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『The Occasional Garden』(H.H.Munro)

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[The Complete Works of SAKI ]Part1 ‘The Toys of Peace’の1編。
タイトルは「臨時のガーデン」というような意味。



エリノア・ラプスリーが「とにかく一時間ほどは黙って私の話を聞いて」と言って話し始める。その内容は――エリノアの庭は大型の草食動物を飼えるほどの広さはないので、何か植えないと格好がつかないのだが、近所の猫たちの会議場になっているので何を植えてもだめになってしまう。しかも集会に集まるのはどうやら菜食主義の猫たちで雀には見向きもしないものだから、雀も植物を荒らし回る。そういうわけでエリノアの庭はなにも育たなくて酷い状態になっているのだが、幸い庭が客間からは見えない位置にあるので他人の目には触れないですむ。ところが、次の水曜に気の置けない知人を昼食に招いたところ、それを耳にしたグエンダ・ポディントンがぜひいっしょにお邪魔したい、といってきた。グエンダは自分の庭が自慢の女性で、エリノアの庭を見てほくそ笑み、自分の庭がいかに世間の羨望の的になっているかをしゃべりたくてやってくるのだ。
ここまで黙ってエリノアの話を聞いていた男爵夫人(女男爵かも)がエリノアにO.O.S.A.(Occasional-oasis Supply Association)の会員になることを勧める。O.O.S.Aはランチやパーティーの間だけそれに相応しい庭を設えるというサーヴィス提供会社で、たとえば1:30のパーティーなら10:00に電話すればすぐに素晴らしい庭を作り上げ、パーティーが終わったら片付けてくれるという。そこでエリノアはすぐに会員契約をして水曜のランチに備える。当日、最高級の庭造りを依頼したおかげでグエンダをやり込めることに成功し、エリノアは大満足したのだったが……。

有閑階級の軽妙で洒落た会話と、サキにつきものの冷笑的なオチが楽しめる短編作品である。また
動植物の名前がたくさん出てくるので勉強にもなる。(Japanese sand-badgersがムジナの類だということはわかりますが、正確な和名は?)(2016.12.29読了)
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by nishinayuu | 2017-03-01 17:21 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『The Lady in the Van』(Alan Bennett)


c0077412_15474535.jpg『ヴァンのレディ』(アラン・ベネット、2015)
著者は1934年生まれのイギリスの劇作家、小説家、シナリオライター。エリザベス女王が移動図書館の熱心な利用者になるという楽しい小説『The Uncommon Reader』(『やんごとなき読者』というタイトルの邦訳あり)で知られる。


本書は著者自身が語り手となって展開するドキュメンタリー作品で、エキセントリックなホームレス女性との関わりが事細かく記されている。著者は女子修道院の前で初めてこの女性を見かけたが、そのとき彼女は60歳くらいだった。次に見かけたのはパンダ・カー(パトカー)が著者の車を追い越して彼女のヴァンに近づいていったときで、著者がヴァンを追い越すと彼女はヴァンの外に出て著者に向かって怒鳴った。道行く人は著者が彼女に何か悪いことをしたと思ったに違いない。そして1年ほどあとの60年代末頃に、彼女のヴァンが著者の住むグロスター・クレセント(ロンドン北部のカムデン地区)に現れる。ただしこのとき著者はまだ、その後この女性と同じ敷地内で毎日顔を合わせる関係が15年も続くことになろうとは思ってもみなかった。
本書で仮にミス・シェパードと呼ばれているこの女性は、大柄で偉そうな雰囲気の女性だった。はじめのうち少し離れたところに路上駐車していたヴァンはいつの間にか著者の家の外に置かれるようになる。すると誰かがヴァンを叩いたり、揺らしたり、明かりで照らしたり、といったいたずらをする度に著者が出ていって注意して追い払ったりすることになった。そのうちついにヴァンの窓が割られて彼女が顔にけがをするという事件が起きたため、著者はついにヴァンを自分の敷地内に駐車させることした。すると彼女は渋々と云った感じで著者の提案を受け入れる。その後著者は彼女に安全な場所を提供し続けたが、自分ではチャリティという意識はなかったし、むしろ、そんなはめになったことに腹を立てていたという。著者は言う。「ただ私は静かに暮らしたかったし、彼女もたぶんそうだったのだ」。
しかし、静かに暮らすということからはほど遠い15年だった。家の前の路上には彼女がヴァンを黄色に塗り替えたときのペンキのしみがくっきりと残っているし、ヴァンのボンネットが玄関の石段にぴったりくっついているので出入りしにくいことこの上ないし、ヴァンの後ろ扉が開いていればヴァンの中のごたごたしたものを見るはめになるし、横をすり抜けて玄関にたどり着くまでに彼女からじろじろと検分される。さらに彼女はときどき突飛なこと――様々なパフォーマンスの構想、選挙への立候補などなど――を思いついて著者を煩わせる。身体は頑丈で態度は横柄、言動は常軌を逸していて、とにかく不潔。こんな恐るべき人物と15年もつきあった著者の忍耐力は驚異的というしかない。が、こうして一冊の本が仕上がり、しかもそれが映画化されたり舞台で上演されたり、なると著者の長年の忍耐は充分報われたと考えることもできる。
さて、その映画は『ミス・シェパードをお手本に』というタイトルで2016年12月に公開されている。監督はニコラス・ハイトナー、主演男優はアレックス・ジェニングス、主演女優はマギー・スミス(ハリーポッターのマクゴナガル先生、ダウントン・アビーのバイオレット)である。なお、舞台作品のタイトルは『ポンコツ車のレディ』だそうだ。(2016.12.14読了)
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by nishinayuu | 2017-02-17 15:48 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

私の10冊(2016年)

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☆この1年に読んだ本の中から特に気に入った本を選んで、「私の10冊」としてまとめてみました。また、「私の10冊」の選から漏れた本を「お勧めの10冊」として挙げてみました。
☆画像は「The Book of Tea」です。


私の10冊
灰と土(アティーク・ラヒーミー、訳=関口涼子、インスクリプト)
名もなき人たちのテーブル(マイケル・オンダーチェ、訳=田栗美奈子、作品社)
タイガーズ・ワイフ(テア・オブレヒト、訳=藤井光、新潮クレストブックス)
제주 유배길에서 추사를 만나다 (양진건, 푸른역사)
Amsterdam (Ian Mcewan, Anchor Books)
The Book of Tea (Okakura Kakuzo, Tuttle Company)
風土記の世界(三浦佑之、岩波新書)
わたしは灯台守(エリック・ファーユ、訳=松田浩則、水声社)
蠏の横歩き(ギュンター・グラス、訳=池内紀、集英社)
冬の夜ひとりの旅人が(イタロ・カルヴィーノ、訳=脇功、白水Uブックス)

お勧めの10冊
通勤路(マリー=ルイーズ・オーモン、訳=岩崎力、早川書房)
風の吹く日は(モニカ・ディケンズ、訳=村井洋子、未知谷)
卵のように軽やかに(サティ、訳編=秋山州晴・岩佐鉄男、筑摩書房)
The Lake of Dreams (Kim Edwards, Viking Penguin)
あなたの本当の人生は(大島真寿美、文藝春秋)
優雅なハリネズミ(ミュリエル・バルベリ、訳=河村真紀子、早川書房)
ペナンブラ氏の24時間書店(ロビン・スローン、訳=島村浩子、東京創元社)
カールの降誕祭(フェルディナント・フォン・シーラッハ、訳=酒寄進一、東京創元社)
べつの言葉で(ジュンパ・ラヒリ、訳=中島浩郎、新潮クレストブックス)
地平線(パトリック・モディアノ、訳=小谷奈津子、水声社)
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by nishinayuu | 2017-01-12 14:04 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『Amsterdam』(Ian Mcewan, Anchor Books)

c0077412_1011099.jpg『アムステルダム』(イアン・マキューアン、1998)
物語は、レストラン評論家、写真家、ガーデニングの専門家と華々しく活動していたモリーの死で始まる。手のしびれを診てもらいに医者のところに行ったモリーは、あっという間に痴呆状態になり、そのまま帰らぬ人となった。46歳だった。葬儀に駆けつけた人々の中に、彼女と特に深い関係のあった次の三人の姿もあった。
クライヴ・リンレイ――著名な作曲家。ミレニアム・シンフォニーの作曲を委嘱されている。
ヴァーノン・ハリデイ――雑誌「Judge」の編集長。
ジュリアン・ガーモニ――外務大臣。次の首相候補。
クライヴとヴァーノンはモリーの昔の愛人、ジュリアン・ガーモニは二人より新しい愛人だった。
クライヴの素晴らしい点は自分の家に長く住んでいることだ、とモリーは言っていた。1970年代、他の人たちが賃貸住宅に住んでいた頃、21歳でおじから家を相続したクライヴは、外側をパープルにペイントして友人たちに開放した。ジョン・レノンとオノ・ヨーコも1週間泊まったし、ジミ・ヘンドリクスも一晩泊まった。やがて外側をクリーム色に塗り替え、友人たちの滞在も1,2晩になった。この家にヴァーノンは1年住み、モリーは一夏滞在した。彼らが大人になっていき、趣味を育て、やがて情熱を失い、富を得ていく過程が詰まっている家だった。
作曲が思うようには進まず、しかも左手にしびれが来ていたクライヴは、ある日家にやって来たヴァーノンに「自分もモリーのように明らかに異常になったら、命を絶つのを手伝って欲しい」という。痴呆状態になってから死に至るまでのモリーの最期は悲惨なものだった。自分はあんな風な死に方はしたくない。だからいざというときは飛行機に乗せて、安楽死を認めているアムステルダムへ連れて行ってくれ、とクライヴは「親友」のヴァーノンに頼んだのだ。少し前から右の頭部に違和感があったヴァーノンは、自分にも同じことをしてくれるなら、という条件をつけてクライヴの頼みを承知する。さて――。

登場人物の経歴、言動、心理が事細かく記述されているので、一人一人の人物がくっきりと浮かび上がる。また、各人のつながり方も、事態の成り行きもごく自然に無理なく設定されている。首相候補の女装趣味をスキャンダルとして取り上げることの是非、人間の尊厳死の問題なども重くなりすぎないように扱われている。最初に一人、最期に二人の死人が出る小説でありながら、後味は悪くない。

☆この作家の作品で「いやな気分」を味わったことが何度かあったため用心しながら読んだせいか、以外にすっきりと楽しく読めてしまいました。なお、この作品は1998年のブッカー賞を受賞しています。(2016.7.16読了)
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by nishinayuu | 2016-09-26 10:11 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『The Book of Tea』(Okakura Kakuzo, C.E.Tuttle Company1906)


c0077412_9323152.jpg『茶の本』の原書。予想した通り1、2,3章はアルファベット表記されている中国語の固有名詞に難儀したが、英文そのものは読みやすかった。4、5,6,7章も予想した通り、漢字表記のある日本語訳のほうが断然優れていると思うが、「数寄屋」「露地」などの専門用語をはじめとして、日本文化のあれこれを的確かつ滑らかな英文で表現してあることに驚嘆した。『茶の本』が名著とされる所以が理解できたと同時に、岡倉天心という人物の偉大さをあらためて思ったのだった。
さて、今後何かの折に役に立つかも知れないので、中国固有名詞のアルファベット表記と、引用されている歌、俳句の(岡倉天心による?)英訳をメモしておくことにする。
①中国の固有名詞
Tang唐  Sung宋  Ming明  Yuen Emperors元朝  Chow Dynasty周朝 Yangtse-Kiang揚子江  Hoang-Ho黄河  Han Pass函谷関  Taoism道教  Confucianism儒教  Book of Changes易経  Chaking茶経
Luwuh陸羽  Lotung盧同  Taisung 代宗 Kiasung 徽宗 Wanguncheng 王元之
Sotumpa蘇東坡  Laotse老子  Liehtse列子  Peiwoh 白牙 Emperor Huensung 玄宗皇帝 Taoyuenming陶淵明
②見渡せば花ももみじもなかりけり 浦のとまやの秋の夕暮れ(藤原定家)
I looked beyond; /Flowers are not, /Nor tinted leaves. /On the sea beach /
A solitary cottage stands /In the waning light /Of an autumn eve.

夕月夜海すこしある木の間かな(宗碩)
A cluster of summer trees, /A bit of the sea, /A pale evening moon.

折りつればたぶさにけがる立てながら三世の仏に花たてまつる(光明皇后/後撰集123遍昭)
If I pluck thee, my hand will defile thee, O Flower! Standing in the meadows as thou art, I offer thee to the Buddhas of the past, of the present, of the future.

花をのみ待つらん人に山里の雪間の草の春を見せばや(藤原家隆)
To those who long only for flowers, fain would I show the full-blown spring which abides in the toiling buds of snow-covered hills.

(2016.7.25読了)
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by nishinayuu | 2016-09-06 09:33 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『The Sins of the Father』(Jeffrey Archer, St.Martin’s Paperbacks)


c0077412_1032981.jpg『父の罪』(ジェフリー・アーチャー、2012)
“My name is Harry Clifton.” “Sure, and I’m Babe Ruth”という、よくあるふざけたやりとりで話が始まる。前はハリー・クリフトン、後は彼の取り調べにあたった刑事のことばである。ハリーはブリストルから乗った船が沈没したとき、とっさの判断で、その事故で死んだトム・ブラッドショーになりすました。そして母宛の手紙を、同じく船に乗っていて助かった医師に託した。死亡の知らせが行くだろうが無事だから安心して欲しい、ただし愛するエマとその一族に迷惑をかけないために別の名前で生きていくことにした、という内容の手紙だった。ところがアメリカに着くと同時にハリーは逮捕されてしまう。ハリーが船で知り合ったブラッドショーは、実は脱走兵だったのだ。ハリーはあわてて自分の正体を明かすのだが、全く信じてもらえない。そして冒頭のやりとりとなる。
ハリーがトム・ブラッドショーになりすましたことは、名門ブラッドショー家にとっても好都合だったため、ブラッドショー家は有能な弁護士を雇ってハリーの身元証明を阻止する。こうしてハリーはトム・ブラッドショートして服役することになる。

物語は章ごとに視点を、ハリー、エマ、ジャイルズ、ヒューゴ、などに替えながら進められていく。ジャイルズとエマは貧しいクリフトン家とは身分違いのバーリントン家の兄妹で、ジャイルズはハリーの親友、エマは恋人であること、エマとハリーは異母兄妹の可能性を疑われて結婚できなくなったこと、二人が異母兄妹であればハリーとジャイルズも異母兄弟で先に生まれたハリーがバーリントン家の跡継ぎになること、などは読み進むうちにわかってくるが、どれもこれも詳しい説明がなく既定事実のように語られている。なんで?と思いながら最後まで読み、結末がつかない終わり方にまた、なんで?と思ってよく見てみたら、本書は『クリフトン年代記』の第2部だった!いきなり第2部から入ったので、登場人物の関係やここまでのいきさつをつかむのに苦労してしまった。表紙にきちんと第2部と表示してあればいいのに。それはともかく、刑務所や軍隊の場面でも残虐さやどぎつさがなく、善人と悪人(たとえばエマとジャイルズの父親で、もしかしたらハリーの父親かも知れないヒューゴ)がくっきりしていてわかりやすいし、ストーリー展開も見事。第1部まで遡って読むのはしんどいけれど、ハリーとエマの運命が気になるので、第3部から先は読んでもいいかな、と思っている。
第1部『Only Time Will Tell』は『時のみぞ知る』、第2部の本書は『死もまた我らなり』、第3部『Best Kept Secret』は『裁きの鐘は』というタイトルで新潮社から邦訳が出ている(第2部のタイトルは懲りすぎでは?)。シリーズとしては第7部まで出る予定だという。(2016.5.7読了)
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by nishinayuu | 2016-07-12 10:32 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『The Lake of Dreams』(Kim Edwards, Viking Penguin)


c0077412_1096100.jpg『レイク・オブ・ドリームズ』(キム・エドワーズ、2011)
物語の舞台は日本→アメリカ北部→カンボジアへと移動するが、主要舞台はアメリカ北部の湖沼地域である。主人公のルーシーは父の不可解な死のあと家を離れ、ジャカルタで出会った日本人男性のヨシと意気投合して、現在は二人で日本に住んでいる。二人の住居の家主はヨシの学友だったフジモロ氏の夫人である(フジモロはたぶん藤本ですよね)。弟のブレイクがスカイプで、母が交通事故に遭って脚を痛めた、と知らせてきたのをきっかけに、ルーシーは2年ぶりに故郷の家に帰る。
JFK空港からさらに1時間のフライトのあと、やっと湖が見えてくる。湖の名はイロコイ語でランブータン。湖周辺の軍用地だった広大な土地が最近軍から返還された。父亡き後、祖父が興した事業を手中に収めた父の弟は、湖を含むその土地を開発して事業を広げようとしている。そして父が愛していた家も、開発に支障を来すので買い取りたい、と母に持ちかけている。ひとり住まいには広すぎる家をもてあましている母は、その申し出を受け入れようかどうか迷っている。父とずっと不仲だった叔父は、父の急死で関係修復が不可能になったのを悔いているのか、ブレイクを事業に誘った。10月に恋人のエイブリーが出産する予定なので、ブレイクは当面の仕事として叔父の提案を受け入れようとしている。
彼らの家は、1910年にハレー彗星が現れたときに16歳だった曾祖父のJoseph Arthur Jarrettが1925年頃に買ったものだった。母は父の死後、父のlove, love, loveという声が至るところから聞こえるといって二階を閉めきっていたが、その晩、二階にある自分の部屋に泊まる事にしたルーシーは二階のあちこちを見て回った。施錠された戸棚を開けてみると、古い紙の束が見つかる。その中に曾祖父Josephに当てた925年9月21日付の封筒があり、曾祖父にIris(14歳)の処遇について相談する内容で、差出人はRとなっていた。すると母も、前に見つけて隠しておいた箱の中身――同じ筆跡のもう一通の手紙と、何枚もの書類――をルーシーに見せる。母によるとその箱は、曾祖父が納屋のロフトに隠したトランクの内張の中から見つかったものだという。Rとは誰なのか、Irisとは誰なのか、そして曾祖父はなぜ箱を誰にも見られないようにトランクの内張の中に隠しておいたのか……。ここからルーシーの遠大な探索が始まり、家族の歴史から消し去られた人々を光の中に蘇らせるというロマン溢れる物語へと展開していく。

本書は『Memory Keeper’s Daughter』でデビューした作家による長編小説。著者の故郷・ニューヨーク州のFinger Lake regionにおける体験を下敷きにして書き上げたものだという。物語に登場するthe Women’s Rights National Historical Parkは実在の場所。
☆要所、要所に差し挟まれている「彗星の出現」が印象的です。ただ、ヨシとのあれこれ、昔の恋人とのあれこれなどは、本作とは切り離して別の物語にしてもよかったのでは? いろいろ盛り込みすぎたせいで中心テーマの感動が弱まった気がします。(2016.4.12読了)
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by nishinayuu | 2016-07-04 10:12 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『The Cat That Walked by Himself』(Rudyard Kipling)

c0077412_13414934.png『ただ一匹で出かけていく猫』(キプリング)
シャルル・ケクラン(作曲家サティの同時代のフランス人作曲家)が1920年に書いたサティ論に次のような一説があるという。
諸君はキップリングの書いた『ただ一匹で出かける猫……』という面白い物語をご存じだろう。私はサティのことを考えるたびに、この奔放な猫の姿を思い浮かべずにはいられないのだ。

もしかしたらサティを理解するための必読書?と思ってウエブで探してみたら、キプリングの『Just So Stories』に収録されている一編だとわかった。さて、その物語とは……

昔むかし、ひとりの男がひとりの女と一緒に暮らし始める。男は外で狩りをし、女は洞穴の中で子育てと家事をする。そのうち彼らは犬、馬、牛を飼い慣らす。犬は彼らの「最初の友」となり、馬は「最初の従者」となり、牛は「おいしい食べ物をもたらすもの」となる。このとき自分も洞穴の火のそばでくつろいだりミルクを舐めたりしたいと思った猫は、女と取引して三つのことを約束させる。ひとつ、子どもをあやして泣き止ませたら洞穴に入れる。ひとつ、転がる糸玉にじゃれついて子どもを笑わせたら火のそばでくつろげる。ひとつ、女が怖がるネズミを食い殺したら温かいミルクを飲ませてもらえる。こうして猫は三つのことを実行し、ついに洞穴に入り込んで火のそばでくつろぐことに成功する。女は温かいミルクの入ったボウルを差し出しながら猫に告げる。「おまえは男と同じくらい賢い。でも約束は私とおまえの間で交わしたものなので、男と犬がどう出るかはわからないよ。」
さて狩りから戻ってきた男はブーツ1足、石のナタ、棒きれ、斧を並べて猫に告げる。「洞穴の中でネズミを捕まえなかったら、このうちのどれかをおまえに投げつけてやる。」すると猫が応える。「洞穴の中ではネズミを捕まえるけれど、外では自分の思うままにやっていくよ、I am the cat who walks by himself, and all places are alike to me.」
これを聞いた男は「最後の余計な台詞を言わなければ外ではおまえを放って置いただろうに。でも、聞いたからには、おまえに出会ったらいつでもものを投げつけてやる。おれの後に続く男もみんなそうするからな。」ここで犬も口を出す。「おれとの取引もしないと。洞穴の中で子どもによくしてやらなかったらおまえを追いかけてかみついてやる。後に続く犬もみんなそうするからな。」そして女も一言付け加える。「賢い猫だと思ったが、男と犬のほうが賢い!」
男の5人に3人は猫にブーツやナタを投げつけ、全ての犬は猫を家から追い出して木の上に追い上げるのはこういうわけだ、というお話でした。

素敵なイラストの作者名は残念ながら調べがつかなかった。(2016.4.4読了)
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by nishinayuu | 2016-06-14 13:42 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『Titus Andronicus』(Shakespeare, Greenwich House)

c0077412_1557674.jpg『タイタス・アンドロニカス』(シェイクスピア)
1594年の上演記録が残るこの戯曲は、残虐なシーンのオンパレードでシェイクスピアの他の作品を圧倒している。さらに学者並みの古典の知識がちりばめられていることや、文体が他の作品とは異なることなどもあって、古くからシェイクスピアの作品ではないのでは?という疑問がつきまとっている作品でもある。
これについての議論は専門家たちにお任せすることにして、主な登場人物とその行動を記録しておく。

* サターナイナス=ローマ市民に人望のあるタイタスから譲られる形で皇帝におさまる。弟の恋人を妃にしようとして逃げられると、タイタスが捕らえてきたゴート族の女王タモーラを妃にする。
* バシエーナス=サターナイナスの弟。恋人ラヴィニアとともに宮廷を去るが、タモーラの息子たちによって惨殺される。
* タイタス・アンドロニカス=ゴート族との戦いに勝利を収め、女王タモーラと息子たちを捕虜にして凱旋する。ところがタモーラの息子たちによって娘は陵辱され、自分も陥穽にはまって片腕を失い、息子たちも惨殺されたため、復讐の鬼と化す。
* ルーシアス=タイタスの4人の息子のうち唯一死を免れた息子。タイタスによってゴート族のもとに送り込まれ、彼らとともにローマに攻め入る。
* クインタスとマーシャス=タイタスの息子たち。バシエーナス殺しの罪を着せられて惨殺される。(この場面、残虐な殺され方をする二人が哀れで胸が痛くなる。)
* アラーバス=タモーラの長男。タイタスによって生け贄として殺される。(タイタスは戦死した息子のために仕返しをするわけ。)
ディミートリアスとカイロン=タモーラのケダモノのような息子たち。ラヴィニアを犯し、バシエーナスを殺して穴に投げ込む。けれども最後はタイタスによって切り刻まれ、タモーラの食卓に供される。(タイタスもタモーラ一派に負けず劣らず残虐なのだ。)
* エアロン=タモーラの情夫のムーア人。タモーラに協力して暴虐を尽くす。
* 黒い子ども=タモーラとエアロンの子ども。エアロンとの関係が知られるのを怖れたタモーラによって殺されそうになるが、父性愛に目覚めたエアロンによってゴート族のもとに送られる。
* タモーラ=ゴート族の女王。アンドロニカス一族への復讐に燃える。ローマ皇帝の妃になったため、ゴート族からは裏切り者と見なされる。
* ラヴィニア=タイタスの娘。タモーラの息子たちに犯されたうえ、口封じのために両腕と舌を切り取られる。

最後はタイタスがまず恥辱にまみれたラヴィニアを殺したあとタモーラの息子たちを殺し、タモーラも刺し殺す。するとサターナイナスがタイタスを殺し、それを見たルーシアスがサターナイナスを殺し、エアロンを餓死の刑に処す。始めから終わりまで、これでもか、という惨劇が続く、なんとも凄まじい内容だが、こんな残酷劇を受け入れて楽しむ雰囲気が当時のロンドンにはあったということだろう。(2015.5.17読了)
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by nishinayuu | 2015-09-12 15:44 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『Antony and Cleopatra』(Shakespeare, Greenwich House)

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『アントニーとクレオパトラ』(シェイクスピア)
本作は『Julius Caesar』から8年後の1606年に書かれた作品で、プルタルコスの『英雄伝』が下敷きとなっている。
舞台はBC40~30のローマとエジプト。『Julius Caesar』における名演説でブルータスを退けて権力を握ったアントニーの後半生が描かれる。すなわちこの戯曲の主題は、エジプト女王クレオパトラとの恋の駆け引きと、英雄の転落である。登場人物は以下の通り。
*アントニー ローマの三執政官の一人
*オクティヴィアス・シーザー ローマの三執政官の一人
*ポンペイ 執政官への反逆者
*イノバーバス アントニーの忠実な従者だったが、後にオクタヴィアス側に寝返る
*クレオパトラ エジプトの女王
*チャーミアン クレオパトラの侍女
*オクティヴィア オクティヴィアスの姉、アントニーの2番目の妻(最初の妻ファルヴィアがオクティヴィアスに戦いを挑んで戦死した後、アントニーがオクティヴィアスとの和解のために結婚)

この戯曲の特徴のひとつは他の戯曲に比べて場面の変化がめまぐるしいことだ。エジプトのアレキサンドリア→ローマ→エジプト→シチリアのメシーナ→ローマへと舞台が移る物語が、5幕42場で展開される。
もう一つの特徴は女性の活躍がめざましいことだ。主役の一人がクレオパトラなのだから当然といえば当然だが、クレオパトラだけでなく侍女のチャーミアンもかなり出番が多く、台詞も多い。当時のロンドンに演技力のある「少年俳優」が複数存在したと推察できる。
気になったのはクレオパトラの描かれ方。アントニーが結婚したオクタヴィアに対する嫉妬心を露わにし、結婚を伝えた使者を脅迫する姿は、プトレマイオス家を継承する高貴な女性とはとても思えない。舞台の上でまるで庶民の女房のようにはしたなく振る舞うクレオパトラの姿は、当時の人々をさぞ喜ばせたことだろう。しかし、アントニーの死後、オクティヴィアスからローマへ招かれたときにオクティヴィアスの思惑を見抜いて死を選ぶクレオパトラは、エジプトの女王にふさわしい毅然とした姿に描かれている。(2015.4.23読了)
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by nishinayuu | 2015-09-04 21:05 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)