『ブラックウォーター灯台船』(コルム・トビーン、訳=伊藤範子、松籟社)
2018年 05月 06日
『The Blackwater Lightship』(Colm Tóibín, 1999)
本作は作者トビーン(19955~ )の第4作目の小説。舞台はアイルランド東南、ウェクスフォード州のエニスコーシーとその周辺。主人公ヘレンの祖母の家があるクッシュは海岸沿いの崖の上にあり、そこからはタスカー燈台の明かりが見えた。久しぶりに祖母を訪ねたヘレンがこの燈台の明かりを見た場面の描写が印象的だ。
「何かが目の片隅に入ったことに彼女は気づき、振り向くと再び見えた。遠くに閃く灯台の明かり、タスカー・ロックだった。立ち止まって、見て、次の閃光を待った。だが、戻ってくるまでちょっと時間がかかった。再び彼女は待った。夜のリズムが腰を据えた。」
かつてこの土地にはもうひとつブラックウォーター灯台船という灯台があったが今はもうない。船があまり行き来しなくなって灯台は一つで事足りるようになったからだろう。二つの灯台について、やはり久しぶりに会った母のリリーがヘレンに次のように述懐する場面も印象的だ。
「小さかったとき、おばあちゃんの家のベッドに寝ていて、私はタスカー灯台は男、ブラックウォーター灯台船は女だって信じていたの。ふたつは互いに、それから他の灯台にも、恋歌のように信号を送り合っているのだと信じていたの。(…)私は彼らがお互いに呼び合っているんだと思っていたの。」
リリーの夫、すなわちヘレンの父が急死したとき、リリーとヘレンは完全に心が離れてしまった。リリーは夫の死を受け入れることで全力を使い果たし、祖母の家に預けられたヘレンと弟のデクランは母に見捨てられたと思い込んだ。祖母と母の間、祖母と姉弟の間にも気持ちの行き違いがあって親子孫3代が疎遠のまま年月が流れたが、ある日デクランが皆に助けを求めたことから、祖母・母・ヘレンの3代の女達がやむなく顔を合わせることになる。
後半はデクランのすさまじい闘病と、献身的にデクランを支える友人達と祖母・母・ヘレンが互いに心を開いていく過程が描かれていて、強く心に残る作品である。(余分な主語や代名詞が頻出するかなり読みにくい訳文なので最初は引っかかりましたが、だんだん気にならなくなりました!)(2018.3.7読了)