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『間取りと妄想』(大竹昭子、亜紀書房)


c0077412_09275223.jpg本を読みながら、作中人物が町を歩いている描写があれば街の地図を、作中人物が家の中を動き回る描写があれば家の間取り図を頭の中に描くのはだれでもやることだろう。私の場合、本に出てくるのが実在する場所であれば、地図を広げながら読むことも多い。そして間取りは、書中の文言を頼りに自分で描いてみるのだが、これがなかなかうまくいかない。家全体の形、方位、広さ、部屋と部屋の位置関係を示す文言が不十分なことが多いからだ。それで読み始めに書いた間取り図が、そのあとの描写とは合わなくなって書き直すこともあるし、何度書き直しても納得のいく間取り図が完成しないことも少なくない。そんな「未完成の間取り図」に悩む者にとって、本書の出現は衝撃的だった(大げさな!)。

本書は13の作品を収録した短編集である。そしてすべての作品に間取り図がついている。というより、まず間取り図があって、本文はその間取り図から妄想したもの、という形になっているのだ。間取りはいずれもユニークで、そこから妄想された話も各自各様に風変わり。各作品の冒頭に間取り図が提示されているのはもちろんだが、すべての間取り図が別刷りで添付されている(大きさと紙の厚さがイマイチではあるけれど)。そうした作り手側の遊び心と仕掛けを素直に受け入れて楽しむのがこの本の正しい読み方であろう。

特に印象に残った作品は次の6――船の舳先にいるような/ふたごの家/どちらのドアが先?/浴室と柿の木/家の中に町がある/カメラのように

その他の収録作品――隣人/四角い窓はない/仕込み部屋/カウンターは偉大/巻貝/月を吸う/夢に見ました

*メモ1――「ふたごの家」に「身体のサイズが同じなのをいいことに服はおもやいにするし」という文があり、「おもやい」?と思って調べてみました。長崎、博多などで使われる言葉で、意味は「いっしょに使う/共有する/share」だとか。動詞の「もやう」(古語では「もやふ」)の名詞形「もやい」に美化語の「お」がついたものだそうです。初めて知った今知った。

*メモ2――「巻貝」に「作業がひと段落したときに」という文があります。これは明らかに「いちだんらく」のまちがいですね。でも最近は誤読のほうが幅をきかせているので、そのうち「いちだんらく」と言ったり書いたりしたら笑われることになるかもしれません。

2017.8.18読了)


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by nishinayuu | 2017-10-23 09:30 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『能よ 古典よ!』(林望、檜書店、2009)

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本書は作家・書誌学者で『イギリスはおいしい』などで知られる著者による能楽論と新作能を一書にまとめたものである。





1章「古典文学と能」では『志賀』という曲を取り上げて、能とは、古典文学を縦横自在に取り込むことによってごく少ない字数で千万言にも当たる内容を表現する「恐るべき芸能」である、と説く。

2章には著者による創作能『黄金桜』と『仲麻呂』が収められている。前者は小金井薪能の創立30周年記念の委嘱作品で自然との共生をテーマにした作品であり、後者は阿倍仲麻呂と唐の大詩人王維との厚い友情と別離という史実をもとに、若い人たちが将来への希望を持てるように作劇したものだという。いずれも著者の古典文学の造詣と能への愛が結集した魅力的な作品となっている。

3章では25の曲を取り上げて、それぞれの曲の成り立ち、盛り込まれている古典文学作品、聞き逃したり見落としたりしてはいけない部分、などなどが細かく説かれている。読んでいるうちに実際に舞台を見ているような気もしてくる臨場感のある解説書となっている。その中で特に印象に残ったのは『藤戸』の項。この曲は源平の戦の折にあった次のような話に基づいている。

源氏方の侍大将佐々木盛綱が敵陣のある児島へ渡る浅瀬を浦の男に案内させたあと、男の喉をかききって殺した。敵陣に先駆けする功を自分のものにするためだった。そして戦に勝った後に盛綱は児島を領地に賜る。

さて、能の『藤戸』では冒頭、「波静かなる島廻り、松吹く風も長閑にて、げに春めける朝ぼらけ」に盛綱が領地にお国入りする。と、そこへ老女(浦の男の母親)が登場し、曲が進むと浦の男の亡霊も登場して、という展開になる。

平家物語巻十、元暦元年九月二十五日の夜のこととして出てくる話をもとにしており、『吾妻鏡』には盛綱が藤戸の海路を渡ったのは元禄元年127日とあって、とにかく晩秋か晩冬の出来事である。これについて著者は言う。「明から暗へ、朝から夜へ、とすべてベクトルはマイナス方向を指しているのがこの曲である。されば、冒頭は秋であってはならないことも、これによって領得せられるであろう。このドラマツルギーのためには、季節を反転させることなど、本説に逆らうことにはならない、卓抜なる作者(確証はないが世阿弥であろうか)は、そのように思って季節を三月に設定したに違いないのである。」

というわけで、手元に置いて何度も読み返したくなる本だが、知人から借りたものなので、そろそろお返ししないと……。(2017.6.15読了)


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by nishinayuu | 2017-09-21 14:01 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『済州島で暮らせば』(金蒼生、新幹社)


c0077412_09382963.jpg著者は大坂で生まれ育った在日コリアン二世。中学までは日本名で日本の学校に通い、高校から朝鮮学校に通ったという。2011年、60歳のときに、「生まれる地を選べなかった。せめて死に場所は選びたい」と、父祖の地である済州島に夫とともに移住し、定住している。


本書は2011年から2016年までの思いと体験を綴ったエッセイ集。新参者の素朴な驚きと感動ではじまった著者の済州島暮らしは、やがて島の歴史と文化を熱く語る済州島人としての暮らしへと変容していく。本書は観光地としての済州島しか知らない読者には、本書の帯にあるように「済州島の深層心理と出会う済州島入門書」となるだろう。それと同時に本書の後半部分は「韓国社会の性格と行動パターンに出会う韓国入門書」としても読める。

2014年の「現在を撃つ四十五年前のエッセイ」の冒頭に、台風のせいで雨が降り続いて外仕事ができないので、手許にある『小林勝作品集』を読む話が出てくる。この作家や作品集については置いておいて(!?)、著者がこのときの台風の名前ノグリ(狸)について「何故こんな名前が採用されたのだろう」と疑問を投げかけている点について一言。

2000年から台風の名前は「台風委員会」の加盟国(14カ国)が提案した140の名前を発生順に付けることになり、韓国はケミ(蟻)、チェビ(燕)、ナリ(百合)、ノグリ、チャンミ(薔薇)などを提案している。2014年に8番目に発生した台風がちょうどノグリの番だったというだけのことだ。あるいは著者はそれを承知のうえで、台風委員会に提案する前の段階で、名前の候補の中から「何故こんな名前が採用されたのか」と韓国の提案者に疑問を呈しているのだろうか。疑問の真意がわからない曖昧な文章に、しばし悩んでしまった。ついでに言えば、本書は校閲、校正の不備が少なくないため、内容にも全幅の信頼は置けないように思えてくるのが残念だ。(2017.5.26読了)


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by nishinayuu | 2017-08-28 09:40 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『能に生きる女たち』(大石登世子、檜書店)


本書は能をよりよく味わうための解説書といった趣の本で、女性の生き方に焦点を合わせた27の作品を取り上げ、様々な身分や境遇に生きる女性の悲しみや怒り、喜びについて論じている。

冒頭に、著名な能研究者である増田正造氏による〈『能に生きる女たち』讃〉という文が載っているので、その一部を記しておく。

吉田兼好が『徒然草』に解いたのは、対象にのめり込むことのない距離の置き方である。客観的な視野を持つ位置である。/この著者の能を見渡す視野の広さはまさにそれである。能に淫していないのだ。その目は冷徹でしかもあたたかい。(中略)私はこれから能を見る前にこの本を読み、心を能に潜めたいと思う。

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取り上げられているのは次の27

桜川/藤戸/杜若/葵上/半蔀/清経/姥捨/野宮/鉄輪/葛城/求塚/三山/大原御幸/芦刈/檜垣/蝉丸/松風/黒塚/定家//海人/隅田川/千手/籠太鼓/花筺/通小町/卒都婆小町

特に印象に残った部分を書きとめておく(語句は原文通りではありません)。

*〈女物狂、狂女、狂乱、狂ふ〉といった言葉が使われるが、当時は、狂う=芸を演じること、〈面白う狂ふ〉とは美しく珍しい芸を見せることで、その演技が観客の興味の中心だった(桜川)

*世阿弥は、よき能の条件として典拠がしっかりしていることをあげている。典拠となるのは『伊勢物語』『源氏物語』『平家物語』などの先行する文芸、『古今和歌集』などの歌集、各地に伝わる説話、寺社縁起など。作品の背景となる話を観客が共通認識しているという前提で、能の物語は進行する。これは季語の本意を共有するものが集まって俳句をたのしむのと似ているように思う。(杜若)

*六条御息所の怨霊事件について、瀬戸内寂聴は六条御息所の度を過ごすほど思い詰める性格が招いた悲劇と評しているが、馬場あき子は生きながら鬼となって晴らさずにはおかない妄執の裏にある、六条御息所の深い羞恥の心と孤独を指摘している。(葵上)

*歌舞伎や文楽浄瑠璃の愁嘆場では、大仰に声や表情に出して演じるところを、能では演技が内へ内へと凝縮されてゆき、見た目には型として象徴的に示されるのが、対照的と言える。一篇の詩劇のような流麗な詞章と曲で紡がれる物語は、ギリシャ悲劇を思わせるほどだ。(蝉丸)

*古くから「熊野、松風に米の飯」といわれる人気曲。場面の変化に富んだ見所の多い曲で、江戸後期の「能演目番付」では、堂々の大関となっている。当時は、横綱はなく大関が最高位だから、人気の程がうかがえる。(松風)

*能では鬼となった女は般若の面をつけるのが定番。般若とは梵語で「真理を見ることのできる智恵」を意味するが、女の怒りと悲しみを凝縮させた般若の面は、能面の中で最も優れた造形の一つであるといわれる。(黒塚)

2017.4.12読了)


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by nishinayuu | 2017-07-19 07:46 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『奥の細道紀行』(大石登世子、ふらんす堂)


c0077412_09450864.jpg本書は『遊行』(こちら⇒)と同じ著者による「紀行文」であるが、驚くほど詳細かつ膨大な旅の記録が収められている。俳句はもちろん、短歌や物語、説話・伝承文学、芸能、宗教、歴史、地理、動植物などなど、著者の心と眼の及ぶ範囲は広く、ついていくだけでも一苦労である。(著者と親しいという人物から借りた書物なので、とにかく最後まで読み通すことができてほっとしましたが、一度きりの読書では消化しきれない内容なので、参考書として手元に置いておきたいと思ったのでした。)

特に興味深かったところを下に列挙しておく。

*下野では、自国側の境の明神を玉津島神社、陸奥側の神社を住吉神社と呼ぶ。反対に、奥州では自国側の境の明神を玉津島神社、下野側を住吉神社と呼んでいる。(中略)玉津島明神は女神で内(国を守る)、住吉明神は男神で外(外敵を防ぐ)という信仰に基づいて祀られている。

*医王寺は風格のある立派な寺で、境内の片隅に、「笈も太刀も五月に飾れ紙幟」の句碑がある。(中略)実は、芭蕉たちはこのお宝を見ていないらしいのだ。曾良の日記には「判官殿笈・弁慶書きシ経ナド有由」とある。曾良の記述は正確で、見たものは見た、と書くから「有由(あるということだ)」とは、つまり見なかったということ。寺の門には入らず、西の方にある堂へ行った、と記している。

*白河の関もそうだが、著名な歌枕の地となると、芭蕉の筆はどういうわけか格調高い美文調になるのだ。それでいてどちらも芭蕉本人の句はなく、松島も、/「松島や鶴に身を借れほととぎす」/と、曾良の句がおかれる。/失礼な言い方だが、芭蕉は著名な歌枕の地で俳諧を詠む難しさを感じ始めていたのではなかったろうか。/歌枕は結局和歌のためのものであり、伝統に則って詠むかぎり、十七文字は三十一文字にかなわない。叙景にしても叙事にしても事情は同じである。完璧な景を前にすると、季語を取り合わせたありきたりの絵はがき的な句しかできないのは、現代の私たちも経験することである。

*「取り分て心も凍みて冴えぞ渡る衣川見に来たる今日しも」(西行)/『山家集』には「十月十二日、平泉にまかり着きたりけるに、雪降嵐激しく、殊の外に荒れたりけり、(中略)衣川の城しまはしたる事柄、様変はりて物を見る心地しけり、汀凍りて取り分寂びければ」と長い詞書きがあり、衣川の凄絶な風景が読者の前にも広がる。(中略)この歌は初度の奥州への旅で平泉に来た際に詠んだとされる。ただ、二度目の奥州行き、文治二年のときのものとする解釈もあるようで、そうなると義経が平泉に落ちのびてくるのは翌文治三年だから、西行とニアミスしたことになり、物語的にはこの歌が俄然面白く解釈できるのだが、どうだろうか。

2017.4.7読了)


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by nishinayuu | 2017-06-29 09:45 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『遊行』(大石登世子、ふらんす堂、2010)


c0077412_07504660.jpg著者は1942年生まれで、NHK出版の「趣味の園芸」などにも関わった元編集者。俳句会「麻」の同人。本書は俳句歴10年を記念してまとめたものだという。

「バショウより、ふつうに、ブッソンが好き」というレベルのnishinaなので、感想を述べるのは控えて心に響いた句を並べておくことにする。

手品師の大きな鞄春の闇

鵙の贄どこかで子どもが攫はるる

櫻冷え僧は遊行に出でしまま

三椏の花この道は行き止まり

どうしても子がみつからぬ春の暮

振り向けば短日の坂消えてをり

春愁の帯のごとくに夜の汽車

そこまでと言うて花野へ行きしまま

こうして並べてみると、どこか不安で妖しい雰囲気のある句ばかりのような……。

ついでに、漢字の読みがわからなかった句と、読み方に一瞬迷った句がいくつかあったので、その読みをカタカナで示しておく。

やいななくさまに馬頭琴   ツチフル(音読みはバイ)

襞深く金粉零し牡丹老ゆ   コボし(別に難読漢字ではないのに……)

天平の礎石にあたたかし   アシウラ

体内にはつなつの水韻きけり   ヒビき

血族といふ名の鎖紅蜀葵   コウショッキ(もみじあおい)

2017.3.26読了)


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by nishinayuu | 2017-06-13 07:51 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『ロスト・ケア』(葉真中 顕、光文社)


読書会「かんあおい」20175月の課題図書。

著者は1976年生まれ。2012年に「第16回日本ミステリー文学大賞新人賞」を受賞してデビュー。受賞第一作の『絶叫』も各種のミステリー関係のイベントにランキング入りしている。

c0077412_09531294.png本作は構成と人物設定が巧みで、謎解きのおもしろさが充分楽しめるミステリー作品となっているそれと同時に本作は、現代日本の様々な問題点、特に家族による介護の悲惨な実情とその行き着く先の戦慄的状況を予告し、世の覚醒を促す社会派作品でもある。。(ミステリーなのでここでは詳細は伏せておく。) (2017.3.25読了)


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by nishinayuu | 2017-06-09 09:53 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『宿題』(足立喜美子、現代俳句協会)

c0077412_1020127.jpg読書会「かんあおい」2017年3月の課題図書。
著者は地元で句会の指導もしている現役の俳人。読書会のメンバーの一人でもあるので、3月の読書会では本書を取り上げ、著者の解説つきで俳句を鑑賞した。


まず、著者の自選十句を紹介する。
*栗剝くや丹波に生まれ離れても
*雲の峰かの世この世の鬼の貌
*われからの声か土偶のこゑか暑し
*紫式部へ手鞠ころげてゆきさうな
*狐火や母の死風化するばかり
*花野まで来て宿題があるといふ
*空蝉をのせて新聞さざなみす
*ドーバー海峡夢見て水着試着かな
*ぽっぺんを吹いて他人のやうな音
*風来て風がはづかしげなり冬桜

次にnishinaが気に入った十句を記しておく。
*片眼より鱗の落ちし去年今年
*大空のあるを頼みの辛夷咲く
*雪女ときどき梁のきしみをり
*きつね雨トトロの森の月夜茸
*泉川術後の兄に会ひに行く
*旱星鄙に形見のチェロを弾く
*笙の音や青葉の闇を押しひらき
*揚雲雀つばさの軽き日もありて
*冬紅葉恋する人にどっと降る
*石鹼玉たましひに触れ爆ぜにけり

(2017.1.22読了)
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by nishinayuu | 2017-03-25 10:20 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『ゼラニウムの庭』(大島真寿美、2012 ポプラ社)


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ストレスがたまったのでゆったりしたくてまた大島真寿美を読んだ。本書の語り手は幼名「るるちゃん」という小説家。ただし、これは小説ではなく「記録」であると最初に断り書きがある。彼女はこの記録を書き残したいと思ったのがきっかけでまとまった文章を書くようになり、やがて小説家になったのだという。

さて、この記録に登場するのは
語り手の曾祖父母、祖母の豊世と婿養子の祖父、母の静子と婿養子の父・亮といった一族の人々と、女中のお駒とその後を継いだ深澤さん、かかりつけ医の桂先生と息子の冬馬先生(と孫の亮=語り手の父)という一族といってもいい人々。そして語り手の別れた恋人であり後に夫になった倉科さん、という面々。そしてもう一人、祖母の豊世と双子として生まれた嘉栄さん。
この一族には世にはばかる秘密があって、その中心人物が嘉栄だった。祖母の豊世が平成2年に80歳で世を去ったとき、双子の姉妹である嘉栄は豊世の娘である静子よりもかなり年下に見えた。すなわち嘉栄は他の人とは異なる時間を生きるように生まれついたため、他の人よりずっと長い幼児期と子ども時代を過ごし、豊世がおばさんになった頃にやっと少女となったのだった。その後も豊世は普通に年老いていき、嘉栄はいつまでも若さと美しさに輝いていた。
語り手は死を前にした祖母からこの一族の秘密を詳しく聞かされ、数奇な運命を生きなければならない嘉栄さんの庇護を託される。それで語り手は一族が守り通してきた秘密を「記録」として書き留めることになったのだが、話はここでは終わらない。なんと、というかやはり、というか、最後に「嘉栄附記」という章があって嘉栄さんが自分の言い分を記しているのだ。「るるちゃん」のお葬式で嘉栄さんに出くわした倉科が驚きのあまり声を失っていた、など「るるちゃん」が知ったら声を失うに違いない暴露話もあって、なかなかおもしろい。140歳を超えたという嘉栄さんはこんなことも言っている。「不自由な人生でしたが、おそらく皆、そんなものなのでしょう。自由な人生などありはしません。そんなものがあると思っているのなら、それは大きな勘違い。私はそう思います。孤独な人生でしたが、それもまた、皆、同じです。孤独でない人間など、どこにいますか。」
(2016.8.30読了)
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by nishinayuu | 2016-11-17 10:10 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『風土記の世界』(三浦佑之、岩波新書)

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本書は古代文学、伝承文学を専門とする学者である著者が「風土記とはどういう書物か、なにが書かれているのか、どういうおもしろさがあって、どんなところが大事なのか」という情報を一般読者向けにまとめたものである。始めの2章が風土記の成立や内容の概説、第3章以降が国別の内容紹介となっている。

始めの2章で「8世紀初頭の日本列島を記録した資料」である『風土記』の成立や内容が概説されている。すなわち『風土記』は平城京への遷都から3年後の和銅6(713)年に律令政府が各地方に発した「風土記撰録の命令」によって編まれたものである。「風土記」と呼ばれるのは後のことで、本来は政府の命に対する報告文書である「解」と呼ばれる公文書だった。撰録すべき項目は、特産品、土地の肥沃状態、山川原野の名前の由来、古老が相伝する旧聞異事などだった。当初政府は、中国の例にならって紀(歴代天皇の事跡の記録)・志(支配領域の現状の記録)・列伝(皇子や臣下の事跡の記録)から成る「日本書」の編纂を目指したが、養老4(720)年に「日本紀」が成立したあと、何らかの理由で頓挫したものと思われる。この「日本紀」が現在『日本書紀』と呼ばれているもので、本来は「日本書 紀」であったはずである。そして『風土記』は、「日本書 志」のために収集された記録の名残と考えられる。
第3章以降で国別の内容が紹介される。現在、いちおうまとまった形で遺る風土記(解)としては、常陸、出雲、播磨、豊後、肥前の五か国のものがあり、逸文(後の文献に引用されて遺ったもの)として30~40か国のものがある。それら「もう一つの歴史と伝承の宝庫」の内容とそれらの読み解き方が詳しく、そしてわかりやすく紹介されていく。
第3章は常陸国風土記では正史の「日本書」紀にはもちろん、『古事記』にも出てこない「倭武天皇(やまとたけるのすめらみこと)」が取り上げられ、古事記の倭建命・日本書紀の日本武尊が風土記ではなぜ天皇として登場するのかが考察されている。古事記・日本書紀のヤマトタケル伝説ではただの通過点としてしか存在しない常陸国が、その風土記で一方的な形で倭武天皇への熱い思いを寄せているのは、東征の帰途における悲劇的な死が伝えられる以前の、東への遠征が通過儀礼として機能することによって皇位につくはずのヤマトタケルが常陸国において生き続けていたからだ、という論は説得力がある。
第4章では出雲国風土記が他の風土記とは違って撰録の命令から20年も経った天平5(733)年に提出されたのはなぜか、選録の責任者が国守ではなく国造となっているのはなぜか、「日本書」紀との関係は、などが考察されている。さらに出雲国の特殊性とその神話、「日本海文化圏」、出雲の神々の始祖であるカムムスヒ、出雲神話と古事記神話の関係、などなど興味深い話が盛り込まれている。
第5章では播磨国風土記、豊後国・肥前国風土記に見られる笑われる神や天皇、女性首長、鮎釣り、稲作などに関する伝承が取り上げられていて、風土記の世界のおもしろさが伝わってくる。
230ページほどの新書ながら、かなり中身の濃い一冊である。(2016.8.14読了)
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by nishinayuu | 2016-10-28 09:24 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)