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『失われた庭』(矢川澄子著、青土社)

物語の主人公である50代の女流画家は――ただしこの「女流」というくくり方に彼女は大いに違和感を覚えている――若い頃『LOST・GARDEN』という作品をグループ展に出品した。それは、最近発見されたラファエル前派の影響が見られるある画家の遺作を紹介する画集という体裁で、画家の残した絵の図版と、その絵を見た評伝作家の解説文からなっており、彼女は解説文の翻訳者ということになっていた。つまり彼女は、自分で作りだした架空の画家の絵を描き、架空の評伝作家の解説文を書いて、真の作り手である自分はただの翻訳者のふりをする、という手の込んだやり方で『LOST・GARDEN』という作品を作り上げたのだった。
『LOST・GARDEN』は当時、辛口の批評で知られた美術評論家に賞賛されたが、作者はそのまま姿を消してしまった。その美術評論家が、大学で自分の講義を聞いている女子学生の姓に目をとめ、それが『LOST・GARDEN』の作者の姓と同じであることに気がついたことから、美術評論家と『LOST・GARDEN』の作者が顔を合わせる機会が訪れ、そこから作者である50代の画家の『LOST・GARDEN』以降が明らかにされていく。
主人公である女流画家が語る半生とその声の響きは、著者である矢川澄子の半生であり声であろうことは容易に想像がつく。しかし著者は女流画家があくまでも架空の人物であることを証明しようとするかのように、物語の途中で「作者」なる人物を登場させたりする。『LOST・GARDEN』の作者と同じく『失われた庭』の著者も、とにかく自分ではないと思わせるために手の込んだことをやってくれているのだ。(2008.11.4記)

☆矢川澄子は翻訳家として知っていただけで、この作品の中で“『LOST・GARDEN』の受取り手”という呼称で言及されている人物との関係は知りませんでした。知らないままでも(あるいは知らなかったからこそ)充分に楽しめました。
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by nishinayuu | 2009-01-31 11:03 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

読書と韓国語学習の備忘録です。


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