「いすけよりひめ」その2

☆『古事記』の再話です。韓国語はこちら

神武天皇(鵜葺草葺不合命-ウカヤフキアエズノミコト-の第四子)は国神たちを平定して、従わない人々を打ち払ったあと、畝傍の橿原宮に住まって天下を治めた。そして、正妻とする娘を探した。
さて、七人の娘たちが野遊びにでかけたが、その中に伊須気余理比賣(イスケヨリヒメ)がいて、先頭に立っていた。大久米命が天皇に「あの七人の中でどの娘と結婚なさいますか」と尋ねたところ、「先頭に立っているあの年長の娘を妻にしよう」と応えたんだよ。それで天皇は、狭井河(サイガワ)のほとりにあるひめの家を訪れて、一夜を共にしたんだ。あとで伊須気余理比賣が天皇の住まいである宮に参内した時、天皇は次のように詠った。

葦原の穢(シケ)しき小屋(オヤ)に菅畳(スガタタミ)弥清(イヤサヤ)敷きて我が二人寝し
(葦原の中のきたない小屋に菅のムシロを清らかに敷いて私たち二人は寝たのです)

そうして御子が二人生まれた。天皇が亡くなった後、三人の御子の異母兄である当芸志美美命(タギシミミノミコト)が伊須気余理比賣を娶って三人の弟を殺そうと企んだ。母親の伊須気余理比賣は心を痛め、苦しんで、歌を詠んで三人に知らせたのだよ。

狭井河よ雲立ち渡り畝傍山木の葉さやぎぬ風吹かんとす
(狭井河に雲が広がり、畝傍山では木々の葉がザワザワと音を立てている。風が来ようとしているのだ)

畝傍山昼は雲とゐ夕されば風吹かんとそ木の葉さやげる
(畝傍山は昼は雲が揺れ動き、夕刻になると嵐の前触れとして木々の葉がザワザワと音を立てている)

三人の御子は歌を聞いて兄の企みがわかったから、兄を殺すことにした。まず、神八井耳命(カムヤイミミノミコト)が武器を手にしたけれど、手足が震えて殺せなかったのだよ。それで、末の弟である神沼河耳命(カムヌナカワノミコト)が、兄の武器を受け取って当芸志美美命を殺した。そのとき神八井耳命は「私は仇を殺せなかったが、あなたは見事にやり遂げました。だから私は兄であっても上に立つわけにはいきません。あなたが天皇となって天下を治めてください。私はあなたを助け、神の加護を願う役としてお仕えしましょう」といって、弟に皇位を譲ったのだった。
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by nishinayuu | 2007-06-03 14:30 | 再話 | Trackback | Comments(0)

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