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『ことり』(小川洋子、朝日新聞出版、2012)

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「小鳥の小父さんが死んだとき、遺体と遺品はそういう場合の決まりに則って手際よく処理された。つまり、死後幾日か経って発見された身寄りのない人の場合、ということだ」という文で始まるこの物語は、いわゆる孤独死をした一人の男の、物心ついてから死に至るまでのあれこれを綴ったものである。


「小鳥の小父さん」というのは、彼がボランティアで近所の幼稚園の鳥小屋を掃除していた時期に園児たちが付けた呼び名だった。ある事件のせいで幼稚園から拒否されるまで、彼の鳥小屋掃除は20年近く続いた。園児たちだけではなく他の人たちからも「小鳥の小父さん」と呼ばれるようになっていた彼だったが、鳥小屋掃除をやめてからは「ことり」と陰でこそこそ呼ばれたりした。これは彼の晩年の話である。
彼に初めて幼稚園の鳥小屋を見せてくれたのは、七つ年上のお兄さんで、それは彼が六つになったばかりのころだった。13歳のお兄さんは小鳥のことをとてもよく知っていて、弟にいろいろ教えてくれたが、お兄さんの言葉が分かるのは弟だけだった。学校の先生も、お父さんもお母さんも、近所の人たちも、みんなお兄さんの言っていることが分からなかった。なぜならお兄さんは11歳を過ぎたあたりから自分で編み出した言語でしゃべり始め、13歳のころにはその言語「ポーポー語」はすっかり完成されていたからだ。弟はそれ以来「ポーポー語」を話す兄と一緒に生きてきた。両親が亡くなった後もずっと。それは世間的に見れば寂しく孤独な人生といえるかもしれないが、「小鳥の小父さん」にとってはそれなりに充実した、ある意味では波乱万丈の人生だったのだ。

2012年発行の書き下ろし作品。(2016.1.23読了)
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by nishinayuu | 2016-04-15 10:00 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

私の10冊(2015年)


c0077412_10135424.jpg☆この1年に読んだ本の中から特に気に入った本を選んで、「私の10冊」としてまとめてみました。また、「私の10冊」の選から漏れた本を「お勧めの10冊」として挙げてみました。
☆画像は「風の丘」です。

私の10冊
白の闇(ジョゼ・サラマーゴ、訳=雨澤泰、NHK出版)
Julius Caesar(Shakespeare, Greenwich House)
아침의 문 (박민규、문학사상)
チボー家の人々(マルタン・デュ・ガール、訳=山内義雄,白水Uブックス)
チェスをする女(ベルティーナ・ヘンリヒス、訳=中井珠子、筑摩書房)
風の丘(カルミネ・アバーテ、訳=関口英子、新潮クレストブックス)
八月の六日間(北村薫、角川書店)
暗いブティック通り(パトリック・モディアノ、訳=平岡篤頼、白水社)
時の娘(ジョセフィン・テイ、訳=小泉喜美子、早川書房)
死んでいる(ジム・クレイス、訳=渡辺佐智江、白水社)

お勧めの10冊
蠅の乳しぼり(ラフィク・シャミ、訳=酒寄進一、西村書店)
ある小さなスズメの記録(クレア・キップス、訳=梨木香歩、文芸春秋)
あらしの前、あらしのあと(ドラ・ド・ヨング、訳=吉野源三郎、岩波書店)
だから荒野(桐野夏生、毎日新聞社)
日本語の正体(金容雲、三五館)
나의 문화유산 답사기(유홍준、창비)
Bartleby the Scrivener(Melville、国書刊行会))
どこ行くの、パパ(ジャン=ルイ・フルニエ、訳=河野万里子、白水社)
ある青春(パトリック・モディアノ、訳=野村圭介、白水Uブックス)
方丈記(鴨長明、小学館日本古典文学全集)
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by nishinayuu | 2016-02-07 10:16 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『音楽と文学の対位法』(青柳いづみこ、みすず書房)

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本書はピアニストであり文筆家でもある著者によるエッセイ集で、以下の六つの章からなる。


第1章モーツアルト――カメレオンの音楽
第2章シューマンとホフマンの「クライスレリアーナ」
第3章ショパンとハイネ
第4章ワーグナーと倒錯のエロス
第5章ラヴェルとレーモン・ルーセル
第6章ランボーの手、ドビュッシーの手
この著者の『ピアニストは指先で考える』は、専門的すぎて理解の届かない部分も多かったが、それでも非常に興味深く、楽しい読書体験ができた。それで、図書館でこの本を見つけた時、「♫あの-すばらしい感動を-もう一度♫」と思って手に取った。ところが本書はさらに専門性が高く、音楽と文学に関する膨大な情報に圧倒されるばかりで、とても歯が立たなかった。ヴァイオリニストのクライスラーなら知っているが、ホフマンのクライスラー楽長は読んだこともないし、シュールレアリストたちが高く評価したというレーモン・ルーセルも知らない、というレベルでは理解できるはずもない。そういうわけで「読了」したとは言えない状態だが、おもしろいと思える箇所は数え切れないほどたくさんあった。多すぎて書き切れないので、ほんの少しだけ抜き書きしておく。

*ショパンはまわりの文人たちにこよなく愛された。シューマンもリストもメンデルスゾーンも、同世代の作曲家たちはことごとくショパンの作品や演奏を賛美した。しかし、ショパンは極端に気むずかしく、彼らについての評価は留保するか故意の言い落としで巧みにカモフラージュした。
*貴族性と大衆性の奇妙なまざりあい、民衆という者へのアンビヴァレントな感情がハイネとショパンを近づけたのではないかと思うことがある。
*『ワーグナーとはなにか』の著者ブライアン・マギーによれば、ワーグナーの作品は、とりわけ「感情的に孤立ないし抑圧された人」の想像力を強く刺激する。ニーチェ、コルク張りの部屋で一人で暮らしたプルースト、西欧世界に背を向けてアフリカで生きたシュヴァイツァー、性欲が乏しく、概念を通してしか人と関わることのできなかったバーナード・ショー。このリストに、実姉と近親相関関係にあったといわれるビアズリー、冷感症崇拝のボードレール、同性愛的傾向を隠したトーマス・マン、ロリコンのバーン・ジョーンズやマザコンのファンタン=ラトゥール、マゾヒストのスウィンバーン、他ならぬルードヴィヒ二世などを加えると、ある種の傾向が見えてくるだろうか。
*ドビュッシーの書簡にはたった1通を除いてはランボーのラの字も出てこない。ヴェルレーヌの詩には多くの歌曲を作曲したものの、(中略)ランボーの詩に音楽をつけたこともない。このないないづくしが、かえって意識している証拠ではないかと、うがった見方もしてみたくなる。
*「音楽は、どんなに恐ろしい場面でも、決して耳を汚さず、やはり楽しませてくれるもの、つまり、いつでも音楽であり続けなければなりません」というモーツァルトの言葉は、「音楽は謙虚に人を楽しませることに努めるべきです」と書いたドビュッシーの言葉と恐ろしいほど似ていて、思わず身体がふるえるほどである。(そして、ドビュッシーの不協和音にあふれる即興演奏に憤慨した同級生に対してドビュッシーは次のように答える。)「今日の不協和音は、明日の協和音ですよ!」つまり、当時の耳が不協和音と感じたものが、ドビュッシーにとっては「喜び」だったということになる。
*(ストラヴィンスキーの「ペトルーシュカ」を絶賛したドビュッシーは、「春の祭典」にはきわめて獰猛だという感想を述べ)のちにアンセルメに本音をもらしている。「ストラヴィンスキーは音楽的ではない方法で音楽を作ろうとしているように思われる。それは、ドイツ人たちが今やおがくずでビフテキを作ることができると表明したのと同じようなものだ」――ロックスパイザー『ドビュッシーの生涯と思想』より。
(2015.8.31読了)
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by nishinayuu | 2015-12-21 10:04 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『八月の六日間』(北村薫、角川書店、2014)

c0077412_21164585.jpg本書は2014年5月に初版が発行された短編集である。五つの章からなり、各章は2011年から2014年にかけて『小説 野生時代』と『小説 sari-sari』に掲載されている。
第1章「九月の五日間」ではまず、30代も終わりに近づいた女性編集者が山女子になったきっかけが語られる。3年前、仕事のストレスと私生活のどんよりした不調が重なっていた語り手を、活力いっぱいの部下「藤原ちゃん」が山行きに誘ってくれたのだった。行き先は大菩薩に近い滝子山。語り手は、山から手を差し伸べられてしっかりその手を握ったそのときの感動を、次のように述べている。
細い涸れ沢の上を紅葉のアーチが先まで続いていた。木漏れ日が優しく落ち、葉のひとつひとつが頭上できらめいていた。(中略)空から降ってくるのは、素朴なのに荘厳さを感じさせる光。色がそのまま音楽だった。(中略)この世のものとは思えない眺め。わたしが足を向けずにいた間も、ここには、この自然があり、わたしが帰った後もある。それがとても有り難いことに思えた。

かくして語り手は忙しい仕事の合間に山歩きをするようになり、少しずつ腕(脚?)をあげていく。そして3年後には標高3800mの槍ヶ岳に挑戦するまでになっている。これが第1章の「九月の五日間」である。その2年後、40代に突入してから裏磐梯の雪山(第2章「二月の三日間」)。編集長に昇格した年、山と出会った5年後には蝶が岳、常念岳、燕岳を縦走(第3章「十月の五日間」)。次のゴールデンウィークには「8時ちょうどのあずさ」で春の雪山を体験(第4章「五月の三日間」)。続いてパラオ出張などをこなした後、裏側から北アルプスに入り、薬師平、雲ノ平、高天原温泉、双六岳、鏡平へと尾根歩き(第5章「八月の六日間」)。
語り手は編集者という設定なので、山行きには必ず本を携行する。たとえば戸板康二の『あの人この人 昭和人物師』、内田百閒の文庫本、『向田邦子 映画の手帳』、南方熊楠の『十二支考』、川端康成の『掌の小説』、吉田健一の『私の食物誌』、ヴァージニア・ウルフの『オーランドー』、西村美佐子の歌集『風の風船』、中島敦の『南洋通信』という具合。新旧取り混ぜて、といいたいところだが、ちょっと旧が勝っている感じの選択だ。本の選択より興味深いのは山に携行する食べ物の選択。たとえば「二月の三日間」ではおにぎりとメロンパン、板チョコ、フィナンシェ、月餅、レーズンサンドに甘いものの詰め合わせ袋(中身はアーモンドチョコ、ミニビスケットサンド、干しマンゴー、オランジェット)と甘いもののオンパレード。一応しょっぱいものの袋(品川巻とじゃがりこチーズ味)も用意されるが、断然甘いものに偏っている。語り手が山で出会ったバルトークが好きな「麝香鹿さん」などは山小屋を出る時に1本の羊羹を手にして、それをかじりながら歩くということになっている!
編集者として関わる作家たち、同じ業界にいながら6年も出逢わなかったもと同居人、山で行き合った人々など登場人物と彼らにまつわるエピソードも多彩で、「一人山歩きの話」と「自立したアラフォー女子の話」がうまく絡み合った楽しい読み物である。(2015.8.8読了)
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by nishinayuu | 2015-12-05 20:23 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『花はこべ』(大島英昭、ウエップ、2015)


c0077412_15111722.jpg本書は学生時代の友人による第2句集である。俳句とは無縁の人間に貴重な句集を送ってくれたことに感謝しつつ、詠まれた景とそのときの詠み手のたたずまいを想像しながら、また一語一語の音を辞書やインターネットで確認しながら読んだ。おかげで季語や俳句独特の言い回し、難読漢字などの知識が少し増えたような気がする。それはそれとして、俳句の世界ではなぜ難読漢字にルビをつけないのだろうか。鑑賞者に解読の苦しみを味わわせるのも俳句を詠む楽しみのひとつなのか、と勘ぐりたくなる(著者への苦言ではなく、俳句を詠む人全般への思いです)。そうかと思うとルビなど不要と思われるところにルビがあったり、漢字表記でもよさそうなところがひらがな表記になっていたりする。表記に関してなにか決まりのようなものがあるのだろうか。それはともかく、今回せっかく辞書を引き引き解読したので、それらを記録しておくことにする(結果的に無知をさらけ出すことになりますね。)

〇ルビがほしかったことば――石蓴(あおさ)、萍(うきくさ)、穭田(ひつじだ)、秋黴雨(あきついり)、磴(とう:石段/坂道)、榠樝(かりん)、末黒野(すぐろの:野焼きのあとの黒くなった野)、木五倍子(きぶし)、行行子(ぎょうぎょうし:オオヨシキリ)

〇独特の表現――ほろろ打つ(雉、山鳥などが羽ばたきする/羽ばたきして鳴く)、小六月(10月の異称)、捨子花(曼珠沙華の異称)、数へ日(年末の残り少ない日々)、春ならひ(春北風)、鳥曇り(冬鳥が北へ帰る頃の曇り空)、雀がくれ(春の草丈が雀を隠す位に伸びた状態)、まくなぎ(糠蚊の一種。かたまって上下に飛び、目の前につきまとう)、との曇り(空一面に曇ること)

おこがましいので俳句の鑑賞はしない(できない)が、特に心惹かれた句を挙げておく。
藁葺きの屋根の高みを夏の蝶
野茨の実の赤らみてゆくところ
丘あれば丘の形に曼珠沙華
野ぶだうの路傍に熟るる妻の里
声明の途切れ途切れに黒揚羽

(2015.7.1読了)
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by nishinayuu | 2015-11-07 15:11 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『だから荒野』(桐野夏生、毎日新聞社、2013)


c0077412_10565861.jpgこの作品の初出は毎日新聞朝刊(2012年1月1日から2012年9月15日まで連載)で、単行本化に当たって大幅に加筆・修正されたという。またドラマ化されて、NHK-BSの日曜夜22:00~22:49に全8回で放送された。このドラマを何気なく見始めたらけっこう面白くて、5回くらいまでは見たのだが、終わりの方は見損なってしまった。最後がどうなったか気になったので原作を読んでみた。その結果、ドラマと原作にもいろいろ相違点があることが判明。結局『だから荒野』という作品には三つのヴァージョンがあるわけだが、大筋は、一人の女性の自分探しの旅を描いたロード・ムービーであり、家族の崩壊と再構築の物語である。
物語の冒頭でヒロインの森村朋美は46歳の誕生日を迎える。家族の誰も誕生日を祝ってくれそうもないので、朋美は自分で新宿のレストランを予約し、夫の浩光と長男の健太、次男の優太を誘う。ところが、念入りに化粧をし、この日のために用意した若々しいチュニックに着替えた朋美を、家族はうんざりしたような目で見るばかり。高1の優太は一緒に出かけることさえ拒否。浩光は浩光で、いつも通りに朋美が運転するものと決めてかかっている。誕生日の朋美にお酒を楽しませてやろうという気遣いは全くないのだ。さらに、グルメサイトに投稿してそれなりの評価も得ているらしき浩光は、朋美の予約したレストランにあれこれ難癖をつけはじめる。このとき朋美ははっと気づく。朋美は家族の誰にとっても大切な人間ではなくなっていたのだ。それなら、と朋美は食事を中断して席を立つ。家族という「荒野」を捨てて一人で車に乗り込んだ朋美は、どこかにあるに違いない「沃野」を求めて走り出す。高速道路に乗って遠い長崎に向かう1200㎞の長い旅がはじまったのだ。

はじめはヒロインの視点で描かれているが、次第に夫や子どもの視点も取り込まれてきて、女には見えていて男には見えないもの、逆に女から見ればつまらないことでも男には大事なこと、などが浮かび上がってくる。なんの取り柄もないだめ主婦のように思えた朋美がきっぱりした大胆さ(長崎の語り部老人・山岡のいう「猛々しさ」)の持ち主だったこと、無神経で自己中でどうしようもない夫に思えた浩光にも同情すべき点がなくはないこと、健太にも優太にもそれぞれ事情や言い分があることなどを、巧みな展開の中で納得させてくれる作品である。(2015.4.14読了)
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by nishinayuu | 2015-07-22 10:58 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『シェイクスピアの面白さ』(中野好夫、新潮選書)

c0077412_14174037.jpg本書は「40年間シェイクスピアに親しみ、暇があれば彼の作品を反読して感慨にふけるのが、いちばん楽しい」と言っていた著名な英米文学者・文芸評論家・社会評論家によるシェイクスピアの案内書である。シェイクスピアにあまり馴染みのない人にもシェイクスピアのおもしろさをぜひ知ってもらいたい、という著者の熱意が伝わってくる楽しくてためになる読み物となっている。
最も興味深いのは、シェイクスピア劇の様々な場面をそれらが演じられた劇場との関係から解き明かしている部分である。すなわち当時の劇場は、
1.すべて小劇場で、せいぜい小さな寄席程度の大きさだったから、台詞のやりとり間に表現される微妙な心理の陰影まで伝えられた。だからシェイクスピア劇は「言葉、言葉、言葉」の戯曲であり、「見る芝居」よりも、むしろ「聴く芝居」であった。
2.太陽光線の劇場、一種の屋外劇場だった。舞台の上や桟敷席の上には屋根があったが、大部分を占める平戸間の上は青天井だったから、晴天だけの興業で、雨の日は休んだ。それで、各場面のはじめにそれが夜だか昼だかを観客に理解させる台詞が必ず数行入っている。たとえば「ハムレット」第一幕第一場では歩哨同士が闇をすかしてするような誰何の問答と「いましがた12時が鳴った」という一句がある。また「マクベス」第二幕第一場には「もう何時だ?」「月はもう沈みました」「十二時に沈むはずだな」云々の台詞がある。
3.舞台はほとんど無背景で、暗示的な道具類がいくつか出されることによって場面が限定された。たとえば寝台があれば寝室、椅子とテーブルに玉座らしきものがあれば宮廷の一室、3,4本の立木のようなものがあれば森、という具合だったと考えられる。また、照明や音響効果もほとんどなかったから、それを言葉による叙述で補った。だから「リア王」の第三幕第二場の冒頭に嵐を描写する「吹け、風神奴、頬を突き破るまで吹け!」に始まるリア王の長台詞が必要だったのだ。
4.舞台の前面には舞台と観客席を隔てる幕はなかった(ただし、外舞台と内舞台を隔てる幕はあった)。人物の登場が芝居の始まりであり、人物がいなくなれば芝居の終わり、となる。だから「ハムレット」の終幕のように死体を担いで退場したり、引きずって退場することで始末をつけたりするのが原則だった。
もうひとつ興味深いのは女性の登場人物についての解説。当時は変声期前の少年が女性の役を演じていたため、男性に比べて女性の登場人物が極端に少なく、演技力のある少年俳優が少なかったため、オフィーリアやデスデモーナのような性格の弱い女性が多いのであって、マクベス夫人、クレオパトラなどは、まれに存在した演技力のある少年俳優を念頭に置いて書かれたものだろうという。また女性が男性に変装する例が多いのも、演者が少年俳優だったからこそ、演じる側にも見る側にも違和感はなかったはずだともいう。
他にも日本におけるシェイクスピア劇受容の歴史と現状、古代ギリシアの演劇や日本の能・歌舞伎との類似点や相違点、個々の作品の楽しみ方など盛りだくさんな内容で、厚さの割に読み応えのある本である。(2015.3.15読了)

☆この5月に数十年ぶりにロンドンに行くことになったので、ついでにストラットフォード・アポン・エイヴォンにも足を伸ばすことにしました。そこで、シェイクスピア劇で読み残していた数編を、理解できない部分は飛ばしに飛ばして超特急で読み、1967年3月刊行のこの古い書物も引っ張り出して再読しました。一時は処分しようと思った本ですが、取っておいてよかった!
なお、画像はシェイクスピア博物館の中庭。見物人を前にして二人の役者が劇のさわりの部分を演じている。
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by nishinayuu | 2015-07-10 14:23 | 読書ノート | Trackback | Comments(2)

『向かい風』(住井すゑ、新潮社、1958)


c0077412_1156956.jpg読書会「かんあおい」2015年3月の課題図書。
この作品は1958年に講談社から刊行されたということなので、作者の住井すゑ(1902~1997)50代の作品であることがわかる。カバー裏の作者紹介に、1959年、病没した夫の納骨を済ませてすぐに『橋のない川』の取材を始めたとあり、この作品は夫の看病に明け暮れる中で書き進められたものだろうと推察できる。
舞台は茨城県の牛久沼。山吹が真っ盛りの季節、松並健一の戦死の報が家族のもとに届いたところから物語は始まる。父親の庄三、母親のいく、祖母のなか、嫁のゆみ、からなる家族は「いつ、どこで死んだかわかりもしねえで」と嘆きながらも、一片の遺骨もない健一の葬式を精一杯盛大にとり行った。ここで「一段落ついた」わけで、ゆみはこの家を去るのが順当だと考えて話を切り出したが、「俺なりに考えてる。なにも今夜でなくてもよかっぺ」という庄三のことばに、家を出るきっかけを失う。農繁期を控えて、いちばんの働き手であるゆみを失うことは、農家として致命的だったので、祖母のなかも姑のいくも庄三に同調して黙っていた。こうしてゆみはずるずると居残ることになり、庄三といっしょにあれこれの農作業に励んでいるうちに二人の距離は縮まっていき、やがてにっちもさっちもいかない事態へと展開していく。

登場人物たちが交わすことばのがさつさ、それぞれの欲望がむき出しの行動などなど、その言動のすさまじさにたじたじとなって、共感できる人物は一人もいない、と思いながら読み進めていくうちに、いつの間にか一人一人の心情に寄り添っている自分に気付かされる。そんな不思議な力を持った作品である。農村に根を下ろして生活した作家ならではの、農家の人たちと農家の暮らしへの愛情に溢れる作品である。(2015.3.7読了)
☆画像は牛久沼
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by nishinayuu | 2015-06-20 11:56 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『怪談』(小泉八雲、偕成社)


c0077412_9102288.png読書会「かんあおい」2015年2月の課題図書。
本書には全部で20の怪談が収められている。昔初めて読んだときはぞっとした話も、その後何度か接して感受性が鈍くなったのか、さらりと読めてしまった。そんな中で印象深いのはやはり「耳なし芳一の話」。この話や「守られた約束」などに現れる「得体の知れた者の死霊」には心惹かれる。各編のタイトル、内容、伝承地を以下に記録しておく。

ムジナ(のっぺらぼうの話。赤坂町の紀の国坂)
幽霊滝の伝説(背負った赤子の首がもぎ取られた話。鳥取西部の各地)
雪女(木こりの茂作と己之吉が雪女に出合った話。武蔵の国)
茶碗の中(式部平内の顔が映った茶を飲んだ関内という若党のその後。本郷白山)
安芸之介の夢(常世の国が実は蟻の巣だったという話。大和の国十市の里)
和解(雨月物語の「浅茅が宿」に類似。京都)
常識(徳の高い坊さんが狸に化かされた話。京都愛宕山)
ほうむられた秘密(隠した恋文が気になって亡霊となった娘の話。丹波の国)
鏡のおとめ(百済から来た鏡の精の話。南伊勢の国)
食人鬼(夢想国師による施餓鬼の話。美濃の国)
梅津忠兵衛(城の夜勤番が氏神の頼みを聞いてあげて強力を得た話。出羽の国横手)
おかめの話(長者の娘おかめが施餓鬼によって成仏する話。土佐の国名越)
忠五郎の話(足軽の若者が蟇に血を吸い取られる話。江戸小石川)
守られた約束(囚われの男が切腹して魂となり、約束を果たす話。播磨の国加古の里)
やぶられた約束(約束をやぶって再婚した夫の若い妻を、死んだ妻が殺害する話。)
果心居士(祇園の社で仏の教えを説いていた居士の話。京都の北端)
青柳ものがたり(畠山義統の家来が柳の精を妻にした話。能登の国)
ろくろ首(元菊池家の家臣・回竜とろくろ首の話。九州→甲斐の国→信州諏訪)
耳なし芳一の話(阿弥陀寺の芳一が亡霊たちに平家語りを語った話。下関/赤間が関)
(2015.2.7読了)
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by nishinayuu | 2015-04-28 09:10 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『画家の妻たち』(澤地久枝著、文藝春秋社)

c0077412_14194810.jpg「芸術的境遇とは縁のない家庭の子だった」という著者が、いつしか絵が好きになり、画家への関心と画家の伴侶となった女性たちへの関心が高まっていったという。本書はそんな著者が画家の描いた「妻の肖像」を求めて世界各国を訪ね歩いてまとめた「画家と妻の肖像」集である。
取り上げられているのは19組。画家によって美しい姿で画布に残された妻たち(モネの妻カミーユ、ピカソのオルガ、シャガールのベラ、ダリのガラ)もいれば、幸薄き人生を思わせる姿で残された妻たち(ロセッティのエリザベス、モディリアニのジャンヌ)もいる。画家を陰で支えた妻たち(セザンヌのオルタンス、ルドンのカミーユ、)もいれば、画家に支えられて生きた妻(ボナールのマルト)もいる。窮乏や芸術家の奔放さにずたずたにされた妻たち(レンブラントのサスキア、ゴーギャンのメット)がいる一方で、聡明な妻たち(マネのシュザンヌ、マチスのアメリー)、強靱な精神力を持った妻たち(岸田劉生のシゲル、リベラのフリーダ)、平穏に生きた妻たち(ミレーのカトリーヌ、もいる。(最後に取り上げられている現代画家のワイエスの場合だけ、表題に掲げられているヘルガはモデルであって妻ではないが、妻も強烈な個性の持ち主として登場している。)
絵の背後にある様々な人生を語るに当たって著者は、精力的な絵画探訪の旅から得たものに「先学たちのまとめた資料」を重ねていったという。中にはもちろん、著者が独自に発見した事実も含まれている。著者の精力的な旅は基本的には一人で、ときどきは向田邦子とともにしたものだという。向田邦子は、次のような魔法の言葉で著者を絵画の旅に駆り立てて、本書の誕生に大いに貢献したらしい。
「あなたがどんな表情をするか、見ている楽しみがあるのよ。どんな感想を言うか。興味があるの。」
著者と向田邦子との親交ぶりは向田邦子の『眠る盃』(こちら→)からもうかがい知ることができる。(2014.12.10読了)
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by nishinayuu | 2015-03-03 14:19 | 読書ノート | Trackback(1) | Comments(1)