2018年 03月 02日 ( 1 )


c0077412_09361092.jpgLaMoustache』(Emmanuel Carrère1986

本書カバーの袖にジャン=フィリップ・トゥーサンの言葉が載っている。

「『口ひげを剃る男』でぼくが気に入ったのは、出発点のなんでもない状況――男が口ひげをそり落とし、誰もそれに気づかない――が、無数の物語の展開する可能性を生み、現実とフィクション、真実と虚偽の問題を提起して有無を言わせず読者を引きずり込み、ついにはクラクラと幻覚を起こさせる、その単純な冒頭とその後の展開とのコントラストだった。」

全くそのとおりで、語り手の男の視点が正しいのか、すなわち男が信頼できる語り手なのか、読者には判断が付かない。なんだかおかしな男の幻想に付き合っているような気もしてきて、読み進むにつれて不安が増してくる。もうひとつ、訳語の選択にも疑問が生じて、訳者への信頼までぐらついてくる。たとえば「バスタブの上の壁にはってある鏡が蒸気で曇らないように、湯は下ろしたシャワーから静かに入れ」の「下ろしたシャワー」に違和感を覚えるし、「今頃アニエスはスーパーマーケットで通路に踵の音を響かせながら歩いているんだろうな」の「踵」は「靴の踵」か「ヒール」にしてもらいたいし、「(ジェロームが煙草を一箱余分に買ってきて)のめよ、これ、のんでいいから、もうねだるな、という」の「のめよ」も落ち着かない。これは個人の好みの問題かもしれないが。

とにかく語り手にも訳者にも不安を覚えながらも途中で投げ出さなかったのは、もう少し先に行けばどういうことかはっきりするだろう、という期待を抱かせる展開になっているからだ。語り手は妻のアニエスをはじめとする自分を取り巻く人々との違和感を断ち切るためについにパリを脱出する。そして語り手に平和なときが訪れて……ということにはならず、衝撃の結末が待っているのだが、なるほどそういうことだったのか、と納得して読み終えることができる。読んでいる最中はずっと「この本は外れかもしれない」と思っていたが、読後は、もしかしたら好きな部類の本かもしれない、と思えてきたのだった。(2017.12.29読了)


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by nishinayuu | 2018-03-02 09:37 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

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