2018年 04月 11日 ( 1 )

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Une Femme』(Annie Ernaux, 1987

著者は1940年生まれ。18歳までフランス北部ノルマンディー地方のイヴトーという町で過ごし、結婚、離婚を経て現在はパリ近郊でひとり暮らしをしている。高校教育に従事したのち1974年に作家デビュー。現代フランス文学界でいま最も注目を集めている作家である(見返しの作者紹介文より抜粋)。

本作は「母が死んだ。47日日曜日、ポントワーズの病院付属の養老院でだった。二年前に、私が彼女をそこに預けたのだ」という文で始まる。

母親が死んだ1986年のその日は、著者の世代のフランス女性に決定的ともいえる精神的影響を与えたシモーヌ・ド・ボーヴォワールの死去の1週間前だった。そして著者はボーヴォワールの葬儀の翌日の420日に冒頭の文を書いたのだった。

著者の母親はボーヴォワールとは全く異なる低い階層に生まれ育った女性だった。ノルマンディーの田舎で育ち、女工から小売商人となり、世間に面目をほどこそうとがむしゃらに働き、読書好きで向学心も旺盛だった母親は、成長期の著者にとっては世間に立ち向かう意志と活力のイメージそのものだった。開けっぴろげで派手で粗暴でもあった。母親は娘にありったけの愛情を注いだが、愛するあまりに時には乱暴な言葉を投げつけることもあった。そして娘が大学教育を受け、「ただの労働者ではない、教養のある家庭で育った」男性と結婚したときには、娘が上の階層の人間になれた、と喜んだ。

そんな母親と著者の葛藤の日々が描かれたあとに、老年性痴呆に陥った母親との日々が描かれる。

老年期に入って痴呆に陥り別人になってしまった母親と1年あまり格闘した末に、著者は2年前についに母親を施設に入れて最期の日々を看取ったのだった。すなわち本書には「ある女」の一生が描かれると同時に、母親に対して娘が抱く嫌悪感と親近感、疎ましさと愛着などの綯い交ぜになった複雑な思いが描かれている。著者は本書の最後を次のように締めくくっている。

――この本は伝記ではないし、もちろん小説でもない。おそらく文学と社会学と歴史の間に位置するなにかだと思う。被支配階級に生まれ、そこから脱出しようとした母自身が、歴史となる必要があったのだ。彼女の望みに従って、言葉と思想を持つ支配階層に移った私が、その階層の中で、自分をそれほど孤独でも不自然でもないと感じるために――。私が彼女の声を聞くことは、もはやない。大人の女である私を、子どもだった頃の私に結びつけていたのは、彼女と、そして、彼女の話し言葉、彼女の手、仕草、笑い方、歩きぶりなどだった。私は、自分の生まれ故郷にあたる階層との間の最後の絆を失った。

2018.2.13読了)


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by nishinayuu | 2018-04-11 10:09 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

読書と韓国語学習の備忘録です。


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