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『メモリー・ウォール』(アンソニー・ドーア、訳=岩本正恵、新潮クレストブックス)


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Memory Wall』(Anthony Doerr, 2010

本書は著者の第2短編集で、最も優れた短編集に与えられるストーリー賞を2010年に受賞している。収録作されている6編は、いずれも「記憶」をテーマとした作品である。



*メモリー・ウォール――記憶を特殊な装置で脳から取り出してカセットに保存できるようになった近未来の世界。金持ちの老女アルマの大切な記憶は壁一面に貼られた無数のカートリッジに記録されている。そこから金儲けの種を盗もうと企んだ男は、記憶を読み取るための「ポート」を少年の頭に埋め込む。認知症が進む老女アルマの不安と恐怖、「記憶読み取り人」の少年ルヴォが短い命を精一杯生きる姿、そしてアルマの使用人フェコの献身の日々が静かに、丁寧に語られていく。

*生殖せよ、発生せよ――避妊してきた夫婦がいよいよ子どもを作ろうと思ったところが、なぜか子どもができない。そこで彼らは全力で不妊治療に取り組む。そんな彼らの涙ぐましい奮闘の日々が、専門的医学用語をまじえながら、それでいて実に温かい筆致で綴られていく。

*非武装地帯――韓国に派遣されている米軍兵士の息子から手紙が来る。北朝鮮と韓国の間にある非武装地帯(DMZ-demilitarized zone)に飛んでくる鳥たちのことが書いてある。霧の中から現れて頭上を通過していった千羽近くのカモメの群、通信線に触れて地面に墜ちたツル、などなど。手紙を受け取るのは父親。母親が家を出て他の男と暮らしていることを息子はまだ知らない。息子から「病気で送還されることになった」という手紙が来たとき、父親は息子からの手紙の束を、元妻の家の玄関に置いてくる。

*一一三号村――中国が舞台。大規模なダム建設計画によって水没することが決まった村で、先祖代々種屋をやってきた女性の物語。人々が次々に再定住地区へ移転して行くなかで彼女は村に残る。二つの戦争と文化大革命を生き抜いてきた村の誰よりも歳をとっている柯(クー)先生も残る。

*ネムナス川――両親を相次いで病気で亡くしたアリソン(15歳)と、彼女を引き取ったリトアニアのおじいちゃんの物語。アリソンは「ネムナス川でチョウザメを釣る」と言い張り、ジーおじいちゃんは「昔はママもチョウザメ釣りに行ったが、アメリカの大学に行ってそこで結婚してしまった。この20年、誰もネムナス川でチョウザメを捕まえていないし、ネムナス川にはもうチョウザメはいない」と言う。さて。

*来世――ナチスによるユダヤ人迫害が激しくなった時期のハンブルクと、75年後のオハイオ州ジェニーバが舞台。ハンブルクの女子孤児院に収容されていた12人の少女たちのうち、当時6歳だったエスター・グラムだけがローゼンバウム医師の手で救い出されてアメリカに渡り、エスターを特別に守ってくれていた16歳のミリアムも含めて他の少女たちはみなビルケナウに送られた。けれどもエスターは今もミリアムたちと一緒にいるのを感じている。

訳者あとがきに「記憶は失われるもの、手の届かないものであるだけに、本書には静かな悲しみが流れている。その一方で、どの作品にも希望の輝きが感じられる。(中略)その希望を作り出しているのは、子どもたちだ。ウオータースライダーを滑るテンバ(フェコの息子)の興奮が、木蓮の発芽を見守る傑(ジェ-一一三号村の女性の孫)、雪遊びをするふたご(エスターの家の新しい家族)の歓声が、私たちに新たな喜びを届ける」とある。読書中も読後も静謐な感動に満たされる素晴らしい作品でした。(2019.1.9読了)


Commented by マリーゴールド at 2019-05-07 20:58 x
記憶が薄れていくのは寂しいですね。作者の名前を覚えておきましょう。
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by nishinayuu | 2019-05-06 10:03 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

読書と韓国語学習の備忘録です。


by nishinayuu