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All theLight We Cannot See』(Anthony Doerr

物語の主要舞台は「フランスのブルターニュ地方、エメラルド海岸でもひときわ輝きを放つ町、古くからの城壁に囲まれたサン・マロ」(フィリップ・ベックによる)。物語の始まりは194487日、サン・マロがイギリス海峡を越えてやって来たアメリカ軍の爆撃機によってほぼ完全に破壊された日である。砲撃の前に「町の住民はただちに市街の外に退去せよ」と書かれたビラが町に降り注いだ。

町の一角、ヴォーボレル通り4番地にある建物の最上階である6階で、16歳の少女マリー・ロール・ルブランが近づいてくる爆撃機の音を聞く。そして別の小さな音に気づいて窓辺に行き、窓の鎧戸に挟まった一枚の紙を手に取ると、紙を鼻に近づけて新鮮なインクの匂いをかぐ。マリー・ロールはこの建物に一人取り残された目の見えない少女だった。

通りを5本進んだところにある「蜂のホテル」で、18歳の少年ヴェルナー・ペニヒがスタッカートのようにうなるかすかな音を聞く。海の方からは高射砲の轟音が届く。ここ4週間、ホテルはオーストリア人対空部隊の要塞として使われていた。伍長に「地下室へ行け」と声をかけられたヴェルナーは毛布をダッフルバッグに入れて廊下を進み始める。ヴェルナーは連合軍の攻撃を迎え撃つためにこの町にやってきたドイツ軍の2等兵だった。炭鉱町ツォルフェアアインの孤児院で育ったドイツ人二等兵だった。

こうして始まる物語は、ここに到るまでの二人の物語を交互に描いていく。一方には1934年、6歳で視力を失ったマリー・ロールが父親から点字を習い、『海底2万里』と親しんだ日々、父親とともにパリを後にすることになったいきさつ、サン・マロの大叔父の家で暮らし始めてまもなくスパイの嫌疑で父が連行されたあと、家から一歩も出ずに無線放送を続ける大叔父と過ごした日々の物語がある。そしてもう一方にはヴェルナーがドイツの炭鉱町ツォルフェアアインの孤児院で過ごした日々、ザクセン州のシュルプフォルタ国家政治教育学校で指導教授から眼をかけられた日々、そして軍役に就いてサン・マロにやって来たいきさつなどの物語がある。そして19448月、マリー・ロールとヴェルナーの軌跡が交わる。二人を繋いだのは大叔父の兄(マリーの祖父)による朗読と「月の光」のメロディーだった。

忘れ難い登場人物たち

*マリー・ロール関係――父(国立自然史博物館の錠前主任。娘が前向きに生きていけるように全力を尽くした)/エティエンヌ・ルブラン(祖父の弟。マリーに『ビーグル号航海記』を読んできかせる)/マネック夫人(エティエンヌ家の家政婦兼保護者。マリーの保護者ともなる

*ヴェルナー関係――ユッタ(妹。ヴェルナーがほとんど知らなかった世界のからくりをよく理解していた)/エレナ先生(孤児院の先生。愛と献身で孤児たちを育む)/フレデリック(政治教育学校の同期生。鳥博士。無抵抗を貫いて精神に異常を来す)/フォルクハイマー(政治教育学校で知り合った年長の巨体の少年。表面は上官に忠実だが、陰ではヴェルナーに共感して秘かに助ける)/

(2018.11.19読了)


by nishinayuu | 2019-03-17 10:30 | 読書ノート | Trackback | Comments(2)

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On ChristmasDay in the Morning & Other Writings』(Margery Allingham,1936

本書は『キャンピオン氏の事件簿』シリーズの第3巻で、中編の「今は亡きピッグ(豚野郎)の事件」、短編の「クリスマスの朝に」の2編の他に、アガサ・クリスティーによる追悼文「マージェリー・アリンガムを偲んで」が収められている。

*「今は亡きピッグ(豚野郎)の事件」――時は19361月。キャンピオンはその朝受け取った美文調の匿名の手紙を読みながら、従僕のラッグがタイムズの死亡欄聞を読み上げるのを上の空で聞いていたが、小学校時代のいじめっ子・ピーターズ(37歳)の名が読み上げられて、俄然興味を覚える。「おまえの葬式には必ず行く」と行ってやった相手なので、ロンドンから車を飛ばして東サフォーク州キープセイク村近郊の寒村テザリングへ。葬儀の参列者の中に小学校の後輩のウィペットもいて、彼もキャンピオンが受け取ったのと同じ美文調の匿名の手紙を受け取っていたことを知る。そして6月。キャンピオンは再びキープセイク村へ赴く。地元の警察本部長で旧知のレオ・パースウィヴァントから殺人事件捜査の応援を頼まれたからだ。警察署でキャンピオンを待っていたのは、5ヶ月前に死んだはずのピッグの、死後12時間しか経っていない死体だった。(全然怪しくないのでかえって怪しく見える人物が次々に登場して、謎解きの面白さが味わえる。)

*クリスマスの朝に――時はピッグ事件から十数年あと。同じくキープセイク村の別の地域で郵便配達の老人が車にはねられて死亡するという事件がおこる。その朝、十字路の辺りで酔っ払い運転の車が事故を起こしていて車に乗っていた二人の男が警察に拘束された。他には車の通行はなかったので、この車が配達夫をはねたのは確実なのだが、十字路のずっと先にあるコテージには郵便が配達されているという証言がある。そうなると酔っ払い運転の車が配達夫をはねたと考えるには時間的にも場所的にも矛盾が出てくる。真相を突き止めるためにキャンピオンはパースウィヴァントと証言者のパシー警視といっしょにコテージへ出向く。パシー警視によるとコテージに住むのは「かなりのご高齢で、75歳は超えているはず」の女性だった。(今だったら8595を超えないとかなりご高齢とは言えないのでは? それはさておき、クリスマスにふさわしい心温まる結末になっている。)

クリスティはアリンガムの作風について「繊細な感性で選び抜かれた言葉が使われ」、「普通はあまり探偵小説とは結びつけられない資質である優雅さがある」と言っているが、そのとおりの作品でした。

2018.11.14読了)


by nishinayuu | 2019-03-12 14:41 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

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本作は1955年生まれの作家・梁貴子が1987年に発表した作品の邦訳。2018630日に出版されたできたての本である。

ウォンミドンは漢字で書けば遠美洞(京畿道富川市遠美区)。遠美山という幻想的な名前を持つ山の麓に位置する、大都市ソウルの周辺地域の一つである。時はソウルオリンピック(1988)の前で、町はまだ昔ながらの田舎町といった雰囲気のなかにある。そんな遠美洞に暮らす人々の日常が細やかな筆致で、しつこいくらい丁寧に描かれている。全体は11のエピソードからなり、各エピソードの主人公が他のエピソードに端役で登場したりもすれば、全体を通して出ずっぱりの人物もいて、興味深い群像劇になっている。11のエピソードのタイトルは以下の通り。

「遠くて美しい町」、「火種」、「最後の土地」、「ウォンミドンの詩人」、「一匹の旅ネズミ」、「雨降りの日はカリボンドンに行かなければならない」、「カワラヒワ」、「茶店の女」、「日用の糧」、「地下生活者」、「寒渓嶺」

以上のうち「ウォンミドンの詩人」は以前、韓国語講座で原文を読んだことがある懐かしい作品。また「雨降りの日はカリボンドンに行かなければならない」は別の翻訳集で読んだ覚えがあり、そのときは「カリボンドン」という響きだけが印象に残ったが、今回、集中でいちばん共感を持って読めた。

ところで、残念なのは翻訳文がこなれた日本語になっていないため、非常に読みにくいこと。韓国語の原文に囚われすぎているようだが、これは翻訳の問題でもあり、校閲の問題でもある。「訳者あとがき」はきちんとした日本語で書かれており、その内容もすばらしいのに、どうしてだろうか。この作品が読みでのある優れた作品であることは確かなので、訳文を吟味した改訂版が一日も早く出ることを期待する。

2018.11.9読了)


by nishinayuu | 2019-03-07 10:33 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

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『平和の玩具』(マンロウ、「サキ短編集」)

エレノア・ボウプが弟のハーヴェイに319日付け(作中には明記されていないが1914年)の新聞記事を見せる。子どもたちの情操教育のために「平和の玩具」を与えよう――すなわちドレッドノート(注)や砦の模型、兵隊の人形や武器のおもちゃの代わりに、一般の建物の模型や農具、工具などを、という趣旨の記事だった。そしてエレノアはハーヴェイに、今度のイースターの子どもたちへのプレゼントは「平和の玩具」にして欲しい、と頼む。

ハーヴェイは、戦争や政界で勇ましく戦ったことで知られる大おじや曾祖父を持ち、戦争ごっこが大好きな子どもたちに「平和の玩具」を与えても意味があるだろうか、と疑問を抱くが、それでも姉のたっての願いを受け入れて、イースターのときにエレノアに言われた通りのおもちゃを取りそろえてやってくる。期待でいっぱいのエリック(11歳前)とバーティ(9歳半)の前にそれらが取り出されると、子どもたちは失望を隠さない。とりあえずバーティは子どもたちに遊び方を教えた。そうしておけばそのうち遊び出すだろうと思ったのだった。さて、しばらくしてバーティが子どもたちの様子を見に行ってみると……

エリックは戦争や歴史・地理に関する知識が豊富なことを自負する少年だが、まだ11歳にもなっていないのでその知識は生半可なものでしかない。バーティがYMCAの建物の模型を取りだして、クリスチャン関係の建物だと説明すると、「ライオンは付いてないの?」と尋ねる。彼の頭の中には「クリスチャン⇒ライオンのえじき」という図式があるのだ。

(注)ドレッドノート:「不安ゼロ/恐れ知らず」という意味の名を持つ巨大戦艦。やがて「格段に大きい」という意味につながっていき、ここから「超ド級(超弩級)」という言葉が生まれた。

2018.10.31読了)


by nishinayuu | 2019-02-25 08:47 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

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『セルノグラッツのオオカミ』(マンロウ、『サキ短編集』)

セルノグラッツ城の主となった男爵夫妻が招いた客たちと歓談している場面から物語は始まる。こういう古いお城には伝説がつきものだ、と男爵夫人が語り始める。「ここの場合は、お城で誰かが死ぬと森の野獣たちが一晩中遠吠えする、という伝説があるのだけど、でたらめよ。去年の春に義母が亡くなったときだって何も起こらなかったわ」。

すると家庭教師のアマーリアが「それは違います」と声を上げる。普段は雇い主たちの会話に口を出すことはないのに。アマーリアによると、誰かが死ぬと獣たちの遠吠えが聞こえる、ということではなく、「セルノグラッツ家の人間が死ぬ時に」あちこちからオオカミがやって来て森の外れで吠えるのだという。普段はこの森に棲むオオカミの数は限られているのに、ものすごい数のオオカミがやって来て吠えるので、お城や村の農場の犬たちもおびえて吠えるのだという。「それだけではありません。死んでいく人の魂が身体を離れた瞬間、庭の木が裂けて倒れるのです。城と無関係の人が死んでもオオカミが吠えたり木が倒れたりはしません」 と彼女は挑むような、蔑むような調子で言い放つ。

アマーリアはさらに、零落して雇われる身になったときに名前を変えたが、本名はアマーリア・フォン・セルノグラッツだと告げる。男爵も夫人も家庭教師の不遜な態度にあきれて、当分は人手が必要なのでこのままにしておくが、年明けのパーティーが済んだら彼女を解雇しようと考える。ところが、クリスマス後の寒さのせいで家庭教師は病の床についてしまい、老齢のせいもあってどんどん弱っていく。そんなある日、男爵家の飼い犬が突然クッションから飛び降りて震えながらソファーの下にもぐり込む。それと同時に城の庭で犬たちが吠えだし、遠くからも犬の吠える声が聞こえてくる。耳を澄ますとあちこちからオオカミの遠吠えの声もするではないか。

深い森に囲まれた古い城に伝わる伝説が現実のものとなる、という神秘的な物語展開が魅力的。ただし、それだけでは終わらずに皮肉の効いた結末が付いているところがサキらしい。(2018.1028読了)
by nishinayuu | 2019-02-20 09:35 | 読書ノート | Trackback | Comments(2)

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『Чехов Њмореска』(Чехов)

本書はユーモア週刊誌に寄稿された初期の作品群を集めたもので、本邦初訳が14編収録されている。掲載誌名のあとに「検閲許可」の文字がある作品が7編あり、帝政ロシアの過酷な検閲制度をうかがわせる。タイトルに「ユモレスカ」とあるけれど、辛辣すぎてついていけないもの(ロシア人のユーモアは毒気がありすぎ?)もあれば、理解が届かないものもある。が、全体としては人間の普遍的生態が浮かび上がってくる作品群と言える。特に印象的な作品をいくつか挙げておく。

*男爵――役者の下手な演技に腹を立てて、思わず自分で台詞を言ってしまうプロンプター。

*心ならずもペテン師に――いろいろな人が自分の都合で時計の針を進めたり戻したり。

*フィラデルフィア自然研究大会――ダーウィンに反対するベルギー代表は言う。「あらゆる人種が猿から派生したわけではない。たとえばロシア人は鵲から、ユダヤ人は狐から、イギリス人は冷凍魚から派生したものだ」。

*年に一度――「名の日」なのに誰も訪ねてこない侯爵令嬢(腰の曲がったしわくちゃ婆さん)のために、令嬢の甥を無理やり呼び寄せる従僕のマールク。

*親切な酒場の主人――かつてわが家の農奴だった酒場の主人が、わが家の手入れに大金をつぎ込んでくれたわけは?

*客間で――客間で愛を語る男女(実は主の留守に貴公子と令嬢を気取ってみた使用人の男女)。

*ポーリニカ――ポーリニカへの愛と「荷馬車の5番目の車輪になんかならない」というプライドの間で揺れ動くニコライ・チモフェーイチ。

2018.10.27読了)


by nishinayuu | 2019-02-15 09:39 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)


c0077412_14270137.jpgOut ofAfrica』(Isak Dinesen, 1937

著者は『バベットの晩餐会』や『冬物語』(著者名はカレン・ブリクセンとなっている)で知られるデンマークの作家。デンマーク語で書くときはカレン・ブリクセン(Kren Blixen)を、英語で書くときはイサク・ディネセンを用いた、という話を聞いたことがあるが、1937年出版の本書はイギリス版とデンマーク版はカレン・ブリクセンの名で、翌年のアメリカ版はイサク・ディネセンの名で発表されている。

さて本書は1914年から1931年までアフリカで農場を経営した著者が、ずっと心に残っている「アフリカの日々」を綴った作品である。

「赤毛のせっかちな北欧人が熱帯地方と人種に寄せる熱い思慕は、異性間の思慕に似ている。北欧人は自分の国や同民族の中では理に合わないことを決して許さない。ところが彼らはアフリカ高地の旱魃、日射病、牛の疫病、雇い入れた現地人が与えられた仕事に適さないことなどなどを、自己卑下とあきらめをもって受け入れる。不一致故に一体となり得るこの人間関係のなかにひそむ可能性に、北欧人の個としての意識はのみ込まれてしまう」と著者は言う。はたして著者は「アフリカに着いて最初の何週間かでアフリカの人たちに強い愛情を覚え」、彼らと接するうちにますます彼らに惹かれていって、18年という年月を彼らと共に過ごすことになったのだ。

本書にはアフリカの大地が、アフリカの人々が、アフリカの動物たちが、そしてそれらと共にある著者の日々が、数々の迫力のあるエピソードとともに綴られている。それでいてなぜか読後には、静かな音楽の流れるなかで美しい映像を眺めていたような印象が残る。(2018.10.23読了)


by nishinayuu | 2019-02-05 14:28 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

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『時のみぞ知る』(ジェフリー・アーチャー、US Kindle

Clifton Chroniclesの最初の巻。主人公の少年期から青年期への成長を、視点を変え、時期を少しずつずらしながら綴っていくという構成で、それによって主人公のハリー・クリフトンはもちろん、主人公を取り巻く人々の像もくっきりと浮かび上がってくる。心覚えのために各章のエピソードを列挙しておく。

1章「Happy Clifton」(1920-1933)港町ブリストルにおけるハリーの子ども時代の物語。父親のいない家庭の貧しい生活、聖歌隊のソリストとして活躍する日々、世捨て人のジャックとの出会い、St. Bede’s 校への進学と学校生活、Bristol Grammar Schoolへの進学など。

2章「Maisie Clifton」(1920-1936)ハリーの母メイジーの物語。アーサー・クリフトンとの結婚とハリーの誕生、アーサーの事故死、ハリーの進学に伴う苦労と喜び、Hugo Barringtonとの因縁など。

3章「Hugo Barrington」(1921-1936)バリントン海運の御曹司であるヒューゴの物語。アーサーを死に追いやった経緯。メイジーとの関係。メイジーとハリー母子を極力避ける理由などが綴られる。

4章「Old Jack Tar」世捨て人オールド・ジャックの物語。バリントン海運の社主ウォルターとの縁。アーサーの子ハリーへの肩入れ、ミスター・ホウルカム、ディーキンズ、ミスター・フロビシャーとの数奇なつながり、父の死と残された手紙など。

5章「Giles Barrington」(1936-1938)ハリーと親友になったジャイルズの物語。ハリーを嫌う父への反発、夏休みのトスカーナ旅行、演劇シーズンでのハプニング、ジャイルズの妹エマとハリーの交際に対するメイジーとジャックの懸念、母とエマの家出、ハリーと一緒に母方の祖父ハーヴェイ卿訪問、ハーヴェイに諭されてヒューゴが家族に語ったハリーを避ける理由、ハリーとディーキンズのオクスフォード入学決定など。

6章「Emma Barrington(1932-1939) ジャイルズの妹エマの物語。ハリーとエマが恋人になった経緯、母とエディンヴァラに行ったいきさつ、ハリーの父の死についてのエマの推測、ハリーとの交際をヒューゴばかりかメイジーもジャックも喜んでいないと知ったときの困惑、ジャックの「異議あり」という声で流れた結婚式など。

7章「Harry Crifton」(1939-1940)一瞬にして人生を閉ざされたハリーのその後の物語。衝撃を受けて式場を去る人々のその後の動き、エマがハリーに残した手紙、イギリスの開戦と町にあふれる軍服姿、心臓発作で倒れたオールド・ジャック、ハリーが老朽船デヴォウニアン号に乗ることになったいきさつ、ハリーの船員修行と高級船員トム・ブラドショウとの親交、ハリーがトム・ブラドショウになりかわったいきさつ、ニューヨークに入港したハリーを待っていた「第1級殺人罪」による逮捕、などなど。

本書で最も感動的なのは、ハリーの回りには母メイジーをはじめとして、ミス・マンデイ(聖歌隊長、ハリーのを見いだし、メイジーの仕事探しも助ける)、オールド・ジャック(世捨て人。ハリーに目をかけて教え導く。ハリーの父親の死の真相を知っている)、ミスター・ホウルカム(公立小の先生、ハリーを進学させようと個人指導にのりだす)、ミスター・フロビシャー(St. Bede’s の歴史教師)、オークショット師(St. Bede’s の校長)など、温かく見守って手をさしのべてくれる人が大勢いたという事実である。

2018.10.16読了)


by nishinayuu | 2019-01-31 09:46 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

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The BloodPromise 』(Mark Pryor, 2014

本書のカバーには続・『古書店主』とあるが、主人公が同一人物であるというだけで、『古書店主』の続編というわけではない。ただ、始めのほうにある「ブキニストの捜査の決着がついたときに、ブキニストの娘から父親のコレクションの一品だった『星の王子様』の著者サイン入りの初版本を贈られた」という言及が『古書店主』とのつながりといえばつながりといえる。

物語の冒頭は1795年のパリ。アルベール・ピジョンという老人が現代社会で最も影響力のある人物に宛てて手紙を認めている。書き終えると自分の血で署名を記し、蠟で封をした「ル・カドゥー(寄贈品)」とともに精巧に作られたチェストに納める。これがタイトルにある「血盟の箱」で、ある男に託されて遠くに送られることになるのだが、この段階ではピジョンが何者なのか、誰に宛てて手紙を書いたのか、チェストがどこに送られたのかはまだわからない。

本書はフランス革命の折にとらわれの身となったドーファン(王太子、マリー・アントワネットの息子)が、秘かに救い出されてある家族の息子としてアメリカで育てられた、という設定を基にして構築された歴史ミステリー。フランスの名門一族、アメリカの大統領候補などが絡み合って起こる窃盗事件や殺人事件を、主人公のヒューゴが友人のトム、部下のカミーユらとじっくり(のんびりゆったり?)解決していく。主な登場人物は以下の通り。

*ヒューゴ・マーストン――駐仏アメリカ大使館の外交保安部長。「ゲイリー・クーパーばりの容姿で、ジェイムズ・ボンドばりの活躍」をする元FBIのプロファイラー。好きな作家はオスカー・ワイルド(親近感が湧く!)

*トム・グリーン――ヒューゴのよき相棒。元CIA局員。

*クラウディア――ジャーナリスト。ヒューゴの恋人。

*チャールズ・レイク――アメリカ合衆国上院議員

*アンリ・トゥールヴィユ――フランス外務省欧州局の高官

*アレクサンドラ――アンリの妹

*ラウル・ガルシア――パリ警視庁主任警部

*カミーユ・ルラン――パリ警視庁警部補。男から女に性転換した人物。大きなサイズの婦人靴を探すのに苦労している。

2018.9.26読了)


by nishinayuu | 2019-01-26 10:01 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)


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Nocturnes Five Stories of Music and Nightfall』(Kazuo Ishiguro, 2009

副題「音楽と夕暮れをめぐる五つの物語」




*「老歌手」――原題はCrooner(ビング・クロスビーなどの甘くささやく歌い方の歌手のこと)。舞台はヴェネチア。語り手は旧共産圏出身のギタリストのヤネク。そしてクルーナーは60年代にビッグネームだったアメリカの歌手トニー・ガードナー。サンマルコ広場でガードナーを見かけたヤネクは、母が熱烈なファンでした、と声をかける。それがきっかけでヤネクはその晩、ゴンドラを窓辺に寄せて妻に向かってセレナーデを歌いたい、というガードナーのために伴奏することになる。

*「降っても晴れても」――原題はCome Rain or Come Shine(レイチャールズの歌のタイトル)。語り手のレイはイングランド南部の大学でエミリとチャーリーに出逢った。レイとエミリはブロードウエイソングが大好きで、レイとチャーリーは一番の親友だった。エミリとチャーリーが結婚したあとも三人の交流は続いたが、チャーリーは世界各地を飛び回って会議をこなすという活躍ぶり。一方レイは英会話の教師をしながら独身のまま47歳になった。夏の初め、レイはロンドン行きの計画を立て、二人に連絡した。二人はいつもレイのための部屋を用意して待っていてくれるのだが、今回は様子が違った。

*「モールバンヒルズ」――Malvern Hillsはヘレフォードシャーの地名。ロンドンでは理解されないと感じた若いミュージシャンの語り手は、ロンドンを離れて姉夫婦の経営するレストランを手伝うことにする。そこで出会ったのは自分を目の敵にしたかつての教師フレーザー婆さんと、旅行者のスイス人夫婦。夫のティーロ(語り手によると髪型はABBA風)はいやに明るく、妻のゾーニャはいやにとげとげしい。語り手はフレーザー婆さんが経営するひどいと評判のホテルをスイス人夫婦に勧める

*「夜想曲」――「二日前まで、おれはリンディ・ガードナーのお隣さんだった」という文で始まる。リンディ・ガードナーは第1話で老歌手がセレナーデを献げた妻その人。大スターである。語り手は売れないサックス奏者。メジャーになる素質はあるのに売れないのは顔のせいだとマネージャーに言われ、美容整形を受ける。そして療養のためにホテルに移ると、やはり顔中包帯でぐるぐる巻きのリンディがいて、二人は急速に親しくなる。

*「チェリスト」――7年前、語り手が出会ったチェリストのティポールは、一流の音楽教育を受けていて、将来が開けている若者だった。安定した仕事がないティポールのために、語り手とバンド仲間がオーディションを受けられるようにしてやった。それをとても感謝していたティポールだったが、一夏のうちにすっかり変わり、態度がでかくなった。それもこれもあのアメリカ女のせいだ、とみんなは思った。チェロの名手だというその女性エロイーズ・マコーマックは、自ら指導を申し出てティポールを虜にしてしまった。

しみじみとした話、ドタバタ調の話、なんとも奇妙な話などを組曲のようにまとめた味わいのある短編集である。名翻訳者による「訳者あとがき」も楽しい。(2018.9.7読了)


by nishinayuu | 2018-12-22 11:21 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

読書と韓国語学習の備忘録です。


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