『済州島で暮らせば』(金蒼生、新幹社)


c0077412_09382963.jpg著者は大坂で生まれ育った在日コリアン二世。中学までは日本名で日本の学校に通い、高校から朝鮮学校に通ったという。2011年、60歳のときに、「生まれる地を選べなかった。せめて死に場所は選びたい」と、父祖の地である済州島に夫とともに移住し、定住している。


本書は2011年から2016年までの思いと体験を綴ったエッセイ集。新参者の素朴な驚きと感動ではじまった著者の済州島暮らしは、やがて島の歴史と文化を熱く語る済州島人としての暮らしへと変容していく。本書は観光地としての済州島しか知らない読者には、本書の帯にあるように「済州島の深層心理と出会う済州島入門書」となるだろう。それと同時に本書の後半部分は「韓国社会の性格と行動パターンに出会う韓国入門書」としても読める。

2014年の「現在を撃つ四十五年前のエッセイ」の冒頭に、台風のせいで雨が降り続いて外仕事ができないので、手許にある『小林勝作品集』を読む話が出てくる。この作家や作品集については置いておいて(!?)、著者がこのときの台風の名前ノグリ(狸)について「何故こんな名前が採用されたのだろう」と疑問を投げかけている点について一言。

2000年から台風の名前は「台風委員会」の加盟国(14カ国)が提案した140の名前を発生順に付けることになり、韓国はケミ(蟻)、チェビ(燕)、ナリ(百合)、ノグリ、チャンミ(薔薇)などを提案している。2014年に8番目に発生した台風がちょうどノグリの番だったというだけのことだ。あるいは著者はそれを承知のうえで、台風委員会に提案する前の段階で、名前の候補の中から「何故こんな名前が採用されたのか」と韓国の提案者に疑問を呈しているのだろうか。疑問の真意がわからない曖昧な文章に、しばし悩んでしまった。ついでに言えば、本書は校閲、校正の不備が少なくないため、内容にも全幅の信頼は置けないように思えてくるのが残念だ。(2017.5.26読了)


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# by nishinayuu | 2017-08-28 09:40 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『パリで待ち合わせ』(デボラ・マッキンリー、国弘喜美代、早川書房)


c0077412_09300359.pngThat Part Was True』(Deborah McKinlay

本書の主人公は、アメリカに住む50回目の誕生日を目前に控えたジャックと、イギリスの片田舎で暮らす46歳のイヴ。ジャック(ジャック・クーパー)はアメリカに住むベストセラー作家だが、最近はスランプ状態である上、妻との別れ話が進行中。イヴは強権的な母親ヴァージニアに押さえつけられて育ち、その母親のせいで夫には逃げられ、一人娘イジーの母親として生きる楽しみも奪われた。そんな二人が文通を通して次第に親しくなっていく。文通のきっかけは、イヴがジャックに送ったファンレターだった。その文面は――

電子メールの方が手っ取り早いのかも知れませんが、手書きの方が言葉を選ぶのに慎重になりますし、作家の方にお手紙を書いている実感がもてます。お伝えしたかったのは、先生の『戻らなかった手紙』を大変おもしろく拝読したことです。ハリー・ゴードンが桃を食べるシーンを読んで、雨模様のイギリスにひととき夏が訪れました。あの場面は完熟した果物を口にするという、いわば退廃した喜びを思い起こさせてくれました。

それに対するジャックの返信――

読者の方からご意見をいただくのは胸躍るもので、手紙ならなおさらです(めったにいただけないのが悲しいところです)。果汁のくだり、同感です。こちらでも、手に入る果物はたいていプラスチックのような代物です。熟していないほうが、あなた方イギリス人の言うジャムを作るにはよいのだと何かで読みました。ぼくはジャムを作ったことはありませんが、あなたのお手紙を読んで、手間を惜しまず挑戦してみようかなと考えています。

これをきっかけに二人は手紙のやりとり、主として料理のレシピを教え合うことを通してどんどん親しくなって行き、ついには「パリで待ち合わせ」という話が出るほどの中になるのである。したがって本書の読みどころのひとつはイギリスとアメリカの料理のレシピであるが、それと同じくらい、あるいはそれ以上に大きな比重を占めるのが、もう若くはない男女が思うようにならない日々を切り抜けて自分なりの幸せを見つけていく過程である。(2017.5.26読了)


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# by nishinayuu | 2017-08-24 09:30 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

韓国ドラマノート-その11(2017.8.作成)

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20161月から20178月末までに見終わったドラマを視聴順に並べました。

1行目:日本語タイトル、韓国語タイトル、放送局

2行目:キャスト 34行目:一言メモ


武神 무신 MBC

  キム・ジュヒョク、チョン・ボソク、パク・サンミン、ホン・アルム

  時代は高麗の高宗期。王は急速に老いていくのにヤンベク(パク・サ

ンミン)は始めからおじさんで、最後も普通におじさん。

近肖古王 근조고왕 KBS

  カム・ウソン、キム・ジス、チョン・ウィガプ、アン・ジェモ

  百済の第13代の王の物語。納得のいく展開で見応えあり。

信義 신의 

  イ・ミンホ、キム・ヒソン、リュ・ドクファン、クォン・ミン

  タイム・トラベルの物語。主役ふたりがいい。話がうまくいきすぎの

感はあるが、ファンタジーなのだからそれでいい。

屋根部屋のプリンス 옥탑방의 왕세자 SBS

  パク・ユチョン、ハン・ジミン、イ・テソン、チョン・ユミ

  軽く楽しめるドラマ。ただ、これを見終わった頃に主役俳優のスキャ

ンダルが発覚してげんなり。

くかうか 빛나거나 미치거나 MBC

  チャン・ヒョク、オ・ヨンソ、イ・ハニ、イ・ドックファ

  イ・ドックファは顔も声も憎たらしいけれど、韓国語がとても聞き

取りやすいから好き。でも、もしかして、なまっている?

成均館スキャンダル 성균관 스캔들

  パク・ユチョン、パク・ミニョン、ソン・ジュンギ、ウ・アイン

  キム・ユシクが女だとわかったときの丁若鏞と王の態度はプルトン

(不可=不合格)、イ・ソンジュの父が下した結論はトン(可=)。

ジョンイ 불의 여신 정이 MBC

  ムン・グニョン、イ・サンユン、キム・ボム、ソ・ヒョンジン

  壬辰倭乱の折に九州に連れてこられ、有田で960人の陶工を率いて

白磁を生産した女性陶工・百婆仙の朝鮮時代の姿を描いたドラマ。

ビッグメン 빅멘

  カン・ジファン、チェ・ダニエル、イ・ダヒ、チョン・ソミン

  ジファンとダニエルの対決は悪役ダニエルの勝ち。もちろん物語の

中の勝者は前者だが。

未生 미생

  イム・シワン、イ・ソンミン、カンソラ、カンハヌル

  挫折を味わった青年が一流企業に拾われたせいで経験する忍耐と屈辱

の日々。社内の人間模様、青年の成長を描いた見応えのあるドラマ。

パスタ 파스타 MBC

  イ・ソンギュン、コン・ヒョジン、アレックス、チェ・ミンソン

  健気な女性役がぴったりのヒョジンに美声が印象的なソンギュン。

  卑小な役もぴったりはまるミンソン。役者がそろっていて見応え充分。

秘密扉 비밀의 문 SBS

  ハン・ソッキュ、イ・ジェフン、キム・ユジョン、パク・ウンビン

  時は朝鮮王朝第21代英祖の時代。「米櫃事件」によってわが子を失い

今度は孫(正祖)の信頼も失いかけている王の葛藤を描いた作品。

伝説魔女 전설의 마녀 MBC

  ハン・ジヘ、ハ・ソクジン、コ・ドゥシム、チョン・インファ

  ハッピーエンディングのドタバタドラマ。それにしても韓国ドラマは

「魔女」と女性受刑者が好きですねえ。

天使罠 천상여자 KBS

  ユン・ソイ、パク・ジョンチョル、ムン・ボリョン、クォン・ユル

  どろどろ復讐劇。それにしても韓国ドラマは「天使」が好きですねえ。

  もっともこのドラマの場合は日本語タイトルの付け方の問題かも。

頑張れチャンミ 달려라장미 SBS

  イ・ヨンア、コ・ジュウォン、リュ・ジン、ユン・ユソン

  ヒロインが持ち前の優れた資質と努力によってどん底から這い上が

り、幸せをつかむ物語。ヒロインをライバル視する女性の行動は異常。

それでも 그래도 푸르른 날에  KBS

  ユン・ヘヨン、ソン・ハユン、チョン・イヨン、キム・ミョンス

  どろどろ劇。本妻の家に乗り込み、本妻と自分の赤ん坊を取り替え、

財産を奪って行方をくらまし――という凄まじい女をヘヨンが怪演。

名家 명가 KBS

  チャ・インピョ、ハン・ゴウン、キム・ソンミン、チェ・イルファ

  慶州のある一族が名家と言われるようになった経緯を描いたドラマ。

明火賊の頭目役のキム・ミョンスは「劇団ひとり」のお父さん?


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# by nishinayuu | 2017-08-20 21:50 | 映画・ドラマ | Trackback | Comments(1)

『死の翌朝』(ニコラス・ブレイク、訳=熊木信太郎、論創社)

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The Morning After Death』(Nicholas Blake1966

舞台はハーバード大学がモデルと思われるガボット大学。登場するのはガボット大学の教授をはじめとする大学関係者たち。



主要人物は以下の通り(登場順)。

*ナイジェル・ストレンジウェイズ……イギリス人の私立探偵。客員研究者としてガボット大学ホーソン・ハウスの寄宿舎に滞在中。

*チャールズ・ライリー……アイルランド人の詩人。客員詩人として滞在中。

*チェスター・アールバーグ……ガボット大ビジネススクール教師。

*スーキー・テート……エミリー・ディキンスンをテーマに博士論文を執筆中の大学院生。

*マーク・アールバーグ……ガボット大文学部教師。チェスターの弟。

*エゼキエル(ジーク)・エドワーズ……ホーソン・ハウスの寮長。オクスフォード大時代のナイジェルの同級生。

*メイ・エドワーズ……ジークの妻。

*ジョシア(ジョシュ)・アールバーグ……ガボット大文学部教授で専門は古典文学。チェスターとマークの異母兄。ホーソン・ハウスは3兄弟の父親が建てて大学に寄贈したもの。

*ジョン・テート……スーキーの弟。ガボット大学の学生。ジョシアとの間で論文をめぐる諍いがあり、停学中。

物語は上記の5番目までの人物がエミリー・ディキンスンの故郷アマーストにドライブする場面から始まり、車の中での会話からそれぞれの人物の立場や人間関係が大体わかるようになっている。それに続くのはディキンスンの家の前にみんなを並べてナイジェルが記念写真を撮る場面。ここでは各人の顔立ちや身なりなどが詳しく描かれていて、人柄が類推できる。このあとに「『歴史的な写真だな』とナイジェルは独りごちたが、何気ないその言葉がいかなる意味を持つことになるか、幸いにもまだ気づいていなかった」という意味深な文が続く。この日一緒にドライブした男女は、このあとホーソン・ハウスの殺人事件の当事者、もしくは重要参考人になっていくのだ。

作者のニコラス・ブレイクは、本名セシル・デイ=ルイス――かの有名な桂冠詩人その人であり、『丘の上の樫の木』などで知られる小説家でもある。(2017.5.13読了)


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# by nishinayuu | 2017-08-16 09:17 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『バーチウッド』(ジョン・バンヴィル、訳=佐藤亜紀・岡崎淳子、早川書房)


Birchwood 』(John Banville1973

舞台はアイルランド。語り手は長い不在のあとでかつて住んでいた屋敷バーチウッドに戻ってきたガブリエル・ゴドキン。

c0077412_09305283.png「ひとはあるがままを覚えていると思い込んでいるが、実のところ未来まで持ち越せるのは、ありもしない過去を造り上げる断片でしかない。(中略)輝く夏の朝、屋敷の部屋には素早く静かな警戒感が漲り、玩具やティーカップは前夜のままなのにまるで別物のようになった。夕方、おびえた鷭が池の水面を横切って飛ぶと、風景が二つに割れたように見えた。東風が吹くと煙突が歌った。こうした様々なこと、これらのマドレーヌを私は再びかき集め、記憶と照らし合わせ、埋もれた帝国の地図を作ろうとする考古学者のように継ぎ合わせたが、それでも物自体は私から逃れ、屋根裏や地下室――私が好んで佇む忘れられた片隅に足を踏み入れない限り、過去が芽吹くことはなかった。暮れ方、裏階段の緑のガラスが嵌まったドアの脇、椰子の鉢植えの横で私が足を止めると、年月は消え去った。」

このような語り口でバーチウッドにまつわる物語が展開していく。屋敷と農地をめぐって対立する父方のゴドキン一族と母方のローレス一族、突然屋敷に現れたマーサ叔母とその子マイケル、東屋で爆死する祖母、狂っていく母――そしてある日、ガブリエルは「行方不明の双子の妹」を探すために、サーカスの一行に加わって旅に出る。サーカスの華やかな興業、自由奔放な人間関係に魅了された旅も一年で終わる。ジャガイモの不作による飢饉で国中が混乱に陥ったのだ。

「行方不明の双子の妹」のことをはじめとする家族の謎に、アイルランドの歴史が歪んだ時間軸で絡まってきて、つかみ所がないまま最終章になだれ込んでいく。そしてその最終章で家族の秘密は、一気に、あっけなく解き明かされる。

20088月に『海に帰る日』を読んで以来、作者のジョン・バンヴィルの名が頭を離れなかった。201412月に『いにしえの光』を読んだら、ジョン・バンヴィルの名がいよいよ頭にこびりついてしまった。どちらも独特の雰囲気と余韻のある作品ではあるけれども、特に好きな作品というわけではなかった。作品そのものよりも、タイトルと作者名がとにかく印象的だった。しかし、この『バーチウッド』が、28歳という若いときの作品で凝りすぎているせいか、あるいは訳文の文体と文字遣いのせいかわからないが、とにかく読みにくい作品だったおかげで、ジョン・バンヴィルという名の魔力から少し自由になった気がする。(2017.5.10読了)


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# by nishinayuu | 2017-08-12 09:32 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『The Sheep』(H. H. Munro, Doubleday & Company)


c0077412_09423199.jpg本作『ひつじ』は「The Complete Works of ASKI」に収録されている「The Toysof Peace」の中の1編。

主人公のルーパットは妹のキャスリーンが結婚しようとしている男に辟易している。ブリッジでチームを組めばとんでもないプレイをして相手チームを勝たせてしまうし、狩猟をすれば地区の人々が保護鳥として見守っているハチクマを撃ってしまう。議会の欠員選挙のためのキャンペーンでは余計な発言をしてルーパットの努力を無にしてしまう。なにをやらせてもドジではた迷惑な男なのだ。

ただドジだというだけなら問題はないのだが、この男、ヘマをしても、人に迷惑をかけても、気弱そうな笑みを浮かべて謝罪の言葉を言うだけで、本当に悪いとは思っていないようなのだ。むしろ、いざというときは立派にやってみせる、という根拠のない自信のようなもの、牧場のヒツジに見られる自己満足のようなものをちらつかせている。このやっかいな将来の義弟をルーパットは秘かに「ひつじ」と呼んでいる。

ルパートが「ひつじ」にいらいらさせられるのは、子どもを亡くして後継者のいない自分の財産が、将来キャスリーンに、そのあとはキャスリーンと「ひつじ」の子である「小ひつじ」のところに行ってしまうからだ。そもそもキャスリーンが「ひつじ」を結婚相手に選んだことも、ルーパットは納得できない。人間的により優れていて、ハンサムで、明らかに妹を思慕しているマルカム・アスリングという男もいるのに。

そうして冬のある日、ルーパットとキャスリーンは冬のリゾートに出かける。当然のように「ひつじ」もついてくる。そしてそこで思いもよらない事件が起き、ルーパットは「ひつじ」を後腐れなく消し去ることができたのだった。

これぞSAKIといった感じの、ブラックでしかも笑いどころ満載の短編である。

画像は「ひつじ」が撃ってしまった保護鳥のハチクマ。学名をPernis apivorusという鷹目鷹科の鳥で、蜂の幼虫や小型のネズミ、爬虫類などを主食とするヨーロッパの鷹。熊鷹に姿が似ていて蜂を主食とすることから、ハチ+クマタカ=ハチクマという和名になったという。(2017.5.1読了)


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# by nishinayuu | 2017-08-08 09:42 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『あるロマ家族の遍歴』(ミショ・ニコリッチ、訳=金子マーティン、現代書館)


c0077412_10075620.jpgund dann zogen wir weiter 』(MišoNikolić

本書の元となっている原書は『そしてわれわれは旅をつづけた~あるロマ家族の遍歴~』(1997)と『放浪者~あるロムの歩んだ道~』(2000)の2冊で、いずれもオーストリア・ドイツ語で書かれたもの。著者は1941年に生まれ、ベオグラード市北端にあるロマ居住区で青年時代を過ごし、のちに難民としてウィーンに定住した。1990年代に妻、二人の息子とバンドを結成し、リードギター奏者として活躍した。

本書には著者の生家の家族のこと、独立して妻と一緒に築いた家族のことを中心に、ロマ社会の様々な様相と、ロマが一般社会の一員として生きていくことの難しさが詳細に綴られている。衝撃的なのは、著者の親しい人々の多くがスリや窃盗、物乞いで生計を立てたり、占いや移動遊園地の経営を生業としていたりすることだ。しかし、それは彼らが教育を受ける機会に恵まれていなかったせい、あるいはまともな仕事に就く機会に恵まれていないせいであって、一人一人の努力ではどうにもならない面があるのだということが本書を読んでいるうちにわかってくる。そんなロマの人々の中にあって、著者は子どものころからなにをやらせてもすぐにトップクラスになるような恵まれた資質の持ち主だったようだ。素晴らしいのは、傑出した能力の持ち主である著者が自分や家族の幸せだけでなく、ロマ社会全体の幸せを強く願っていることで、そんな著者の心がひしひしと感じられてくる作品である。締めくくりの部分で著者は次のように言っている。

「非ロマの人々はロマはいつも結束が固い、と信じ込んでいるようだが、ロマは自分たちが危機的状態にあるときには結束するが、そうでないときはてんでんばらばらだ。ロマの社会でも裕福な者は貧しい者を見下すし、貧乏人は金持ちを羨んで背後で悪口を言う。善人は阿呆扱いされ、生意気で口達者な者が尊敬されるという現実がロマ社会にもある。けれども、貧乏人だろうが金持ちだろうが、強かろうが弱虫だろうが、賢かろうが無知だろうが、人間は誰もが尊敬されなければならない。」

本書にはもう一人、ロマへの理解を深めるために尽力した人物が出てくる。ロマ研究者であるオーストリアのモーゼス・ハイシンク(Mozes Heinschink)である。ハイシンクはユーゴスラビアやトルコからウィーンへ移住したロマと1958年から接してロマニ語を学び、ロマ4800人ほどの証言や童話・歌などを集めている。また、著者とは特に親しい関係にあり、著者の子どもたち5人全員の代父を務めている。

訳注や解説がどっさりついているが、今後のために押さえておきたいことばだけ厳選して記しておくことにする。

ロマ(Roma)インド発祥の少数民族の総称/ロム(Rom)ロマの男性単数形/ロムニ(Romni)ロマの女性単数形/カルデラシュ(Kalderaš)ロマの諸グループの一つ。伝統的生業は馬喰/スィンティ(Sinti)ロマの諸グループの一つ。伝統的生業は楽士/ガジェ(Gaže)非ロマ

2017.4.29読了)


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# by nishinayuu | 2017-08-04 10:08 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

「愛誦歌4首」


c0077412_10155863.jpg受講中の韓国語講座で、「日本の詩歌を韓国語に翻訳する」という課題が出されました。

好きな短歌の中から現代短歌2首と万葉集の歌2首を選んで訳し、作者についての簡単な紹介を添えました。(2017年7月10日提出。)






シルレア紀の地層は杳きそのかみを海の蠍の我も棲みけむ  明石海人          


실루리아기의 지층도 아득히 고생대를


바다의 전갈로 나도 살았으리라



園丁が噴水のねぢをまわすとき朝はしづかな公園となる  前川佐美雄


정원사가 분수장치 마개를 비틀어


아침은 고요하고 조요한 공원이 된다



東の野にかぎろひの立つ見えてかへりみすれば月西渡きぬ  柿本人麻呂


동녘 들판에 어렴풋한 서광빛 나는 보며


뒤돌아보았더니 달이 기울어 있네



朝床に聞けばはるけし射水河朝漕ぎしつつ唱ふ船人  大伴家持


잠자리에서 들으면 아련하네 이미즈강을


새벽에 노래하며 지어가는 뱃사공



明石海人(19011939):昭和初期の歌人。26歳(1928)にハンセン病と診断されて岡山の長島愛生園に入所。素姓も家族との縁も絶っ たまま、37歳で生涯を終える。


前川佐美雄(19031990):昭和の歌人。昭和初期モダニズム短歌の推進者。戦中の戦争賛歌を糾弾されて活動を停止。後に再評価され、朝日歌壇の選者(19541988)としても活躍。


柿本人麻呂(662710):飛鳥時代の歌人。宮廷歌人として活躍。『万葉集』の代表的歌人。


大伴家持(718?~785):奈良時代の歌人。貴族・高級官吏。『万葉集』の編纂者と目されている。




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# by nishinayuu | 2017-07-31 10:17 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)

『ハロルド・フライの思いもよらない巡礼の旅』(レイチェル・ジョイス、訳=亀井よし子、講談社)


c0077412_10065535.pngThe Unlikely Pilgrimage of Harold Fry』(RachelJoyce

主人公のハロルドは定年退職して半年の65歳の男。学もなく引っ込み思案の性格だが、青年期に一瞬輝いたときに美人の妻モーリーンを得た。そして生まれた男の子デイヴィッドは大変な秀才で、青年期になるとハロルドの手の届かないところに行ってしまう。いい父子関係が築けないハロルドに失望した妻もハロルドを疎んじるようになって、ハロルドは家族の中で孤立していた。

そんなある日、ハロルドの元に元同僚の女性クウィーニーから「癌で余命いくばくもない」という手紙が舞い込む。クウィーニーは、職場でも上司や同僚と親しい関係が築けなかったハロルドが、唯一心を開いてつきあうことができた相手だったのだが、20年前のある日、突然職場を去った。ハロルドをかばった結果の辞職だったのに、彼女が急に姿を消したため、ハロルドは彼女にお礼を言うことも、別れの挨拶をすることもできなかった。自分から彼女の消息を尋ねるべきだった、と悔やみながら、ハロルドはすぐに返信を認める。恩義のある彼女に20年ぶりに出す手紙としては文面がありきたりすぎるような気がしたが、とにかく彼女宛の手紙を投函するためにハロルドは家を出る。近くのポストで投函しようとしてためらい、次のポストでまたためらってその次のポストへ、という具合になかなか投函できないでいるうちに、ハロルドはいつの間にかクウィーニーに向かって歩き始めていた。会いに行くから、それまでちゃんと生きていて、とクウィーニーに呼びかけながら。

旅をするつもりはなかったのに成り行きで旅を始めてしまったハロルド。最初は手持ちのカードで気楽に散財していたが、やがてカードを妻の元に送り返す。身の回りから余分なものをそぎ落としたハロルドは、旅の途上で様々な人と出会い、様々な経験を重ねながら、本物の巡礼者へと変身していく。一方妻のモーリーンも、夫の突然の出奔をきっかけに来し方を振り返る。そして父子関係、夫婦関係がしっくりしなくなったのはハロルドのせいばかりではないことに気づいていく。

20年前にいったい何があったのか、ハロルドは息子のデイヴィッドと和解できるのか、クウィーニーはハロルドを待っていてくれるのか、などなどの謎を秘めたまま、イングランドの西南の果てキングズブリッジから北の果てのベリック・アポン・ツィードへのハロルドの旅の物語は、イングランドの美しい風景の中を行くロードムービーのように進行していく。

「訳者あとがき」によると、著者はBBCテレビやラジオに作品を提供してきた脚本家で、本作は小説としての第1作。世界36カ国で出版が決まっており、映画化権も売れているという。まさしく映画向きの作品である。2017.4.23読了)


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# by nishinayuu | 2017-07-27 10:08 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『この素晴らしき世界』(ペトル・ヤルホフスキー、訳=千野栄一、集英社)


Musíme si pomáhat』(Petr.Jarchovský

c0077412_10235215.jpg原題の意味は「我々はお互いに助け合わなければならない」。翻訳は千野栄一が未完成のまま他界した後、パートナーである保川亜矢子(3章以降)と娘である千野花江(2章)によって完成された。(したがって訳者名は3人の名を併記すべきだが、ブログの制約のため上のような表記になったことを訳者と出版社にお詫びする。)

さて、本書は2012427日に読了し、618日にブログにup(こちら→)している。20年近くチェコスロバキアの(分割後はチェコの)ボヘミア地方の人とエスペラントで文通していたこともあって、当時もチェコにはある程度親近感を持っていたが、本書は一般の翻訳書の一つという印象でしかなかった。再読した今回はミュシャの大作「スラブ叙事詩」を見たばかりのせいか、登場人物たちにより親しみを感じた。登場人物たちが「スラブ叙事詩」に描かれた人々と重なり、そのたくましさの所以が理解できたように思う。たとえば前は「やり過ぎでは」と感じてあまり感動できなかった次のシーンも、今回はなかなかいい、と思えたのだった。

小さな生物の上に六つの成長した男の顔が六人の「父親」のようにかがみこんだ。右から左に、肩に自動小銃をかけたロシア兵、急に厳かな穏やかな顔になったダヴィド・ヴィーネル、やむをえず英雄になった疲れたヨゼフ・チージェク、疲れ切った偽医者のプロハスカ、失神するところだったスロヴァキア人のパルチザン、困惑した追求者の大尉が立っていた。この男たちの世にこの子は生まれたのだ。子どもの産声に、みんなの顔には感動した、少し間の抜けた軟らかな微笑みが浮かんだ。ロシア兵はチージェクを祝福するために手を差し出した。「マールチク(男の子)だ……」ロシア兵が言うと、そのことばはその瞬間、なにかとても神聖な感じに響いた。(ところどころ語句を省略したり変えたりしてあります。)

この作品は刊行と同年の2000年に映画化されており、本も映画も大好評だったという。ただ、映画のキャスト情報はネット上にはほとんどなく、出演映画としてあげられているのは本作だけという俳優ばかりだった。そのなかで唯一プロハスカを演じたヤロスラフ・ドゥシェクだけは本作以外の映画名もあげられている。プロハスカはナチスのシンパで、マリエへの下心から親切ごかしに夫婦に近づき、なにか怪しいと疑って夫婦の身辺を探り、それなのにとっさの機転でナチスの罠から夫婦を救ったりし、戦局が変わると当然ながらパルチザンに捕らえられ、あわやという時に今度はチージェクのとっさの機転で「医者」にされ、追求者たちの見守る中で「医者」を演じきる。このように物語の魅力に貢献している重要人物であればこそ、プロハスカ役にはそれ相応の演技力と格のある俳優が当てられたということだろう。(2017.4.14読了)


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# by nishinayuu | 2017-07-23 10:25 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)