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『A Year Down Yonder』(Richard Peck著、Puffin)

c0077412_9265354.jpg『A Long Way From Chicago』から8年経った1937年の9月から約1年間の物語。15歳になったメアリ・アリスが、シカゴからたった一人で列車に乗って、田舎のおばあちゃんのところにやってくる。大恐慌のあとの長引く不景気のせいで父が失業したため、一家は家も失った。新しく移った家は二人しか住めない小さな家だったので、17歳の兄のジョーイは資源保護団体で植林の仕事をするために西部へ行き、15歳のメアリ・アリスはおばあちゃんのもとに預けられたのだ。
メアリ・アリスが久しぶりに会ったおばあちゃんは、相変わらず大きくて、無愛想で、突拍子もない人だった。よそ者のメアリ・アリスをカツアゲしようとした同級生のバーディックを懲らしめるために、彼女が通学に使っていた馬の手綱を解いて逃がし、物理的に当分学校に来られないようにしたり、ペカン・パイを作るために、夜陰に乗じて他所の家のペカンの木にその家のトラクターをぶつけて、どっさり実を落として拾い集めたりする。けれども一方で、11月11日の休戦記念日の野外パーティーが寂れたアバーナスィー農場で催されたときは、余裕のありそうな人たちに強制的にお金を出させて、貧しい農場の女主人がかなりのお金を手にできるようにしてやったりもするのだ。また、ずっとあとの話だが、町が大竜巻に巻き込まれたあとで、おばあちゃんはまずペカンの木の家にかけつけて、その家のひとり暮らしの老人を瓦礫の下から救い出すと、その足で仇敵の女性の安否を確認しに行く。
さて、そんなおばあちゃんは12月になると寒い夜の森に出かけては罠をしかけて狐を捕らえ、毛皮を売ってお金を貯める。そして、メアリ・アリスがクリスマスにみんなの憧れのマリア様の役をすることになっても、別に関心がなさそうに見えたおばあちゃんだったが、公演の日に背の高い青年といっしょに会場にやってくる。それはおばあちゃんが、メアリ・アリスといっしょにクリスマス休暇を過ごさせるために招いたジョーイだった。
気取った名士夫人が、実は町の鼻つまみ一族・バーディックの血を引いていたことが明らかになったことにも、郵便局員の女性が町中の笑いものになったことにも、メアリ・アリスの先生がおばあちゃんの家の下宿人と結婚することになったことにも、おばあちゃんは一枚も二枚も噛んでいた。次は何をしでかすのか、目が離せないおばあちゃんなのである。(2011.10.29読了)
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by nishinayuu | 2012-01-09 09:27 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『Magic Hour』(Kristin Hannah著、 Ballantine Books)


c0077412_1137109.jpg米国西海岸最北部のワシントン州に位置するオリンピック・ナショナル・フォレストは、美しい自然と深い闇を抱えた広大な森である。その森の中からある日、がりがりに痩せた5、6歳の女の子が現れる。町の警察に保護、というより捕獲されたその少女は言葉も通じず、身元についての手がかりもなかった。少女の身柄を預かることになった町の警察署長のエリーン・バートンは、精神科医の妹ジュリア・ケイツに協力を求める。子どもを対象とする精神科医のジュリアは、担当していた患者が殺人事件を起こしたことから犠牲者の親たちやマスコミに糾弾され、それまでの名声も失って精神的にどん底の状態だった。そんなときに姉から声をかけられたジュリアは、マスコミから身を隠すつもりで故郷の町に戻ってくる。子どもの頃から美人で人気者だった姉に対して、妹のジュリアは目立たない陰のような存在だった。姉はそのまま地元で警官になり、妹は外の世界に飛び出して才能を開花させた。ジュリアは町とは縁を切ったつもりだったのだ。しかし今、挫折を味わい、世間の目を怖れていたジュリアにとって、自分を信頼して呼んでくれた姉は心を許せる味方だった。こうして二人は森から現れた少女の身元を明らかにするために、そしてなによりもこの少女をこの世界の一員にするために、緊張と不安の日々を送ることになる。
ジュリアはやがてこの少女をアリスと呼ぶようになる。ジュリアが『不思議の国のアリス』を毎日少しずつ読み聞かせているうちに、少女がこの本を気に入って、前に読んだページを開いて催促するようになったからだ。最初はベッドの下に隠れていたアリスがジュリアの目を見るようになり、ジュリアの真似をしてトイレを使うようになり、ジュリアに少しずつ近づくようになり、やがてジュリアの手に触れるようになり、本を読むことをせがむようになる。そしてある日、ジュリアのことばをかなり理解できるようになっても強いトラウマのせいで声が出せなかったアリスが、ついにことばを発するときが来る。アリスが初めてジュリアに言ったことばは「ここにいて」と「んねがい(おねがい)」だった。ジュリアが精神科医としての力量を世間に再認識させるための必須条件は、アリスを話せるようにすることだった。しかし、初めてことば発したアリスを感極まって抱きしめたジュリアは、精神科医のジュリアではなかった。毎日片時も離れずにアリスの世話をし、アリスの怖れや悲しみ、喜びや希望をともに感じるようになっていたジュリアは、いつの間にかアリスの母親になっていたのだ。
このまま「めでたしめでたし」となるわけではないが、表紙のイラストからハッピーエンディングであることはじめからわかっているし、極悪人は登場しない(というかちょっと触れられるだけで登場させてもらえていない)ので、主人公たちとともに悲しみ、ともに喜びながら読み終えることができる。もう一つ付け加えれば、物語の舞台となっているこの田舎町がなんともすばらしい町なのだ。エリーンの仲間の警察官たちをはじめ、アリスの主治医であるマックス、町の人びとなど、だれも彼もがアリスとジュリアを温かく包みこんでいる。(2011.9.30読了)
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by nishinayuu | 2011-12-12 11:37 | 読書ノート | Trackback | Comments(2)

『King Henry the Eighth』(Shakespeare著、 Greenwich House)


c0077412_10285018.jpgこの作品はシェイクスピアがロンドンを去って故郷のストラットフォードに帰ったあと、1613年かそれより少し前に書かれたものと考えられている。語彙や文体などからジョン・フレッチャー(シェイクスピアのあとを継いで国王一座の座付き作家となった人物)との合作と考えられており、1590年代に発表された他の9編の史劇と同格には語れない作品であるとみなされている。
この史劇が取り上げているのは、ヘンリー8世が妻のキャサリンを王妃の座から追放しようと画策を始めるところから、キャサリンの侍女だったアン・ブーリンと結婚して女児(後のエリザベス1世)をもうけるまでの期間である。プロローグでこの劇は権力者が転落していく深刻な劇であることが予告されているが、はたしてまずバッキンガム公爵が大逆罪でロンドン塔に送られ、続いて彼を陥れたウルジー枢機卿もまた失脚していき、王妃キャサリンも失意のうちに世を去る。キャサリンを追い出す形で王妃となったアン・ブーリンも、歴史上はこのあとロンドン塔に送られて斬首刑になり、ヘンリー8世は次々に妻を替えていくことになるが、それらのエピソードはいっさい端折られている。そうした後日のエピソードは同じことの繰り返しでしかないからであろうが、この史劇に取り上げられている場面だけでヘンリー8世という人物の傲慢さも、快楽的で冷酷なところも充分伝わってくる。
さて、それではこの劇は陰惨で暗い雰囲気のためあまり歓迎されなかったのではないかと思えてくるが、実がそうではなく、むしろスペクタクル的な演出で観客を惹きつけたらしい。その証拠として、第1幕第4場、ヘンリー8世がアン・ブーリンを見初めるウルジー邸におけるパーティーの場面で派手に火を使ったため、1613年6月29日にグローブ座が火事になって全焼した、という記録が残っているという。
(2011.7.29読了)
☆画像はハンス・ホルバインによるヘンリー8世の肖像。
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by nishinayuu | 2011-10-18 10:26 | 読書ノート | Trackback | Comments(2)

『Trouble Is My Business』(Raymond Chandler 著、Penguin)

c0077412_10585598.jpgタイトルとなっているこのあまりにも有名なことばは、私立探偵のジョン・ダルマスが仕事の仲介者であるアンナ・ホールスィのYou might get into troubleということばに応えて言ったもので、上記の本では2ページ目に登場する。トラブルに巻き込まれるかもしれない、と言うアンナに、「トラブルがおれの商売だぜ」、とカッコヨク応えたわけで、清水俊二訳では「怖じけづいてちゃ商売にならない」、稲葉明雄訳では「事件屋稼業」と、やはりカッコヨク訳されている。
さて、仕事に取りかかってみると、ダルマスは行く先々で死体に遭遇する。最初の死体はジーターに雇われていた調査員アーボウガスト、次は二人組の殺し屋の片割れフリスキー・Lavon(読み方がわかりません-汗)、そしてジーターの息子のジェラルド、という具合。だからダルマスは、上記のような粋がった台詞を吐いたわけではなく、「俺っていつもトラブルに巻き込まれちゃうんだよね」と言ったのではないかと思えてくる。因みにジーターというのは息子が付き合っているハリエット・ハントレスに関する調査をアンナに依頼した人物。登場人物は以上の他に、ハリエットの後見人である有力者マーティ・エステル、ジーターの運転手ジョージ、ハリエットの住むエル・ミラノの管理人(?)ミスター・グレゴリー、そして主要人物ではないが絵になりそうな人物としてvery Englishなジーター家の執事などである。
ところで、この名台詞を吐いた人物はマーロウだと記憶していたのに、ダルマスとなっていて、おや、と思った。ウエブで調べてみたところ、チャンドラーの多くの作品において、発表当時カーマディやダルマスなどの名を持っていた主人公もしくは語り手が、後にマーロウに統一されていったらしい。したがって日本語訳もダルマス(清水俊二訳)とマーロウ(稲葉明雄訳)が混在しているという。(2011.3.18読了)
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by nishinayuu | 2011-06-19 10:59 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『No Greater Love』(Danielle Steel著、Dell)


c0077412_1017041.jpg物語は1912年4月10日に始まる。ウインフィールド一家の8人――父のバートラムと母のケイト、長女のエドウィナ、長男のフィリップ、次男のジョージ、次女のアレックス、三女のファニー、赤ん坊のテディ――は、エドウィナの婚約者・チャールズの両親を訪問した後、ケイトの姉・リズとルパート夫妻の豪壮な邸宅に滞在している。邸宅は極地のように寒く、主のルパートは子ども嫌い(著者はイギリス嫌い?)なので、一家のイギリス滞在の終わりは、主にとっても客にとっても喜ばしいことである。こうして一家はアメリカに向かう船に乗る。船の名はタイタニック。処女航海で氷の海に沈んだあの豪華客船である。
物語の3分の1はタイタニックに乗船していた家族8人とエドウィナの婚約者・チャールズの運命に当てられている。1912年4月15日の午前2時過ぎ、父と母、そしてチャールズは船とともに氷の海に消え、6人の子どもたちだけが残される。結婚をひかえた幸せいっぱいの娘だったエドウィナは、一瞬にして5人の弟妹の母親役という過酷な立場に立たされる。女と子ども優先の救命ボートに乗れずに、海に飛び込んだ後で救い上げられた16歳のフィリップ、12歳なのに父が11歳だと偽ったためボートに乗れたジョージ、海が怖くて船室に隠れていたのを見つけられて最後の最後にボートに投げ込まれた6歳のアレックス――みんな恐ろしい体験からなかなか立ち直れない。そんな弟妹をきちんと育て上げることにエドウィナは自分の青春の日々を捧げる。そうして12年後に、エドウィナにやっと明るい日差しが注ぎ始める。
タイタニックの遭難の場面は、ウインフィールド一家という特定の人物集団の行動を追っているので臨場感満点の展開になっている。また、両親と婚約者の喪失そのものと同じくらいエドウィナを苦しめたのが、母が自分たちとともにボートに乗ることを拒んで、夫とともに死ぬことを選んだことだったのだが、それがどうしてそれほどにエドウィナを苦しめたのかが後のほうできちんと説明されている。『Bugalow2』はむだな繰り返しの分が多くてあきれたが、その点この作品には冗長なところがなく、しかも必要なことは充分に書き込まれていて、読み応えのある作品となっている。(2011.2.28読了)
☆タイタニックの遭難場面には、調査記録や研究書に基づいて書かれており、救命ボートが人数分用意されていなかった、2等航海士のライトラーは頑として救命ボートに男性を乗せなかった、すぐ近くの海にいた船は無線を切っていたためタイタニックのSOSは届かなかった、などなど多くの事実がうまく物語に組み込まれています。ただ、タイタニックのバンドが最後にhymnのAutumn(こんな賛美歌あった?)を演奏した、というところがちょっと引っかかったので調べてみました。最近の研究によると、バンドが最後に演奏したのは当時流行していたSonge d’automne(秋の夢)という悲しいワルツだったということです。賛美歌が演奏されたという説もあるので、ごっちゃになったのかもしれませんね。
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by nishinayuu | 2011-05-26 10:17 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『Bungalow2』(Danielle Steel 著、Dell)


c0077412_10224841.jpg家事育児の傍ら趣味的に文筆活動もしていた中年女性・タニアに訪れた波瀾万丈の数年間を描いた小説である。ある日、タニアのもとにハリウッド映画のシナリオを書かないか、という話が飛び込んでくる。シナリオの仕事をするには数ヶ月の間家を離れてハリウッドで暮らす必要がある。平凡で平穏な家庭生活に満足していて、はじめはまったくその気がなかったタニアも、チャンスを逃すな、という夫の熱心な勧めもあって、ついにハリウッド行きを決意する。ビバリーヒルズの豪華ホテルにある「バンガロー2」に住むことになったタニアは、「シンデレラ」気分を味わう。華やかな映画人たちとのつきあいも始まる。
一方、残してきた家族のほうにも新しい生活が始まろうとしていた。隣の家に住んでいたタニアの親友が、いつの間にかタニアの後釜に収まってしまったのだ。夫とは強い信頼関係で結ばれ、3人の子どもたち(といってもすでに大学生と高校生なのだが)のよき母親であると自負していたタニアが、夫には裏切られ、子どもとの関係はこじれる、という試練にさらされる。しかしタニアは絶望のなかから立ち上がり、やがてシナリオ作家として大成功を収め、新しい家族とも出会うことになる。
波瀾万丈といっても、ハッピー・エンディングが待っていることが予想できる気楽なエンターテインメントである。ただし、同じ内容が何度も繰り返し語られて話の進展があきれるほど遅いのが難点。全体のページ数は413ページだが、200ページあれば充分なのでは?といらいらさせられるので、精神衛生にはあまりよくないかもしれない。(2011.1.9読了)
☆Chapter24の終わりのほうに次のような文が出てきます。let one’s hair downは「気を許す」、「うち解ける」という意味ですが、いくら慣用句でも男性に使うとなにか変、と思ってしまいました。
The only time he let his hair down with her was when he saw her with his children.
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by nishinayuu | 2011-04-14 10:18 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『The Memory Keeper’s Daughter』(Kim Edwards著、Penguin)


c0077412_10395540.jpg1964年の冬の夜、デイヴィッドとノラ夫妻に初めての子供が生まれる。ブリザードのせいで担当の産科医が来られなかったため、整形外科医であるデイヴィッドが赤ん坊を取り上げることになる。元気な男の子が生まれたあと、思いがけずもう一人、女の子が生まれる。その女の子を見たデイヴィッドは、とっさにその子を妻の目から隠す。その子は明らかにダウン症だった。心臓病で苦しんで死んだ妹と、妹の死から立ち直れなかった母親を見て育ったデイヴィッドは、妻に同じ苦しみを味あわせたくなかったのだ。デイヴィッドはその場に立ち会っていた看護婦のキャロラインに子供を渡し、ある施設に預けるように依頼する。そしてノラには双子の片割れは死産だった、と告げる。キャロラインは施設まで行くことは行ったが、そこの有様に衝撃を受けて、子供を抱いたまま家に戻り、荷物をまとめて子供とともに姿を消す。
この日からデイヴィッドには我が子を捨て去り、その秘密を一人で抱える苦しみの日々が、ノラには一度も抱かないままに女の子を失った悲しみの日々が、そしてキャロラインにはデイヴィッド夫妻や世間から隠れて女の子を育てるという緊張の日々が始まる。
なんとも重いテーマの作品である。デイヴィッドの一瞬の判断が三人のその後の人生を決定したわけだが、三人の中では当のデイヴィッドがやはり最も過酷な生を生きることになったと言える。言い換えれば、二人の女性たちは、過酷な生を生きながらもやがてそれを乗り越えて前に進んでいく。そして彼女たちが一人ずつ育てた双子の将来にも明るい光が見えてくるのである。重いけれども救いがあって、爽やかな感動を覚えながら本を閉じることができる。(2010.11.15読了)
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by nishinayuu | 2011-03-06 10:40 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『The Iliad 』(Homer著, Lang, Leaf, Myers英訳、Gutenberg Project)

c0077412_10295365.jpg紀元前1182年の出来事と推定されるトロイア戦争を詠ったホメロスの叙事詩の英訳である。
ホメロスの叙事詩は、戦争のきっかけとなった事件については語らず、ギリシア軍がトロイア攻撃を始めてから9年目の出来事――アキレウスとアガメムノーンの仲違い、アキレウスが戦闘から身をひいたことによるギリシア軍の苦戦、アキレウスの親友パトロクロスの戦死とアキレウスの悲しみ、復讐のために立ち上がったアキレウスとトロイアの英雄ヘクトールの対決、ヘクトールの死によるアキレウスの復讐の終結――を物語っている。
興味深かったのは、神や人間が特有の形容語とともに語られることで、たとえばゼウスはaegis-bearing Zeus、ゼウスの妻ヘラはox-eyed Hera 、その娘のアテーナーはbright-eyed Athene、アポロはfar-darterという具合である。神につく形容語はほぼ固定的であるのに対して、人間につく形容語は流動的で、一人の人間に複数の形容語がついたり、同じ形容語が複数の人間に使われたりする。たとえばアキレウスはfleet-footedだったりgodlyだったりし、アケイア人はflowing-hairedであったりmail-cladだったりする一方、wide-rulingのアガメムノーンもgolden-hairedのメネラオスもときにはnobleと形容される。すなわちこれらの形容語は、そのときどきにその人間の置かれている状況を一言で示すはたらきをしているのだ。ほとんど常にnobleで、ときにはdear to Zeusと形容されるオデッセウスは、そうとうdear to Homerだったと思われる。
内容に関して特に興味深かったのは次の2点である。
1.戦って相手を倒した者は必ず相手の鎧甲を引き剥がすこと。こうして相手を侮辱するのであるが、首を刎ねるのに比べると重くて大変そう。
2.人間同士の闘いなのに、神々がやたらに介入すること。そもそもトロイア戦争の原因を作ったのも神であるが、闘っている人間の前に姿を変えてたち現れ、耳元で何か囁いて惑わしたり、あわやこれまでという人間を霧に包んで逃したり、致命傷を与えるはずの槍方向を逸らしたり、とお節介なことこの上ない。それでも、トロイア側についたアポロ、アーレス、アフロディテや、ギリシア側についたヘラ、アテネーのやることは一貫していて理解できなくもないが、納得できないのはゼウスである。始めはアキレウスに同情してアガメムノーンを憎み、トロイアに勝利を与えようとしたのに、アガメムノーンの祈りを聞くとアガメムノーンを哀れんでギリシア軍の味方をする。ヘクトールの英雄的な闘いもその死も、すべてゼウスが意のままに決定したものである。ともかく、人間は神々の前ではチェスの駒のような哀れな存在である。第24章にある次のことばのように。
This is the lot the gods have spun for miserable men, that they should live in pain; yet themselves are sorrow-less. For two urns stand upon the floor of Zeus filled with his evil gifts, and one with blessings.
(2010.9.30読了)

☆画像はUniversity of Michigan Pr. のものです。
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by nishinayuu | 2011-01-26 10:31 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『92Pacific Boulevard』(Debbie Macomber著、 MIRA)

c0077412_1705891.jpgワシントン州のシーダー・コウヴという町を舞台として、そこに住むさまざまな人びとの日常を描いた小説。タイトルになっているのは町のシェリフであるトロイの住居の番地である。トロイは物語の全体にわたって活躍する人物であり、主要人物であることは確かだが、主人公と言っていいかどうか。というのはこの作品には主役級の人物が大勢登場して、章ごとにそれらの中の一人、あるいは一組が主人公になったり、副主人公になったり、端役を務めたりしているからだ。たとえば判事のオリヴィアとその一族、図書館員のグレイスとその一族、ヘア・スタイリストのテリーとその一族、消防士のマックとその一族、などなどとにかく大勢の人が入れ替わり立ち替わり現れて動き回るので、なんともめまぐるしい。しかも彼らの多くが配偶者と死別したり離婚したりしていて、再婚している例も多い、という具合なので、子どもや孫を含めて人名が数え切れないほど出てきて、ややこしいことこの上ない。
ストーリーのほうはごく単純で、始めのほうで二つの事件が起こり、そのことでひとしきり町が騒然とするのだが、事件の解決は遅々として進まない。事件のことはさておいてとでもいうように、人びとはときには悩みや苦しみを、ときには喜びを分かち合いながら、そして老いも若きも恋をしながら日々を送っていく。事件のひとつが解明されるのは、全部で36章のこの作品の27章目で、もう一つは33章目であり、しかもずっと引っ張ってきた割にはあっけなく解決してしまう。というわけでミステリーを期待すると裏切られるが、ミステリー風の味付けをした風俗小説と思えば、それなりに楽しめる。(2010.9.10読了)
☆読み始めてすぐ、これは人物関係が複雑そうだと予想できたので、人物の相関関係を一枚の紙に書きながら読み進めました。登場人物の数が多いうえに、彼らの多くがありきたりの名前をもっているので、一覧表を作って正解でした。
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by nishinayuu | 2011-01-05 17:01 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

私の10冊(2010年)

c0077412_855678.jpg☆この1年に読んだ本の中から、特に気に入った本を選んでみました。むりやり10冊にしぼったため選外になってしまった本を、【次点】として下に挙げておきます(次点が多すぎますが)。
☆画像は昨年最後に読んだ水村美苗の『本格小説』のものです。




  第三の嘘(アゴタ・クリストフ、訳:堀茂樹、早川書房)
  チューリップ熱(デボラ・モガー、訳:立石光子、白水社)
  とげ抜き(伊藤比呂美、講談社)
  リリアン(エイミー・ブルーム、訳:小竹由美子、新潮クレストブックス)
  あなたを探して(マルク・レヴィ、訳:藤本優子、PHP)
  The Iliad of Homer (英訳:Lang, Leaf, Myers、 Project Gutenberg)
  1/4のオレンジ5切れ(ジョアン・ハリス、訳:那波かおり、角川書店)
  日曜日の空は(アイラ・モーリー、訳:古屋美登里、早川書房)
  エトルリアの微笑み(ホセ・ルイス・サンペドロ、訳:渡辺マキ、NHK出版)
  The Memory Keeper’s Daughter (Kim Edwards、 Penguin)

【次点】
  フィリップス氏の普通の一日(ジョン・ランチェスター、訳:髙儀進、白水社)
  パラダイス・モーテル(エリック・マコーマック、訳:増田まもる、東京創元社)
  失われた時を求めて1~6(プルースト、訳:鈴木道彦、集英社)
  1Q84 1~3(村上春樹、新潮社)
  本格小説(水村美苗、新潮社)
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by nishinayuu | 2011-01-02 08:56 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)