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『階段を降りる女』(ベルンハルト・シュリンク、訳=松永美穂、新潮クレストブックス)


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Die Frauauf der Treppe』(Bernhard Schlink, 2014

シドニーのアートギャラリーで語り手が一枚の絵を目にするところから物語は始まる。その絵は階段を降りている全裸で青白くブロンドの女性を描いたもので、女性は浮遊するような軽やかさで鑑賞者に向かってくる。グラントラッハ家のサロンで初めて見たときと同じように、その絵は語り手を感動させた。語り手はゆっくりその絵に向かって歩いて行く。そして困惑する。あの頃のできごとを思い出させられたせいだった。

絵の中の女性はイレーネで、当時はグラントラッハという名字だった。描いたのはカール・シュヴィント。70の誕生日にはあらゆる新聞・テレビに登場した世界で最も有名で、値の張る画家であるが、当時はこれからの有望株といったところだった。イレーネがグラントラッハの許を去ってシュヴィントと暮らし始めると、グラントラッハは妻をモデルにしてシュヴィントに描かせた「階段を降りる女」に傷を付け、シュヴィントに修復させてはまた傷つけることを繰り返した。絵を買い戻すことも写真を撮ることも拒否されたシュヴィントが解決策を求めて訪れたのが語り手の法律事務所だった。1968年のことで、シュヴィントは30代初め、イレーネは20代初めで、語り手も新進気鋭の弁護士だった。そして語り手もやはりイレーネに強く惹かれていた。

40年の時が流れ、シドニーで「階段を降りる女」に再開した語り手は、グラントラッハ、シュヴィントとも顔を合わせることになる。病に冒されて余命いくばくもないイレーネが二人を招き寄せたのだ。現場に立ち会った語り手を、イレーネはほとんど記憶していなかった。語り手はあくまでもただの第三者だったのだ。それにもかかわらず語り手は、二人の男が去ったあともイレーネの許に残る。一人では階段が降りられなくなって語り手に背負われて「階段を降りる女」の最期のときを見守るために。

もしあのとき二人が一緒になっていたら、という仮定で語り手がイレーネに語って聞かせる物語が、イレーネにも語り手にもそして読者にも安らぎを与える。(2018.8.10読了)


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by nishinayuu | 2018-11-22 09:37 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

読書と韓国語学習の備忘録です。


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