『日々の非常口』(アーサー・ビナード著、新潮社)
2013年 05月 30日

さて、エッセイのテーマは多岐にわたるが、詩人のエッセイだけに特に目を引くのがことばに関するものである。salad days(若かりしころ、若気の至り)、マクドナルドのMc(簡便で型にはまった、安直で粗悪)など、英語のお勉強になる話もあれば、suitcaseが成田に着くとボリュームアップする(2音節の英語が日本語では6音になる)という愉快な英語・日本語比較もある。また、「BSE大発生」「中東の民主化」などはことばの無機質化、婉曲化による事実のごまかしであるとか、英語はアラブ人を指す蔑称には事欠かないという指摘など、鋭い批判もある。一方、日本人と見まがうような繊細な日本語理解にはっとさせられる次のような部分もある。
(英語には冬の終わりに消え残っている雪を表すぴったりしたことばがない。説明臭いRemaining snow,残り物のイメージが強いleftover snow,風流だけれどヤワ過ぎる lingering snowなどに比べて、)日本語の「残雪」はドンピシャリ。その端正な二字には無駄がない。響きも引き締まって、かといってきれいすぎず、濁音のラフなざらつきも残る。そこにぼくは、一種の悲壮美さえ感じる。
エッセイのテーマでもう一つ目を引くのは母国への苦言、批判、糾弾である。原爆投下に疑問を呈し、ベトナム戦争やイラク戦争で米兵の犠牲者数とは比べものにならない膨大な犠牲者を出していることをアメリカ市民が知らずにいることを「優雅な無知」と指摘し、ベトナムで枯れ葉剤を使い、イラクで劣化ウランという放射性廃棄物で作られた砲弾を撃ちまくった米軍を告発し、遺伝子組み換え作物の日本への上陸阻止を訴える。身につけたことばを駆使して優雅な世界に遊びつつ、社会への発信も積極的に行っている著者の活動の一端を窺い知ることができるエッセイ集である。(2013.3.18読了)