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『ロスチャイルドのバイオリン』(アントン・チェーホフ、訳=児島宏子、未知谷)


c0077412_12135624.jpgСкрипка Ротшильла(Антон Чехов)

絵=イリーナ・ザトゥロフスカヤ(Ирина Затуловская

物語の舞台はロシアの小さな町。主人公の一人はロシア人のヤーコフ、通称ブロンザ(青銅)。妻のマルファと一部屋きりの小さな家で暮らすヤーコフの本職は棺桶作りだが、ときたまバイオリン弾きとして副収入を得ている。ロシアの歌の演奏に長けていて、オーケストラの席におさまるとたちまち顔が紅潮し、演奏に熱中する。もう一人の主人公はユダヤ人のロスチャイルド。ヤーコフが呼ばれていくユダヤ人オーケストラでフルートを吹いている。もちろん、著名な富豪とはなんの関係もない。このフルート奏者はとても楽しい曲でさえ、なんとも哀れっぽく吹く。

別にこれといったわけもないのに、ヤーコフはだんだんユダヤ人、とりわけロスチャイルドに対して憎しみとさげすみの情を抱くようになり、言いがかりをつけ、悪口を浴びせたかと思うと、殴りかかろうとさえした。それでヤーコフはどうしても人が足りないというとき以外はオーケストラに呼ばれなくなる。

そんなある日、長年連れ添ったマルファが病にかかり、はるか昔の思い出をヤーコフに語りながら逝く。幼くして亡くなった明るい髪の子ども、三人で歌を歌った川の畔の柳の木陰……。けれどもヤーコフはなにも覚えていない。

やがてヤーコフ自身も病にかかって、川の畔にやって来たとき、憎しみや悪意でいっぱいだった自分の人生が大きな損失だったことを悟る。いよいよ最期のとき、ヤーコフは司祭に言う。「このバイオリンをロスチャイルドにあげてください」。

本書は児童書の体裁の絵本になっている。絵の作者は1954年モスクワ生まれ。父は宇宙ロケット設計者で母は画家という家庭で育ち、5歳の頃から絵と詩をかいたという。フレスコ、絵画、陶器、書籍デザイン、詩作、詩集など、広範囲に活躍しており、作品は世界12カ国の美術館に収蔵されているという。(本書見返しより)

「ロスチャイルドはヤーコフから一サージェン離れたところで立ち止まった。」という文があり、2.134㍍という注がついている。さらに調べてみた結果は以下の通り。

サージェンは中世ロシアの単位で、ウクライナ、エストニア、ラトビアなどでも用いられた。古くは長さが一定しなかったが、18世紀以後は1サージェン=3アルシン=2.134㍍に固定され、メートル法施行によって廃止された。

2017.7.8読了)


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by nishinayuu | 2017-09-17 12:14 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『夏の嘘』(ベルンハルト・シュリンク、訳=松永美穂、新潮クレストブックス)


c0077412_10061260.jpgSommerlügen』 (BernhardSchlink2010

『朗読者』『帰郷者』『逃げてゆく愛』『週末』と読んできて、5冊目のシュリンク。本作は『逃げてゆく愛』に次ぐ短編集で、以下の7つの作品が収められている。




*シーズンオフ――ニューヨークの貧しい街区で暮らすフルート奏者のリチャードと、オーケストラが買えるほどの財力を持つスーザンが、シーズンオフの岬で出会って……

*バーデンバーデンの夜――シナリオライターの彼は、テレーズが行きたがったのでいっしょにバーデンバーデンに行った。恋人のアンに問い詰められた彼は適当に取り繕ったが、それはアンにとっては許しがたい「嘘」だった。

*森の中の家――彼とケイトが知り合って以来、ケイトの作家としてのキャリアはあがる一方で、彼の方は下がる一方だった。娘のリタが生まれてもケイトは作家として生きることを最優先にする。これに対して、家族の生活を守るために彼がとった行動は……。

*真夜中の他人――ニューヨークからフランクフルトに行く便で隣席に座った男。年のほどは50歳くらい。背が高くて細身で、知的な顔をし、黒髪にはかなり白髪が混じっている。身体になじんだ、柔らかく皺の寄ったスーツを身につけ、ヴェルナー・メンツェルと名のったこの男に、ぼくはこのあと翻弄されることになる。

*最後の夏――客員教授として毎年ニューヨークの大学に招かれた25年を懐かしみながら、今彼は妻と湖畔の家に滞在している。二人の息子と家族も呼び寄せたし、友人たちも立ち寄ることになっている。死ぬ前に人々と味わう幸福をうまく準備できた、と彼は思った。

*リューゲン島のヨハン・セバスティアン・バッハ――信頼関係が築けないまま父を見送ることになるのを避けたいと考えた息子。父と自分が二人とも好きな「海」と「バッハ」を楽しむために、9月にリューゲン島で行われるバッハ・フェスティバルに父を誘う。

*南への旅――子どもたちや孫たちに誕生日を祝ってもらいながらも孤独を感じてしまう彼女は、思い立って学生時代を過ごした町に旅をする。同行した孫娘のエミリアが勝手にアレンジしたアーダルベルトとの再会によって、彼女は気づかされる。彼女はアーダルベルトに捨てられたのではなく、自分が彼を捨てて別の人生を選んだのだということを。

始めのほうに登場する男性たちはそろいもそろって優柔不断で、女性たちは繊細さに欠ける。読み続ける気力が萎えそうになるが、「真夜中の他人」あたりから面白くなり、「最後の夏」は目が離せない展開となる。そして最後の2編はしみじみとした味わいのある作品となっており、さすがシュリンク、と納得して読み終えることができる。(2017.6.9読了)


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by nishinayuu | 2017-09-13 10:07 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『赤毛のアン』(モンゴメリ、訳=村岡花子、新潮社)

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Anne of Green Gables』(Lucy Maud Montgomery,1908

『赤毛のアン』シリーズの第1巻目「グリーンゲイブルズのアン」である本書を改めて読み直してみたのは、ある人から次のような疑問をぶつけられたからだった。

5章でアンが自分の身の上を語りながら「トマスの小母さんはあたしを牛乳で育ててくれましたの。あのねえ、あたしにはわからないんですけれど牛乳で育った子はおかあさんのお乳で育つのよりよくなるわけなんでしょうか?あたしがいたずらをするたんびに、小母さんは牛乳で育てたのにどうしてそんな悪さをするのかって叱りましたよ」と言っているが、当時は母乳でなく牛乳で育てることが奨励されていたのだろうか。

そこで、グーテンベルク・プロジェクトで原文に当たってみたところ、この部分は次のようになっている。

Shebrought me by hand. Do you know if there is anything in being brought up byhand that ought to make people who are brought up that way better than otherpeople? Because whenever I was naughty Mrs. Thomas would ask me how I could besuch a bad girl when she had brought me up by hand---reproachful-like.

[bringup by hand]を辞書で調べてみると「母乳でなく人工乳で」と「手ずから、手塩にかけて」という二つの意味が出ている。村岡花子さんは前者の意味にとって訳したため、人工乳育児と母乳育児を比較するような、かなり大胆な意訳になったのではないだろうか。ここは後者の意味にとって、[other people]も「それほど大切に育てられていない子たち」くらいにしておいたほうがいいように思われる。当時のカナダで人工乳育児と母乳育児の善し悪しが問題になっていたのだとしたら話は別であるが。

上記の部分を除けば、本書の文は驚くほど滑らかで読みやすい。古くさい表現(ほしがっていなさる、連れて行ってくだすった、あなたがきあわせなすって)があったり、今では普通に使われるゼラニウムが「あおい」となっていたり、とちょっと気になる点がないわけではないが、インターネットもない時代にこれだけの翻訳をやってのけた訳者の力量にあらためて感銘を受けた。

シリーズの中ではやはりこの最初の巻が断然面白い。アンがどんどん変化し、成長していくのにつれて、アンに振り回されるマリラもどんどん変化し、成長(?)していくところがいいし、そのふたりの変化を満足げに見守っているマシュウはほとんど変化しないところもいい。(2017.6.2読了)


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by nishinayuu | 2017-09-05 09:34 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『妻は二度死ぬ』(ジョルジュ・シムノン、訳=中井多津夫、晶文社)


Les Innocents』(Georges Simenon, 1972

c0077412_09441187.jpg主人公のジョルジュ・セルランはパリ有数の宝石デザイナー。サントノレ通りの有名宝石店で10年近く働いていたが、その店の店員だったブラシェに誘われてセヴィニェ通りにある宝石店の共同経営者となった。資本を提供したブラシェの方が主役だったことは言うまでもないが、ブラシェは宝石店を回って注文をとることが仕事で、セヴィニェ通りのアトリはもっぱらセルランの領分だった。こうして二人の関係は17年も続いていた。

「人は幸せな時それと気づくものなのだろうか。しかし、セルランなら、躊躇することなく、自分が日々幸せであり、その幸せがおびやかされるようなことは絶対におこりえない、はっきりとそう言ってのけたかもしれない。経営者に何ひとつ気がねをしないで、好きな仕事をしていられるのである。妻のアネットや二人の子どもたちも何ひとつ余計な心配をかけるわけでもなかった。」

ところがある日、妻のアネットが、ワシントン通りでトラックにはねられて死んでしまう。ケースワーカーとして働く彼女の受け持ち区域でもなく、彼らの住まいのあるボーマルシェ通りからも離れたワシントン通りに、アネットはその日なぜ出かけたのだろうか。事故現場を訪ねたセルランは、やがて思いもかけない妻の秘密に行き当たる。

本作には、妻との出会いと20年にわたる結婚生活のあれこれ、子どもたちとのやりとり、アトリエで働く仲間との交流などがこまごまと描かれており、ホームドラマのような趣がある。ミステリーの大御所である作者はこの作品を発表したあと絶筆を宣言し、その後は雑記のようなものしか書いていないという。因みに、訳者あとがきに次のような文があり、なるほど、と思ったので書き留めておく。

「子どもたちに対するセルランの理解と思いやりは、シムノンをほうふつとさせる。また、本書の子どもたちに母親の影が全く認められないのもシムノンらしい。シムノンは子どもたちの母親とかなり以前に離別しており、「母親」を排除したいという願望があったことは否めない事実だからだ。」

2017.5.31読了)


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by nishinayuu | 2017-09-01 09:45 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『パリで待ち合わせ』(デボラ・マッキンリー、国弘喜美代、早川書房)


c0077412_09300359.pngThat Part Was True』(Deborah McKinlay

本書の主人公は、アメリカに住む50回目の誕生日を目前に控えたジャックと、イギリスの片田舎で暮らす46歳のイヴ。ジャック(ジャック・クーパー)はアメリカに住むベストセラー作家だが、最近はスランプ状態である上、妻との別れ話が進行中。イヴは強権的な母親ヴァージニアに押さえつけられて育ち、その母親のせいで夫には逃げられ、一人娘イジーの母親として生きる楽しみも奪われた。そんな二人が文通を通して次第に親しくなっていく。文通のきっかけは、イヴがジャックに送ったファンレターだった。その文面は――

電子メールの方が手っ取り早いのかも知れませんが、手書きの方が言葉を選ぶのに慎重になりますし、作家の方にお手紙を書いている実感がもてます。お伝えしたかったのは、先生の『戻らなかった手紙』を大変おもしろく拝読したことです。ハリー・ゴードンが桃を食べるシーンを読んで、雨模様のイギリスにひととき夏が訪れました。あの場面は完熟した果物を口にするという、いわば退廃した喜びを思い起こさせてくれました。

それに対するジャックの返信――

読者の方からご意見をいただくのは胸躍るもので、手紙ならなおさらです(めったにいただけないのが悲しいところです)。果汁のくだり、同感です。こちらでも、手に入る果物はたいていプラスチックのような代物です。熟していないほうが、あなた方イギリス人の言うジャムを作るにはよいのだと何かで読みました。ぼくはジャムを作ったことはありませんが、あなたのお手紙を読んで、手間を惜しまず挑戦してみようかなと考えています。

これをきっかけに二人は手紙のやりとり、主として料理のレシピを教え合うことを通してどんどん親しくなって行き、ついには「パリで待ち合わせ」という話が出るほどの中になるのである。したがって本書の読みどころのひとつはイギリスとアメリカの料理のレシピであるが、それと同じくらい、あるいはそれ以上に大きな比重を占めるのが、もう若くはない男女が思うようにならない日々を切り抜けて自分なりの幸せを見つけていく過程である。(2017.5.26読了)


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by nishinayuu | 2017-08-24 09:30 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『死の翌朝』(ニコラス・ブレイク、訳=熊木信太郎、論創社)

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The Morning After Death』(Nicholas Blake1966

舞台はハーバード大学がモデルと思われるガボット大学。登場するのはガボット大学の教授をはじめとする大学関係者たち。



主要人物は以下の通り(登場順)。

*ナイジェル・ストレンジウェイズ……イギリス人の私立探偵。客員研究者としてガボット大学ホーソン・ハウスの寄宿舎に滞在中。

*チャールズ・ライリー……アイルランド人の詩人。客員詩人として滞在中。

*チェスター・アールバーグ……ガボット大ビジネススクール教師。

*スーキー・テート……エミリー・ディキンスンをテーマに博士論文を執筆中の大学院生。

*マーク・アールバーグ……ガボット大文学部教師。チェスターの弟。

*エゼキエル(ジーク)・エドワーズ……ホーソン・ハウスの寮長。オクスフォード大時代のナイジェルの同級生。

*メイ・エドワーズ……ジークの妻。

*ジョシア(ジョシュ)・アールバーグ……ガボット大文学部教授で専門は古典文学。チェスターとマークの異母兄。ホーソン・ハウスは3兄弟の父親が建てて大学に寄贈したもの。

*ジョン・テート……スーキーの弟。ガボット大学の学生。ジョシアとの間で論文をめぐる諍いがあり、停学中。

物語は上記の5番目までの人物がエミリー・ディキンスンの故郷アマーストにドライブする場面から始まり、車の中での会話からそれぞれの人物の立場や人間関係が大体わかるようになっている。それに続くのはディキンスンの家の前にみんなを並べてナイジェルが記念写真を撮る場面。ここでは各人の顔立ちや身なりなどが詳しく描かれていて、人柄が類推できる。このあとに「『歴史的な写真だな』とナイジェルは独りごちたが、何気ないその言葉がいかなる意味を持つことになるか、幸いにもまだ気づいていなかった」という意味深な文が続く。この日一緒にドライブした男女は、このあとホーソン・ハウスの殺人事件の当事者、もしくは重要参考人になっていくのだ。

作者のニコラス・ブレイクは、本名セシル・デイ=ルイス――かの有名な桂冠詩人その人であり、『丘の上の樫の木』などで知られる小説家でもある。(2017.5.13読了)


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by nishinayuu | 2017-08-16 09:17 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『バーチウッド』(ジョン・バンヴィル、訳=佐藤亜紀・岡崎淳子、早川書房)


Birchwood 』(John Banville1973

舞台はアイルランド。語り手は長い不在のあとでかつて住んでいた屋敷バーチウッドに戻ってきたガブリエル・ゴドキン。

c0077412_09305283.png「ひとはあるがままを覚えていると思い込んでいるが、実のところ未来まで持ち越せるのは、ありもしない過去を造り上げる断片でしかない。(中略)輝く夏の朝、屋敷の部屋には素早く静かな警戒感が漲り、玩具やティーカップは前夜のままなのにまるで別物のようになった。夕方、おびえた鷭が池の水面を横切って飛ぶと、風景が二つに割れたように見えた。東風が吹くと煙突が歌った。こうした様々なこと、これらのマドレーヌを私は再びかき集め、記憶と照らし合わせ、埋もれた帝国の地図を作ろうとする考古学者のように継ぎ合わせたが、それでも物自体は私から逃れ、屋根裏や地下室――私が好んで佇む忘れられた片隅に足を踏み入れない限り、過去が芽吹くことはなかった。暮れ方、裏階段の緑のガラスが嵌まったドアの脇、椰子の鉢植えの横で私が足を止めると、年月は消え去った。」

このような語り口でバーチウッドにまつわる物語が展開していく。屋敷と農地をめぐって対立する父方のゴドキン一族と母方のローレス一族、突然屋敷に現れたマーサ叔母とその子マイケル、東屋で爆死する祖母、狂っていく母――そしてある日、ガブリエルは「行方不明の双子の妹」を探すために、サーカスの一行に加わって旅に出る。サーカスの華やかな興業、自由奔放な人間関係に魅了された旅も一年で終わる。ジャガイモの不作による飢饉で国中が混乱に陥ったのだ。

「行方不明の双子の妹」のことをはじめとする家族の謎に、アイルランドの歴史が歪んだ時間軸で絡まってきて、つかみ所がないまま最終章になだれ込んでいく。そしてその最終章で家族の秘密は、一気に、あっけなく解き明かされる。

20088月に『海に帰る日』を読んで以来、作者のジョン・バンヴィルの名が頭を離れなかった。201412月に『いにしえの光』を読んだら、ジョン・バンヴィルの名がいよいよ頭にこびりついてしまった。どちらも独特の雰囲気と余韻のある作品ではあるけれども、特に好きな作品というわけではなかった。作品そのものよりも、タイトルと作者名がとにかく印象的だった。しかし、この『バーチウッド』が、28歳という若いときの作品で凝りすぎているせいか、あるいは訳文の文体と文字遣いのせいかわからないが、とにかく読みにくい作品だったおかげで、ジョン・バンヴィルという名の魔力から少し自由になった気がする。(2017.5.10読了)


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by nishinayuu | 2017-08-12 09:32 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『あるロマ家族の遍歴』(ミショ・ニコリッチ、訳=金子マーティン、現代書館)


c0077412_10075620.jpgund dann zogen wir weiter 』(MišoNikolić

本書の元となっている原書は『そしてわれわれは旅をつづけた~あるロマ家族の遍歴~』(1997)と『放浪者~あるロムの歩んだ道~』(2000)の2冊で、いずれもオーストリア・ドイツ語で書かれたもの。著者は1941年に生まれ、ベオグラード市北端にあるロマ居住区で青年時代を過ごし、のちに難民としてウィーンに定住した。1990年代に妻、二人の息子とバンドを結成し、リードギター奏者として活躍した。

本書には著者の生家の家族のこと、独立して妻と一緒に築いた家族のことを中心に、ロマ社会の様々な様相と、ロマが一般社会の一員として生きていくことの難しさが詳細に綴られている。衝撃的なのは、著者の親しい人々の多くがスリや窃盗、物乞いで生計を立てたり、占いや移動遊園地の経営を生業としていたりすることだ。しかし、それは彼らが教育を受ける機会に恵まれていなかったせい、あるいはまともな仕事に就く機会に恵まれていないせいであって、一人一人の努力ではどうにもならない面があるのだということが本書を読んでいるうちにわかってくる。そんなロマの人々の中にあって、著者は子どものころからなにをやらせてもすぐにトップクラスになるような恵まれた資質の持ち主だったようだ。素晴らしいのは、傑出した能力の持ち主である著者が自分や家族の幸せだけでなく、ロマ社会全体の幸せを強く願っていることで、そんな著者の心がひしひしと感じられてくる作品である。締めくくりの部分で著者は次のように言っている。

「非ロマの人々はロマはいつも結束が固い、と信じ込んでいるようだが、ロマは自分たちが危機的状態にあるときには結束するが、そうでないときはてんでんばらばらだ。ロマの社会でも裕福な者は貧しい者を見下すし、貧乏人は金持ちを羨んで背後で悪口を言う。善人は阿呆扱いされ、生意気で口達者な者が尊敬されるという現実がロマ社会にもある。けれども、貧乏人だろうが金持ちだろうが、強かろうが弱虫だろうが、賢かろうが無知だろうが、人間は誰もが尊敬されなければならない。」

本書にはもう一人、ロマへの理解を深めるために尽力した人物が出てくる。ロマ研究者であるオーストリアのモーゼス・ハイシンク(Mozes Heinschink)である。ハイシンクはユーゴスラビアやトルコからウィーンへ移住したロマと1958年から接してロマニ語を学び、ロマ4800人ほどの証言や童話・歌などを集めている。また、著者とは特に親しい関係にあり、著者の子どもたち5人全員の代父を務めている。

訳注や解説がどっさりついているが、今後のために押さえておきたいことばだけ厳選して記しておくことにする。

ロマ(Roma)インド発祥の少数民族の総称/ロム(Rom)ロマの男性単数形/ロムニ(Romni)ロマの女性単数形/カルデラシュ(Kalderaš)ロマの諸グループの一つ。伝統的生業は馬喰/スィンティ(Sinti)ロマの諸グループの一つ。伝統的生業は楽士/ガジェ(Gaže)非ロマ

2017.4.29読了)


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by nishinayuu | 2017-08-04 10:08 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『ハロルド・フライの思いもよらない巡礼の旅』(レイチェル・ジョイス、訳=亀井よし子、講談社)


c0077412_10065535.pngThe Unlikely Pilgrimage of Harold Fry』(RachelJoyce

主人公のハロルドは定年退職して半年の65歳の男。学もなく引っ込み思案の性格だが、青年期に一瞬輝いたときに美人の妻モーリーンを得た。そして生まれた男の子デイヴィッドは大変な秀才で、青年期になるとハロルドの手の届かないところに行ってしまう。いい父子関係が築けないハロルドに失望した妻もハロルドを疎んじるようになって、ハロルドは家族の中で孤立していた。

そんなある日、ハロルドの元に元同僚の女性クウィーニーから「癌で余命いくばくもない」という手紙が舞い込む。クウィーニーは、職場でも上司や同僚と親しい関係が築けなかったハロルドが、唯一心を開いてつきあうことができた相手だったのだが、20年前のある日、突然職場を去った。ハロルドをかばった結果の辞職だったのに、彼女が急に姿を消したため、ハロルドは彼女にお礼を言うことも、別れの挨拶をすることもできなかった。自分から彼女の消息を尋ねるべきだった、と悔やみながら、ハロルドはすぐに返信を認める。恩義のある彼女に20年ぶりに出す手紙としては文面がありきたりすぎるような気がしたが、とにかく彼女宛の手紙を投函するためにハロルドは家を出る。近くのポストで投函しようとしてためらい、次のポストでまたためらってその次のポストへ、という具合になかなか投函できないでいるうちに、ハロルドはいつの間にかクウィーニーに向かって歩き始めていた。会いに行くから、それまでちゃんと生きていて、とクウィーニーに呼びかけながら。

旅をするつもりはなかったのに成り行きで旅を始めてしまったハロルド。最初は手持ちのカードで気楽に散財していたが、やがてカードを妻の元に送り返す。身の回りから余分なものをそぎ落としたハロルドは、旅の途上で様々な人と出会い、様々な経験を重ねながら、本物の巡礼者へと変身していく。一方妻のモーリーンも、夫の突然の出奔をきっかけに来し方を振り返る。そして父子関係、夫婦関係がしっくりしなくなったのはハロルドのせいばかりではないことに気づいていく。

20年前にいったい何があったのか、ハロルドは息子のデイヴィッドと和解できるのか、クウィーニーはハロルドを待っていてくれるのか、などなどの謎を秘めたまま、イングランドの西南の果てキングズブリッジから北の果てのベリック・アポン・ツィードへのハロルドの旅の物語は、イングランドの美しい風景の中を行くロードムービーのように進行していく。

「訳者あとがき」によると、著者はBBCテレビやラジオに作品を提供してきた脚本家で、本作は小説としての第1作。世界36カ国で出版が決まっており、映画化権も売れているという。まさしく映画向きの作品である。2017.4.23読了)


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by nishinayuu | 2017-07-27 10:08 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『この素晴らしき世界』(ペトル・ヤルホフスキー、訳=千野栄一、集英社)


Musíme si pomáhat』(Petr.Jarchovský

c0077412_10235215.jpg原題の意味は「我々はお互いに助け合わなければならない」。翻訳は千野栄一が未完成のまま他界した後、パートナーである保川亜矢子(3章以降)と娘である千野花江(2章)によって完成された。(したがって訳者名は3人の名を併記すべきだが、ブログの制約のため上のような表記になったことを訳者と出版社にお詫びする。)

さて、本書は2012427日に読了し、618日にブログにup(こちら→)している。20年近くチェコスロバキアの(分割後はチェコの)ボヘミア地方の人とエスペラントで文通していたこともあって、当時もチェコにはある程度親近感を持っていたが、本書は一般の翻訳書の一つという印象でしかなかった。再読した今回はミュシャの大作「スラブ叙事詩」を見たばかりのせいか、登場人物たちにより親しみを感じた。登場人物たちが「スラブ叙事詩」に描かれた人々と重なり、そのたくましさの所以が理解できたように思う。たとえば前は「やり過ぎでは」と感じてあまり感動できなかった次のシーンも、今回はなかなかいい、と思えたのだった。

小さな生物の上に六つの成長した男の顔が六人の「父親」のようにかがみこんだ。右から左に、肩に自動小銃をかけたロシア兵、急に厳かな穏やかな顔になったダヴィド・ヴィーネル、やむをえず英雄になった疲れたヨゼフ・チージェク、疲れ切った偽医者のプロハスカ、失神するところだったスロヴァキア人のパルチザン、困惑した追求者の大尉が立っていた。この男たちの世にこの子は生まれたのだ。子どもの産声に、みんなの顔には感動した、少し間の抜けた軟らかな微笑みが浮かんだ。ロシア兵はチージェクを祝福するために手を差し出した。「マールチク(男の子)だ……」ロシア兵が言うと、そのことばはその瞬間、なにかとても神聖な感じに響いた。(ところどころ語句を省略したり変えたりしてあります。)

この作品は刊行と同年の2000年に映画化されており、本も映画も大好評だったという。ただ、映画のキャスト情報はネット上にはほとんどなく、出演映画としてあげられているのは本作だけという俳優ばかりだった。そのなかで唯一プロハスカを演じたヤロスラフ・ドゥシェクだけは本作以外の映画名もあげられている。プロハスカはナチスのシンパで、マリエへの下心から親切ごかしに夫婦に近づき、なにか怪しいと疑って夫婦の身辺を探り、それなのにとっさの機転でナチスの罠から夫婦を救ったりし、戦局が変わると当然ながらパルチザンに捕らえられ、あわやという時に今度はチージェクのとっさの機転で「医者」にされ、追求者たちの見守る中で「医者」を演じきる。このように物語の魅力に貢献している重要人物であればこそ、プロハスカ役にはそれ相応の演技力と格のある俳優が当てられたということだろう。(2017.4.14読了)


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by nishinayuu | 2017-07-23 10:25 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)