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『オリエント急行戦線異状なし』(マグナス・ミルズ、訳=風間賢二、DHC)


All Quiet on the Orient Express』(MagnusMills, 2003

c0077412_10491454.png著者は1954年イギリスに生まれ、イギリスやオーストラリアで様々な臨時雇いを転々とした後、ロンドンでバスの運転手となる。1998年に『フェンス』で文壇デビューし、デビュー後もバスの運転手を続け、後に郵便配達人に転職。現在は執筆に専念しているという(表紙裏にある紹介文より)。本書は上記のような異色の経歴を持つ著者による2作目の長編である。

舞台は避暑地として知られるある村。文中にミルフォードという名が出てくるのでダービシャー州だろうか。あるいは湖の美しい村ということなので湖水地方だろうか。ただし場所の特定はどうでもよく、重要なのは外部の人間にとっては不可解な法則が働いている村だということである。そんな法則に気づかなかったひとりの青年が、村の人々にじわじわと絡め取られていく様子が綴られていく。

ある夏、この村にひとりの青年がやって来る。2週間ほど滞在して、そのあとはトルコを経てさらに東の方へと旅をする予定だった。観光客が去ったあとの村にひとりで残っていた青年は、テントを張っていた土地の所有者トミー・パーカーから声をかけられる。それまでは自分に気づいている様子はなかったのに、と青年はちょっとびっくりするが、どうやら相手はずっと青年を観察していたようなのだ。パーカーだけではなかった。青年がベークドビーンズなどを買う食糧雑貨店の主ホッジも、バーのバーテンたちも、バーに集まる男たちもみんな、なぜか青年の動向に興味津々のようなのだ。

やがてパーカー氏は青年にゲートのペンキ塗りをしないか、と持ちかけてくる。青年は暇つぶしになるからと軽い気持ちで引き受ける。賃金のかわりにキャンプ地の使用量をなしにしてもらうという条件で。それがきっかけで青年はパーカー氏から次々に「雑用」を頼まれ、次々にそれをこなしていく。「宿題」を手伝って、という口実で近づいてきたパーカー氏の16歳の娘は、そのうち宿題を丸投げして寄こすようになる。宿題の作文が賞を取ったりするので、青年も悪い気はしない。バーでもダーツのチームに勧誘されたりして、季節が冬に移る頃には青年はすっかり村人に受け入れられた気分になっていた。

しかし、何となく不可解なことも多かった。パーカー氏は際限なく雑用を回してくるのに賃金の話はしない。パーカー氏がストックしているペンキはほとんどが緑色。バーの常連のブライアンはいつも紙製の王冠をかぶっている、などなどだ。それに、村人たちはなぜか青年を「次の牛乳配達人」と呼んだりする。ディーキンというれっきとした牛乳配達人がいるのに、である。しかしこの人のいい青年もついにある日、村の「悪意」にはっと目が覚めるのである。

これは不条理小説であるけれども、残酷さや不気味さとは無縁で、むしろ主人公の青年のふがいなさと村人たちのたくましさに失笑してしまう、構成も人物描写も見事な作品である。なお、タイトルは見てすぐわかるようにAll Quiet on the Western Front Murder onthe Orient expressの合成である。ということはMurder on the WesternFrontというタイトルもあり得たということになる。(意味深ですね。ところで意味深ってもう古語?)(2017.3.14読了)


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by nishinayuu | 2017-05-28 10:49 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『椅子取りゲーム』(孔枝泳、訳=加納健次・金松伊、新幹社、2012)


의자놀이』(공지영

本書の前書きで著者は「初めて文学ではない本を書いた」と言っている。すなわち本書は、は韓国で影響力のある作家の一人である著者によるルポルタージュであり、残酷な「椅子取りゲーム」の犠牲者たちと痛みを共にした著者の「史実エッセー」である。

c0077412_09231507.jpgきっかけは2011年にツイッターで知ったある出来事だった。226日の朝、サンヨン自動車無給休職者の父親(44歳)が死んでいるのを17歳の息子と16歳の娘が見つけた。二人の母親は前の年の冬に飛び降り自殺していたため、二人は1年のうち相次いで両親を亡くして孤児になってしまったのだった。サンヨン自動車の整理解雇が始まって以来、母親は12番目、父親は13番目の死だった。そしてその後も自殺者は続き、サンヨン自動車から追い出された2646人のうち22人の労働者と家族が犠牲になったのだった。労働者の解雇は他の企業でもよくあることだが、サンヨン自動車の場合、被解雇者の自殺率の高さは尋常ではない。

13番目の死をきっかけにサンヨン自動車事件について調べ初めた著者は、あらためてことの異様さとおぞましさに気づかされる。国際的な基準に合う車を生産し、韓国の経済発展に貢献してきたサンヨン自動車という大企業にいったい何が起こったのか、サンヨン自動車の工場のある平澤で安定した生活を享受していた労働者たちがなぜストライキをしなければならなかったのか、そのストライキの参加者たちを国家権力がどのように無残に蹴散らしたか、会社側がどのように労働者たちを分断していったか、会社から追われた労働者たちがどのように孤立していったか、そして孤立していった労働者たちがどれほど精神的に追い詰められていったか。

21世紀の出来事とは思えない忌まわしいこの事件は、韓国内でもあまり報道されなかったのではないだろうか。だからこそ著者も詳しいことは知らないまま過ごしてきたのだろう。それに、小説家の自分が取り組むべき問題だろうかというためらいが最初はあった、と著者は正直に述べている。しかし、今や韓国を代表する作家の一人である著者だからこそ、この問題を取り上げて世に問うた意義は大きい。残酷な「椅子取りゲーム」の犠牲になった人々、実体のない幽霊のような者たちと戦い続けている人々に、慈しみのメッセージと共に連帯の意志を送る、と言う著者に大きな拍手を送りたい。(2017.3.4読了)


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by nishinayuu | 2017-05-20 09:24 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『八月の日曜日』(パトリック・モディアノ、訳=堀江敏幸、水声社)


Dimanches  daoût』(Patrick Modiano, 1986

物語はこんなふうに始まる。

c0077412_09215011.png「とうとう彼がこちらに目をやった。ニースのガンベッタ大通りに足を踏み入れた辺りだった。彼は革のジャケットやコートを売る露天の前の、お立ち台に立っていた。私はその売り口上に耳を傾けている人だかりの、最前列に滑り込んでいた。私を見ると、口調はあの露天商特有のなめらかさを失って、ずっと淡泊な話しぶりになった。(中略)現在の境遇が、本来の自分からするといかにも釣り合わないことを、私にわからせようとするみたいに。」 すっと物語世界に引き込まれる書き出しではないか。「私」は男の目に留まるようにわざと最前列に立ったのだ。

男はヴィルクールといい、7年ぶりの出会いだった。7年前「私」とシルヴィアは、ヴィルクールを避けるために行きずりの男女との出会いを利用した。とらえどころのないふわふわした感じの男女はニール夫妻となのり、外交官ナンバーの車に乗り、大きな屋敷に住んでいた。私たちはこのニール夫妻を「自分たちが張りめぐらした蜘蛛の巣にとらえた」つもりだったが……。

「私」とシルヴィアがなぜニースにやってきたのか、なぜ二人がヴィルクールを避けたのか、彼らは互いにどんな関係にあるのか、ニールがなぜ「私」とシルヴィアに近づいてきたのか、そもそもニールは何者なのか、などなどが時間軸をずらして明かされていく。すなわちこの作品は、徐々に謎が明かされていくミステリーとして読めるのだが、「私」は最後まで謎を突き止めることができないままで終わる。すべてを零からやりなおせると信じてシルヴィアと落ち合い、八月の日曜日に至福の時を過ごしたニースの街を、今「私」は亡霊となってひとり彷徨っているのだ。

この物語は私がよく見る悪夢に似ている。大切な人(あるいは人たち)を見失って、懸命に探し回る夢、いくら探しても見つけられずに、独り取り残された焦燥感と侘しさにさいなまれる夢に。

なお、訳者あとがきによると、この作品で重要な役割を果たしている巨大で不吉なダイアモンド「南十字星」はジュール・ヴェルヌの小説『南十字星』への目配せになっており、また作中に描かれたマルヌ河の不吉な空気はレイモン・ラディゲの『肉体の悪魔』に描かれた第一次大戦中のマルヌ河岸ときわどく接しているという。(2017.3.2読了)


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by nishinayuu | 2017-05-16 09:22 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『鳥たちが聞いている』(バリー・ロペス、訳=池央耿・神保睦、角川書店)

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Field Notes』(Barry Lopez)サブタイトルにThe Grace Note of the CanyonWren(ミソサザイの装飾音)とある。

本書には深く豊かな自然、自然に身をゆだねれば聞こえてくる音、そこから生まれる様々な思索が綴られた12の短編が収録されている。


*鳥たちが聞いている――モハヴェ沙漠東部から海に向かった旅人。無謀な旅だったと絶望しかけたとき、水辺の鳥であるミソサザイの装飾音が耳に入る。

*ティールの川――マグダレナ山中のベネット川地方に1954年の4月に住みついた隠者のティールは19715月の穏やかな午後、静かに世を去った。

*エンパイラのタペストリー――自分だけの生き方を持っていたエンパイラは、自分で織ったタペストリーに身を包んで濁流に身を投じる

*空き地――博物館の研究員ジェーン・ウェデルは、空き地で見つけた石を家に持ち帰る。カンブリア紀の海に棲息した生物を取り出したいと思って。

*ある会話――アカケアシノスリをめぐる、政府の魚類野生動物部長と環境活動家エシーの攻防。

*ピアリーランド――悪天候のために足止めを食った空港で若き研究者が語ったところによると、グリーンランドの北端に動物たちの魂が肉体を求めに来る「死者の国」があるという。

*台所の黒人――ある朝、いきなり立ち現れた黒人とのひとときの交流とその余韻。

*ウィディーマの願い――研究者である語り手が、オーストラリアの狩猟民族ウィディーマと過ごした日々を振り返る。

*我が家へ――若くして名声を勝ち取った植物学者のコールター。気がつけば親しかった森からも家族からも遠い存在になっていた。

*ソノーラ……沙漠の響き――「『アル・ハリジャにおける三日月型砂丘の双曲線』と題した論文で、オアシスが直線上に点在するエジプト南部の沙漠について書いたウィクリフの文章は、化学者の発表としては不謹慎なほど官能的だった。」

*クズリの教え――クズリとは哺乳類肉食目イヌ亜目クマ下目イタチ上科イタチ科イタチ亜科クズリ属の小型のクマのような姿をした肉食動物で、英名は「ウルヴァリン(wolverine)」。山好きの整備士がルビー山脈に住むクズリによって自然との関わり方を教えられる。

*ランナー――ある女性がグランドキャニオン公園内でアナサジ時代の大きな壷を発見した、という新聞記事を見てその女性は姉のミラーラだと確信した語り手。「これは姉さん?」と書き込んでコピーを送ると、その質問に感嘆符を書き添えたものが返送されてくる(ヴィクトル・ユゴーと出版社のやりとりを真似たわけですね)。

2017.2.26読了)


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by nishinayuu | 2017-05-08 09:50 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『停電の夜に』(ジュンパ・ラヒリ、訳=小川孝義、新潮クレストブックス)


c0077412_08370070.pngInterpreter of Maladies』(Jhumpa Lahiri, 1999

著者は1967年ロンドン生まれのベガル系インド人。3歳で家族とともにアメリカに移住しており、実質的にはアメリカ人である(見た目は無敵のベンガル美人)。主要な作品として次のものがある。

『その名にちなんで』(The Namesake, 2003)、『低地』(The Lowland, 2013)、『べつの言葉で』(In Altre Parole, 2015

9編の短編が収録された本作品集は著者のデビュー作であり、その年の数々の新人賞を独占しているだけでなく、2000年にはピュリッツァー賞も受賞している。

*停電の夜に――すれ違い始めていたショーバとシュクマール夫婦。彼らの住居のある一郭が工事のために停電したとき、ふたりはローソクを灯した夜のキッチンでそれぞれの秘密を打ち明けていく。

*ピルザダさんが食事に来たころ――パキスタンに内乱のあった1971年の秋、ダッカに家族を残してアメリカに来ていたビルザダさんがわたし(10歳)の家にやって来ては夕食をともにし、夜のニュースを見るようになった。国費留学生のビルザダさんの所にはテレビがなかったからだ。

*病気の通訳――金曜と土曜に観光客を車で案内しているカパーシーの本業は、病院にやってくるグジャラート語しか話せない患者のための通訳。語学力を生かしてもっと世界を広げたいと考えている彼に、アメリカ人観光客夫婦の奥さんのほうが特別の親しみを見せてくれて……。

他の6編のタイトルは以下の通り。

『本物の門番』『セクシー』『セン夫人の家』『神の恵みの家』『ビビ・ハルダーの治療』『三度目で最後の大陸』。

2017.2.25再読)


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by nishinayuu | 2017-05-04 08:37 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『賢者の贈り物』(O・ヘンリー、訳=小川高義、新潮社)

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The Gift of Magi』(O. Henry

読書会「かんあおい」20174月の課題図書。

本書はO・ヘンリーの381の短編から数十編を選んで3冊にまとめた「O・ヘンリー傑作選」の第1集で、16の短編が収録されている。O・ヘンリー作品の舞台は主にニューヨークのハドソン川とイースト川に挟まれたマンハッタン、時代は20世紀初頭である。作品の特徴はどんでん返し(twist ending)と滑稽味で、本題に入る前の前置きがしつこい傾向があるのが難だが、人情味のある温かい作品が多い。特におもしろく読んだ作品は以下の通り。

*二十年後――西部で一旗揚げ、20年後の再会を約束した友人ジミー・ウェルズに会うためにニューヨークにやってきたシルキー・ボブ。お尋ね者のため人目を避けて暗がりに立つ彼に、一人の警官が近づいてきて話しかけ、また去って行く。

*水車のある教会――カンバーランド山地レイクランズ村にある宿屋に毎年秋に現れる上客のエイブラハムさん。昔レイクランズで粉屋をやっていたとき、4歳になったばかりの娘アグライアが行方不明になるという悲しい経験をしている彼は、アグライア銘の小麦を災害地に無料で供給している。また、昔の水車小屋を改装して教会にし、オルガニストや牧師の年俸も出している。一方、アトランタでデパートの店員をしているローズ・チェスターは幼い頃の記憶がなく……。

*緑のドア――ピアノ店の販売員のルドルフ・スタイナーは、ある建物の前で、アフリカ系の男から「緑のドア」とだけ書かれたチラシを渡される。他の通行人の受け取ったチラシには2階の歯科医の宣伝文句がある。スタイナーが2階を通過して3階に行き、緑色のドアをノックすると、極貧の部屋に二十歳前と思われる蒼白の顔の娘が横たわっていた。3日も食べていないという娘のために食料を調達してきて食べさせた彼が帰りがけに4階に行ってみると、すべてのドアが緑色だった。建物から出てチラシ配りの男を問い詰めると、「緑のドア」は街路の先でやっている芝居の演目で、歯科医のチラシを配るついでに時折混ぜて配っていたという。

「二十年後」と「水車のある教会」にはドラマチックな物語性があり、「緑のドア」には一幅の絵画のような趣がある。

2017.2.18読了)


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by nishinayuu | 2017-04-30 14:10 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『冬の灯台が語るとき』(ヨハン・テオリン、訳=三角和代、早川ポケットミステリー)


Nattfåk』(Johan Theorin, 2008

c0077412_22055993.png原題の意味は「夜のブリザード」。

作者は1963年スウェーデンのイェーテボリで生まれたジャーナリスト・作家。本書はデビュー作『黄昏に眠る秋』で始まるシリーズの第2弾で、舞台はバルト海に浮かぶエーランド島という細長い小島。エーランド橋によって本土のカルマルと繋がっているが、昼はバルト海の絶景、夜は灯台の光が隣人、という辺鄙な所である。

物語は現在と過去、真実と虚構が複雑に絡みあって展開していく。現在の物語はヨアキムを主人公とする1990年代のある年の冬の出来事からなり、過去の物語はミルヤ・ランベがノートに記した「1846年、冬」に始まり「1962年、冬」で終わる語り文からなっている。ヨアキムの物語の合間に挿入されるミルヤ・ランベの語りはすべて「〇〇年、冬」となっており、ヨアキムが直面する現実の寒さに過去の人たちを襲った寒さと冷たさも加わって「冷却効果」満点。とにかく寒くて冷たい物語なのだが、そこがこの作品の真髄でもあるので、真冬のいちばん寒い時期に読むのがお勧めである。(読んでいる間、真底から冷えました。)

北緯55度よりさらに北に位置するエーランド島の情景描写が素晴らしく、ブリザードに襲われた一夜の描写も圧巻である。また、物語には過去にこの島で起こった事故死のエピソードもいくつか挿入されている。たとえば

灯台が火事になって灯台守助手が死んだとき、別の男の妻が死体に取りすがって泣いた話(1884年)、灯台守の兄妹がウナギを捕まえているうちに氷が割れ、兄だけが氷の上に取り残されて帰らぬ人となった話(1900年)など。いずれも独立した小説になりそうなエピソードである。

もちろん本作はミステリーなので、現代の殺人やら行方不明やらもふんだんに出てくるが、謎解きは主眼ではない。最後にはいろいろ明らかになるけれども、それまでは死んだ人たちが「気配」として物語の中を漂い続ける。ヨアキム一家の住むウナギ屋敷も、南北二つの灯台も、様々な登場人物たちも、それぞれの謎を秘めて存在している。中でも際だった存在感を示すのがミルヤ・ランベで、この人物の過去もすごいが、現在の暮らしかたも振るっている。その他の登場人物は以下の通り。

*ヨアキム・ヴェスティン:ウナギ岬の屋敷に住む家族の父親。工芸の教師。

*カトリン:ヨアキムの大切な妻。

*ミルヤ・ランベ:カトリンの母。画家・歌手。1950年代にウナギ屋敷に住んだことがある。ホッケー選手の青年ウルフと同棲。

*トルン:ミルヤの母で画家。晩年にブリザードで視力を失う。

*エテル:ヨアキムの姉。ヘロイン依存症。1年前に溺死。

*リヴィア:ヨアキム夫婦の娘。6歳。毎晩夜中に「ママー」と叫ぶ。

*ガブリエル:ヨアキム夫婦の息子。2歳半。ママを忘れたのかあまり恋しがらない。

*ティルダ・ダーヴィドソン:新人警察官。27歳。

*ヘンリク、セレリウス兄弟:三人で組んで泥棒を働いている若者たち。

*ラグナル:ティルダの祖父。電化された灯台の夜警。実は泥棒だった。ブリザードで凍死。

*イェルロフ:ラグナルの弟。1915年生まれ。マルネスの高齢者住宅に住む「探偵」。

2017.2.21読了)



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by nishinayuu | 2017-04-26 22:12 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『アーサー王最後の戦い』(ローズマリ・サトクリフ、訳=山本史郎、原書房)

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『The Road to Camlann』(Rosemary Sutcliff)
本書は児童向け歴史小説で知られるサトクリフによる大人向けの歴史小説「サトクリフ三部作」の三巻目である。第一巻『アーサー王と円卓の騎士』と第二巻『アーサー王と聖杯の物語』も同じ原書房から出版されている。

ところでこの本を読んだのは、『忘れられた巨人』の主要キャラクターの一人であるガウェインについて知るためだった。さてそのガウェインは――アーサーの姉モルゴースとオークニー国のロト王の長男で、邪悪な母親の許を去ってアーサーの麾下に入り、円卓の騎士の一人として終生アーサー王に仕えた人物である。アーサー王が最も愛した二人の騎士のうちの一人でもある。本書では「炎のような髪と炎のような気象を持った型破りな男、アーサー王の腹心」と紹介されている。アーサー王に愛されたもう一人の騎士ランスロットとは親友だったが、ある不幸な出来事のせいで対立して一対一の真剣勝負をするはめになる。二度にわたったこの勝負でガウェインは頭部の古傷にさらに深手を受けたが、アーサー王に敵対するモルドレッドとの戦いを前に、ランスロットにアーサー王への救援を請う手紙を書いて、アーサー王に看取られながらこの世を去る。
死後もアーサー王の夢枕に立って、ランスロットが駆けつけるまでモルドレッドとは戦わないように、と作戦を進言したりする。『忘れられた巨人』でアーサー王の龍クエリグを守っていたガウェインとはこういう人物だったのだ。
特筆すべき人物と事物を以下にまとめておく。
*アーサー王:ブリテン島ログレス国の王。理想のキリスト教君主とされる。
*グウィネヴィア:アーサー王の妃。輿入れの際に大きな円卓を持参した。
*ランスロット:アーサーの信頼が篤く「キリスト教を奉じる世で最高の騎士」として描かれる。湖のランスロットと呼ばれる。
*オークニー国の兄弟:ガウェイン(長男)、アグラヴェイン(次男、モルドレッドの右腕)、ガヘリス(三男)、ガレス(四男)。
*モルドレッド:オークニー国兄弟の末弟。父親はアーサー王、母親はアーサーの異母姉であるモルゴース。母親から受け継いだ邪悪な心と「ダマスク織の絹のような滑らかな声」の持ち主。円卓の騎士でありながら王を憎んでおり、王位を簒奪しようとする。
*ベディヴィエール:円卓の騎士の中でアーサーの最後の戦いであるカムランの戦の唯一の生存者。王の頼みによってエクスカリバーを湖に返す。
*エクトル:またの名を沼のエクトルという。ランスロットの異母弟。
*トリスタン:容姿端麗な竪琴の名手。コーンウォールの王妃イズー/イゾルデとの恋物語で知られる。
*聖杯の冒険の仲間:ランスロット、ボールス(ランスロットの従兄弟)、ガラハッド(ランスロットの息子、聖杯の神秘に触れたため死亡)、パーシヴァル(ガラハッドの死後1年で死亡)。
*エクスカリバー:アーサーが湖の妖精から授けられた聖剣。
*キャメロット:アーサー王の都。円卓はここにある。
*アヴァロン島:「リンゴの木の茂るアヴァロン」と呼ばれる。アーサー王の終焉の地。

(2017.2.12読了)
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by nishinayuu | 2017-04-18 09:59 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『チェンジ・ザ・ネーム』(アンナ・カヴァン、訳=細美遥子、文遊社)


『Change the Name』(Anna Kavan, 1941)
物語の始まりは1912年のイングランド中部。主人公は女学校卒業を控えた17歳の少女。
c0077412_1004587.jpg本書の主人公は、多くの女性たちが家に縛られて生きるしかなかった時代に、そういう生き方を拒否して特異な生き方を選んだ女性である。あるいは、彼女は特異な生き方を「選んだ」わけではなく、そんな生き方しかできなかった、といったほうが正確かも知れない。というのも彼女は親の愛を実感できないまま大人になっていき、自分が親になっても子どもを愛すことができなかった女性なのだ。「母性神話」を突き破る人物設定のこの主人公は、周囲の思惑は意に介さずにひたすら自分の道を突き進む。

[主な登場人物]
*シーリア――主人公。輝く金髪と冷ややかな魅力で男たちを惹きつける。
*フレデリック・ヘンゼル――シーリアの父。彼女のオックスフォード進学を許さない。
*マリオン・ヘンゼル――シーリアの病弱な母。長男の夭逝から立ち直れないでいる。
*クレア――シーリアが家を出るために利用した青年。技師として出向いた東洋で死亡。
*少女クレア――シーリアとクレア青年の間に生まれた娘。
*アンソニー・ボナム――イギリスへ戻る船でシーリアが恋に落ちた青年。間もなく戦死。
*イザベル・ボナム――アンソニーの死後、シーリア母娘を同居させ、愛情を注ぐ。
*フランシス・テンプル――ボナム家の古い知り合い。バツイチの中年。シーリアに求婚。
*ジョン・サザーランド――出版社の社主。名声と富と風貌でシーリアの心を捉える。
*ヒュー・バーリントン――医師。シーリアに惹かれていたが、打算からクレアに求婚。

作者のアンナ・カヴァン(1901~1968)は裕福なイギリス人の両親のもとに生まれたが、幼い頃から不安定な精神状態にあって、結婚生活が破綻した頃からヘロインを常用していたという。文遊社から『鷲の巣』『あなたは誰?』『愛の渇き』などが出版されている。『鷲の巣』の紹介文には「旅の果てにたどり着いた〈管理者〉の邸宅。不意に空に現れる白い瀑布、非現実世界のサンクチュアリ――強烈なヴィジョンが読む者を圧倒する、傑作長編、本邦初訳」とある。(2017.2.3読了)
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by nishinayuu | 2017-04-10 10:02 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『ミラード』(ラフィク・シャミ、訳=池上弘子、西村書店)

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『Milad』(Rafik Schami, 1997)




物語はダマスカスの大学生が行き倒れの老人ミラードから聞いた「ミラードの身の上話」という形になっている。夏になると山の中にあるマルーラ村に現れては子どもたちの人気をさらっていたミラード。男たちは笑いものにし、女たちは彼が腹を立てることを妙に怖れていたミラード。そのミラードの嘘か誠か、夢か現か見紛う奇想天外な物語が、「千夜一夜」ならぬ八夜にわたって語られていく。八夜のタイトルは以下のようになっている。
第一夜「ミラードはなぜ見知らぬ土地に行ったのか」/第二夜「ミラードは信心深い男の家で経験を積んだ」/第三夜「ミラードは心ならずもロシア革命に巻き込まれた」/第四夜「なぜミラードは自分の評判を聞き流したのか」/第五夜「ミラードは墓荒らしの男と気心が通じ合うことに気づいた」/第六夜「ミラードは売春宿でモラルを学んだ」/第七夜「村の長老は馬糞を食べるはめになった」/第八夜「ミラードは試練に耐えて宝物を手にした」
飢えと暴力にさいなまれながらも決してへこたれることのないミラードは、まるで絢爛豪華な生涯であるかのように誇らしげに身の上話を展開していく。

作者が『蠅の乳しぼり』『空とぶ木』のラフィク・シャミであり、出版社が西村書店であればこの作品も青少年向けの内容だろう、と勝手に思い込んでいた。それがとんでもない間違いだということに途中で気がついたが、それはそれとして一風変わった面白い作品だった。読後に、西村書店について調べたところ、児童書だけでなく医学専門書や一般書なども扱う出版社だった。ラフィク・シャミ(1946~ )もまた、大人向けの作品もいろいろ出していて、代表作は『愛の裏側は闇』(2004、東京創元社)だという。「ダマスカスを舞台に、それぞれカトリックとギリシア正教の二つの家の100年にわたる確執を描いた作品」ということで、機会があったら(近くの図書館にあったら、と同義語)読んでみたい。
因みにラフィク・シャミは筆名で、ラフィクは「仲間/友人」、シャミは「ダマスカス人」の意だという。ダマスカスのキリスト教地区に生まれた彼は、家ではアラム語、学校ではアラビア語という環境で育ち、1971年にドイツに亡命したあとドイツ語で作家活動をしている。(2017.1.31読了)
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by nishinayuu | 2017-04-06 10:22 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)