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「愛誦歌4首」


c0077412_10155863.jpg受講中の韓国語講座で、「日本の詩歌を韓国語に翻訳する」という課題が出されました。

好きな短歌の中から現代短歌2首と万葉集の歌2首を選んで訳し、作者についての簡単な紹介を添えました。(2017年7月10日提出。)






シルレア紀の地層は杳きそのかみを海の蠍の我も棲みけむ  明石海人          


실루리아기의 지층도 아득히 고생대를


바다의 전갈로 나도 살았으리라



園丁が噴水のねぢをまわすとき朝はしづかな公園となる  前川佐美雄


정원사가 분수장치 마개를 비틀어


아침은 고요하고 조요한 공원이 된다



東の野にかぎろひの立つ見えてかへりみすれば月西渡きぬ  柿本人麻呂


동녘 들판에 어렴풋한 서광빛 나는 보며


뒤돌아보았더니 달이 기울어 있네



朝床に聞けばはるけし射水河朝漕ぎしつつ唱ふ船人  大伴家持


잠자리에서 들으면 아련하네 이미즈강을


새벽에 노래하며 지어가는 뱃사공



明石海人(19011939):昭和初期の歌人。26歳(1928)にハンセン病と診断されて岡山の長島愛生園に入所。素姓も家族との縁も絶っ たまま、37歳で生涯を終える。


前川佐美雄(19031990):昭和の歌人。昭和初期モダニズム短歌の推進者。戦中の戦争賛歌を糾弾されて活動を停止。後に再評価され、朝日歌壇の選者(19541988)としても活躍。


柿本人麻呂(662710):飛鳥時代の歌人。宮廷歌人として活躍。『万葉集』の代表的歌人。


大伴家持(718?~785):奈良時代の歌人。貴族・高級官吏。『万葉集』の編纂者と目されている。




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by nishinayuu | 2017-07-31 10:17 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)

韓国の詩 「子規詞」

月白夜蜀魄啾    月白き夜は ソチョクセの声 いよよ寂しく
含愁情倚楼頭    愁いを胸に 楼頭に 凭れをり
爾啼悲我聞苦    汝が啼く声の 哀れさに 我は苦しむ
無爾声無我愁    汝が声の なかりせば 我の愁いも なかりしを
寄語世上苦労人   世の中の 苦労多(さわ)なる人たちに 言ひおかむ
慎莫登春三月子規楼 春三月は 子規楼に 決して登ることなかれ

端宗(1441~1457)は世宗の孫、文宗の息子。父の文宗が在位2年で急死したため、1452年に12歳で王位に就いたが、叔父の首陽大君(後の世祖)によって王位を追われ、江原道寧越に配流されたのち命まで奪われた。子規楼は配流地にあった楼閣で、端宗がここに登って子規の声を聞いていたということからこう呼ばれるようになった。

c0077412_11132594.jpgところで、端宗が胸を痛めながらその声を聞いたというソチョクセは、実は子規(ホトトギス)ではなく木の葉木菟(コノハズク)だった。ホトトギスは澄み切った明るい声で、コノハズクは湿った暗い声で鳴く。
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by nishinayuu | 2017-03-13 11:10 | 翻訳 | Trackback | Comments(2)

韓国の詩 「雨の音」 パク・ゴノ

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朗誦集『타다가 남은것들』の中の一編「雨の音」に日本語訳をつけてみました。原詩は訳詩の下にあります。


雨の音
雨の音を 聞いている。
夜中にふと 目が覚めて
雨の音が 聞こえると
ぱっと開く ドアがある。
とりとめなく 生きてきた
わたしのこの 人生を
くしけずって 整える
雨の音。

現実でも
夢でもない
ふわふわした 状態で
雨の音を 聞いている。

雨の音を 聞くことが
なぜかとても うれしくて。

目を閉じると
大きくなる 地の果てを
ひとり歩む。
耳の中で
歌になっていたりする
雨の音。

今のこんな 感覚を
どう表せば いいのやら
雨の音を 聞いている。

빗 소리  박건호
빗소리를 듣는다.

밤중에 깨어나
빗소리를 들으면
환히 열리는 문이 있다.
산만하게 살아온
내 인생을
가지런히 빗어주는
빗소리.

현실도
꿈도 아닌
진공의 상태가 되어
빗소리를 듣는다.

빗소리를 듣는다는 것은
얼마나 반가운 일이냐.

눈을 감으면
넓어지는 세계의 끝을
내가 간다.
귓속에서
노래가 되기도 하는
빗소리.

이 순간의 느낌을
뭐라고 표현할까
빗소리를 듣는다.
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by nishinayuu | 2017-02-21 15:51 | 翻訳 | Trackback | Comments(2)

「公任の大納言、屏風の和歌を読みし語」

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『今昔物語』第二十四第三十三の再話とその韓国語訳です。



엣날 옛날에, 이치죠인천황(一条院天皇)때, 궁권에 입궁할 죠토문인(上等門院、中宮・彰子)을 위하여 병풍을 새로 만든 일이 있었단다. 천황이 와카시인들에게 말하길,
모두들 병풍의 그림에 어울리는 와카를 지어 바치도록 하라.
그 때 다이나곤 킨토(大納言公任)에게 할당된 부분은 등꽃이 아름답게 피어 있는 저택의 그림이었어. 와카를 제출하기로 정해진 날이 되어, 시인들은 제각기 만들어온 와카를 제출했다. 그런데 킨토는 제출하기를 주저했어. “소문이 자자한 와카시인이 뭘 꾸물거리고 있는가. 어서 제출하시게” 라며 재축하는 사람들에게 킨토가 말하길,
세상에 소문이 자자한 시인들이 이렇게 많은 가운데 훌륭하지 못한 와카가 섞여 있으면 킨토라는 이름이 오래 오래 치욕으로 전해지리라.
그러나 사람들이 몹시 재촉해서 킨토는 드디어 품에서 종이를 꺼내어 앞으로 내밀었어. 그 종이에는 다음과 같은 와카가 적혀 있었단다.

보랏빛 물든 구른처럼 보이는 연보라 등꽃
어떤 이의 거처를 나타내고 있는가

이에 모두가 감탄하고, 흘륭하다는 찬사를 아끼지 않았다고 전해진다.

今は昔、一条院の天皇の時、入内する上東門院のために新しく屏風を作るということがあってね。その時天皇が和歌を読む歌詠みたちにこう言った。
「皆々、屏風の絵に添える和歌を詠んで差し出すように」
この時大納言公任に割り当てられたのは、藤の花が麗しく咲いている屋敷の絵だった。和歌を提出する日になって、歌詠みたちはそれぞれ読んできた歌を差し出した。けれども公任は出し渋っていた。「その名も高い歌詠みが何をぐずぐずしているのだね。さっさと出したまえ」と責める人たちに、公任はこう言った。
世に知られた優れた歌詠みたちが大勢いる中に、はかばかしくない和歌が混じっていたら、公任という名が末永く汚名として残るでしょう。
けれども人々がやいのやいのと催促するので、とうとう公任は懐から紙を取り出して差し出した。その紙には次のような和歌が書いてあったのだよ。

紫のくもとぞみゆる藤の花いかなる宿のしるしなるらむ

すると人々はみな感嘆して、「実に素晴らしい」と大いに褒め称えたそうだ。
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by nishinayuu | 2015-10-26 20:46 | 再話 | Trackback | Comments(0)

「在原業平の中将、東の方に行きて和歌を読みし語」その2


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『今昔物語』巻第二十四の第三十五の再話とその韓国語訳(拙訳)です。

아리와라노 나리히라-중장, 동방으로 가다가 와카를 지은 이야기-2

무사시-국과 시모후사-국 사이에 아주 큰 강이 있다. 그 강은 이름하여 스미다-가와라고 하지. 그 강가에 당도한 나리히라 일행은 너무나도 먼곳까지 왔다는 생각이 들어 여수에 잠겨 있었는데, 나룻배 사공이 “어서 타오. 해가 지겠소” 라고 했다. 배로 강을 건너가면서 모두들은 미야코(수도)에 사모하는 사람을 남겨두고 왔기때문에 마음속 깊이 쓸쓸함을 느꼈단다. 그러는 중에 부리와 다리가 붉은 흰새가 강물위에서 놀면서 물고기를 먹는 것이 눈에 뜨였다. 미야코에서는 본 적이 없던 새여서 사람들이 뱃사공에게 그 새의 이름이 무어냐고 물었더니, 뱃사공이 대답하기를, “그 새는 미야코-도리(수도-새、都鳥)라고 합니다.” 이에 나리히라가 이렇게 와카를 지었단다.

그 이름에 걸맞게 대답하시오 미야코-도리 미야코의 그 분은 무사히 계시느냐

그 와카를 듣고 배에 함께 탄 사람들 모두가 울었단다.

武蔵国と下総国の間に大きな川がある。その名を隅田川という。川辺で一行が、ずいぶん遠くに来たものだ、と旅愁に浸っていると、渡し船の船頭が「早く乗れ。日が暮れる」と言った。船に乗って川を渡りながら、誰もが京の都に思う人がいるので、わびしさをかみしめていたそうだ。そのうちに嘴と脚が赤い白い鳥が、水の上で遊びながら魚を食べているのが目にとまった。京では見かけない鳥なので、船頭に「あれは何という鳥かね」と尋ねると、船頭が「あれは都鳥っていう鳥ですよ」と答えたんだ。これを聞いて業平がこんな和歌を詠んだそうだ。

名にし負はばいざこととはむ都鳥わが思う人はありやなしやと

これを聞いて船に乗っていた人は誰も彼もが泣いたそうだよ。
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by nishinayuu | 2015-05-13 10:03 | 再話 | Trackback | Comments(2)

「在原業平の中将、東の方に行きて和歌を読みし語」その1

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『今昔物語』巻第二十四の第三十五の再話とその韓国語訳(拙訳)です。

아리와라노 나리히라-중장, 동방으로 가다가 와카를 지은 이야기-1

옛날 옛날에, 아리와라노 나리히라-중장이라고 하는 사람이 있었단다. 이름이 알려진 풍류객이었지. 그러면서 당신은 쓸데없는 사람으로 여기고 있어서, 미야코(수도)에서는 살지 안겠다는 마음을 가지고 동쪽으로 향했단다. 저쪽이라면 살 곳이 있을지도 모른다는 생각을 하면서. 지인 두명만 동행했는데, 아무도 길을 몰라서 헤매고 다녔단다.
그러다가 미카와-국 야츠하시(八橋)라는 곳에 당도했어. 그 곳을 야츠하시라고 하는 사연은 강물이 거미다리 처럼 여러 갈래로 갈려 있어서 다리가 여덟 개나 놓여 있기 때문이다. 일행은 그 강가의 나무 그늘에서 말린 밥으로 식사했단다. 강가에 제비붓꽃이 멋있게 피어 있는 것을 보고 따라온 사람들이 나리히라에게 말하기를,
“제비붓꽃이라는 넉자를 각 문구의 첫머리에 놓고 나그네길의 뜻을 와카로 표현하시게.”
이에 나리히라는 이렇게 와카를 지었단다.

일 고운 옷 단을 입던 내가 처럼 익숙하던 같은 아내 남겨 멀디 먼 길을 왔네

이 와카를 들은 사람들은 감동으로 울었단다. 말린 밥위로 눈물이 쏟아져서 밥이 불어났다고 해.

今は昔、在原業平中将という人がいたそうだ。世に知られた風流人だったとか。それなのに、自分は役立たずの人間だ、京にはいたくないと思ってあずま(東)の方へ向かったそうだ。あちらなら住む所があるかもしれないと思って。知人が二人だけ一緒に行ったのだけれど、誰も道がわからないものだから迷ってばかりの旅だったとか。
やがて参河の国の八橋という所までやってきた。そこを八橋というのは、川が蜘蛛の脚のように幾筋にも分かれていて橋が八つも架かっているからだ。川辺の木陰でかれいひ(乾飯)を食べたそうだ。川辺にかきつばたが風雅に咲いているのを見て、同行者たちが
「かきつばたという五文字を句の頭ごとに据えて、旅の心を和歌に詠め」と言った。
そこで業平は次のように和歌を詠んだそうだよ。

らごろも(唐衣)つつなれにしま(妻)しあればるばるきぬるび(旅)をしぞおもふ

これを聞いて同行者たちは感動して泣いたそうだ。かれいひ(米飯を乾したもの)の上に涙が落ちてふやけてしまったんだって。
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by nishinayuu | 2015-04-24 10:37 | 再話 | Trackback | Comments(1)

韓国の詩「이름 모를 친구에게」

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「龍仁でビル外壁の窓ガラスを清掃していた作業員 転落死」という報道記事(2010.9.18)に対する詩形式のコメントを日本語にしてみました。原詩の作者名は未詳ですが、男性と想定して訳しました。


そのあたりには 枝の茂った木が一本も なかったのかい
やわらかな芝生を植えた ほんの小さな地面さえ なかったのかい
えい、ちくしょうめ
中秋の節句がすぐに 来るというのに
その日のためにいそいそと立ち働いている母親は どうしたらいいのかい
よりにもよって あんたはおれと 同い年かい
電線にでもつかまって ぶらさがったらよかったものを
ない翼でも ひろげてみたらよかったものを
20階から転落しても 死なずにすんだ人もいるのに
たった9メートルならば 助からなくちゃ
なんとしたって 助からなくちゃ
足許を しっかり見ろよ
とにかく何か ぎゅっとつかめよ
耳許をかすめて飛んだ蝶々にだって つかまれよ

この中秋はもうだめだ
楽しく過ごすのはむりだ
直会(なおらい)をして 泣くことになる


[이름 모를 친구에게]
그놈의 동네는 가지 성성한 나무 하나 없었더냐
푹신한 잔디 한 평 깔려 있지 않았더냐
에라이 에라이
추석이 코 앞인데
눈 비비며 전 부치고 계실 어머니는 어쩌란 말이냐
하필 당신 나와 가튼 나이더냐
전기줄에라도 매달렸어야지
없는 날개라도 냈어야지
누구는 이십층서도 살았다드마는
구미터면 살았어야지
어떻게든 살았어야지
발 밑 좀 살피지
뭐라도 붙잡지
귓볼 스쳐 날던 나비에라도 매달리지

이번 추석은 글렀다
웃으며 지내긴 글렀다
음복하며 울게 생겼다
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by nishinayuu | 2015-02-23 10:09 | 翻訳 | Trackback | Comments(1)

韓国の詩「12月の葉書」

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韓国の詩人・李海仁の詩を日本語にしてみました。原詩は自由律詩ですが、日本語訳は七五調にしました。表現の拙さが少しはごまかせるのではないかと思いまして。


また1年が過ぎてしまうと
嘆き落ち込むのではなく、
まだここにある残り時間を
嬉しく思う気持ちにさせてくださいな。

この1年に受け取った
友情と 愛のこもった贈り物
辛い思いをした悲しみも
心すなおに神にあずけて、
松ぼっくりが描かれた感謝のカード
好きな人たちみんなに出したい12月。

さあ今はまた生きていかないと。
やるべきことをついつい先に延ばしては
ちょっとした約束をおろそかにして
他人(ひと)に心を開かなかった
この1年の過ちを悔いながら、
慎ましく歩まなくてはなりません。

同じ過ち繰り返す、そんな自分が
今年もとてもいやだけれども
後悔せずにおきましょう。
今日という日が最後の日でもあるかのように
愛しみながら時間を使い、
誰も彼をも許せたら、
それだけで幸せになれるでしょうに……
そんな幸せさえもまた先に延ばして生きている
こんな私の愚かさを、どうか許してくださいな。

見聞きし話すことの多さに
うんざりもする世の中で、
いつもしっかり目を開けて生きていくのはしんどいけれど、
目が濁ったりせぬように、
心も澄んでいるように、
独りぼっちで辛くても、きちんと努力
していけるよう、力を貸してくださいな。

12月には古い暦を取り外し
新しいのに掛け替えて
静かに言ってみるつもりです。
「立ち去れ、古い日々たちよ。
来たれ、新たな日々たちよ。
自分をさらに育むために
私にとってなくてはならぬ
もったいなくもありがたい時間たちよ」と

12월의 엽서 이해인
또 한해가 가 버린다고
한탄하며 우울해하기보다는
아직 남아있는 시간들을
고마워하는 마음을 지니게 해주십시오.

한해동안 받은
우정과 사랑의 선물들
저를 힘들게 했던 슬픔까지도
선한 마음으로 봉헌하며
솔방울 그려진 감사카드 한 장
사랑하는 이들에게 뛰우고 싶은 12월

이제 또 살아야지요
해야 할 일 곧잘 미루고
작은 약속을 소흘히 하며
남에게 마음 닫아 걸었던
한 해의 잘못을 뉘우치며
겸손히 길을 가야합니다.

같은 잘못 되풀이하는 제가
올해도 밉지만
후회는 깊이 하지 않으렵니다
진정 어늘밖엔 없는 것처럼
시간을 아껴쓰고
모든 이를 용서하면
그것 자체로 행복할텐데……
이런 행복까지도 미루고 사는
저의 어리석음을 용서하십시오.

보고 듣고 말할 것
너무 많아 멀미나는 세상에서
항상 깨어 살기 쉽지 않지만
눈은 순결하게
마음은 맑게 지니도록
계속하게 해주십시오.

12월엔 묵은 달력을 떼어내고
새 달력을 준비하며
조용히 말하렵니다
‘가라, 옛날이여
오라, 새날이여
나를 키우는데
모두가 필요한
고마운 시간들이여.’
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by nishinayuu | 2014-12-25 15:56 | 翻訳 | Trackback | Comments(1)

童謡「赤とんぼ」

c0077412_1145507.jpg童謡『赤とんぼ』の韓国語訳です。韓国語講座の中で講師の指導のもと、数人で共訳したものにnishinaが少し手を加えました。各行の最後が5音で終わるようにし、さらに偶数行の行末が同じ母音になるようにしてあります。原詩とメロディーはこちらにあります。


저녁놀에 붉게 빛나는 고추잠자리
업혀서 본 적은 언제였던가.
산속에서 우리 함께 오디를 따며
소쿠리에 담은 추억은 꿈이었던가.
열다섯에 그 누이는 시집을 가고
고향집의 소식도 다 끊어졌네.
저녁놀에 붉게 빛나는 고추잠자리
아, 앉아 있구나 저 장대 끝에.
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by nishinayuu | 2014-11-15 11:46 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)

韓国の詩 「送人」  鄭知常

c0077412_1529785.png☆12世紀、高麗時代の詩人・鄭知常による「韓国で最も美しい叙情詩」といわれる詩を紹介します。はじめに原文の漢詩とその読み、次にそれを韓国語で読んだ文を記し、最後に日本語の拙訳をつけました。なお作者・鄭知常については、右欄の「韓国の著名人」に簡単な説明があります。「韓国の著名人」→→の順にクリックしてご覧ください。

「送人」
雨歇長堤草色多     우헐 장제 초색다
送君南浦動悲歌     송군 남포 동비가
大同江水何時尽     대동강수 하시진
別涙年年添緑波     별루 년년 첨록파

「벗을 보내며」 (역: 유홍준)
비 개인 긴 강둑에는 풀빛 더욱 푸르른데
남포로 님 보내는 노랫가락 구슬퍼라
대동강물은 어느 때나 마를 것인가
해마다 이별의 눈물만 푸른 물결에 더하내


「友を送る歌」
雨晴れし長堤 草の色 深まれど
南浦へ君送る 歌の節 もの悲し
大同江の流れ 絶える日の あらざれば
離別の涙ゆえ 年ごとに 川波の高まらむ
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by nishinayuu | 2014-10-06 15:17 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)