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『The Mozart Question』(text: Michael Morpurgo, illustration: Michael Foreman)
読書会「かんあおい」2014年11月の課題図書。


物語は新聞社に入社して3週間の若い女性記者が、世界的ヴァイオリニストであるパオロ・レヴィへのインタビューを任されるところからはじまる。パオロ・レヴィは1950年代半ばの生まれで、2週間後の50歳の誕生日の記念にロンドンでコンサートを開くことになっていた。レコードやCD録音はせず、私生活も明かさない孤独で寡黙な人物で、生まれ故郷のヴェニスで一人住まいをしており、プライベートな話題はだめ、特に「モーツァルトに関する質問はだめ」ということだった。こうした情報をかき集めて記者はヴェニスのドルソドゥーロにあるマンションへ、夜の6時にレヴィ氏を訪ねる。「そもそもの始まりを教えていただけませんか?初めてヴァイオリンを弾くことになったきっかけは何だったのでしょうか?」という記者の質問に、レヴィはゆっくり窓辺に歩いて行き、そばに置いてあったヴァイオリンを手にすると、ソファに腰を下ろして語り始めた。「秘密は嘘と同じだという人もいる。とうとうその嘘を止めるときが来たようだな」と。
こうして今度はパオロ・レヴィが語り手となり、ヴァイオリンの師となったバンジャマンとの出会い、バンジャマンとレヴィの両親がいっしょに生き、いっしょに命を落としかけ、音楽に救われた物語が展開していく。過酷な体験をともにした三人であるが、その後の音楽との向き合い方はそれぞれ違っていた。バンジャマンは一流のオーケストラで活動した後、街頭音楽家になり、父は音楽とは縁を切って床屋になり、母は大事にしまっておいたヴァイオリンをレヴィに与えた。やがてレヴィがバンジャマンといっしょに路上で演奏するようになったとき、父は「おまえのおかげでまた音楽を聞くことができるようになった。おまえは将来きっと人々から愛される偉大なヴァイオリニストになるだろう。ただし、一つだけ約束して欲しい。私が生きている間は、人前や私に聞こえるところで、絶対にモーツァルトは演奏しないで欲しい」と言ったのだった。
父はなぜモーツァルトを頑なに拒否したのだろうか。そのわけが優しい色使いの絵と静かな語りで明かされていく。(2014.11.6読了)
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by nishinayuu | 2015-02-15 10:28 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

c0077412_1092980.png読書会「かんあおい」2014年7月の課題図書。
本書は2014年に105歳で亡くなった詩人の語ったことをまとめたもので、片隅に小さく「インタビューと文――細貝さやか」とある。まど・みちおの詩と名言、絵からなり、国際アンデルセン賞作家である詩人の人柄と生涯を知る手引きとして恰好の一冊である。
まず目を引くのはユニークな絵の数々。中でも「ぞう」(水彩絵の具とボールペン)、はる(水彩、ボールペン、フェルトペン)がいい。
名言では「詩はツクルっちゅうよりウマレルという感じがする」、「天というのは宇宙の意志みたいなもの。私の詩は天への日記、今日はこのようにいきました、っちゅう自然や宇宙に当てた報告のような気がします」、「命の尊さをずっと詩にしていながら、第二次大戦中に2編も戦争協力詩を買い取るんです。しかも、ある方に指摘されるまで、そのことを戦後はすっかり忘れておった」などなど。
詩では「みみず」、「つけもののおもし」「おならはえらい」、「きょうも天気」などがおもしろい。特に気に入った詩を一編だけ記しておく。タイトルは「ワタシの一しょう」

ハジメ よかった/がっこうに かよった/かよった かよった/ワタシの 一ねんせいは/かっこう よかった
オワリ よかった/かわやに かよった/かよった かよった/ワタシの 九十六ねんせいは/かわい…らしかった

(2014.6.23読了)
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by nishinayuu | 2014-10-02 10:08 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
c0077412_10304341.jpg読書会「かんあおい」2014年8月の課題図書。
本書はミシガン出身、日本在住の詩人によるエッセイで、日本語のおもしろさを発見し、楽しんでいる詩人の溢れる才気が全編に満ちている。
内容は多岐にわたり、日本語について改めて教えられる事柄もあるが、日本人には常識と思われる事柄もあり、疑問に思うこともないわけではない。たとえば、タイトルのぽこりぽこりについて、漱石の句「吹井戸やぽこりぽこりと真桑瓜」をあげて、これがぼこりぼこりでは感じが違ってしまう、といっているが、サラサラとザラザラの違いを心得ている日本人には当たり前すぎることである。また「泰平のねむりをさますじょうきせんたった四はいで夜も寝られず」の「じょうきせん」は蒸気船と「上喜撰」の掛詞だということも、日本人には常識だと言えよう。著者は日本語のおもしろさとして言及したのだろうとは思うが、どうせなら日本人の気がつかない日本語の変なところを取り上げてくれた方がよい。疑問に思ったのは誤訳の指摘の仕方である。確かに「閑さや岩にしみ入蝉の声」の和訳は著者のものが断然優れていることはわかる。また、glare free(つやけし)やelephant’s-ear(大葉のベコニア)の誤訳はお粗末かも知れない。しかし、それを書物の中で指摘する前に訳者(後ろの二つは著名人二人)に訂正の機会を与えるのが品位ある大人のやり方ではないだろうか。訂正の機会を与えたのに訳者が無視あるいは拒否した、という経緯があったのならやむを得ないが。ひところ誤訳が社会問題になり、そのおかげで翻訳の質が大いに上がったことは確かだが、悪質な出版社、訳者と、そうではないものとを十把一絡げに扱ってはいけない。因みに「閑かさや」の著者による英訳は以下の通り。
Up here, a stillness---the sound of the cicadas seeps into the crags

英語に関する豆知識的な事項興味深く読めるし、大いに勉強になる。特に「マネーのずれ」の次の部分は、日本の紙幣と考え合わせると興味深い。
So when you moving back to America?
When Walt Whitman’s on the ten dollar bill
And Emily Dickinson’s on the five.
When Mark Twain’s on the twenty,
Melville the fifty, Scott Joplin the C-note,
And Fats Waller’s on the dime. (John Gribble)

(2014.6.17読了)
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by nishinayuu | 2014-09-20 10:30 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

c0077412_915727.jpg読書会「かんあおい」2014年6月の課題図書。
副題に「御製で読み解く87年」とある。「御製」ということばは『万葉集』の中と「歌会始」に関する報道などでしかお目にかからないが、昭和天皇の御製は1万首以上あって、公表されているのはそのうち約900首だという。
昭和史の研究者である保坂は、「昭和天皇の御製には、側近の回想録、勅語、記者会見の質疑応答などからは読み取れない、天皇の本当の気持ちが表れている」という。また歌人でありノンフィクション作家である辺見は、「波乱と激動の昭和という時代の、それぞれの時期における天皇の発言集や侍従や側近の記録からは、昭和天皇の実体がよくわからなかったが、お歌には天皇の私的な心、抑制された心情が豊かに表れていて、そのまま昭和という時代の、光と影まで映し出しているのではないかと思うようになった」と言う。そんな二人が、摂政時代から崩御までの87年間の「御製」を辿りながら、昭和天皇のそのときどきの思いを解き明かしつつ、昭和という時代を振り返ったのが本書である。
昭和天皇その人についての印象はさておいて(さておく理由もさておいて)、興味深かったのは御製のほとんどが見事な万葉調の歌であること。たとえば、太平洋戦争後に各地を巡幸した折に詠まれた数々の歌は、まさしく『万葉集』に見られる「国見の歌」なのである。また、古来の風雅な言葉が随所に使われていて、まるで万葉の歌を読んでいるかのような気分になる。例えば次のような歌

たへかぬる暑さなれども稲の穂の育ちを見ればうれしくもあるか

この歌について辺見は「~もあるか、という詠嘆は万葉歌人に好まれた言葉遣いで、現代歌人にはなかなか容易には使えません。私が保坂さんとお会いしてうれしいなあ、という歌を読むのに、うれしくもあるか、と軽々には言えないのです」と言っている。天皇だからこそ使いこなせる言葉、天皇だからこそ可能な歌いぶりというものがある、ということだろう。(2014.6.15読了)
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by nishinayuu | 2014-09-16 09:02 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

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読書会「かんあおい」2014年5月の課題図書。
著者は「朝日歌壇」の常連で、2004年の歌文集『LONESOME隼人』に継ぐ二冊目の本。内容は 「日米の娑婆の人にはあまり知られていないネガティヴなサイド、すなわち、獄塀の内側で日常起こっている汚い側面と悪い刑務官、そして悪い囚人たちのことも書いてみた。僕にしか書けないストーリーを描きたいと思った」という著者のことばが充分に語っている。
読んでいて気になったのはカタカナ語の多用である。英語の中で暮らしている著者としては英語で伝えたいけれどもそれがかなわないので、やむなく次善の手段としてカタカナに置き換えているのだろうが、日本語の文章としては不自然で読みにくい。誰かの言った言葉を日本語で書いておいて、同じことをカタカナで書き加える、ということもしているが、カタカナの部分は邪魔でしかない。元は英語だったことは状況からわかりきっているのだから。日本語だけではどうしても物足りないなら、カタカナは止めて英語、英文そのものを付け加えたほうがまだましではないだろうか。
特に違和感をおぼえるのは歌のなかで、漢字にカタカナのルビを付ける、という形でカタカナが多用されていることだ。たとえば
〇渺茫たる葡萄園(ヴインヤード)より吹いてくる 春風うららイースター・サンデー
〇稲妻のごとく急降下(ダイブ)し野ウサギを捕らえ翔び去る隼(ファルコン)の美技
などであるが、葡萄園はぶどうえん、隼ははやぶさと読んでも字数は変わらないし、急降下も降下だけにすれば問題ないのでは?と思う。(素人の妄言だということは重々承知です。)それに、著者自身がTHOUGHTSの章の中で言っている次のことばと矛盾するのでは?
「僕はエッセイとかエッセイストという用語が大嫌いだ。作文か随筆家と言えばいいではないか。なにを気取ってエッセイストだ」
それはそれとして、内容そのものには心を動かされる歌も多い。心に残ったものを以下に並べておく。
〇椰子の樹の戦(そよ)ぐ加洲の大空よ監獄さえも美しき五月
〇老父(ちち)逝きてふいに寂しき獄の庭老いたる猫に餌を与えやる
〇朝顔もラジオ体操も〈白熊〉もみんな懐かしい祖国(くに)の夏休み
〇獄窓(まど)に聴く夜汽車が次第に遠のけば望郷の念沸々と湧く
〇我を待ち八十四年の人生に三十六年待ち逝きましぬ母
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by nishinayuu | 2014-08-07 13:57 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

c0077412_743033.jpg読書会「かんあおい」2014年4月の課題図書。
28の章からなる随筆集。初出は『一冊の本』2003年7月号~2005年10月号で、2006年の単行本化に当たって加筆訂正されたもの。
新聞広告で見たある週刊誌の記事タイトルに、この著者が「被災者や障害者には甘えがある」という趣旨の発言をしたというものがあった。それで、この本が読書会で取り上げられることになったときは反発をおぼえたのだが、読んでみると、ストレートに弱者を糾弾しているわけではないことがわかった。週刊誌はわざと誤解を招くような取り上げ方をするものなのだ、とあらためて感じた。ただしこの著者は、子ども時代の家庭環境もあってか人一倍精神的に強く、また他人より優れた才能にも恵まれているので、世の中にはほんとうに弱い人間もいるのだ、ということを理解するのは無理かもしれない、とも思った。それはそれとして、この本には心に響くことばがいろいろあった。主なものを書き出してみると――
*善は言葉で言うものではなく行動で示すものであり、悪は口先だけで盛大に言って実行しないのが、羞恥を知るものの行為である。
*どんな表現にも過剰反応しない、安心して喋れるのが夫婦・家族である。そうした防波堤のような相手が少しずつ身の回りから消えるのが、晩年・老年というものの寂しさなのである。
*フランシス・ベーコンのことば――順境の美徳は節度である。逆境の美徳は忍耐である。
*もし神がいないと、この世で自分の考えをわかってくれる人が一人もいないことになる。
*問題のない親は、問題がないというだけでどこかに大きな問題がある。
*不幸に見舞われたときに、人間の自然として神頼みをしそうな気がするなら、普段から「神はいない」などと言うものではない。
*トリノの無名戦士の墓に刻まれた碑銘――私は人生を楽しもうとして/神にすべてを願った。しかし/神はすべて(神の十全性)を楽しませようとして私に人生をくださった。/私が神に願ったことは/なにひとつ叶えてもらえなかった。/しかし、/私が神において希望したことはすべて叶えられていた
*心の中は不満だらけでも表向きだけは明るく振る舞う義務が晩年にはある。明るく生きてみせることは、誰にでもできる最後の芸術だ。

他にもいろいろ心にしみることばがあった。少し前に身近な人をなくしたため、神経過敏になっているせいかもしれない。(2014.3.18読了)
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by nishinayuu | 2014-06-12 07:05 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

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読書会「かんあおい」2014年2月の課題図書。
東京新聞などに掲載された50編ほどの短編をまとめたもの。印象的だったものを以下に記しておく。



「眠る盃」:「荒城の月」の「巡る盃」を聞き間違った話。(こういう聞き間違いはよくあるもので、私の身近にもイヴ・モンタンをイモブンタンと思っていた人がいました。)
「字のない葉書」:妹が学童疎開したときの話。(涙なしには読めません。)
「ツルチック」:韓国語の들쭉に由来する言葉。(トゥルチュクはクロマメノキのことで、白頭山一帯にある高山植物。ツツジ科でアサマブドウともいうそうです。)
「父の風船」:「英語の単語を因数分解で解け」という宿題の夢を見た話。
「吾輩は猫である」:小5で出会った。(私は中1でした。)
「国語辞典」:なるべく人の読まない本を読む。
「抽出しの中」:ものの整理が下手で、どこに何があるかわからなくなる。夜中に切手が必要になると友人の澤地久枝女史の家にタクシーで行って切手を恵んでもらう。澤地さんの抽出しはいつもきちんと整理されている。
「騎兵の気持ち」:5階の部屋で悲鳴を聞き、下の道をひったくり男が逃げ、女が追いかけるのを見たが、助けに出てもどうせ間に合わない、と結果的に「高みの見物」をすることになってしまった。人間、あまり高いところに住まない方がいい。歩兵の方が人間的で、騎兵は少しばかり薄情なのではないか、とも思った。
「銀行の前に犬が」:日本に赴任したイギリス人外交官夫妻が日本語の授業で「銀行の前に犬が寝ています」というセンテンスを習い覚えた。こんな会話は一生使うことはあるまい、と笑いあったが、何十年か後ロンドンで、外出から帰ったメイドの口からこのセンテンスを聞いた。(まさか!)
(2014.2.5読了)
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by nishinayuu | 2014-05-11 14:46 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
c0077412_9115161.jpg『Zahra』(Corine Naranji, 2003)
読書会「かんあおい」2014年1月の課題図書。
副題に「難民キャンプに生きて」とある。主人公は10歳の少女ザーラ。イランのクルディスタン地域から逃げてきたときにはまだ赤ちゃんだったので、ザーラはイラクにあるこの難民キャンプでの生活しか知らなかった。
物語は1989年9月に始まる。早く学校に行きなさい、とお母さんがザーラをせき立てるが、ザーラは気が進まない。前の日、親戚のファティマおばさん一家が遊びに来て、食べたり飲んだり、ファティマおばさんは歌も歌ったりして、とても楽しかったのだが、料理の手伝いで忙しかったザーラは、宿題をする暇がなかったのだ。ムハンマド先生に当てられて答えられなかったら、手を板きれで叩かれる、と思うとなかなか足が進まない。それでもザーラはどうにか学校に間に合って、練習していなかったところもきちんと答えることができた(児童文学の主人公は頭がいいのが原則?)。授業が終わるとザーラは友達のネーダと学校を出る。太陽は真上から照りつけ、あまりの熱気に空気もゆらゆらしているし、くさいゴミ捨て場のあたりにはいつも野良犬がうろうろしている。それでもネーダといっしょにおしゃべりしながら歩く道は楽しい。ネーダと別れてザーラは一人で家に向かう。と、家の方から泣き叫ぶ声が聞こえる。ザーラは足を速め、家の扉に突進し、靴を脱いでスリッパに履き替える。胸がどきどきする。聞こえていたのは、思った通り、母さんの声だった。赤ちゃんの弟レザの具合がまた悪くなったのだ。

この物語には、レザが心配で笑顔をなくしてしまった母親を気遣い、両親が留守のあいだは一家の長女として幼い妹たちの世話をするザーラのけなげな姿が描かれると同時に、イラクの気候風土や難民キャンプの生活環境、クルド人たちの生活習慣などもさりげなく、ふんだんに盛り込まれている。物語が始まる前に「この物語に出てくる国と地域」を示す地図が掲げられ、「難民」とはなにか、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)とはなにをするところか、などが平易な言葉で説明されている。物語が先に進むと、ムハンマド先生や村のお医者さんのダヴァイさん、バグダッドの病院のスミス先生、イラクに住む赤十字社のオランダ人スタッフ・アネットさんなどなど、大勢の人たちに助けられて、ザーラの一家に希望にあふれる新しい日々が訪れる。いい人ばかりが登場するいいことずくめの物語ではあるが、児童文学としてはそれが正しい。子供たちに生きる希望を与えることが児童文学のいちばんの使命なのだから。(2014.1.20読了)
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by nishinayuu | 2014-04-21 09:12 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)
c0077412_113914100.jpg『All That Matters』(Jan Goldstein)
読書会「かんあおい」2013年11月の課題図書。
23歳のジェニファーはカリフォルニアのヴェニスビーチで気を失って倒れているところを発見された。彼女がそこに行ったのは自殺するためだった。輝く夕日に別れを告げ、精神安定剤のザナックスを飲んだのだ。病院で目が覚めると、祖母のギャビーが彼女を見守っていた。5年前に亡くなった母リリの母親で、父の知らせを受けてニューヨークから駆けつけたのだ。
ギャビーは76歳。夫イツィクは21年前に他界して一人暮らしをしており、長年の喫煙のせいで肺をやられている。憤怒のかたまりになり、点滴のために眉間にしわを寄せているジェニファーを見ながら、ギャビーは娘リリの思い出にかけて誓う。ジェニファーに、暗闇から抜け出して光の中に帰る道を必ず見つけさせてみせる、と。
再婚して新しい妻と子供がいるジェニファーの父は、医者のいう鬱病患者のジェニファーを家に引き取るわけにはいかない、金はいくらかかってもいいから専門病院に預けたいと考える。それを知ったギャビーはジェニファーを自分の家に連れて行くことにする。屋根裏部屋に隠れ、死の列車から飛び降り、ポーランドの灼熱地獄から逃げ出したのは、そんな病院に閉じ込められている孫を見るためじゃない、と思ったからだ。こうしてギャビーとジェニファーの、6週間という期限付きの生活が始まる。

ギャビーはもう一人のサラ(『サラの鍵』のサラ)だった。ギャビーを屋根裏にかくまってくれていたポーランド人のプラスキさんが「どんなつらいときでも目と心をちゃんと開けば贈り物が用意されている」と言ったその晩、ギャビーは、もう二度と会えない妹のアンナと氷滑りを楽しんでいる夢を見た。それ以来ギャビーは、その日の贈り物を見つけることを楽しみに一日一日を過ごしたという。この「その日の贈り物に感謝しながら生きる」という心をギャビーからしっかり受け取って、ジェニファーは前を向いて歩き出す。(23歳にしては幼い感じのする)ジェニファーの人生への旅立ちの物語であり、家族の再生の物語である。(2013.10.3読了)
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by nishinayuu | 2013-12-27 11:39 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

c0077412_10121043.jpgこれは津村節子と吉村昭の若き日をかなり忠実に描いたと思われる作品である。主人公の春子は大学の文化祭で友人から紹介された志郎と結婚する。早くに両親をなくして伯父の家で育った春子は、少女の頃から自分の家庭を持つことにあこがれていた。しかし、春子があこがれていたサラリーマンらしい家庭生活はわずか二ヶ月しか続かなかった。志郎がそれまで勤めていた紡績会社を辞めて、紡毛糸のブローカーを始めたのだ。しかし志郎の思惑は外れ、事業はたちまち行き詰まる。しかも元々身体の弱かった志郎が病気になったため貯えも尽き、春子は初めて質屋通いも経験する。やがて志郎は、売れ残りのメリヤス製品を各地の市場で売り歩くようになり、そんな夫とともに春子も商人宿に泊まり、寒さに震えながらの先の見えない流浪の旅を続ける。「最果て」と題した第3章にある次の文は、汽車で根室に向かっているときの春子の心の寂寥を映し出していて印象的である。

汽車は、枯れ野を走っていた。/どこまで行っても、人家も人影も見えなかった。こんなところに鉄道が敷かれているのが不思議なほど、人間の気配の全く感じられない原野であった。駅と駅との間隔が、内地のそれと比較して心細くなるほど長かった。このまま汽車は陸の終わりまで行き、海の中へでもはいって行くのではないかと思われた。

同じ作者の『紅梅』に、実家の姉と義兄に離婚を勧められた春子が「こんなに苦労させられたのだから、今別れたら損をすると思った」という思い出話が出てくる。ここでいう「こんな苦労」の部分が詳しく語られている作品である。(2013.10.1読了)
☆この作品は読書会「かんあおい」10月の課題図書『紅梅』の関連図書として読みました。
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by nishinayuu | 2013-12-21 10:13 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

読書と韓国語学習の備忘録です。


by nishinayuu