タグ:和書 ( 278 ) タグの人気記事

『さい果て』(津村節子著、筑摩現代文学大系91)


c0077412_10121043.jpgこれは津村節子と吉村昭の若き日をかなり忠実に描いたと思われる作品である。主人公の春子は大学の文化祭で友人から紹介された志郎と結婚する。早くに両親をなくして伯父の家で育った春子は、少女の頃から自分の家庭を持つことにあこがれていた。しかし、春子があこがれていたサラリーマンらしい家庭生活はわずか二ヶ月しか続かなかった。志郎がそれまで勤めていた紡績会社を辞めて、紡毛糸のブローカーを始めたのだ。しかし志郎の思惑は外れ、事業はたちまち行き詰まる。しかも元々身体の弱かった志郎が病気になったため貯えも尽き、春子は初めて質屋通いも経験する。やがて志郎は、売れ残りのメリヤス製品を各地の市場で売り歩くようになり、そんな夫とともに春子も商人宿に泊まり、寒さに震えながらの先の見えない流浪の旅を続ける。「最果て」と題した第3章にある次の文は、汽車で根室に向かっているときの春子の心の寂寥を映し出していて印象的である。

汽車は、枯れ野を走っていた。/どこまで行っても、人家も人影も見えなかった。こんなところに鉄道が敷かれているのが不思議なほど、人間の気配の全く感じられない原野であった。駅と駅との間隔が、内地のそれと比較して心細くなるほど長かった。このまま汽車は陸の終わりまで行き、海の中へでもはいって行くのではないかと思われた。

同じ作者の『紅梅』に、実家の姉と義兄に離婚を勧められた春子が「こんなに苦労させられたのだから、今別れたら損をすると思った」という思い出話が出てくる。ここでいう「こんな苦労」の部分が詳しく語られている作品である。(2013.10.1読了)
☆この作品は読書会「かんあおい」10月の課題図書『紅梅』の関連図書として読みました。
[PR]
by nishinayuu | 2013-12-21 10:13 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『紅梅』(津村節子著、文藝春秋)


c0077412_9325743.jpg読書会「かんあおい」2013年10月の課題図書。本作品の初出は2011年「文学界」5月号。
作家である夫が重篤な病を発症した2005年の1月から最期を迎えた2006年夏までを、やはり作家である妻の立場から綴ったもの。吉村昭の闘病と津村節子の介護の日々を基にした「作品」であり、登場人物の名前も変えてあるが、作家活動に関する事項などはそのまま書かれていると思われることから、「記録」に近いものといえよう。ふたりともに創作活動に従事する夫婦というのはさほど珍しくはないかもしれないが、そういう場合は互いに相手を尊重して相手の領域には踏み込まないようにしないと長続きしないだろう。そんな夫婦の微妙な関係が、夫の辛辣でいてユーモアのある言葉と、妻の恨めしさを潜めた優しさから感じ取れる作品である。ただし夫の最後の場面を綴った次の部分には、やりきれなさの頂点に達した妻の気持ちが現れているようで、印象に残る。
夫は息子の首に手を回して何か言った。(中略)夫は息子に何を言い残したのだろう。育子でなくなぜ息子なのだろう。育子が夫の背中をさすっているときに、残る力をしぼって身体を半回転させたのは育子を拒否したのだ、と育子は思う。情の薄い妻に絶望して死んだのだ。あれほど苦しんだ病気から解放された夫は、穏やかな顔で眠っていた。
(2013.9.29読了)
[PR]
by nishinayuu | 2013-12-18 09:33 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『東学農民戦争と日本―もう一つの日清戦争』(中塚明・井上勝生・朴孟洙著、高文研)


c0077412_9145017.jpg本書は1995年7月に北海道大学文学部の研究室で髑髏が見つかったことをきっかけに、日韓共同の歴史事実の調査・研究が進められ、さらには歴史を学ぶ市民運動が生まれることになった過程を綴ったものである。190ページという小さな本であるが、盛り込まれた内容は深くて重い。できれば参考書として手許に置いておきたい本である。

北海道大学で見つかった髑髏の一つには「韓国東学党首魁ノ首級ナリト云フ 佐藤政次郎氏ヨリ」と墨書され、次のような書き付けが添えられていたという。
髑髏(明治三十九年九月二十日 珍島に於いて)/右は明治二十七年韓国東学党蜂起するあり、全羅南道珍島は彼れが最も猖獗を極めたる所なりしが、これが平定に帰するに際し、その首唱者数百名を殺し、死屍道に横たはるに至り、首魁者はこれを梟(さらし首)にせるが、右はそのひとつなりしが、該島視察に際し採集せるものなり。

本書はまず、日清戦争が東学信徒をはじめとする朝鮮民衆と日本軍との戦いだったことを明らかにする。日本軍ははじめ、「除暴救民 輔国安民 斥和洋」のスローガンを掲げて蜂起した東学農民軍を鎮圧するという名目で朝鮮に出兵した。ところがこれを日本による侵略の危機と見た東学農民軍が朝鮮政府と和議を結んだため、出兵の根拠を失った日本軍は急遽、王宮を占領して王を虜にする。前に朝鮮政府が「朝鮮は自主の国だ」と言ったのを言質にして朝鮮政府を脅し、朝鮮政府が清国軍の撃退を日本に依頼した、という口実で清国軍の撃退、すなわち清国との開戦に踏み出したのだ。
次に本書は東学とはなにか、東学農民戦争とはなんだったのかを解き明かしていく。日本には東学農民について「低俗な民間の迷信的な信仰に、さらに排外主義も加わった得体の知れないもの」という見方が根強くある。それは明治以後、「征韓論」とともに広められた「朝鮮落伍論、・朝鮮他律論」という偏見がもたらしたものであり、新渡戸稲造も司馬遼太郎もこうした偏見に荷担している、と著者はいう。実際の東学は「朝鮮王朝の末期、社会のさまざまな困難を民衆のレベルから改革し、迫り来る外国の圧迫から民族的な利益を守ろうという願い」を反映した思想であり、「万民平等」と「やむを得ずして戦うとしても、命を傷つけぬことを尊しとする」と謳う思想なのだ。この東学農民軍が日本軍の王宮占領を機に再び蜂起したとき、日本軍は宣戦布告もしないまま「討伐」に乗りだして殺戮した。その数3万~5万。さらに、地の利を得て潜伏・攻撃を繰り返す東学農民軍を、南の珍島まで追い詰めて殲滅した。「生け捕りは大いに拷問して焼殺、民家ことごとく焼き討ち」という、東学の思想とは対極にある残忍さだった。
日本は内外からの非難を恐れて朝鮮出兵の経緯を事実とは異なる形に書き換え、東学農民軍の闘いを愚昧な農民の反乱として矮小化した。三人の著者は研究者として、そうした「歴史の偽造」を正し、東学に対する評価を正すために互いに学び合うとともに、東学の故知をたどるツアーを組織するなど、市民レベルの連帯を深める努力を続けている。(2013.9.9読了)
[PR]
by nishinayuu | 2013-11-18 09:15 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『旅立つ理由』(旦敬介著、岩波書店、2011)


c0077412_1193741.jpg帯の惹句に「マスコミのプリズムを通していない素顔のアフリカ、南米を舞台に、普通の人びとの真摯に生きる表情と飾らぬ姿を簡潔に移し取る21の短編」とある。
ミケランジェロが見たいという息子を連れて日本からイタリアへやって来た男。ナイロビで一緒に暮らしている外国人の男とタンザニアのザンジバルに遊びに来た女性。ベリーズの中華料理店で、上海娘とエル・サルバドルの男の間で熱帯の恋愛詩が生まれる瞬間に立ち会った男。17年前、モロッコを訪れた男に、ジェラバを買えとしつこくつきまとったアハメッドという若者。植民地時代のブラジルの首都だったバイーアで、妻の稼ぎに頼って暮らすカポエイリスタ(黒人奴隷の格闘技を得意とする男)の一家。20年前来の念願である潜水少年が採る牡蠣を求めて、メキシコの湾岸のマンディンガにやって来た男と、小学生の息子。
アフリカ人の妻・アミーナの母親が住むウガンダの町への旅ではアフリカの流儀を教えられ、バイーアでブラジル人やアルゼンチンといっしょにとびきりのフェイジョアーダを食べ、ケニアではやはりケニアに住む別れた日本人の妻とときどき会って食事もし、妻・アミーナがナイロビで子供を産んだときはバイーアからリスボン、ロンドン経由で駆ける。これらの旅の物語に共通して登場するのは、ときどきダンさんと呼ばれたりする日本人で、ケニア人の父とウガンダ人の母を持つアミーナを妻とし、男の子の父親でもある男。辺境から辺境へと移動し続ける、するなんともスケールの大きい旅の物語である。
特に印象に残ったのはことばに関する次の二つのくだり。
1.ウルグアイとブラジルの国境をまたいだとたん、決然とした強い音のスペイン語から、一気に、飲み込むような曖昧な音の多いポルトガル語に移行するのだった。
2.かつてバイーアに「バンゾ」という名の店があったが、「バンゾ」とは黒人奴隷たちが故郷に対して抱いた強烈な郷愁のことを指すことばだった。

この本の魅力の一つは内容にマッチした鮮やかな色彩、大胆な構図のイラストが各所に散りばめられていることで、「アミーナの買い出し」の青緑色の象、「カチュンバーリの長い道のり」の花模様の象が特にいい。イラストの作者は門内ユキエ。(2013.7.20読了)
[PR]
by nishinayuu | 2013-09-21 11:09 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『野いばら』(梶村啓二著、日本経済新聞、2011)

c0077412_20355269.jpg読書会「かんあおい」2013年8月の課題図書。本書は19の章からなり、1、12,19が現代のイングランドとアムステルダム空港、その他は150年前の江戸が舞台になっている。
物語は、醸造メーカーのバイオ事業部に籍を置く縣和彦が「俺」という一人称で語り始める。2009年6月16日、「俺」は仕事の旅の途上、イングリッシュ・ガーデンを見学しようと立ち寄ったコッツウォルズの片隅にある古い屋敷で、屋敷の主であるパトリシアから古いノートを渡される。前の持ち主であるウィリアムが1896年に書いたもので、日本人に読んでもらうことを望んでいたという。「俺」はそのノートを預かって仕事の旅のあいまに読んでいく。
時は1862年に飛び、ウィリアム・エヴァンズが「わたし」という一人称で語り始める。田舎医者の息子で、英海軍情報士官として27歳で香港に赴任して5年。妻エヴェリーンは故郷に残ることを望んだので、単身の赴任である。英国公使館襲撃、生麦事件などで英国と日本の緊張が高まっていたこの年の9月末、エヴァンズは横浜の英国公使館に転任する。赴任直後に成瀬勝四郎という男がエヴァンズの前に現れる。公使館員の雑事と大君政府との連絡を担当し密偵も兼ねる、外国奉行配下の役人である。完璧な北京官話を操り、英語を少々話す成瀬に、エヴァンズは一目で魅了される。成瀬の手配でエヴァンズは日本語の勉強を始める。場所は町外れにある禅久院、教師は70を超えた老人の野上。ところが野上は開国主義者で放言癖があったために斬殺されてしまう。成瀬は次に、親戚の女性・成瀬由紀を連れてくる。水戸に嫁いでいたが離縁されて実家にいる変わった女だという。こうして由紀は日本語の教師として週2回、江戸から泊まりがけで禅久院に通ってくることになった。
知的な美貌の持ち主である由紀は、素晴らしい日本語教師でもあった。日本語の授業の合間に、由紀とエヴァンズはそれぞれが持参した弁当を交換してみたり、エヴァンズが採集している日本の花の話をしたりして、急速に親しくなっていく。そしてある日、由紀の従者の吉次がウマラ(野いばら)を抱えてきたのをきっかけに、エヴァンズはそれが由紀のいちばん好きな花だということを知る。エヴァンズが日本の歴史書や地図の購入を頼んだときや、由紀が「菊合わせ」に案内してくれるというので、エヴァンズがお礼に英公使館に案内すると申し出たときなどに由紀が見せた緊張に、エヴァンズは深い意味を読み取ることはしなかった。しかし来日して1ヶ月経った10月末、日本の政情について互いに探りを入れるために成瀬勝四郎と密会したとき、エヴァンズは由紀の美貌のことを口にしかけて言葉を呑んだ。何か自分を強く押しとどめるものがあったのだ。それが破滅の予感だったことに、エヴァンズはあとで気がついたのだった。
敵対する陣営を背後に背負ったエヴァンズと由紀の、短くも熱い出会いと別れを最後に見届けたのは野いばらの茂みだった。150年後のコッツウォルズで野いばらの茂みを見守るパトリシアは、エヴァンズのノートを読み終えて返しに来た縣に「男って勝手ね」と言うのだが、由紀と同じ日本人であり、エヴァンズと同じ男である縣は、どう応えるべきだったのだろう。(2013.7.17読了)
[PR]
by nishinayuu | 2013-09-18 20:36 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『徒然草』(兼好法師著、小学館・日本古典文学全集)


c0077412_22422083.jpg数年前、友人たちと里山を散策した折、ある家の脇にある柚の木にしっかり囲いがしてあるのを見たアラフォーの女性が、「これってまさに、まわりを厳しく囲ひたりしこそ、少しことさめて、この木なからましかばと覚えしか、よね」と言った。「おぬし、やるのう」と軽く応じておいたが、彼女が当たり前のように引用した『徒然草』がこちらにとってはすっかり遠いものになっていることに気がついた。それ以来ずっと気になっていたので、本棚で眠っていた本をこのたび久しぶりに取り出して読んでみた。
読んでみると前の方の段は記憶に残っているものが案外多かった(受験勉強の名残?!)。読み進むにつれて、有職故実に関するもの、貴族の子弟用の教訓的なものが増えていき、これらはほとんど覚えていないので、まあ新鮮といえば新鮮ではあった。なにかのときに使えそうなくだりを記しておく。
第5段:配所の月、罪なくて見ん事(今時、配所もないでしょうが)/第18段:昔より、賢き人の富めるは稀なり(いじましく聞こえるので内輪でしか使えませんね)/第62段:ふたつもじ牛の角もじすぐなもじゆがみもじとぞ君はおぼゆる(「こ・ひ・し・く」思う、と言う意味ですが、いったいいつ使うつもりじゃ)/第72段:賤しげなるもの。居たるあたりに調度の多き。硯に筆の多き。(中略)人にあひて詞の多き。(中略)多くて見苦しからぬは、文車の文、塵塚の塵(塵塚の塵も多いのは見苦しいでしょうに)/第73段:下ざまの人の物語は、耳おどろく事のみあり。よき人は怪しき事を語らず(テレビやSNSにも当てはまりそう)/第82段:すべて何も皆、ことのととのほりたるはあしき事なり。し残したるを、さてうち置きたるは、面白く、いきのぶるわざなり。内裏造らるるにも、必ず作り果てぬ所を残す事なり(未完であればまだ向上の余地がある、ということですね)/第137段:すべて、月・花をば、さのみ目にて見るものかは。春は家を立ち去らでも、月の夜は閨のうちながらも思へるこそ、いとたのもしう、をかしけれ。(中略)片田舎の人こそ、色こく万はもて興ずれ。花の本には、ねぢ寄り立ち寄り、あからめもせずまもりて、酒飲み、連歌して、はては、大きなる枝、心なく折り取りぬ。泉には手・足さし浸して、雪にはおり立ちて跡つけなど、万の物、よそながら見ることなし(出不精の言い訳に使えそう)/第167段:品の高さにても、才芸のすぐれたるにても、先祖の誉れにても、人に勝れりと思へる人は、たとひ言葉に出ててこそ言はねども、内心にそこばくの咎あり。慎みてこれを忘るべし(どきっ!人より勝るなどとは思っていないけれど、ちょっとした慢心はあるかもしれない)/第190段:いかなる女なりとも、明暮添ひ見んには、いと心づきなく、にくかりなん。(中略)よそながら、ときどき通ひ住まんこそ、年月へても絶えぬなからひともならめ(その通り)/
(2013.6.12読了)
[PR]
by nishinayuu | 2013-08-19 22:42 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『五体不満足』(乙武洋匡著、講談社)


c0077412_210126.jpg読書会「かんあおい」2013年5月の課題図書。
外見の特異さと満面の笑顔。その一見アンバランスなものを体現している著者が、誕生から現在までを語った自伝である。障害を持って生まれたことを嘆いたり悲しんだりする記述はほとんどなく、一個の人間としてどう生きていたかが明るく爽やかな筆致で綴られていて、実に爽快な本である。
障害者が明るく爽やかに生きていくのは難しいと思われる世の中で、なぜ著者はこれほど前向きになれたのだろうか。その理由として考えられるのは、著者の両親がたぐいまれな資質の持ち主だったことであり、その両親から生まれた著者もまたたぐいまれな資質の持ち主だったことだろう。
両親のユニークさは本書のあちこちで語られている。病院側の配慮からか誕生直後の子どもには会えずにいた母親が、やっと目にすることができたわが子を見たとき、思わず「かわいい」と言ったというのは、この一家のその後を象徴するような場面である。両親は障害を持って生まれた子どもを哀れんで甘やかすということはいっさいなく、なんでも一人でできるように育てる一方で、父は父親と兄の二役をこなしてわが子としっかり付き合い、母は小学校に毎日付き添って廊下で待機する。わが子のために必要とあれば転居も厭わないこの両親は、中学生のわが子が友人と旅行すると聞くと、心配するどころかこれ幸いと香港旅行に行ってしまうユニークな人たちなのだ。こうして著者はすばらしい両親、すばらしい教師、すばらしい友だちを得て学校生活を存分に楽しみつつ成長していく。だから著者には「自分が障害者であるということを自覚する必要も、機会もなかった」。
20歳の秋の夜長、著者はあれこれ考えているうちにふと気がつく。「障害を持った人間しか持っていないものというものが必ずあるはずだ。そして、ボクは、そのことを成し遂げていくために、このような身体に生まれたのではないか」と。これが転機となって著者はまた一歩大きく前に踏み出し、障害者を苦しめている世間の心の壁を取り除くこと、つまりソフトのバリアフリーをめざして歩み出す。あとがきにヘレン・ケラーの「障害は不便である。しかし、不幸ではない」ということばが紹介されている。(2013.5.11読了)
[PR]
by nishinayuu | 2013-07-17 21:00 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『ビターシュガー』(大島真寿実著、小学館、2010)


c0077412_11411854.jpg
虹色天気雨』(2006)の続編で、2010年の発行。登場人物たちもちょうどそれくらいの歳を重ねたようで、美月(みづき)は中学生になっている。語り手は市子さん。
できることなら、周囲の誰にも嘘はつきたくないし、なるたけ正直に、あけすけに生きていきたいと思ってはいても、残念ながら、日々の暮らしには至る所に様々な罠が仕掛けられていて、いくつになってもろくに成長せず、ぼーっとしたまま易きに流されていると、罠にはまってのっぴきならないところにまで追い込まれ、その挙げ句、つきたくもない嘘までついてしまうことになる、と四十路に突入してからというもの、妙に強く実感していた。
話は市子さんがまさにそういうのっぴきならないところまで追いこまれたところから始まる。ある日市子さんの家に美月がいきなり現れて、リビングでくつろいでいる旭(あきら)に出くわしてしまったのだ。市子さんが、美月の母親である奈津に内緒で、別居中の父・憲吾さんと美月が市子さんのパソコンでメール交換することを許していたのがそもそもの間違い。さらに市子さんが、不始末をしでかしたゲイの三宅ちゃんに拝み倒されて、まりの元恋人である旭を居候として置いてやったのがもう一つの間違いだった。かくして市子さんは、高校からの仲良し3人組の一人である奈津の娘から、3人組のもう一人であるまりの元恋人と同棲している、と誤解され、あきれられ、冷たい目で見られ……と、なんともなさけないことになってしまう。市子さんが懸命に事情を説明した結果、美月にはいちおう言い分を認めてもらえたようだが、それでもなお市子さんは軽率だ、まりちゃんの気持ちをなんで考えてあげないのか、と責められる。しかし当のまりは、初めて結婚したい相手を見つけたとかで、「市子もやっとその気になったか」と勘違いしたまま祝福してくれる。奈津も状況を知るとやはり「市子もやっと」と納得してしまう。旭の居候生活は思いの外長引き、美月や奈津、まりも不意に現れてはおしゃべりしたり食事したりしていき、どさくさに紛れて三宅ちゃんまでそこにまぎれ込むようになる。締めきりのある仕事をしていて時間に追われているはずの市子さん。自分で言うほどぼーっとしているわけでもない市子さん。それでもどこかホンワカしている市子さんのところには、しょっちゅう誰かがやってきてはごろごろしていくのだ。

語り口もホンワカと柔らかく、とても気持ちのよい雰囲気のお話である。作者もきっと市子さんと同じように暖かくて優しい人なのだろう。一つだけ気になったのは、市子さんと美月、奈津の三人で奈津がデパ地下で買ってきた惣菜で食事をする場面。どうせ自分たちだけだし、片付けが面倒だから、と奈津が言うので、プラスチック容器の蓋を開けて並べただけの、いいかげんな食卓で食べた、とあるが、いくら奈津が言いだしたにしても、おっとりゆったりした市子さんらしくない振る舞いで、残念でしかたがない。(2013.4.3読了)
[PR]
by nishinayuu | 2013-06-08 11:45 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『日々の非常口』(アーサー・ビナード著、新潮社)


c0077412_14284591.jpgミシガン生まれの詩人によるエッセイ集。全部で98のエッセイが納められている。その最初のエッセイが「ゲッキョク株式会社」。駐車場の看板にある「月極」を「ゲッキョク」と読んだという話である。実はnishinaも40代の終わりころまで(!)月極というのは駐車場の所有者の名前かなにかだと思っていた。しかも頭の中にはゲツキョクという音があった。小さいツではなく大きいツである。来日6年目にして正しい意味と正しい読みに到達した著者のものしたエッセイ集であれば、興味深い体験談に溢れていないはずはない。

さて、エッセイのテーマは多岐にわたるが、詩人のエッセイだけに特に目を引くのがことばに関するものである。salad days(若かりしころ、若気の至り)、マクドナルドのMc(簡便で型にはまった、安直で粗悪)など、英語のお勉強になる話もあれば、suitcaseが成田に着くとボリュームアップする(2音節の英語が日本語では6音になる)という愉快な英語・日本語比較もある。また、「BSE大発生」「中東の民主化」などはことばの無機質化、婉曲化による事実のごまかしであるとか、英語はアラブ人を指す蔑称には事欠かないという指摘など、鋭い批判もある。一方、日本人と見まがうような繊細な日本語理解にはっとさせられる次のような部分もある。
(英語には冬の終わりに消え残っている雪を表すぴったりしたことばがない。説明臭いRemaining snow,残り物のイメージが強いleftover snow,風流だけれどヤワ過ぎる lingering snowなどに比べて、)日本語の「残雪」はドンピシャリ。その端正な二字には無駄がない。響きも引き締まって、かといってきれいすぎず、濁音のラフなざらつきも残る。そこにぼくは、一種の悲壮美さえ感じる。

エッセイのテーマでもう一つ目を引くのは母国への苦言、批判、糾弾である。原爆投下に疑問を呈し、ベトナム戦争やイラク戦争で米兵の犠牲者数とは比べものにならない膨大な犠牲者を出していることをアメリカ市民が知らずにいることを「優雅な無知」と指摘し、ベトナムで枯れ葉剤を使い、イラクで劣化ウランという放射性廃棄物で作られた砲弾を撃ちまくった米軍を告発し、遺伝子組み換え作物の日本への上陸阻止を訴える。身につけたことばを駆使して優雅な世界に遊びつつ、社会への発信も積極的に行っている著者の活動の一端を窺い知ることができるエッセイ集である。(2013.3.18読了)
[PR]
by nishinayuu | 2013-05-30 14:29 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『冬の龍』(藤江じゅん著、福音館)


c0077412_19535923.jpg読書会「かんあおい」2013年4月の課題図書。
物語は全部で28の章からなり、それらの章が4つのグループにまとめられて、各グループに「一」「陽」「来」「復」というタイトルが付けられている。すなわち、いろいろ悪いことが続いたあとでめでたしめでたしとなる物語であり、季節は冬至から新年に掛けてである。
第1章は「穴八幡の冬至祭」。ここで主人公の寺島シゲル(6年生)、寺島誠(シゲルの父)、松村すず(下宿屋「九月館」の管理人)、山口先生(シゲルの担任)などが紹介される。シゲルは今、父が学生時代に下宿していた九月館に一人で世話になっている。4歳で母を亡くし、父は会社を辞めて故郷に仕事を探しに行っているからだ。その父から松村すずのもとに今月分の下宿代とシゲルへのクリスマスプレゼント代(2000円)が届く。シゲルは自分で貯めてきたお金に父からのお金をプラスしてマウンテンバイクを買うつもりだったが、当てが外れてがっかりする。
第2章「真夜中の肝だめし」で、シゲルと友だちの遠山哲(大勢の兄弟姉妹のお兄さん)、川原雄治(古本屋の息子)、桐沢なつみ(写真屋の娘でクラスの女王様)らが登場。なつみの心霊写真の話を雄治がせせら笑ったことから、男子三人組は夜中に南藏院(面影橋をわたってちょっと行った所にある)に行き、証拠に写真を撮ってこないといけないことになる。午前二時に南藏院で写真を撮っていたとき、三人の前に小槻二郎が現れる。松村すずに会うために信州から来たというこの青年は昔、九月館にあったケヤキの精だった。新しい年が来る前に「龍の玉」を見つけないと禍が起きる、という二郎の話を聞いたシゲルたちは、半信半疑ながらあちこちの寺や神社を訪ね歩くことになる。
物語は、木の精と龍の玉といった幻想的世界と、シゲルたちや下宿人たちの日常生活といった現実の世界が無理なく調和して綴られていき、龍の昇天という大団円のあと、穏やかでさわやかな結末へと導かれていく。そうした流れの中に、早稲田を中心とする各地の寺や神社の歴史や言い伝え、古書に綴られている事柄や古本市と古書蒐集家の世界、昭和初期から始まる九月館の歴史など、様々な事柄の詳細な記述が、収拾がつくのか心配になるほどたくさん盛り込まれている。スーパーで葱を買うエピソードには蕪村の「葱買うて枯れ木の中を帰りけり」なぞが添えられていたりするのだ。とにかく読みでのある大作である。(2013.2.25読了)

☆もともと小学校高学年用の課題図書だったため、近所の図書館にかなりの冊数がそろっていて、おかげで読書会の会員全員が一冊ずつ手許に置いてゆっくり読むことができました。いつものように何人かで回し読みしたのでは内容がつかみきれなかったかも知れないと思うほどに情報量の多い作品です。そのせいか対象の小学校高学年の子どもたちにはあまり読まれていないようで、どの本もまっさらの感じでした。
[PR]
by nishinayuu | 2013-05-03 19:54 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)