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『ギヴァー』(ロイス・ローリー、訳=島津やよい、新評社)


c0077412_10554340.jpg『The Giver』(Lois Lowry, 1993)
読書会「かんあおい」2016年8月の課題図書。
サブタイトルに『記憶を注ぐもの』とある。4巻まであるシリーズの第1冊目である。作者は1937年生まれの児童文学作家で、この作品で世界的に名高い児童文学賞であるニューベリー賞を受賞している。

物語の舞台は近未来の架空のコミュニティ。そこでは、すべての人が何らかの役割を果たしながら規則正しい生活を送っている。子どもたちは「家族ユニット」の中で大切に育てられ、9歳になると自転車を与えられる。自転車は、家族ユニットの保護を離れて少しずつコミュニティの中へ移行していくことを意味する決定的な象徴だ。そして12歳の儀式でそれぞれに適した役割が決定され、子どもたちはコミュニティの一人前の成員となるための訓練生活に入っていく。
物語は12歳の儀式を控えた主人公のジョナスが、いま自分が感じているなにか怖いような感じは、正確には「怖い」ではなくて「待ちきれない」と言い表すべきだ、と分析するところから始まる。「怖い」というのは前の年に正体不明のジェット機がコミュニティの上空に現れて、市民に緊急待避命令が出た時に覚えた感情だった。普段は決して飛行機がコミュニティの上空を飛ぶことはないのだが、そのときは訓練中のパイロットがミスを犯したのだと判明した。数分後にスピーカーの声が告げる。「言ウマデモナク、彼(パイロット)ハ解放サレルデショウ」と。「解放」とはコミュニティから永遠に消えることを意味していた。
表面的には快適で平穏に見えるこのコミュニティは、実はすべての市民の人生をコントロールし「同一化」することによって成り立っていた。誕生から死に至る市民の人生も、市民の「記憶」も知覚も感情も、なにもかもがコントロールされていた。そしてそのコントロールは自然界(動植物、地形、気候など)にまで及んでいた。しかし、まれな例外を除いて、そのことに気づく者はいなかった。そして主人公のジョナスこそはそのまれな例外の一人だった。それはジョナスが他の者たちが暗い瞳をしている中で例外的に「明るい瞳」をしていることと関わりがあるようだった。

主要登場人物は父親(ニュー・チャイルドの「養育係」)、母親(司法局の重要ポストに就いている)、妹のリリー(もうすぐ8歳になるおしゃべり好きな少女)、ゲイブリエル(父親が特別看護のために家に連れてきた、夜泣きの激しいニュー・チャイルド)、アッシャー(同級生で親友。「レクリエーション副官」に任命される)、フィオナ(成績優秀でもの静かな同級生、「老年者の介護係」に任命される)、ギヴァーの老人(ジョナスの心に記憶を注ぎ、訓練する。10年前、レシーヴァーだった娘のロースマリーを失っている。音楽が知覚できる)。
「ギヴァー(記憶を注ぐ者)」とはコミュニティの記憶を管理する役割を担う者のこと。ジョナスは12歳の儀式でギヴァーから記憶を継承する「レシーヴァー(記憶の器)」に任命される。これは特別に優れた資質を持つ者に与えられる名誉ある任務であるが、人々とは切り離された存在でもあった。厳しく孤独な訓練のなかで、コミュニティの「同一化」に疑問を抱きはじめたジョナスに、老人は深い理解を示し、やがて二人はある決断を下す。(2016.7.31読了)
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by nishinayuu | 2016-10-08 10:56 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『天に遊ぶ』(吉村昭、新潮社)

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読書会「かんあおい」2016年7月の課題図書。
本書は平成8年1月から平成11年4月にかけて、『波』その他に掲載された「超短編」21編を収録したもの。各作品の概要は以下の通り。

*鰭紙――天明年間の飢饉について調べている学者が目にした古文書に、若い女が人肉を食べる場面の記録があり、その箇所につけられた鰭紙に女の身元が記されていた。
*同居――5年前に妻を亡くした後輩にある女性を紹介したところ、二人の関係は順調に進展した、と思いきや後輩が、彼女には「同居ニン」がいるので結婚できない、と報告してくる。
*頭蓋骨――終戦直後に樺太避難民の船が沈没した海辺で、40年も経って漁網に幼児の頭蓋骨がかかったという。作家は村を訪れて漁師の話を聞いたが、帰途は散々で不審訊問まで受ける。
*香奠袋――文壇人の葬儀は出版社の編集者たちが引き受けるのが習いだ。そんな葬儀に現われるある上品な老女を、編集者たちは警戒しながらも心待ちにする。
*お妾さん――「私が生まれ育った町にはお妾さんの住む家が多かった」で始まり、空襲の時、道沿いの墓所にしゃがんでいた頼れるもののなにもないお妾さん母子の姿で終わる。
*梅毒――桜田門外の変の現場指揮者だった関鉄之介は梅毒患者だったのでは?と疑われていたが、梅毒ではなく糖尿病だったことを調べ上げた作家。関の子孫に報告すると相手の顔が輝いた。
*西瓜――離婚した妻が、ある男に執拗に求婚されて困っている、と言ってくる。さてその真意は? 
*読経――葬儀でひときわ高く錆のある読経の声が響く。声の主は少年の頃、過失で弟を死なせた男だった。
*サーベル――大津事件で無期刑に処せられた津田三蔵の親族に会ったあと墓を訪れた作家は、墓の異様な小ささに驚くとともに、手向ける花を持たずに来たことを悔やむ。
*居間にて――伯父の死を知らされた伯母が身を震わせて笑ったと報告する妻。忍従の人生だったからか、でも妻の場合はそんなことはあるまい、と思う夫。
*刑事部屋――ある家に二人組の強盗が入った。その家の息子と友人の仕業だとにらんだ警察から息子の友人である自分に呼び出しがかかって……
*自殺(獣医その1)――肺癌と診断された犬が道に飛び出して車にはねられた。医者と飼い主のやりとりから敏感に事情を察して自殺したのかもしれない。
*心中(獣医その2)――飼い主の女性によって無理心中の片割れにされたダックスフント。傷も癒えて女性の息子に引き取られていく。
*鯉のぼり――孫と二人暮らしだった老人の家には孫が事故で死んだ後も毎春鯉のぼりが翻った。
*芸術家――自称小説家の峰村と一緒に出奔した従妹が岩手県下にいることがわかって……
*カフェ――友人からすすめられた敷島を一本吸ったことで、少年時代に住んでいた町とそこにいた人々が鮮やかに浮かび上がった。
*鶴――同人誌の仲間だった岸川の通夜。遺族席にいたのは妖艶ともいえる美しい女性だった。岸川がかつて妻子を捨てて走った25歳年上の女性だから、79歳になっているはずだった。
*紅葉――大学時代の友人が終戦から4年目に奥那須の温泉宿に滞在していたときの体験談。一夜を隣室で過ごした男女は殺人犯たちだった。
*偽刑事――取材先では刑事に間違われることがよくある。八丈島でまたそんな気配が見えたので同行者を刑事に仕立てたら天罰が下って、飛行機は欠航、やっと飛んだと思ったら大揺れ。
*観覧車――離婚した妻・娘と一日を遊園地で過ごした男。妻への未練に突き動かされて復縁を迫るが、二人を見送った後、性懲りもなく浮気の虫がまたうずく。
*聖歌――姉の葬儀の席で聖歌斉唱が始まったとき、驚くほど豊かなテノールが会堂内に響いた。姉が親の反対で結婚をあきらめた、もと同じ音楽部にいた男だった。
(2016.4.23読了)
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by nishinayuu | 2016-06-30 10:34 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『おだまり、ローズ』(ロジーナ・ハリソン、訳=新井雅代、白水社)


c0077412_2028090.png『The Lady’s Maid-My Life in Service』(Rosina Harrison,1975)
読書会「かんあおい」2016年5月の課題図書。
副題に「子爵夫人付きメイドの回想」とあるように、本書は著者が子爵夫人レディ・アスター付きのメイドとして過ごした35年間(1928~1964)の記録であるが、同時にレディ・アスターをはじめとするアスター家の人々の35年間の記録でもある。

著者は1899年にヨークシャーの美しい村で、侯爵お抱えの石工の父と洗濯メイドの母の長女として生まれた。すなわちある年齢になったらどこかのお屋敷に奉公に出るのが当たり前の身分であり、そういう時代でもあった。しかし著者は普通の奉公人とは違っていた。利発でしっかり者だった著者は、たちまち女主人レディ・アスターに気に入られ、やがて丁々発止とやり合うほどの仲になり、ついには女主人にとってなくてはならない存在になる。実はこのレディ・アスターという女主人も、いわゆる「淑女」ではなく、華々しい政治活動と自由奔放な言動で知られた、普通とは違う女性だったのである。

膨大な登場人物、エピソードが盛り込まれているが、いくつかの項目にしぼって記しておく。
*アスター一族――年齢は1928年の時点のもの
アスター卿(英国紳士の鑑。プリマス市長。オブザーバー紙の社主)
レディ・アスター(アメリカの富豪の娘。アスター卿とは再婚。初の女性国会議員。感情表現は過剰気味。陽気でふざけるのが好き)、ボビー・ショー(レディ・アスターの前夫との間の子。同性愛行為で服役)、ビリー(21歳。クリヴデン邸宅の当主になってまもなくプロヒューモ事件に巻き込まれる)、ヴィシー(18歳。長女。強すぎる母親に反発していたが、やがて強い絆で結ばれる)、デイヴィッド(16歳)、マイケル(12歳)、ジェイコブ(9歳)
*アスター家の使用人――男性は皆身長180センチ以上
エドウィン・リー(クリヴデンの執事)、アーサー・ブッシェル(副執事。アスター卿つき従僕。物まねが得意)、ギボンズ(ばあや)、ホプキンズ(運転手)、フランク(デコレーター。庭師)
*アスター家の家屋敷――クリヴデン(本拠地。屋内スタッフ33名、さらに多数の屋外スタッフを擁する)、セント・ジェイムズ・スクェア4番地のタウンハウス、ケント州サンドイッチのレスト・ハロー(海辺のカントリーハウス。近くにゴルフ場2カ所)、プリマスのエリオット・テラス3番地(政治活動用。地下1階、地上5階)、インナー・ヘブリディーズ諸島のターバート・ロッジ(農家風の家。鹿狩り・魚釣り用)
*アスター家と親交のあった人々――スウェーデンのグスタフ国王、ユーゴスラヴィアのマリー王妃、メアリー皇太后、ヨーク公、エリザベス王女(後の女王)、マハトマ・ガンジー、バーナード・ショー、T.H.ロレンス(アラビアのロレンス)、J.P.モルガンのトーマス・ラモント、他にも社交界・政界の大物多数
*レディ・アスターが嫌っていた人々――ウインストン・チャーチル、赤狩りで知られるマッカーシー上院議員。

本書は上流階級と使用人階級の対比という点で、カズオ・イシグロの『The Remains of the Day(日の名残)』、テレビドラマの「Downton Abbey」などとの共通点も多い。しかし使用人が女主人とともに世界各地を飛び回ったという点は断然ユニークで、それが本書の後半の読みどころとなっている。(2016.3.24読了)
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by nishinayuu | 2016-06-02 20:28 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『ある小さなスズメの記録』(クレア・キップス、訳=梨木香歩、文藝春秋社)


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『Sold for a Farthing』(Clare Kipps, 1953)
読書会「かんあおい」2015年4月の課題図書。


本書はロンドン郊外に住む一人の女性と、彼女に拾われたイエスズメとの間に培われた友情の物語である。出会いは1940年の7月。防空対策本部隣組支部の一員として、長い一日の任務を終えて帰宅したキップス夫人は、玄関先で瀕死の小鳥を見つけて、思わず拾い上げる。なんとか生命がつながったあとでわかったことだが、このスズメは左の翼にも左の脚にも障害があった。おそらくそのせいで、生まれてすぐに巣から投げ捨てられたのではないだろうか、とキップス夫人は推測する。将来飛ぶことも歩くことも満足にできそうもない小スズメだったが、驚くべき勢いで元気になり、やがて豊かな感性を持つ個性的なスズメへと成長していく。そして、様々な芸当によって人々の喝采を浴びた「俳優としての生活」、スズメとしては珍しい「音楽家としての生活」、成鳥としての「愛の生活」を経て、小スズメは11歳頃に「老いを迎えて」、最後は老衰で12年7週と4日の生涯を閉じる。この小スズメと共にした奇跡ともいえる素晴らしい日々を、ピアニストでもあるキップス夫人は芸術家らしい感性と知性溢れる文章で綴っている。(2015.3.12読了)

☆本書の原題はマタイ伝10章29節から取られています。なお、farthingはイギリスの昔の青銅貨(旧貨幣の1/4ペニーに相当)、韓国語訳とエスペラント訳にみられるアサリオン、アサーロはローマ帝国の貨幣です。
Are not two sparrows sold for a farthing? and one of them shall not fall on the ground without your Father. (King James Bible)
Are not two sparrows sold for a penny? Yet not one of them will fall to the ground apart from the will of your Father. (日本国際ギデオン協会)
「スズメは二羽まとめて一銭で売っているほどのものである。しかしそういうスズメの一羽ですら、主の許しなしでは、地に落ちることもかなわないではないか」
(ついでに韓国語訳とエスペラント訳も)
참새 두 마리가 한 앗사리온에 팔리는 것이 아니냐 그러나 너희 아버지께서 허락지 아니하시면 그 하나라도 땅에 떨어지지 아니하리라 (Korean Bible Society)
Ĉu oni ne vendas du paserojn por asaro? Tamen unu el ili ne falos teren sen via Patro(ザメンホフによるヘブライ語からの訳)
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by nishinayuu | 2015-06-24 09:31 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『向かい風』(住井すゑ、新潮社、1958)


c0077412_1156956.jpg読書会「かんあおい」2015年3月の課題図書。
この作品は1958年に講談社から刊行されたということなので、作者の住井すゑ(1902~1997)50代の作品であることがわかる。カバー裏の作者紹介に、1959年、病没した夫の納骨を済ませてすぐに『橋のない川』の取材を始めたとあり、この作品は夫の看病に明け暮れる中で書き進められたものだろうと推察できる。
舞台は茨城県の牛久沼。山吹が真っ盛りの季節、松並健一の戦死の報が家族のもとに届いたところから物語は始まる。父親の庄三、母親のいく、祖母のなか、嫁のゆみ、からなる家族は「いつ、どこで死んだかわかりもしねえで」と嘆きながらも、一片の遺骨もない健一の葬式を精一杯盛大にとり行った。ここで「一段落ついた」わけで、ゆみはこの家を去るのが順当だと考えて話を切り出したが、「俺なりに考えてる。なにも今夜でなくてもよかっぺ」という庄三のことばに、家を出るきっかけを失う。農繁期を控えて、いちばんの働き手であるゆみを失うことは、農家として致命的だったので、祖母のなかも姑のいくも庄三に同調して黙っていた。こうしてゆみはずるずると居残ることになり、庄三といっしょにあれこれの農作業に励んでいるうちに二人の距離は縮まっていき、やがてにっちもさっちもいかない事態へと展開していく。

登場人物たちが交わすことばのがさつさ、それぞれの欲望がむき出しの行動などなど、その言動のすさまじさにたじたじとなって、共感できる人物は一人もいない、と思いながら読み進めていくうちに、いつの間にか一人一人の心情に寄り添っている自分に気付かされる。そんな不思議な力を持った作品である。農村に根を下ろして生活した作家ならではの、農家の人たちと農家の暮らしへの愛情に溢れる作品である。(2015.3.7読了)
☆画像は牛久沼
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by nishinayuu | 2015-06-20 11:56 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『怪談』(小泉八雲、偕成社)


c0077412_9102288.png読書会「かんあおい」2015年2月の課題図書。
本書には全部で20の怪談が収められている。昔初めて読んだときはぞっとした話も、その後何度か接して感受性が鈍くなったのか、さらりと読めてしまった。そんな中で印象深いのはやはり「耳なし芳一の話」。この話や「守られた約束」などに現れる「得体の知れた者の死霊」には心惹かれる。各編のタイトル、内容、伝承地を以下に記録しておく。

ムジナ(のっぺらぼうの話。赤坂町の紀の国坂)
幽霊滝の伝説(背負った赤子の首がもぎ取られた話。鳥取西部の各地)
雪女(木こりの茂作と己之吉が雪女に出合った話。武蔵の国)
茶碗の中(式部平内の顔が映った茶を飲んだ関内という若党のその後。本郷白山)
安芸之介の夢(常世の国が実は蟻の巣だったという話。大和の国十市の里)
和解(雨月物語の「浅茅が宿」に類似。京都)
常識(徳の高い坊さんが狸に化かされた話。京都愛宕山)
ほうむられた秘密(隠した恋文が気になって亡霊となった娘の話。丹波の国)
鏡のおとめ(百済から来た鏡の精の話。南伊勢の国)
食人鬼(夢想国師による施餓鬼の話。美濃の国)
梅津忠兵衛(城の夜勤番が氏神の頼みを聞いてあげて強力を得た話。出羽の国横手)
おかめの話(長者の娘おかめが施餓鬼によって成仏する話。土佐の国名越)
忠五郎の話(足軽の若者が蟇に血を吸い取られる話。江戸小石川)
守られた約束(囚われの男が切腹して魂となり、約束を果たす話。播磨の国加古の里)
やぶられた約束(約束をやぶって再婚した夫の若い妻を、死んだ妻が殺害する話。)
果心居士(祇園の社で仏の教えを説いていた居士の話。京都の北端)
青柳ものがたり(畠山義統の家来が柳の精を妻にした話。能登の国)
ろくろ首(元菊池家の家臣・回竜とろくろ首の話。九州→甲斐の国→信州諏訪)
耳なし芳一の話(阿弥陀寺の芳一が亡霊たちに平家語りを語った話。下関/赤間が関)
(2015.2.7読了)
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by nishinayuu | 2015-04-28 09:10 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『モーツァルトはおことわり』(マイケル・モーパーゴ著、訳:さくまゆみこ、岩崎書店)

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『The Mozart Question』(text: Michael Morpurgo, illustration: Michael Foreman)
読書会「かんあおい」2014年11月の課題図書。


物語は新聞社に入社して3週間の若い女性記者が、世界的ヴァイオリニストであるパオロ・レヴィへのインタビューを任されるところからはじまる。パオロ・レヴィは1950年代半ばの生まれで、2週間後の50歳の誕生日の記念にロンドンでコンサートを開くことになっていた。レコードやCD録音はせず、私生活も明かさない孤独で寡黙な人物で、生まれ故郷のヴェニスで一人住まいをしており、プライベートな話題はだめ、特に「モーツァルトに関する質問はだめ」ということだった。こうした情報をかき集めて記者はヴェニスのドルソドゥーロにあるマンションへ、夜の6時にレヴィ氏を訪ねる。「そもそもの始まりを教えていただけませんか?初めてヴァイオリンを弾くことになったきっかけは何だったのでしょうか?」という記者の質問に、レヴィはゆっくり窓辺に歩いて行き、そばに置いてあったヴァイオリンを手にすると、ソファに腰を下ろして語り始めた。「秘密は嘘と同じだという人もいる。とうとうその嘘を止めるときが来たようだな」と。
こうして今度はパオロ・レヴィが語り手となり、ヴァイオリンの師となったバンジャマンとの出会い、バンジャマンとレヴィの両親がいっしょに生き、いっしょに命を落としかけ、音楽に救われた物語が展開していく。過酷な体験をともにした三人であるが、その後の音楽との向き合い方はそれぞれ違っていた。バンジャマンは一流のオーケストラで活動した後、街頭音楽家になり、父は音楽とは縁を切って床屋になり、母は大事にしまっておいたヴァイオリンをレヴィに与えた。やがてレヴィがバンジャマンといっしょに路上で演奏するようになったとき、父は「おまえのおかげでまた音楽を聞くことができるようになった。おまえは将来きっと人々から愛される偉大なヴァイオリニストになるだろう。ただし、一つだけ約束して欲しい。私が生きている間は、人前や私に聞こえるところで、絶対にモーツァルトは演奏しないで欲しい」と言ったのだった。
父はなぜモーツァルトを頑なに拒否したのだろうか。そのわけが優しい色使いの絵と静かな語りで明かされていく。(2014.11.6読了)
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by nishinayuu | 2015-02-15 10:28 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『いわずにおれない』(まど・みちお著、集英社be文庫、2005)


c0077412_1092980.png読書会「かんあおい」2014年7月の課題図書。
本書は2014年に105歳で亡くなった詩人の語ったことをまとめたもので、片隅に小さく「インタビューと文――細貝さやか」とある。まど・みちおの詩と名言、絵からなり、国際アンデルセン賞作家である詩人の人柄と生涯を知る手引きとして恰好の一冊である。
まず目を引くのはユニークな絵の数々。中でも「ぞう」(水彩絵の具とボールペン)、はる(水彩、ボールペン、フェルトペン)がいい。
名言では「詩はツクルっちゅうよりウマレルという感じがする」、「天というのは宇宙の意志みたいなもの。私の詩は天への日記、今日はこのようにいきました、っちゅう自然や宇宙に当てた報告のような気がします」、「命の尊さをずっと詩にしていながら、第二次大戦中に2編も戦争協力詩を買い取るんです。しかも、ある方に指摘されるまで、そのことを戦後はすっかり忘れておった」などなど。
詩では「みみず」、「つけもののおもし」「おならはえらい」、「きょうも天気」などがおもしろい。特に気に入った詩を一編だけ記しておく。タイトルは「ワタシの一しょう」

ハジメ よかった/がっこうに かよった/かよった かよった/ワタシの 一ねんせいは/かっこう よかった
オワリ よかった/かわやに かよった/かよった かよった/ワタシの 九十六ねんせいは/かわい…らしかった

(2014.6.23読了)
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by nishinayuu | 2014-10-02 10:08 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『日本語ぽこりぽこり』(アーサー・ビナード著、小学館、2005)

c0077412_10304341.jpg読書会「かんあおい」2014年8月の課題図書。
本書はミシガン出身、日本在住の詩人によるエッセイで、日本語のおもしろさを発見し、楽しんでいる詩人の溢れる才気が全編に満ちている。
内容は多岐にわたり、日本語について改めて教えられる事柄もあるが、日本人には常識と思われる事柄もあり、疑問に思うこともないわけではない。たとえば、タイトルのぽこりぽこりについて、漱石の句「吹井戸やぽこりぽこりと真桑瓜」をあげて、これがぼこりぼこりでは感じが違ってしまう、といっているが、サラサラとザラザラの違いを心得ている日本人には当たり前すぎることである。また「泰平のねむりをさますじょうきせんたった四はいで夜も寝られず」の「じょうきせん」は蒸気船と「上喜撰」の掛詞だということも、日本人には常識だと言えよう。著者は日本語のおもしろさとして言及したのだろうとは思うが、どうせなら日本人の気がつかない日本語の変なところを取り上げてくれた方がよい。疑問に思ったのは誤訳の指摘の仕方である。確かに「閑さや岩にしみ入蝉の声」の和訳は著者のものが断然優れていることはわかる。また、glare free(つやけし)やelephant’s-ear(大葉のベコニア)の誤訳はお粗末かも知れない。しかし、それを書物の中で指摘する前に訳者(後ろの二つは著名人二人)に訂正の機会を与えるのが品位ある大人のやり方ではないだろうか。訂正の機会を与えたのに訳者が無視あるいは拒否した、という経緯があったのならやむを得ないが。ひところ誤訳が社会問題になり、そのおかげで翻訳の質が大いに上がったことは確かだが、悪質な出版社、訳者と、そうではないものとを十把一絡げに扱ってはいけない。因みに「閑かさや」の著者による英訳は以下の通り。
Up here, a stillness---the sound of the cicadas seeps into the crags

英語に関する豆知識的な事項興味深く読めるし、大いに勉強になる。特に「マネーのずれ」の次の部分は、日本の紙幣と考え合わせると興味深い。
So when you moving back to America?
When Walt Whitman’s on the ten dollar bill
And Emily Dickinson’s on the five.
When Mark Twain’s on the twenty,
Melville the fifty, Scott Joplin the C-note,
And Fats Waller’s on the dime. (John Gribble)

(2014.6.17読了)
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by nishinayuu | 2014-09-20 10:30 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『よみがえる昭和天皇』(辺見じゅん・保阪正康-対談、文春文庫)


c0077412_915727.jpg読書会「かんあおい」2014年6月の課題図書。
副題に「御製で読み解く87年」とある。「御製」ということばは『万葉集』の中と「歌会始」に関する報道などでしかお目にかからないが、昭和天皇の御製は1万首以上あって、公表されているのはそのうち約900首だという。
昭和史の研究者である保坂は、「昭和天皇の御製には、側近の回想録、勅語、記者会見の質疑応答などからは読み取れない、天皇の本当の気持ちが表れている」という。また歌人でありノンフィクション作家である辺見は、「波乱と激動の昭和という時代の、それぞれの時期における天皇の発言集や侍従や側近の記録からは、昭和天皇の実体がよくわからなかったが、お歌には天皇の私的な心、抑制された心情が豊かに表れていて、そのまま昭和という時代の、光と影まで映し出しているのではないかと思うようになった」と言う。そんな二人が、摂政時代から崩御までの87年間の「御製」を辿りながら、昭和天皇のそのときどきの思いを解き明かしつつ、昭和という時代を振り返ったのが本書である。
昭和天皇その人についての印象はさておいて(さておく理由もさておいて)、興味深かったのは御製のほとんどが見事な万葉調の歌であること。たとえば、太平洋戦争後に各地を巡幸した折に詠まれた数々の歌は、まさしく『万葉集』に見られる「国見の歌」なのである。また、古来の風雅な言葉が随所に使われていて、まるで万葉の歌を読んでいるかのような気分になる。例えば次のような歌

たへかぬる暑さなれども稲の穂の育ちを見ればうれしくもあるか

この歌について辺見は「~もあるか、という詠嘆は万葉歌人に好まれた言葉遣いで、現代歌人にはなかなか容易には使えません。私が保坂さんとお会いしてうれしいなあ、という歌を読むのに、うれしくもあるか、と軽々には言えないのです」と言っている。天皇だからこそ使いこなせる言葉、天皇だからこそ可能な歌いぶりというものがある、ということだろう。(2014.6.15読了)
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by nishinayuu | 2014-09-16 09:02 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)