『アリントン邸の怪事件』(マイケル・イネス著、井伊順彦訳、長崎出版)
2011年 12月 28日

アリントン・パークの当主は元科学者で今は引退しているオーウェン・アリントンである。人里離れた広大な敷地内には、19世紀初頭に建てられた邸宅と17世紀の城郭がある。冒頭の場面は、その城郭の由来を音響とイルミネーションで人びとに紹介する催し――ソン・エ・リュミエール――が3週間にわたって行われたあと、という設定である。オーウェンから食事会に招待されたアプルビイ(元スコットランド・ヤードの警視総監)は、明日、一族が集まる予定であることや敷地内に財宝が埋まっているという噂があることなどを聞かされたあと、ソン・エ・リュミエールの管制室に案内される。オーウェンが、ぜひ出し物の一部を見せたい、と言うのでしかたなく足を運んだその部屋で、アプルビイとオーエンは若い男の死体を発見する。
ここで、警察本部長で背格好から雰囲気までアプルビイとそっくりの警察本部長プライドが登場する(アプルビイ・シリーズにおけるプライドの初登場なのだそうだ)。この段階ではまだ事件かどうかはっきりしないが、続いてアリントン一族の中で一人だけ到着が遅れていたマーティンの死体が屋敷内の池で見つかる。
さらに元気に飛び回っていた教区牧師まで死体となって……。
物語が始まる前に「読者へのささやかな道案内」という10数ページの文がついている。ジャンル、時代背景、登場人物、主要登場人物、小説のプロット、作家のスタイルの6部に分けて、この作品をいかに読むべきかが述べられたあと、最後の行にレッド・ヘリングとある。これって署名?と思ったがちょっと怪しいと思って調べてみたら、red herring(燻製鰊)「ミステリーやサスペンスなどで読者の注意を真相からそらすために書かれる偽りの手がかり」だとわかった(ミステリー・ファンにとっては常識なのだろうが)。そのレッド・ヘリングによると、この作品はフーダニットもので、その場合、重要なのはだれが犯人かであり、殺人の動機などは軽視されるのだそうだ。これはなるほどその通りだった。また、作者が「ひねり」をきかせているので犯人がなかなかつかめない、ということだが、これは当たっていないような気がする。マーティンがなかなか現れない段階で、犯人の見当はついてしまうのではないだろうか。さらに、ユーモアと諧謔を楽しむ作品であるとあるが、これはちょっと無理な感じがする。登場人物の口調がみんな似たり寄ったりで、ユーモアや諧謔のあふれたやりとりの雰囲気は残念ながら伝わってこなかった。(2011.10.19読了)