「藤原実方中将が陸奥の国において和歌を詠んだ話」その2

c0077412_14253944.jpg
『今昔物語』巻第二十四第三十七話の再話です。韓国語訳はこちら


昔々、藤原実方という人がいたそうだ。一条院の御時に禁中に仕えていたが、思いがけず陸奥の守に任命されてね。禁中で親しい間柄だった宣方朝臣と別れるのが悲しくて、涙ながらに陸奥へと下って行った。間もなく実方から、次のような和歌を記した手紙が来たという。

やすらはでおもひ立ちにしあづまぢにありけるものをはばかりの関
(ためらい〈=はばかり〉もなく立ってきた東国への旅なのに、ここにはばかりの関があったことよ。わたしにはやはりためらいがあるようだ)

また、道信中将という人がいた。その人も実方中将と親しくしていたが、(陰暦)九月のころに紅葉を見に行く約束をしたあと、思いがけず亡くなってしまった。限りなく哀れに思って、実方中将は泣く泣く次のように和歌を詠んだという。

見むといひし人ははかなく消えにしをひとり露けき秋の花かな
(いっしょに紅葉を見ようと約束した人ははかなく亡くなってしまい、わたしは一人で泣きながら、露に濡れた秋の花を見ているよ)

さらにまたこの中将の話だが、かわいがっていた幼い子どもが亡くなったとき、どうにも悲しくて泣きながら寝ていたら、その子どもの夢を見たので驚いて夢から覚め、

うたた寝のこのよの夢のはかなきにさめぬやがての命ともがな
(うたた寝の夢に今は亡きわが子が現れたが、はかなく夢から覚めてしまった。夢から覚めずにわたしの命が終わってしまったらよかったのに)

と和歌を詠んで涙にくれた。この中将はこのように和歌を詠むことに秀でていたわけだ。けれども、陸奥の守になって陸奥に下ってから3年という年に、はかなく世を去ってしまい、実に哀れなことであった。この人の子の朝元も和歌を上手に詠んだと伝えられている。
[PR]
トラックバックURL : https://nishina.exblog.jp/tb/4993539
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
by nishinayuu | 2006-11-20 18:48 | 再話 | Trackback | Comments(0)

読書と韓国語学習の備忘録です。


by nishinayuu