない――読者には十分予想可能な――ふるまいにも動揺しない、頼もしい女性へと変身していく、という明るい結末になっている。人生の後半に入った人々へのエールであろう。
主人公をしっかり支えてくれる人、立派な人物などが登場しないところは現実的、真にひどい人、悪い人も登場しないところは理想的、楽天的な物語である。(2006.12.21記)
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by nishinayuu | 2007-01-29 09:59 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
c0077412_17231174.jpg読書会「かんあおい」2007年1月の課題図書候補。担当者が決めかねている段階で本が手に入ったので、とりあえず読んでみたところ、読みやすくてあっという間に読み終えてしまった。
夫の急死後に、59歳の妻を襲う孤独と疑い、迷い、憤り、奮起などなどのめまぐるしい日々が描かれている。半ばは他人事として、半ばは明日の我が身かも、と思いながら読み、どうせなら下巻も読みたいと思った。が、映画やテレビドラマまで見る必要はない、とも思った。(2006.12.20記)

☆上記の他人事は「ひとごと」と読んでくださるようお願いします。また、今回は関係ありませんが、一段落とあったら「いちだんらく」と読んでくださるよう、ついでにお願いしておきます。
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by nishinayuu | 2007-01-29 09:48 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
c0077412_17222887.jpgタイトルは正確には『自分自身への審問』。脳出血で倒れて右半身不随になり、おまけに癌が見つかって手術を受け、という追い詰められた状況の中で、どんなことを考えてきたかを記したもの。
朝日新聞に連載されていたコラム『目の探索』の格調の高さに魅せられ、ときどきの発言には同世代の故かことごとく共感を覚えていたこの著者が、大病をしたことによって変わってしまったかもしれないと恐る恐る読んでみたのだが、読み終えてほっとしている。辺見庸は少しも衰えていなかった!(2006.12.9記)

☆「さらなる活躍を期待し、陰ながら応援している」と言いたいところですが、この本を買うこともせず、図書館で借りて読んだのでした。
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by nishinayuu | 2007-01-27 20:46 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
c0077412_1721373.jpg一人暮らしの主人公(女性)が、死んだ叔母が残した曰くありげな「ぬか床」を引き継ぐことになる――というところから話は始まる。お弁当に入れたぬか漬けを会社の同僚に食べさせて喜ばれたり、身勝手なもう一人の叔母に腹を立てたり、と日常的なことが淡々と語られる一方で、「ぬか床」の非日常的な展開も同じく淡々と語られていく。『家守綺譚』と同工異曲の話か、と思っているととつぜん第3章に全く別の世界の物語が挿入されてきて???となる。接点のないように見えた2つの世界は章が進むにしたがって近付いていき、物語の展開はどんどんファンタジックになっていく。名付けて言えば、生物学的ファンタジーといった感じの作品である。(2006.12.9記)

☆私にとって3冊目の梨木香歩。はじめに読んだ『家守綺譚』がいちばん気に入っています。次によかったのは『村田エフェンディ滞土録』、というわけで、私にとってこの作品の順位は三番目。読み進むにつれて順位が下がっていっています。もし、梨木香歩との初めての出会いがこの作品だったら、他の作品は読まなかったかもしれません。
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by nishinayuu | 2007-01-23 09:58 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
c0077412_17205187.jpg『アウトサイダー』の著者として知られるコリン・ウイルソンによるSF小説。
主人公のハワード・ニューマンと友人のリトルウェイはともに優秀な学者で、人間の頭脳の働きと寿命とに相関関係があると見て、共同研究をすることになる。そして「ニューマン合金」を前頭葉に埋め込む手術を受けたふたりは、時間透視力を持つようになり、やがてほとんど意のままに価値体験に浸れるようになる。
大いなる空想物語であると同時に、人類のあるべき姿、人類の行くべき道を示す指南書でもある。(2006.12.6記)

☆博覧強記の著者なので、全編に科学や文学に関する情報・エピソードがびっしり詰め込まれています。定説と著者独自の説、真実と虚構とを見分けようという無駄な努力は最初から放棄して、楽しむことに徹しました。
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by nishinayuu | 2007-01-21 10:31 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
c0077412_17491497.jpgシリーズの冒頭にある「ことばは沈黙に/光は闇に/生は死の中にこそあるものなれ」の「生は死の中にこそあるものなれ」に関わる物語。
ゲドは魔法使いの最高位である大賢人となって登場するが、もはや老人の域にある。そのゲドが世界の均衡を崩したもの(者)を求めて、当てのない旅に出るとき、道連れに選んだのはアレン少年だった。エンラッド公の子息であるこのアレンこそが、今回の物語の主人公で、ゲドに従いつつ、やがてゲドと共に歩みついにはゲドを導く役割を担うことになる。(2006.11.27記)

☆物語には竜が用いる太古のことばが出てきますが、語例が少ないので体系がつかめません。ジョージ・オーウェルが『1984』で新英語を構築したように、あるいは井上ひさしが『吉里吉里人』で吉里吉里語を体系づけているように、ル・グインも「太古のことば」をきちんと作り上げているのではないかと思うのです。それがどんな言語なのか気になります。
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by nishinayuu | 2007-01-17 14:30 | 読書ノート | Trackback | Comments(2)
c0077412_17482286.jpg原題はThe Tombs of Atuan (アチュアンの墓所)。
舞台はカルカド帝国のアチュアン。ここには名なき者たちの支配する暗黒の世界があり、そこに使える巫女アルハが死ぬと、その時刻に生まれた女の子が次代のアルハとなる、という掟がある。この掟によってアルハに選ばれた少女は、闇に親しみ、闇の世界の巫女であることを誇りに生きてきた。ところが彼女が抱いていた闇の世界への親しみと巫女としての誇りは、少しずつ揺らぎはじめ、ゲドの出現によって決定的に崩されていく。少女の安息の場であった、墓所の下に広がる暗黒の大迷路は、少女を呑み込み、滅ぼそうとする恐ろしい世界に変じる。
ゲドがアルハをテナーと呼び、アルハが自分のほんとうの名前がテナーだということを思い出す場面が特に印象的。(2006.11.16記)
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by nishinayuu | 2007-01-15 12:26 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

読書と韓国語学習の備忘録です。


by nishinayuu