『夢みるピーターの七つの冒険』(イアン・マキューアン著、真野泰訳、中央公論新社)
2013年 06月 02日
この作者の作品は、ぐいぐい惹きつけられる反面、不安をかきたてられるものが多いような気がする。『時間の中の子ども』しかり、『贖罪』しかり。不安を感じずに読めたのは『アムステルダム』くらいである。そんな作者が児童物を?という驚きから手にしたのが本書で、よんでみたら児童物というよりは大人のための読み物だった。不安をかきたてられることもない、実に楽しい作品である。
巻頭にオウィディウス『変身物語』の「わたしの目的は別種のものに姿を変じた身体について語ることである」ということばが掲げられている。かくして10歳の男の子である主人公のペーターは、様々なものに変身する。第1章では、7歳の妹が持っているたくさんの人形の中で、よりによっていちばん見にくい人形と身体が入れ替わって人形の不自由さを味わわされ、第2章では17歳の老猫ウィリアムに変身してウィリアムの縄張りを乗っ取った若いボスネコをやっつけ、第6章では気に入らない赤ちゃんと入れ替わってしまい、赤ちゃんから見た自分の姿にはっとし、第7章ではふいに大人に変身して、子どもから見たらつまらなそうな大人の世界にも別の味わいがあることを理解する。ピーターにこうした変身が可能なのは、ピーターがいつでもどこでも夢の世界に入ってしまう子どもだからだ。夢の世界に入ったピーターには、ふだんは見えないものが見えてくる。だから第3章では面倒な家族でもやはりいたほうが安心なことを、第4章ではいじめっ子は周囲が作り出すものであることを、また第5章では人には思いがけない裏の顔があったりすることを発見するのだ。
本書(翻訳書)は漢字にルビが振ってあること、装幀の雰囲気、訳者のあとがきなどから見て、児童書として作られているようだ。しかし「著者のことば」には次のようなくだりがある。
(本書は)イギリスとアメリカでイラスト入りの子ども向け版として刊行され、そしてもっと落ち着いた大人向けの装幀ではその他の多くの国で出版されました。(中略)本書は結局は児童図書館の片隅で静かな一生を送ったり、あるいは忘れ去られたまま死んでしまうことになるのかもしれません。しかし、今のところ私は、本書がいろいろな方面にいくらかの悦びをもたらすかもしれないという希望を捨てていないのです。(1995)
因みにnishinaの行きつけの図書館はこの本を大人向けの書棚に置いている。この図書館の見識に拍手!(2013.3.22読了)