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『회색 문헌』(강영숙, 문학과지성사)


c0077412_09354818.jpg『灰色文献』(カン・ヨンスク、文学と知性社、2016

「灰色文献」とは、書物が完成したあとには破棄されることになる資料類のこと。著者は1967年生まれ。1998年に『八月の食事』で文壇デビューしたあと、短編、長編を次々に発表し、各種の文学賞を受賞している中堅作家である。

短編小説集である本書には8つの作品が収録されている。各作品のタイトルと概要は以下の通り。

*帰郷(2013)――寛げる相手だった男が急に姿を消す。男の行方を探しあぐねた主人公は、やがて探すのをやめて自分の生まれ故郷を目指す。

*ポロック(2013)――語り手のJがインタビュー記事を書くために環境運動家のK理事の許を訪れる。老いのために絶え間なく睡魔に襲われるK理事を相手にJは、ともかく「灰色文献」を作成することにする。ポロックはアメリカのアクション・ペインターJackson Pollock

*不治(2014)――銀行員のジヌク。ある日銀行に現れた女スヨンに目を引かれて銀行を辞めてしまう。買い物依存症のスヨンとジヌクの破滅的生活。手相見の女はスヨンの手相を見て「悪くはない。何も無い手相を見たこともある」という。何も無い手相の持ち主はジヌクだった。

*盲地(2015)――語り手は会社員。会社の部品倉庫がある工業団地にバスで出向くが、つきまとってくる老女や老人の世話をするはめになる。とうとううんざりした彼は……。

*海鳴(2011)――大地震のあと不眠症に陥っていた日本人のリリ。「眠りに来た」韓国で、大女のユジンや人形劇団の人たちと出会って不眠症から解放される。

*黒い水たまり(2015)――25年勤めた会社を辞めたジョンヨン。たまたまやって来た家事代行会社のウルサン・おばさん、モルモン教の宣教師、運転代行をしているおじいさんといっしょに飲む。正体なく酔ったおばさんを家に送って行ったのが間違いで、気がついたら地下鉄の車両に閉じ込められていた。トイレを我慢しながら朝を迎え、その辺で用を足してから歩き始めたとたん、転んで田圃の泥水にうつぶせに倒れた。このままでは死ぬ、と思いながらもなぜか笑いがとまらないのだった。

*鋏と糊(2012)――「あらゆるおかしなことが同時に起こる」中で、重病の母親のめんどうをひとりで見ている語り手は、借金で身動きできない状態に陥っている。そこへ貸金業者から、いい方法がある、というおいしい誘いの電話がある。

*クフル(2013)――語り手は二人の子どもを持つ母親。恵まれた立場の人間「甲」だけがいいところを持っていき、「乙」である自分がないがしろにされている職場に対しても、子どもの担任教師に対しても、そもそもこの世の中を作った神に対しても怒りをぶつけずにはいられない。クフルはその怒りの合間に発する笑い声なのだ。しかし語り手は最後にふと気づく。壊れていくめちゃくちゃな世界を作ったのは自分なのだ、壊れているのは自分の内部なのだ、と。

知人・友人は離れていき、奇妙な人たちばかり近づいてきて、混沌とした状況がエスカレートしていく。それらの状況は悲惨というよりシュールであり、登場人物たちは、そんな状況に陥った自分を笑いながら、ひょいと立ち上がる。突き抜けた軽さと生命力を感じさせる短編集である。(2017.3.11読了)


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by nishinayuu | 2017-05-24 09:36 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『마상에서』(박완서)

『馬上にて』(朴婉緒)
韓国語講座テキスト。短編集『黄色い家』に収録されている作品。
韓国では旧暦で正月を祝う。正月休みを利用して故郷に帰省する人も多い。最近は海外に出かける人も増えたという話を他人事のように聞いていた著者だったが、ある年、旧暦の正月にネパール旅行をすることになった。旅行団は70代から10代までの老若男女によって構成されていたが、トレッキングのコースは20代の若者向けになっていて、日程表を見ただけでも相当きつい旅行になりそうだった。その旅行に著者は大学に入ったばかりの孫を連れて行くことにした。勉強さえできればいい、という感じで甘やかしてきた孫に、少しは肉体的にきついこともさせてみようと考えたのだった。
c0077412_1061852.jpgさて旅行先では、トレッキングで最初に音を上げたのは最年長者の著者だったが、年長者のために数頭の馬が用意されていたので、きつい上りにさしかかるたびに馬に乗せてもらった。著者は馬に乗るのが初めてなので怖くてたまらなかったのだが、孫が手綱を取ってくれたので、安心して乗っていられた。そしてその日が正月だったからか、ふと、祖父と過ごした正月のことが思い浮かんだのだった。
著者は祖父に特別にかわいがられて育ったが、教育熱心な母の計らいでソウルの学校に入れられたため、8歳で祖父の許を離れた。そんな孫娘のために、祖父は正月を新暦で祝うことにした。新暦の正月には学校が長い間休みになるからだ。時は日帝強占期。正月を新暦で祝うことが強制され、旧暦の正月の時は学校も役所も休みにはならなかった。けれども人々はこっそりと旧暦の正月を祝い、旧暦の正月を守ることをまるで独立運動のように感じていた。そんな中で村の精神的な支えでもある祖父が孫娘のために新暦の正月に、つまり「日本式に転向」してしまったのだ。正月は子どものための行事だという信念を持って祖父は、人々の陰口をものともせず、孫娘のために正月気分を盛り上げることに力を注いだ。こんな祖父のおかげで著者は、小学校時代の冬休みは半月の間ずっとゆったりとした豊かな祝祭の期間だった、と記憶することになる。
祖父にかわいがられ、大事にされた記憶がその後の人生でも自分を支えてくれた、と著者はしみじみ思う。そして今回のきつい旅は孫にどんな記憶として残るのだろうか、と想像してみる。かわいがられ、大事にされた記憶として残ることを祈りつつ。

大学受験生の事情、海外旅行事情、トレッキングと馬の関係、著者の祖父の人柄、日帝強占期のあれこれ、正月行事のあれこれなどなど、盛りだくさんな内容で読みでがありました。(2017.1.23読了)
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by nishinayuu | 2017-04-02 22:30 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『내가 본 가장 아름다운 결혼식』(박완서)


c0077412_9572755.jpg『私が見たいちばんすてきな結婚式』(朴婉緒)
韓国語講座テキスト。短編集『黄色い家』に収録されている作品で、女学校の同窓生の息子が挙げた結婚式の様子を描いたエッセイである。その結婚式は新郎自身が企画・演出したもので、著者をして「私が見たいちばんすてきな結婚式」と言わせている。

はじめに著者は、同窓生の間で「息子を上手に育てた」と評判になった人がいる、と話を始める。彼女には息子が二人いるのだが、二人とも中学から大学までとんとん拍子に「名門」に進学し、大学を出たあとは兵役も無事に務め、長男はアメリカへ、次男はヨーロッパへと留学した、という話が続き、著者はしきりにこの同窓生を羨ましがる。
そのあとの展開は――長男がまずドクターの学位を取り、アメリカの優秀な大学でポスドクをしていたが、韓国の優秀な大学に就職できることになって帰国した、という噂を聞く。それから1年もしないうちに結婚式の招待状が舞い込む。その前に結婚相手が名門のお嬢さんだという噂が入っていたので、結婚式もさぞ豪勢なところで挙げるのだろうと思っていたら、会場は郊外の個人住宅で、送迎バスを手配するのでそれでおいで下さい、ということだった。
そして結婚式の当日は――会場は新郎の親戚が所有する古家の広い庭で、特に豪華ということもなかったが、そこの景観が好きだという新郎の意を汲んで、新婦がそこを会場にすることを提案したという。近くに住むまたべつの親戚が「おいしいと評判の店」をやっていて、料理は任せろと言ってくれたという。そうしたみんなの目立たない心遣いのおかげで、結婚の宴は慎ましくも楽しいものとなった。
そしていよいよ宴の山場は――主禮(結婚式を司る人)は、地味な宴を少しは華やかにするために著名人に頼んであるだろうという予想に反して、長男の小学校時代の担任の先生だった。主禮の経験があまりなさそうなその先生は、通常の式次第は無視して、新郎の子ども時代の腕白ぶりを楽しそうに話して会場を沸かせた。もちろん新郎が正義感のある素晴らしい子どもだったことを示す逸話もあれこれ披露した。そのあと新郎が先生をおんぶして会場を一回りしたとき、この美しい結婚の宴は最高潮に達したのだった。

以上、内容を要約してみたが、これが「いちばんすてきな結婚式」だろうか。作為的で気恥ずかしくて、いたたまれない、と思ってしまうのは私だけだろうか。特に、みんなが自分に好印象を持つような話をしてくれることが確実な小学校時代の先生を主禮として招いた新郎を、著者は「思慮深い/物事を深く考えて行動する」と好意的に見ている点がひっかかる。先生を背負って会場を一巡りしたこととあわせて、この新郎は自分を売り込むことしか頭にない、慎み深さとは無縁のお調子者のように思えてしかたがない。(もしかしたら本日はちょっとひねくれた意地悪な気分になっているかも知れません。朴婉緒さん、ごめんなさい。)(2016.12.12読了)
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by nishinayuu | 2017-02-13 09:57 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『幸せに生きる方法』(朴婉緒)

c0077412_22312376.jpg韓国語講座のテキスト。短編集『黄色い家』収録作品のひとつ。
老境に至った著者が、自分が幸せに生きてこられたのはなぜかをしみじみと語る短編。幼いときに父を失ったが祖父母と母、叔父叔母に伯父まで加えた大家族の中で大事にされてわがままいっぱいに育った著者は、母親の教えのおかげで徐々にわがままも治まり、人を愛せば自分も愛されることを学んでいったという。
名前に関するエピソードが興味深い。著者の生まれた当時は日帝強占期で、学校では名前を漢字で書かなければならなかった。それで、決められた狭い四角の中に納めるのが難しい婉緒という名を恨めしく思ったが、誕生時に父が祖父と頭をつきあわせ、玉編(漢字の字引)を調べつけてくれた名前だ、と母から聞かされてそんなことはなくなった。むしろ、顔も覚えていない父、そして祖父の愛情を強く感じたという。周囲には「カンナンニ(難儀)」やら「ソプソビ(残念)」など、親がいいかげんにつけたに違いない酷い名前の子も多かったからだ。
後半は次第に説教くさくなり、イエスの言葉、金壽煥枢機卿の言葉で締めくくられる。

今後役立ちそうな表現を箇条書きにしておく。
이 맛에 살다 これが生きがいだ
늙은이 티를 내다 年寄り臭くなる
역성을 들다 贔屓にする、肩を持つ
귀가 따갑게 듣다 耳が痛いほど聞かされる
거들떠보지 않다 目もくれない
살맛나게 하다 生きがいを感じさせる
(2016.11.28読了)
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by nishinayuu | 2017-01-28 11:51 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

私の10冊(2016年)

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☆この1年に読んだ本の中から特に気に入った本を選んで、「私の10冊」としてまとめてみました。また、「私の10冊」の選から漏れた本を「お勧めの10冊」として挙げてみました。
☆画像は「The Book of Tea」です。


私の10冊
灰と土(アティーク・ラヒーミー、訳=関口涼子、インスクリプト)
名もなき人たちのテーブル(マイケル・オンダーチェ、訳=田栗美奈子、作品社)
タイガーズ・ワイフ(テア・オブレヒト、訳=藤井光、新潮クレストブックス)
제주 유배길에서 추사를 만나다 (양진건, 푸른역사)
Amsterdam (Ian Mcewan, Anchor Books)
The Book of Tea (Okakura Kakuzo, Tuttle Company)
風土記の世界(三浦佑之、岩波新書)
わたしは灯台守(エリック・ファーユ、訳=松田浩則、水声社)
蠏の横歩き(ギュンター・グラス、訳=池内紀、集英社)
冬の夜ひとりの旅人が(イタロ・カルヴィーノ、訳=脇功、白水Uブックス)

お勧めの10冊
通勤路(マリー=ルイーズ・オーモン、訳=岩崎力、早川書房)
風の吹く日は(モニカ・ディケンズ、訳=村井洋子、未知谷)
卵のように軽やかに(サティ、訳編=秋山州晴・岩佐鉄男、筑摩書房)
The Lake of Dreams (Kim Edwards, Viking Penguin)
あなたの本当の人生は(大島真寿美、文藝春秋)
優雅なハリネズミ(ミュリエル・バルベリ、訳=河村真紀子、早川書房)
ペナンブラ氏の24時間書店(ロビン・スローン、訳=島村浩子、東京創元社)
カールの降誕祭(フェルディナント・フォン・シーラッハ、訳=酒寄進一、東京創元社)
べつの言葉で(ジュンパ・ラヒリ、訳=中島浩郎、新潮クレストブックス)
地平線(パトリック・モディアノ、訳=小谷奈津子、水声社)
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by nishinayuu | 2017-01-12 14:04 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『그들만의 사랑법』(박완서,열림원)

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『彼らなりの愛の形』(朴婉緒)
韓国語講座のテキスト『노란집』(黄色い家)の中の1編。


この話の主人公は、田畑をやりながらその日その日を懸命に生きてきた老夫婦。今は子どもたちも巣立って二人だけになった二人は、いっしょに農作業をして、疲れたらマッコルリで一休みする。肴なしで飲むのは身体に悪い、と老いた夫のためにあれこれ肴を用意している老妻。その老妻もいける口なので、ふたりは差しつ差されつマッコルリを飲む。老いた妻は、一人ぼっちで酒を飲ませるわけにはいかないから先には死ねない、と思いながら。老いた夫は、しなびた老妻の穏やかな顔を見ながら死ねたらどんなに幸せだろう、と老妻の健康を気遣いながら。

朴婉緒は翻訳本をいくつか読んでいるが、韓国語で読むのは初めて。一つの文がやけに長いのと、見慣れない単語や表現が多くて読むのにかなり苦労した。こういう文に比べると、いつも読んでいる兪弘濬の『文化遺産踏査記』は格段に読みやすいということがわかった。せっかく勉強したので、今後役に立ちそうな表現を箇条書きにしておく。
명절에나 코빼기를 볼까 말까이다 (祝日などにちょっと顔を見せる程度だ)
권커니 잣거니 마시다 (差しつ差されつ酒を飲む)
주사를 부릴 만큼 취하다 (悪酔いする)
한잠 자고 나면 거뜬히 일할 신명을 돌이키다 (しばらく眠ったらまた働く気になる)
(2016.10.31読了)
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by nishinayuu | 2016-12-27 15:16 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『제주 유배길에서 추사를 만나다』(양진건, 푸른역사)


c0077412_9124235.jpg『済州に配流された秋史に会う』(梁鎮健、滄歴、2011)
著者は済州西帰浦出身の学者。『かの島に配流された人々』(1999)、『済州配流文学資料集1』(2008)などの著書がある。
本書は政治家として出発し、偉大な学者・文化人として生きた金正喜(号は秋史)の配流生活を詳細に解明した秋史伝である。懇切丁寧な解説文にたくさんの図版が添えられ、巻末には充実した注と索引もあって、秋史についてはもちろん配流や済州島についての参考書として、手元に置いておきたい一冊となっている(nishinaは友人に借りて読んだので、残念ながら手許にはない)。テーマ別に内容を要約しておく。
[配流に至るまで]正祖10年(1786)に慶州金氏の有力な家に生まれ、順調に出世街道を歩んでいたが、憲宗6年(1840)55歳の時に安東金氏との政争に敗れ、拷問と棒叩き刑を受けた後、満身創痍の状態で絶海の孤島・済州に流された。
[済州の人々]秋史は当地の有力者が用意した住まいに「圍籬安置」(垣根の外へ出ることは禁止)となり、それまでの暮らしとは一変した不自由、不便、孤独感にさいなまれた。しかし済州島の志ある人々は大学者の「キヤンダリ」(配流人をさす侮蔑語)に教えを請おうと秋史のもとへ押しかけた。秋史は次第に済州で得た弟子たちを教え導くことに喜びを見いだしていく。本書では済州島の門下生たちにそれぞれの業績や秋史との関係を語らせていて、たとえば蕙白という弟子は秋史のおかげで印章作りや筆作りの才能を花開かせている。
[秋史の配流生活を支えた人々]①友人――都で重職にあった権敦仁、学者の申緯、草衣禅師など ②門下生――趙煕龍、許練、訳官(通訳)の李尚迪、姜瑋など ③済州牧使――李源祚、張寅植など。草衣禅師は秋史が「お茶を早く送ってこないと棒うち刑にするぞ」という文を送り付けるほど深い友誼で結ばれた仲だったし、李尚迪は秋史の要求に応えて中国の書籍をはじめ大量の書籍を購入して秋史の元に届けた献身的な弟子だった。秋史がこの李尚迪の誠意に感動して二本の松の絵に跋文を添えて与えたのが有名な『歳寒図』である。また李源祚は秋史と「今古文論争」を展開した学問の友でもある。④そしてもちろん秋史の妻――衣服や食べ物にかなりうるさい秋史の要望に応えて懸命に仕えている様子が、妻に送った秋史のハングルの手紙(この文字の美しいこと!)からわかる。
[秋史の関心事]①書――『漢隷字源』に収録されている碑文の文字309個を写し続け、硯10個をすり減らし、筆1000本をつぶして「秋史体」を完成させた。兪弘濬はこれを「9年の配流生活が秋史にもたらした贈り物」と言っている。②篆刻――秋史風篆刻を完成させた。③漢詩 ④植物――済州島の花を愛して水仙、山茱萸、鶏頭、南瓜、立葵、映山紅(ツツジ)の漢詩を作ったり絵を描いたりしている。特に陸地(本土のこと)では珍しかった水仙が済州島では至る所に見られるのを喜ぶと同時に、それを土地の人たちが牛馬の餌にしたり鎌で刈ったりしているのを嘆いている。⑤茶 ⑥病――済州島では高温多湿な風土と加齢のせいで、目の痛み、足の痛み、消化不良、咳、血痰、息切れ、皮膚掻痒症、おこり(マラリア)など様々な病に悩まされている。いずれも死に至るような疾病ではなかったが、秋史は若いときに次々に近親者をなくしているせいか、健康管理は徹底していた。
[釈放]配流されてから9年後の1848年、秋史は釈放されて都へ戻る。63歳だった。閉ざされた世界の中で文学活動を通して配流の苦難と孤独を乗り越えた秋史は、それだけでなく済州の人々と長い年月をともにしたことによって、事大主義のエリートという嫌疑を振り捨てることもできたのだった。都に戻ってからの秋史の書体からはぎらぎらした脂っ気が抜けた、といわれる。

☆とにかく内容の濃い、読みでのある書物でした。(2016.6.30読了)
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by nishinayuu | 2016-09-10 09:13 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『나의 문화유산답사기-일본편4 교토의 명소』(유홍준, 창비)

c0077412_1611222.jpg『私の文化遺産踏査記-日本編4 京都の名所』(兪弘濬、創作と批評社、2014)
著者は美術史を専攻する学者として、これまで韓国の文化遺産をはじめとして北朝鮮の文化遺産、日本の文化遺産についての踏査記10巻を発表している。内訳は韓国編5巻、北朝鮮編2巻、日本編3巻である。日本編3巻では九州、飛鳥にそれぞれ1巻を当てているのに対して京都には「京都の歴史」と「京都の名所」の2巻を当てている。以上の巻数を見ても著者の京都への思い入れのほどがわかる。

本書は5部構成になっており、第1部~第4部に取り上げられている「京都の名所」は以下の通り。
第1部「鎌倉時代の名刹」――知恩院、建仁寺、大覚寺、天龍寺
第2部「室町時代の禅寺」――相国寺、金閣寺、龍安寺、銀閣寺、哲学の道と南禅寺
第3部「戦国時代の茶道の本家」――裏千家と大徳寺
第4部「江戸時代の別宮」――桂離宮、修学院離宮

いずれの名所に関しても入念な下調べと実地の踏査に基づいた実に詳細な解説が繰り広げられているので、資料集として大いに役立つ。また、所々にごく普通の観光客レベルの言動記録も織り込んであり、読者を飽きさせない。ただし、長蛇の列にうんざりして「割り込み」をやってのけるという、著者の「お茶目な」一面の表れかもしれないが日本人としては(あるいは東京人としては)ちょっと理解しがたいエピソードなどもある。

第5部は京都の街歩きの記録「京都漫歩」と、京都で見つかる韓国に関わる事物の記録「京都の中の韓国」からなる。ここで特に印象に残るのは最後に掲げられている尹東柱と鄭芝溶に関する部分だ。日本ではほとんど忘れ去られてしまった二人の韓国詩人の冥福をあらためて祈らずにはいられない。同志社大今出川キャンパスにある二人の詩碑については、後日、別の記事にして紹介したい。(2016.6.5読了)
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by nishinayuu | 2016-08-01 16:11 | 読書ノート | Trackback | Comments(3)

『무소유』(법정, 1971)


c0077412_13453513.jpg『持たないこと』(法頂)
これは韓国の僧侶にして随筆家である法頂(1932~2010)が1971年に発表したもので、彼の随筆中特によく知られているものの一つだという。始めにガンジーがいかに物を持たなかったかを紹介した後、ものを持つということについて次のように述べている。

우리들이 필요에 의해서 물건을 갖게 되지만, 때로는 그 물건 때문에 적잖이 마음이 쓰이게 된다. 그러니까 무엇인가를 갖는다는 것은 다른 한편 무엇인가에 얽매인다는 뜻이다. 필요에 따라 가졌던 것이 도리어 우리를 부지유하게 얽어맨다고 할 때 주객이 전도되어 우리는 가짐을 당하게 된다. 그러므로 많이 갖고 있다는 것은 흔히 자랑거리로 되어 있지만, 그만큼 많이 얽혀 있다는 측면도 동시에 지니고 있다.
我々は必要があって物を持つようになるのだが、時にはそうやって持った物のせいで少なからず気を遣うことになる。つまり、なにかを持つということは一方ではなにかに縛られるということなのだ。必要にしたがって所有した物が、しまいに我々を縛り付けて不自由にするとき、主客が転倒して我々は所有されることになる。そういうわけで、物をたくさん持っていることは一般的には自慢の種になっているけれども、同時にそれだけたくさん縛られているという面もあるのだ。

この文に続いて物に縛られることの例として、蘭の鉢に執着してその蘭の鉢に振り回された体験が語られる(この部分、なかなか愉快)。そして最後にその執着をふりほどいて「持たないこと」の境地を会得する過程が語られ、「なにも持たなくなってはじめて、全世界が持てる」と結ばれる。

この随筆の発表当時、多くの人々は「僧侶だからこその悟りの境地」として、感銘は受けたとしても心から賛同して実践するところまでは行かなかったのではないだろうか。「断捨離」「終活」といったことばが普通に聞かれるようになった今なら、『持たないこと』に共感する人は少なくないだろう。

冒頭に引用されている部分は『ガンジー伝』という書物からとられている。この本の著者について以下にメモしておく。
Krishna Kripalani(クリシュナ・クリパラーニ)タゴールの研究家として知られる。著書に『Biography of Tagore』(Oxford University Press,1962、 森本達夫訳、レグルス文庫、1978)、『Biography of Gandi』(森本達夫訳、レグルス文庫。1983)などがある。
(2016.2.28読了)
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by nishinayuu | 2016-04-27 13:48 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『나는 죽지 않겠다』(공선옥, 창비)


c0077412_2029921.jpg『わたし、死ぬのやめた』(孔善玉、創作と批評社)
本書は1963年にうまれ、1991年に文壇にデビューした作家による短編集で、次の6作品が収録されている。
『わたし,死ぬのやめた』『一家』『ラーメン最高』『負けない鳳仙花』『こんな母の娘』『麦畑のキツネ』

これらの作品の主人公もしくは語り手は大人になる一歩手前の少年少女たちである。多くは貧しく、様々な問題を抱えた家庭の子供たちである。そんな彼らが自分の言葉で語り、自分自身で問題解決の道を探っていく。したがってジャンルとしては青少年小説ということになるが、作者は、青少年小説を書こうと思って書いているわけではない、という。ただし次のようにも言っている。人は年を重ねるにつれて感性が衰え、何事に関しても青少年期のようには大きく心を動かされることがなくなってしまう。だから大人になってからの人生が味気ないものにならないように、この本を読む青少年たちには今のうちにたくさんの感性を備蓄しておいて欲しい、と。さらに作者は、厳しい状況の真っただ中にある主人公たちに「健闘を祈っている」、という言葉を投げかけている。

ところで、主人公をはじめとする登場人物の多くが見事に「自分たちの言葉」でしゃべってくれているので、韓国語学習者には勉強にもなるが、苦しくもある。ただ、構成も文章もしっかりしているので、内容理解に大きな支障はない。最後に各作品の好き嫌いを言えば、最初の作品は△、二、三、四番目の作品は○、最後の二つは二重丸だった。(2015.12. 9読了)
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by nishinayuu | 2016-03-10 20:29 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)