『向かい風』(住井すゑ、新潮社、1958)
2015年 06月 20日
読書会「かんあおい」2015年3月の課題図書。
この作品は1958年に講談社から刊行されたということなので、作者の住井すゑ(1902~1997)50代の作品であることがわかる。カバー裏の作者紹介に、1959年、病没した夫の納骨を済ませてすぐに『橋のない川』の取材を始めたとあり、この作品は夫の看病に明け暮れる中で書き進められたものだろうと推察できる。
舞台は茨城県の牛久沼。山吹が真っ盛りの季節、松並健一の戦死の報が家族のもとに届いたところから物語は始まる。父親の庄三、母親のいく、祖母のなか、嫁のゆみ、からなる家族は「いつ、どこで死んだかわかりもしねえで」と嘆きながらも、一片の遺骨もない健一の葬式を精一杯盛大にとり行った。ここで「一段落ついた」わけで、ゆみはこの家を去るのが順当だと考えて話を切り出したが、「俺なりに考えてる。なにも今夜でなくてもよかっぺ」という庄三のことばに、家を出るきっかけを失う。農繁期を控えて、いちばんの働き手であるゆみを失うことは、農家として致命的だったので、祖母のなかも姑のいくも庄三に同調して黙っていた。こうしてゆみはずるずると居残ることになり、庄三といっしょにあれこれの農作業に励んでいるうちに二人の距離は縮まっていき、やがてにっちもさっちもいかない事態へと展開していく。
登場人物たちが交わすことばのがさつさ、それぞれの欲望がむき出しの行動などなど、その言動のすさまじさにたじたじとなって、共感できる人物は一人もいない、と思いながら読み進めていくうちに、いつの間にか一人一人の心情に寄り添っている自分に気付かされる。そんな不思議な力を持った作品である。農村に根を下ろして生活した作家ならではの、農家の人たちと農家の暮らしへの愛情に溢れる作品である。(2015.3.7読了)
☆画像は牛久沼