『ワシントン・スクエアの謎』(ヤリー・スティーヴン・キーラー、訳=井伊順彦、論創社)


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TheWashington Square Enigma』(Hary Stephen Keeler, 1933

物語は次のように始まる。所はシカゴの北東部にあるワシントン広場。時は11月。ミシガン湖から吹いてくる肌寒い風ががらんとした駐車場を吹き抜け、広場に散在するベンチを占領している浮浪者たちが、薄い上着の前をぐいと寄せ合わせる。そんなわびしいベンチの一つに座っていたハーリングは、誰かが捨てていった日刊紙の広告に目を見張る。広告の内容は「1921年発行の5セントの白銅貨で、自由の女神の頭を囲んだ星の数が13個ではなく12個のものを30日間貸してくれれば、1枚につき5ドル支払う」というものだった。(第1章)

ハーリングはたまたま星が12個の5セント貨を持っていた。実はこれがほぼ全財産だったハーリングは、広告主の家に行くための交通費を手に入れるために、広場に面した地区の空き家から何か換金できそうな物を盗み出すことにする。そしてハーリングが空き家の一つに入り込むと、床に老人の死体が転がっていた。(第2章)

このように本作は冒頭からめまぐるしい展開を見せ、本質は生真面目な青年である主人公の運命やいかに、という興味がかきたてられる。登場人物の名もサミュエル・ボンド・シニア、マイケル・ボンド、フェルプス・モーニングスター、ジョン・ヘミングウェイなどなど、どこかで聞いたような名でなじみやすい。豪邸に住む美女とフィリピン人の使用人、美女に纏わり付く従兄弟、無宿者に変相していた私立探偵など、登場人物たちの言動も興味深い。というわけでまあまあ楽しめる作品だと思うのだが、訳者の評価は手厳しい。「訳者あとがき」によると「本書は、そのあまりに荒唐無稽な作風から、史上最低の探偵小説家という称号を冠せられたキーラー(18901967)による15冊目の長編小説」であり、「作者には登場人物の内面を丁寧に描こうなどという意図はハナからないようであり」、「ぞくぞくするような緊張感とも縁がないようで」、ということになる。

また「訳者あとがき」に引用されているキーラー協会のリチャード・ポルトの言葉によると、「キーラー作品の特徴は、不可解な事件、方言、科学的事実、奇妙な人名や場所が織り込まれていること」だそうだ。まさにそこがこの作品の魅力ではないだろうか。ミステリー通から見れば駄作かもしれないが、様々なミニ情報が盛り込まれた読み物と思えばいいのでは?(2018.6.20読了)


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by nishinayuu | 2018-09-13 09:42 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

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