『カササギ殺人事件 下』(アンソニー・ホロヴィッツ、訳=山田 蘭、創元推理文庫)
2019年 06月 05日
『Magpie Murders』(AnthonyHorowitz, 2017)
この下巻は、上巻のようなまどろっこしい導入部はなくすぐに本編が始まる。上巻の前書き風部分と同じく「ロンドン、クラウチ・エンド」と題された冒頭部分で、『カササギ殺人事件』の作者名がアラン・コンウェイとなっているのはなぜなのか、この部分の語り手が誰なのかが解明されてすっきりする。そのかわり、殺人事件の解明はなかなか進展しない。というのも、作者のアランが急死したせいで、作品の結末部分の原稿が見つからないのだ。というわけで下巻ではアラン・コンウェイ作の『カササギ殺人事件』の犯人解明よりも、作者アラン・コンウェイの死の解明が主題となる。すなわち、上下巻全体がアンソニー・ホロヴィッツ作の『カササギ殺人事件』で、上巻の『カササギ殺人事件』は作中作という構造になっていたのだ。上巻冒頭部分に掲げられていた「作家アラン・コンウェイの経歴」も、「アティカス・ピュントシリーズ」も、「それに寄せられた絶賛の声」というのもすべてフィクションだったのだが、ミステリを読み慣れた読者には自明のことだろう。
主要登場人物
*スーザン・ライランド(語り手。クローヴァーリーフ・ブックス出版社の編集者)/*チャールズ・クローヴァー(クローヴァーリーフ・ブックスのCEO)/*ジェマイマ・ハンフリーズ(チャールズの秘書)/*アラン・コンウェイ(『カササギ殺人事件』の作者)/*メリッサ・コンウェイ(アランの元妻)/*フレデリック・コンウェイ(アランの息子)/*クレア・ジェンキンズ(アランの姉)/*ジェイムズ・テイラー(アランの恋人)/*アンドレアス・パタキス(スーザンの恋人)
アランが「カササギ殺人事件」というタイトルにこだわったのは、シリーズ9作のタイトルの頭文字を繋げて「アナグラム解けるか」という言葉にするためだったという。すなわち(あ)アティカス・ピュント登場/(な)慰めなき道を行くもの/(ぐ)愚行の代償/ら 羅紗の幕が上がるとき/(む)無垢なる雪の降り積もる/(と)解けぬ毒と美酒/(け)気高きバラをアティカスに/(る)瑠璃の海原を越えて)となるが、原文のタイトルを忠実に訳したら日本語では意味を成さないはずなので、作品のタイトルは訳者が適当に作ったものと思われる。
アランが作中に仕掛けたもう一つのアナグラムは探偵の名アティカス・ピュントAtticusPünd。「アナグラムを解くとア・ステューピッド・カ……(a stupid c・・・)となるが、最後まで書かないことを許してほしい。読者もきっと自力で簡単に答えにたどりつくだろうから」とスーザンは言っている。(確かに簡単にたどり着けます。)
アランがカササギ殺人事件の筋立てに古い童歌を使っているのも、明らかにクリスティが何度となく使った技法をなぞったものだろう、という言及があって「一、二、わたしの靴の留め金止めて」「五匹の子豚」(以上『愛国殺人』)、「十人の小さなインディアン」(『そしてだれもいなくなった』)、「ヒッコリー・ディッコリー・ドック」(『ヒッコリー・ロードの殺人』)などが挙げられているのも興味深い。
(2019.2.15読了)