「ほっ」と。キャンペーン

タグ:音楽 ( 60 ) タグの人気記事

『さいごの恋』(クリスチャン・ガイイ、訳=野崎歓、集英社)

c0077412_1071579.jpg

『Dernier Amour』(Christian Gailly,2004)
『ある夜、クラブで』の作家による、これまた音楽家の物語。ただし今度はクラシック音楽、それも前衛音楽の作曲家の話である。


主人公はフランスの作曲家ポール・セドラ(もちろん架空の人物です。念のため)。1987年の夏、チューリッヒの夏のフェスティヴァルに集う大観衆を前に若い男女で構成されるアレクサンデル・カルテットの演奏が始まる。最初の曲・ハイドンの弦楽四重奏曲第6番が終わると会場は熱狂的な拍手に包まれる。ところが2番目に演奏されたポールの弦楽四重奏曲第3番はこの日の若い聴衆を憤慨させ、演奏は中止に追い込まれてしまう。あまりにのろすぎ、長すぎ、暗く沈んでうらぶれていたからだった。聴衆の罵倒の声を聞きながら、客席の8列目にいたポールは会場を抜け出す。
ところで、チューリッヒの若い聴衆から拒絶されたポールの弦楽四重奏曲は、このときのポールの状況にぴったりの曲だった。病に冒されて余命幾ばくも無いことを悟ったポールは、妻の了解を得たうえで、たった一人で人生に幕を下ろそうとしていたのだ。このポールの最後を看取ることになったのが、なんと「あの夜、海辺のジャズクラブで」運命的に出会ったシモンとその相手のデビーだった。というわけで読者はこの作品で、シモンとデビーの夫婦として年輪を重ねた姿に再会することになる。

本作にはハイドンとベートーヴェンの弦楽四重奏曲が登場する。そのうち「ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第14番、作品番号131」は、1826年に作曲された、作曲家最晩年の傑作のことらしいとわかった。しかしハイドンの「弦楽四重奏曲第6番、作品番号20」というのがよくわからない。ハイドンの弦楽四重奏曲は曲の番号や作品番号が入り乱れているうえ、別人の曲も紛れこんでいるということで、特定するのが難しい。「イ長調で、四つの楽章から構成され、最後の楽章はフーガ」とあるのと、各楽章の速度記号から類推して、たぶん次の曲だろうと思う。
弦楽四重奏曲第36番(or第24番)イ長調、作品20-6(1772年作曲)
CDも持っていないし、webで探しても曲を提供しているサイトが見つからないので、どんな曲なのかわからないのが残念。(2016.10.30読了)
[PR]
by nishinayuu | 2016-12-19 10:08 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『ある夜、クラブで』(クリスチャン・ガイイ、訳=野崎歓、集英社)

c0077412_9542255.jpg


『Un Soir au Club』(Christian Gailly,2001)



物語は次のように始まる。
ピアノはシモン・ナルディスにとって、画家アングルのヴァイオリンのような道楽ではなかった。アングルのヴァイオリンよりはるかに大事なものだった。彼にとってピアノは、アングルにとっての絵画だったのだ。その彼がピアノを弾くのをやめてしまった。アングルだって絵を描くのをやめたかもしれない。もしアングルがそうしたならば、残念なことだっただろう。シモン・ナルディスの場合、それは実際残念なことだった。

なんと滑らかで軽妙な書き出しだろう。物語がどう展開していくのか、大いに期待がかき立てられる。主人公のシモンはかつてジャズピアニストだったが、事情があってピアノから離れ、世間から忘れられ、姿を消し、抹消された。そのあとは業務用の暖房システムを機能させ、コントロールする、という仕事で暮らしてきた。その彼が三連休の前日、海岸沿いの工業地帯に出かけることになった。工場の技師の手には負えない故障を解決するためだった。
修理に手間取り、シモンは予定していた帰りの列車には乗れなくなる。帰りが遅れることを妻のシュザンヌに知らせなくてはならない。連休にはシュザンヌと出かける約束があったからだ。彼女の勤務先に電話し、彼女が席を外していたので伝言を残す。やっと修理を終えたところで、工場の技師がお礼にといってシモンをナイトクラブに誘う。列車の時間を気にかけながらも、シモンは技師の気持ちを汲んで誘いを受けいれる。
海に近いその土地は工業地帯であると同時にヴァカンス向きの場所でもあった。ナイトクラブでは若いアメリカ人のグループがジャズを演奏していた。その演奏に刺激され、シモンは二度と触れるつもりはなかったピアノの鍵盤に手を伸ばし、やがて夢中で演奏してしまう。そこへ一人の女性が現れ、彼のピアノに合わせて歌い出す。こうしてシモンは夜の列車にも乗り損ない、翌日の列車にも乗り損なうことになる。

語り手はシモンの親友の画家。彼は、不安にかき立てられて夫を迎えに行こうとするシュザンヌに「もしそうやって待っているのがどうしてもいやだというなら、迎えに行けよ。様子を見に行ってくればいい、少なくともあいつの顔は見られるだろうから」と言ったことを後悔することになる。(2016.10.23読了)
[PR]
by nishinayuu | 2016-12-15 09:57 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『ホフマン物語』(E.T.A.ホフマン、訳=松居友、立風書房)


c0077412_10295099.jpg『Tales of Hoffmann』(Hoffmann, 1815)
原書はロンドンのGeorge G. Harrap & Co.Ltdから「Books Beautiful」の一冊として1932年に発行されたもの。マリオ・ラボチェッタ(Mario Laboccetta)による幻想的なイラストレーションが展開する美本だという。

本書もイラストレーションがメインで物語は添え物といった感じの「絵本」である。前半は「まえがきにかえて」と題され、1ページもしくは見開きの2ページをイラストレーションが占め、それらの隙間に物語が添えられている。ここに展開する物語には『世襲権』(1817)、『砂男』(コッペリアの原作、1817)、『荒びれた家』(1817)、『運命の糸』などのタイトルが付けられているが、ホフマン作品をそのまま翻訳したものではなく、全体で一つの、ホフマンの文学と生涯を紹介する物語になっている。
後半は『ジルベスターの夜の出来事』というまとまった一つの物で、主人公は鏡に映る自分の姿を悪魔に売ってしまうエラスムスという男。これは作者が友人であるシャミッソーの『ペーター・シュレミールの不思議な物語』(自分の影を悪魔に売った男の話)に刺激を受けて書いたものだという。

『ホフマン物語』は子供の頃に映画(1952年制作)を見たことがある。オッフェンバック作曲のオペラをほぼ忠実に映画化した作品だそうで、美しい音楽と妖しい雰囲気の映像の断片が記憶に残っている。『赤い靴』と同じくモイラ・シェアラーが出演しているが、その辺のことは全く覚えていないので、いつか機会があったらまた見てみたい。(2016.10.21読了)
[PR]
by nishinayuu | 2016-12-11 10:30 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『妙なるテンポ』(ヴァレリ-・アファナシェフ、編・訳=田村恵子、未知谷)


c0077412_9454247.jpg『Zeitmaϐe and other stories』(Valery Afanassiev)
著者はロシア出身のピアニスト、詩人、作家。訳者によるとその演奏は「美しい演奏だが、単にそれだけではなさそうだ……聴衆の心の中では様々な想像が繰り広げられることになる」という。
本書に収められた短編も、表現は平易なのに「どういうこと?」と一瞬とまどってしまう話が多い。言及されている人物や事物になじみがない場合はなおのこと訳がわからなくなり、読者の教養の度合いを試すための短編集のようにも思えてくる。手強い。けれども途中で放棄したくない。なぜなら、一つ一つの場面が絵画的で、言葉の流れにも不思議な魅力があるからだ。

21編のうち、印象に残った作品(もしくは共感できた作品)は以下の通り。
*巣の中の郭公――とぼけた挿絵(ナメ川コーイチ)もいい。
*マグリットに捧げるオマージュ――『真実の探求』の魚は窓から逃げ出すのか。
*玄人の基準――カフカやベケットが出てきて手強いが、挿絵(上記と同じ)に救われる。
*年配のご婦人方が世界を救う!――祖母のかつての恋物語は世界に往年の輝きを蘇らせる。
*天空の音楽――この世では敵が多かった作曲家が、あの世から地球に注ぐ美しい交響曲。
*ベルサイユの公園にて――互いに相手をだまそうとしている二人の男。微笑んだり罵ったり批判したり、と戦いは果てしなく続く。
*雪の上の足跡――文学作品中の人物の声が奏でる音楽に聴き入る男。しかし彼は作家が決して取り上げない「余白」の位置にいる。
*第三の警官――「世界は白くて四角いもので構成されていて、二人の警官と車が一台あるだけ」ということばを聞かされている男はすでに交通事故で死んでいて。

「第三の警官」にある一文「マレヴィッチだけが白い四角の夢を見ることができる」のマレヴィッチについてのメモ。
マレヴィッチ(1878~1935)はキエフ生まれの画家。キュービズムに飽き足らず、単純平面、厳正構成の美学であるシュプレマティズム(至上主義)を提唱、シャガールと対立した。
代表的作品として「三角形と長方形」(1991)がある。
(2016.4.7読了)
[PR]
by nishinayuu | 2016-06-18 09:46 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『卵のように軽やかに』(サティ、編訳=秋山邦晴・岩佐鉄男、筑摩書房)


c0077412_9503385.jpg『Léger comme un œuf』(Erik Satie)
副題に「サティによるサティ」とある。「グノシエンヌ」の不可思議な旋律に魅せられて久しいが、サティについては「ユトリロの母・シュザンヌ・ヴァラドンを恋したが、その恋に破れて生涯独身を通した」ということぐらいしか知らなかった。そこで本書を読んでサティを知ろうと思ったわけである。訳者によると本書は、サティ(1866~1925)が初期から晩年までに、さまざまな機会に書き残した文章の中から選んだものだという。五つの章からなり、各章のタイトルと内容は次のようになっている。
1.「最後から二番目の思想」 講演原稿や作曲家論をまとめたもの
2.「健忘症患者の回想録」 1912年から1914年に「音楽評論」誌に連載されたエッセイを中心にまとめたもの
3.「哺乳類の手帖」 アフォリズムのシリーズを中心にユーモラスな短文を集めたもの
4.「サティ詩抄」 楽譜の音符のわきに書き込まれた演奏の指示のようにも短い物語のようにも読める詩的なことばを集めたもの
5.「メドゥーサの罠」 1913年に書かれたサティ唯一の戯曲で「ダダ以前のダダの演劇」ともいわれる音楽喜劇

サティという人は突拍子もないことを言い出すし、持って回った言い方や皮肉な言い方をするので、なかなか真意がつかみにくい。サティの周辺にいた人たちや同時代人ならすぐにぴんときただろうことばも、その真意とおもしろさが30%も理解できたかどうか。それでもとにかくサティが時代の先端を行く非常に希有な才能の持ち主だったことと、常軌を逸した奇人だったことは理解できた。ヴァラドンとの恋が短期間で終わったのも頷ける(もちろんヴァラドンも「タダモノ」ではなかったろうが)。
ところでこの本には訳者による膨大で詳細な注がついていて、「サティ事典」といってもいいほどの充実ぶり。本文と併せて読むとサティの同時代人との関係が見えてくる。サティのお眼鏡にかなった人物としてはドビュッシー、シャブリエ、デュカス、ストラヴィンスキー、デゾルミエール(サティのお気に入りの指揮者)、ポール・コレール(ベルギーの音楽批評家、サティの親友)、コクトー、ピカソ、ドラン(サティが病に倒れたとき家に引き取って世話)、ブラックなどがおり、サティに嫌われた人物としてはサン・サーンス(サティが学士院アカデミー会員に立候補して落選したときの審査委員長)、アラゴン(ダダ・グループの詩人)などがいる。
最後に代表的作品をメモしておく。
*3つのジムノペティ(Gymnopédies、パリ音楽院時代)
*グノシエンヌ(Gnossiennes、パリ音楽院時代)
*ヴェクサシオン(Vexation、1893~1896) 840回の繰り返し
*あんたが欲しい/おまえが欲しい(Je Te Veux、カフェ「黒猫」時代)
*メドゥーサの罠(音楽劇、1913)
*パラード(バレエ音楽、1917)
*家具の音楽(Musique d’ameublement、1920)
(2016.4.6読了)
[PR]
by nishinayuu | 2016-06-10 09:51 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『新訳フィガロの結婚』(ボーマルシェ、訳・解説=鈴木康司、大修館)

c0077412_9164488.png
『La Folle journée ou Le Mariage de Figaro』(Beaumarchais)
本書は2部構成になっており、第1部には〈「新訳」『てんやわんやの一日あるいはフィガロの結婚』〉と題されたボーマルシェの戯曲、第2部には〈ボーマルシェの『フィガロ三部作』について〉と題された解説が収録されている。

第1部の冒頭の〈登場人物の性格と衣装〉には当時の社会環境、演じる役者の適性、心構え、過去にその役を演じた俳優などへの言及もあって興味深い。いくつか例を挙げると
*アルマビーバ伯爵――いかにも貴族然とではあるが、優雅にそして自由闊達に演じられなければならない。心の腐敗は彼の上品なふるまいからは全く感じられない。この当時の風習から見れば、大貴族たちは戯れに女性たちを口説くのが当たり前であった。この役はいつも脇役になるだけに一層きちんと演じるのが困難である。だが、モレ氏のように優れた役者が演じてくれたので、他のすべての役柄が見事に際立ち、作品の成功が確実になった。
*フィガロ――この役を演じるには、ちょうどダザンクール氏が演じたように、役柄の精神を徹底してつかみ切るように願ってしかるべきである。もしも俳優がこの役に陽気さと才気を巧みに交えた理性以外のもの、特にほんの少しでも重々しさを加えてしまえばこの役を台無しにしてしまうだろう。
*シュザンヌ――利発で才気にあふれ、よく笑う若い娘だが、人々を堕落させる例の小間使いたちが示す、ほとんど恥知らずな陽気さとは違う。
*シェリバン――(前略)伯爵夫人の前では借りてきた猫のようにおとなしいが、他ではチャーミングないたずらっ子。(中略)思春期に差しかかっているが、何をしたいのかもわからず、知識もない。何か事が起これば全身でそれに向かう。要するに、どんな母親でもおそらく心の底では、いかに苦労させられても自分の息子がそうあってほしいと思うような存在である。

伯爵の項のモレ氏(1734~1802)とフィガロの項のダザンクール氏(1747~1809)はともにコメディ=フランセーズの俳優で、前者は貴族の父親役、後者は下僕役を得意とした、という注が解説者によってつけられている。第1部の翻訳も第2部の解説もフランス演劇史専攻の学者によるものなので、詳細な情報がいっぱいの「勉強になる」本である。(2016.2.6読了)
[PR]
by nishinayuu | 2016-05-01 09:18 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『悪魔のヴァイオリン』(ジュール・グラッセ、訳=野口雄司、早川書房)

c0077412_10514083.png
『Les Violons du Diable』(Jules Grasset, 2004)
早川ポケット・ミステリー・ブック1780



主人公はメルシェという名のパリ警視庁警視。舞台はパリのサン・ルイ島。観光名所のノートルダム寺院や警視庁のあるシテ島と小さな橋でつながっている島である。この島にあるサン・ルイ・アン・リール教会に流れるヴァイオリンのすすり泣きに聞き入りながら、信者たちがミサを待っている場面から話は始まる。曲は「悪魔のトリル」として知られるタルティーニのソナタ。弾いているのは教会の管理人であるマルゴワール夫人の庇護のもとにある若い娘のジュリー。11時5分前にオルガン奏者のジャンもやってきて、あとはポワトゥヴァン司祭の到着を待つばかりとなっていた。しかし、朝の聖務日課を終えて朝食をとるために家に戻った司祭、人気者の説教師で、時間にうるさく、儀式やしきたりを重んじる司祭が、時間になっても現れない。様子を見に行った聖歌隊の少年が興奮して戻ってくると、息をきらせながらやっとのことで報告した。「司祭様は死んでいました」
かくして敏腕のメルシェ警視の登場となるのだが、ポワトゥヴァン司祭殺害事件は簡単には片付かない。というのも本部長がメルシェに別の問題も押し付けてきたからだ。それはメルシェによって大打撃を受けた組織犯罪グループの大物でサンテ刑務所に服役中のデデと、デデ逮捕につながる情報を警察に与えたジゼールのからんだ問題だった。ひもの男(デデの共犯者だった)を殺した売春婦のジゼールは情報提供の見返りに刑を軽減されて、近々釈放されることになっていた。そしてデデはジゼールを殺すために脱獄を企てていたのだ。さて、メルシェは司祭殺害事件をどのように解決し、デデによるジゼール殺害をどのように阻止するのだろうか。

殺しはあるが血みどろの描写はない。裏社会の人間は出てくるが、裏社会のこまごました描写はなく、ひたすらメルシェの推理だけに的が絞られている。また、音楽に関してはタルティーニやストラディヴァリ、文学に関しては「スガンさんの山羊」などが出てくるが、これといった蘊蓄はないし、時には邪魔になる「注」もないため、とにかくさらっと読める作品である。ただし、一つだけ、「ある本に出てくる犬のランタンプラン」というのは何のことかわからない。ここは「注」が欲しかった(と勝手なことを考えたのでした)。(2016.1.11読了)
[PR]
by nishinayuu | 2016-04-03 10:52 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『音楽と文学の対位法』(青柳いづみこ、みすず書房)

c0077412_103573.jpg

本書はピアニストであり文筆家でもある著者によるエッセイ集で、以下の六つの章からなる。


第1章モーツアルト――カメレオンの音楽
第2章シューマンとホフマンの「クライスレリアーナ」
第3章ショパンとハイネ
第4章ワーグナーと倒錯のエロス
第5章ラヴェルとレーモン・ルーセル
第6章ランボーの手、ドビュッシーの手
この著者の『ピアニストは指先で考える』は、専門的すぎて理解の届かない部分も多かったが、それでも非常に興味深く、楽しい読書体験ができた。それで、図書館でこの本を見つけた時、「♫あの-すばらしい感動を-もう一度♫」と思って手に取った。ところが本書はさらに専門性が高く、音楽と文学に関する膨大な情報に圧倒されるばかりで、とても歯が立たなかった。ヴァイオリニストのクライスラーなら知っているが、ホフマンのクライスラー楽長は読んだこともないし、シュールレアリストたちが高く評価したというレーモン・ルーセルも知らない、というレベルでは理解できるはずもない。そういうわけで「読了」したとは言えない状態だが、おもしろいと思える箇所は数え切れないほどたくさんあった。多すぎて書き切れないので、ほんの少しだけ抜き書きしておく。

*ショパンはまわりの文人たちにこよなく愛された。シューマンもリストもメンデルスゾーンも、同世代の作曲家たちはことごとくショパンの作品や演奏を賛美した。しかし、ショパンは極端に気むずかしく、彼らについての評価は留保するか故意の言い落としで巧みにカモフラージュした。
*貴族性と大衆性の奇妙なまざりあい、民衆という者へのアンビヴァレントな感情がハイネとショパンを近づけたのではないかと思うことがある。
*『ワーグナーとはなにか』の著者ブライアン・マギーによれば、ワーグナーの作品は、とりわけ「感情的に孤立ないし抑圧された人」の想像力を強く刺激する。ニーチェ、コルク張りの部屋で一人で暮らしたプルースト、西欧世界に背を向けてアフリカで生きたシュヴァイツァー、性欲が乏しく、概念を通してしか人と関わることのできなかったバーナード・ショー。このリストに、実姉と近親相関関係にあったといわれるビアズリー、冷感症崇拝のボードレール、同性愛的傾向を隠したトーマス・マン、ロリコンのバーン・ジョーンズやマザコンのファンタン=ラトゥール、マゾヒストのスウィンバーン、他ならぬルードヴィヒ二世などを加えると、ある種の傾向が見えてくるだろうか。
*ドビュッシーの書簡にはたった1通を除いてはランボーのラの字も出てこない。ヴェルレーヌの詩には多くの歌曲を作曲したものの、(中略)ランボーの詩に音楽をつけたこともない。このないないづくしが、かえって意識している証拠ではないかと、うがった見方もしてみたくなる。
*「音楽は、どんなに恐ろしい場面でも、決して耳を汚さず、やはり楽しませてくれるもの、つまり、いつでも音楽であり続けなければなりません」というモーツァルトの言葉は、「音楽は謙虚に人を楽しませることに努めるべきです」と書いたドビュッシーの言葉と恐ろしいほど似ていて、思わず身体がふるえるほどである。(そして、ドビュッシーの不協和音にあふれる即興演奏に憤慨した同級生に対してドビュッシーは次のように答える。)「今日の不協和音は、明日の協和音ですよ!」つまり、当時の耳が不協和音と感じたものが、ドビュッシーにとっては「喜び」だったということになる。
*(ストラヴィンスキーの「ペトルーシュカ」を絶賛したドビュッシーは、「春の祭典」にはきわめて獰猛だという感想を述べ)のちにアンセルメに本音をもらしている。「ストラヴィンスキーは音楽的ではない方法で音楽を作ろうとしているように思われる。それは、ドイツ人たちが今やおがくずでビフテキを作ることができると表明したのと同じようなものだ」――ロックスパイザー『ドビュッシーの生涯と思想』より。
(2015.8.31読了)
[PR]
by nishinayuu | 2015-12-21 10:04 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『猫は幽霊と話す』(リリアン・ブラウン、訳=羽田詩津子、早川書房)

c0077412_94962.jpg
『The Cat Who Talked to Ghosts』(Lilian Braun, 1990)
クィラランとシャム猫ココという探偵コンビが活躍するシリーズの10作目。舞台はアメリカのムース郡で、「どの土地からも400マイル北にある、ひなびた閉鎖的な土地」という設定である。長年ここの「南」で新聞記者として活躍してきたクィラランは、クリンゲンショーエン家の遺産相続人となったのをきっかけにここの郡庁所在地ピカックス市に移り住んだ。長身で恰幅のよい50歳の美丈夫(これって死語?)であるクィラランは、立派な口ひげがトレードマーク。なにか事件が起こりそうな気配があると、ココのひげとクィラランのひげが連動して反応する。ココの相棒の雌猫ヤムヤムも、ときどき素晴らしい予知能力を見せることがある。
クィラランがパジャマに着替えてくつろぎ、目下の恋人であるポリー・ダンカンからプレゼントされた『オテロ』のカセット(の時代なのです)を聞いていたとき、「突然、ヤムヤムが身体をこわばらせ、両の足先を重ね合わせた。と同時に、ココの目がぱっと開き、耳が電話の方向に向けられた。10秒後……ベルが鳴った。」
電話をかけてきたのは地元のグッドウインター農場博物館で住み込みの館長を務めているアイリス・コブで、ふだんは底抜けに陽気な彼女が、家の中で奇妙な物音がする、と涙声で訴えるのだった。クィラランの口ひげがぴくりと逆立つ。彼女を落ち着かせようとクィラランが静かに語りかけている最中にまた彼女が震え声で「ああ、神様!あの音がまた始まったわ!窓の外に何かが!」と言ったかと思うと、鳥肌が立つような絶叫を残して電話が途切れる。クィラランがパジャマのまま車に飛び乗り、30分の距離を20分で飛ばして博物館に駆けつけたとき、彼女は台所の床でこと切れていた。
これが事件の始まりで、このあとクィラランはこの土地の呪われた一族グッドウインター家とじっくりつきあっていくことになる。そして『オテロ』は、盛り上がりかけると必ず邪魔が入り、いつまでたっても最後まで聞き通すことはできないのだった。(2015.4.4読了)
[PR]
by nishinayuu | 2015-07-30 09:04 | 読書ノート | Trackback | Comments(2)

映画鑑賞ノート20 (2015.7.18作成)

c0077412_16265151.jpg
2015年上半期に見た映画の覚え書きです。
1行目:タイトル(原題)制作年・制作国 監督(鑑賞日)2行目:キャスト 3行目:一言メモ

画像は「Legends of the Fall」

アンストッパブル(Unstoppable)2010米 トニー・スコット(1.12)
    デンゼル・ワシントン、クリス・パイン、ロザリオ・ドーソン
    2001年5月にオハイオ州で起きた列車暴走をもとに制作されたもの。
    主役は機関車たち。
愛情は深い海の如く(The Deep Blue Sea)20011愛蘭 T・ディヴィス(2.4)
    レイチェル・ワイズ、トム・ヒドルトン、S・ラッセル・ビール
    第二次大戦の傷跡が残るロンドンが舞台。バーバーのVコンチェルト、
    Jo StaffordのYou Belong to Meが効果的に使われている。
スターリングラード(Enemy at the Gate)2001米独英愛 J・アノー(2.17)
    ジュード・ロウ、ジョセフ・ファインズ、リチャード・ハリス
    素朴な青年が英雄に祭り上げられたせいで見た1942年冬の地獄。
グリーン・デスティニー(臥虎蔵龍)2000中香台米 アン・リー(2.18)
    チャン・ツイイー、チョウ・ユンファ、ミシェル・ヨー
    ワイアー・アクションがあまりに滑稽。ロマンス映画としては可。
ノートに眠った願い事(가을로)2006韓国 キム・デスン(2.28)
    キム・ジス、ユ・ジテ、オム・ジウォン
    三豊デパート崩壊で死んだ女性の思いを託された男女が名勝地を辿る。
    ラルゴ(ヘンデル)、マドンナの宝石間奏曲(ヴォルフフェラーリ)、
    クラリネット協奏曲のアダージョ(モーツアルト)などが流れる中で。
ハノーバー・ストリート(Hanover Street)1979米 P・ハイアムズ(3.11)
    L・アン・ダウン、ハリソン・フォード、クリストファー・プラマー
    いくらなんでも甘すぎ。プラマーは中年になってもかっこいいけれど。
青い塩(푸른 소금)2011韓国 イ・ヒョンス(3.14)
    ソン・ガンホ、シン・セギョン、チョン・ジョンミョン、金民俊
    先輩俳優たちが一丸となってシン・セギョンの大人デビューを応援。
クレアモント・ホテル2005米英 ダン・アイアランド(3.27)
(Mrs Palfrey at the Claremont)
    ジョーン・プロウライト、ルパート・フレンド、アンナ・マッセイ
    自立して終末を迎えようとする老婦人と自立に悩む青年の交流。
フライト236 2010カナダ シルヴェイン・アルシャンボール(4.11)
    ミシェル・コート、マキシム・ルフラグアイ、S・プレジェント
    実話に基づいたヒューマンドラマ。飛行機に乗る前は見ないほうが。
アウト・オブ・サイト(Out of Sight)1998米 S・ソダーバーグ(4.13)
    ジョージ・クルーニー、ヴィング・レイムス、J・ロペス
    クルーニーはイマイチ。ロペスが案外いいので全体として80点。
21オーバー(21&Over)2013米 J・ルーカス、S・ムーア(4.30)
    マイルス・テラー、S・アスティン、J・チョン、サラ・ライト
    ハチャメチャで下品で汚すぎ。友情ものに仕立ててはあるけれど。
Stranger than Paradise 1984米 ジム・ジャームッシュ(5.2)
    ジョン・ルーリー、リチャード・エドソン
    不条理・デッドパン(無表情)喜劇だとか。The New World,
    One Year Later, Paradiseの三部構成
Legends of the Fall  1995米 エドワード・ズウィック(5.5)
    B・ピット、A・ホプキンス、エイダン・クイン、J・オーモンド
    広大な自然の中で繰り広げられる人間ドラマ。ブラビの魅力全開。
海にかかる霧(해무)2015韓国 シム・ソンボ(5.7)
    キム・ユンソク、パクユチョン、ムン・ソングン、ハン・イェリ
    船の存続にとりつかれた船長を演じたユンソクの怪演が印象的。
Defiance 2008米 エドワード・ズウィック(5.13)
    ダニエル・クレイグ、リーヴ・シュレイバー、ジェイミー・ベル
    森の中にユダヤ人共同体を組織、2年も持ち堪えた三兄弟の物語。
    三男のアザエルは不死身!次男役のシュレイバーは「僕の大事な
    コレクション」を監督した人物。
アンジェラ(Angel-A)2005 リュック・ベッソン(5.16)
    リー・ラスムッセン、ジャメル・ドゥブーズ、J・メルキ
    設定は荒唐無稽。奇妙な魅力があってつい最後まで見てしまう。
ファミリー・ツリー(The Descendants)2007米 A・ペイン(5.18)
    G・クルーニー、S・ウッドリー、A・ミラー、N・クロース
    終わりよければすべてよし、の好例。
チャーリー・モルディカイ(Mortdecai)2015米 D・コープ(5.21)
    ジョニー・デップ、グウィネス・バルトロー、ポール・ベタニー
    なにをやっても様になるデップが怪しい美術商を演じている。
深夜食堂 2015日本 松岡錠司(5.21)
    小林薫、高岡早紀、多部未華子、筒井康隆
    ビッグコミック連載作品の映画化。あの「あすなろ白書」の
    筒井道隆が普通の中年男になっていてびっくりしたなあ、もう。
シングルマン(A Single Man)2009米 トム・フォード(5.30)
    コリン・ファース、ジュリアン・ムーア、ニコラス・ホルト
    2010年東京国際レズ&ゲイ映画祭で招待上映されたとか。
あと1センチの恋 2014英 クリスティン・ディッター(5.30)
    リリー・コリンズ、サム・クラフリン、スキ・ウォーターハウス
    12年間ものすれ違いを破綻なく描ききった上出来の恋愛劇。
[PR]
by nishinayuu | 2015-07-18 16:30 | 映画・ドラマ | Trackback | Comments(0)