『複製された男』(ジョゼ・サラマーゴ、訳=阿部孝次、彩流社)


c0077412_08424088.jpgO HomenDuplicado』(José Saramago, 2002

主人公は中学校の歴史教師であるテルトゥリアーノ・マッシモ・アフォンソ。バツイチでひとり暮らしの彼は一時的な鬱状態に悩まされていた。そんな彼に同僚の数学教師があるビデオを勧める。「傑作ではないが一時間半楽しむことができる」というそのビデオは『たゆまぬ者は狩を征する』というタイトルだった。軽快であると同時にばかげて無分別な映画だった。テルトゥリアーノ・マッシモ・アフォンソは二回笑い、三、四回微笑んだが、同僚に乗せられて何かを期待してしまった自分を罰するかのように、持ち帰っていた試験の答案を深夜まで採点した。それから古代メソポタミア文明の本をベッドに持ち込み、ハンムラビ王と法典の章を4ページ読んだところで安らかな眠りに落ちた。

1時間後に目を覚ましたテルトゥリアーノ・マッシモ・アフォンソは「家の中に誰かいる」と感じた。家中を探索してその存在が感じられるところ――ビデオの映像に行き着いたテルトゥリアーノ・マッシモ・アフォンソはもう一度『たゆまぬ者は狩を征する』を見るために再生ボタンを押す。そしてビデオ開始から20分後、ヒロインがホテルのカウンターに向かって従業員の男に声を掛けると、その男の顔がこちら向きに映し出される。静止画像にしてテレビの前にひざまずき、顔を可能な限り近づけて見て、テルトゥリアーノ・マッシモ・アフォンソは確信する。「これはぼくだ」と。ただしビデオの男には口ひげがあり、ヘアスタイルも違うし、顔もほっそりしている。驚くほどよく似ているが、それ以上ではない、と思いながらビデオのケースを見ると、今から5年前の制作だとわかる。すると突然世界が揺れ動いた気がした。震える手で5年前の写真を取りだしてみると、そこには口ひげがあり、ヘアスタイルもほっそりした顔もビデオの男にそっくりな自分がいた。こうしてテルトゥリアーノ・マッシモ・アフォンソの「そっくりな男」を突き止めるための必死の探索が始まる。はたして「複製人間」というものは存在するのか。存在するとしたら、「複製人間」は端役俳優の方なのか、それともテルトゥリアーノ・マッシモ・アフォンソの方なのか。

この作品には身体的活動だけでなく精神活動も同じかそれ以上の比重で綴られているので、かなり難解である。さらにこの作者特有の「段落も改行もいっさいなし」の文体が難解さに追い打ちを掛ける。それでも最後まで読み進めずにはいられない強烈な魅力を持つ作品である。

この作品は「Enemy」というタイトルで2013年にカナダで映画化され、ジェイク・キレンホールの演じる主人公の名はアダムとなっているという。テルトゥリアーノ・マッシモ・アフォンソのままでいいのに。なお、日本でも2014年に公開されているそうだ。(2018.6.10読了)


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Commented by マリーゴールド at 2018-08-26 09:09 x
ホラーのよう?
by nishinayuu | 2018-08-24 08:49 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

読書と韓国語学習の備忘録です。


by nishinayuu