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『無知』(ミラン・クンデラ、訳=西永良成、集英社)


『無知』(ミラン・クンデラ、訳=西永良成、集英社)_c0077412_11410806.jpgL’Ignorance』(Milan Kundera,2000

1975年にチェコからフランスに亡命したクンデラは、1981年にフランスの市民権を獲得し、1984年に小説『存在の耐えられない軽さ』を発表して世界に衝撃を与えた。1989年のビロード革命のあともフランスに留まり、1990年代に入ってからそれまでの表現言語であったチェコ語を捨ててフランス語で小説を書き始めている。本作はクンデラがフランス語で書いた3作目の小説だが、最初に出たのはフランス語版ではなくスペイン語版だという。

物語はイレナという女性とヨゼフという男性がパリの空港で出合い、飛行機から降り立った20年ぶりのボヘミアの地で親交を深める、という一見ロマンチックな話を骨子として展開するが、かつての祖国の変貌ぶりや亡命者を迎えた人々の反応などへの戸惑い、肉親との意に沿わぬ再会やかなわなかった恋の思い出など、苦いエピソードにあふれている。すなわちこれは、イタケーに帰還したオデュッセウスやら永久にエウリュディケを失うことになったオルフェウスのパロディとして祖国への帰還を語った物語なのだ。

印象に残った部分を抜き書きしておく。

*1950年、アーノルド・シェーンベルクが14年も前から合衆国にいるというのに、素朴にもあるアメリカ人ジャーナリストが質問をした。芸術家のインスピレーションは、祖国のルーツに養われなくなると、たちまち枯れ果ててしまうというのは本当ですか?(…)アメリカ人ジャーナリストは、シェーンベルクが醜悪の極みというべき残虐行為が目の前で開始されたのを見た、あのわずかばかりの土地に愛着を持たないことを許さないのだ。(第2章)

*1921年、12音の美学によってはるかな展望を音楽史に切り開いたと革新したシェーンベルクは、自分のおかげでドイツの音楽(ウィーン人である彼が「ドイツの」音楽といったのだ)の支配力はこれからの数百年間確保されるだろうと言明した。その予言の15年後の1936年、彼はユダヤ人として追放され、彼とともに(理解不能で、エリート主義で、コスモポリタン的で、ドイツ精神に反すると断罪された)12音の美学に基づく彼の音楽全体が追放されたのだった。(第39章)

*「無知」は愚かしさ、教養の欠如という意味ではない。人間は何も知らない存在であり、無知こそが人間の根源的な状況であるということだ。私たちは前の人生から得た経験をたずさえてもうひとつの人生を始めることは決してできない。私たちは若さのなんたるかを知ることなく少年時代を去り、結婚の意味を知らずに結婚し、老境に入るときすら、自分が何に向かって進んでいるのかを知らない。老人はおのれの年齢に無知な子どもなのである。(『小説の精神』…訳者あとがきより)

2018.1.5読了)


Commented by マリーゴールド at 2018-03-07 23:25 x
外国語で小説を書くのは母語で書いたものを翻訳しているようなかんじなのか、自由に使いこなせる水準なのか、いずれにしてもすごいですね。シェーンべルクの音楽を聞いてみたいです。
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by nishinayuu | 2018-03-07 11:43 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

読書と韓国語学習の備忘録です。


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