『フィンバーズ・ホテル』(編=ダーモット・ボルジャー、訳―茂木健、東京創元社)
2021年 02月 04日
『Finbar’s Hotel』(Dermot Bolger, 2000)
著者:ダーモット・ボルジャー、ロディ・ドイル、アン・エンライト、ヒューゴー・ハミルトン、ジェニファー・ジョンストン、ジョセフ・オコーナー、コルム・トビーン
7人の作家による7つの短編が一冊にまとめられている本書は、作家・詩人であり出版人であるボルジャーの手で絡み合わされて、単なるオムニバス作品ではなく有機的にまとまったひとつの作品として読めるようになっている。巻末に「フィンバーズ・ホテルご利用案内」(栩木伸明)という解説文があり、物語に秘められた仕掛けやアイルランドの政治・宗教・歴史などについて事細かに教えてくれるのもうれしい。
舞台はダブリンのはずれにある古いホテル。維持できなくなったオーナーが売りに出したため、間もなく閉鎖されることになっており、すでに新しいオーナーも決まっている。ホテルには団体のアメリカ人客も滞在しているが、物語の主役は1階(日本でいえば2階なので、フロントからはエレベーターで昇る)の7つの客室にチェックインした次のような面々である。
101号室:ベン・ウィンターズ(妻に内緒でホテル生活を初体験する男。憧れのミニバ―を探し回る)
102号室:ローズ・フィッツギボンと姉のアイヴィ・ゲイトリー(ローズは姉に呼ばれてロンドンからやってきた。母親のことを考えろとアイヴィは言うが、ローズはかつて母親に懇願されて家を出たのだった)
103号室:ケン・ブローガン(電気技師。猫のマギィを同伴。ラジカセをガンガン鳴らして隣室から苦情を言われる。ポーターのサイモンはこの「103のカウボーイ」が気に入って便宜をはかってやる)
104号室:エドワード・マッキャン(支配人のジョニー・ファレルはこのポニーテールの男に妙に見覚えがあって不安を覚える。実はこの男はホテルの創業者の孫アルフィ・フィッツシモンズだった)
105号室:モーリーン・コノリー(高校教師。余命1年の癌患者。夫が愛人に会っているとき、ひとりで各地のホテルを泊まり歩くのを楽しんでいる。嘘が次々口をついて出てくるのに自分であきれる)
106号室:メイ・ブラノック(父親は元のホテルが火事になった時の消防士。16歳だったメイはケヴィンと一緒に一部始終を眺めていた)
107号室:(103号室のカウボーイを震え上がらせたダブリン男。この部屋の常連客。部屋にはレンブラントの『ある老女の肖像』の複製が掛けてある)
本作は発表の際、どの作家がどの作品を担当したかを明らかにせずに読者の推理に任せる、という粋な演出付きだったという。その答は2002年11月1日にすでに発表されたはずだが、今回読んだ本には答が出ていないので、推理してみることにした。といっても実は7人のうち読んだことのあるのはコルム・トビーンただ一人で、しかも彼の作品も『ブルックリン』と『ブラックウォーター灯台船』の二つだけなので、推理しようというのもおこがましいのだが。それでも読み進めていくうちに、深くて味わいのある読み物となっている104号室の物語がトビーンの作品だと確信できた。巻末の解説文によると99.9%当たりらしい。
(2020.10.29読了)