人気ブログランキング | 話題のタグを見る

『いにしえの光』(ジョン・バンヴィル著、村松潔訳、新潮クレスト文庫)_c0077412_9361383.jpg『Ancient Light』(John Banville)
「ビリー・グレイはわたしの親友だったが、わたしはその母親に恋をした。恋というのは強すぎる言葉かも知れないが、それに当てはまるもっと弱い言葉を私は知らない。すべては半世紀も前に起こったことで、そのときわたしは15歳、ミセス・グレイは35歳だった」という文で物語は始まる。ビリーが見つけて、少年たちの隠れ家にするつもりだったコッターの館で、夏の間ミセス・グレイと語り手は密会を重ねた。語り手は無我夢中になりながらも罪の意識に苦しめられたが、ミセス・グレイは無邪気で大胆だった。未成年との情事にふける人妻、という陰湿さはみじんも見られなかった。しかし一夏の恋は突然断ち切られる。母親と親友の関係に衝撃を受けたビリーは泣き叫び、ミセス・グレイはなにも言わずに語り手から去って行った。
語り手は60過ぎのもと舞台俳優。老妻との穏やかな日々の中で遠い過去を反芻する語り手には、もっと近い過去の記憶も重くのしかかっている。10年前に最愛の娘が謎の自死を遂げ、いまだにその喪失感から立ち直れずにいるのだ。そんな語り手のもとに映画出演の話が飛び込んでくる。『過去の発明』というタイトルの映画で、主人公アクセル・ヴァンダーを演じてくれ、という話に語り手は乗り気になる。初めての映画出演であり、役者としての実績から演技には自信もあったからだ。映画関係者との関わりが始まる。アメリカの映画会社の幹部マーシー・メリウェザー、監督のトビー・タガート、今をときめく女優のドーン・デヴォンポートなど頭韻を踏んだ名前の人たちと、頭韻を踏まない名前を持つスカウトのビリー・ストライカーだった。やがてドーン・デヴォンポートは娘の影のように語り手の懐に飛び込んでくる。そしてビリー・ストライカーは、娘がスヴィドリガイロフと呼んでいた謎の男のもとへ、さらには遠い過去のミセス・グレイのもとへと語り手を導いていく。
現実のめまぐるしい日々に翻弄されながらも、語り手は幾度も過去の日々に立ち返る。そのたびに過去は様々に色を変えて語り手の前に立ち現れる。過去のイメージは記憶なのか想像なのか。人は知らず知らずに過去を潤色し、美化してしまうこともあるが、逆に自分で作り上げたイメージや思い込みによって過去を歪めてしまうこともある。15歳の祝祭のようだった夏の日々は、そのあとずっと語り手の心に深い痛みとして巣くうことになったが、50年も後になって語り手は初めて知ることになる。それはミセス・グレイにとっても天から与えられた祝祭のときだったのだということを。(2014.12.30読了)
# by nishinayuu | 2015-03-27 09:36 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)
『Hamlet』(Shakespeare, Greenwich House)_c0077412_1591571.jpgハムレットはシェイクスピア劇の中で最も有名であり、そこに出てくる語句が日常英語の一部になった例も多いという。ハムレットの劇を見たあるイギリス人が
Well, Shakespeare was a very clever fellow, but he is so damned full of quotations
と言った、という笑える話も伝わっているという。そこで今回はこの劇に出てくる有名な台詞を、覚え書きとして記しておくことにする。( )内の数字はAct, Scene, Line、アルファベットはその言葉を発した人物です。

A little more than kin, and less than kind(1.2.65, Hamlet)親族だが愛情はない
Frailty, thy name is woman(1.2.146, Hamlet)脆きものよ、汝の名は女なり。frailtyは誘惑に陥りやすいの意
primrose path(1.3.50, Ophelia)快楽の道
More honour’d in the breach than the observance(1.4.16, Hamlet)守らぬほうがかえってまし
the glimpses of the moon(1.4.53, Hamlet)夜の世界/月下の光景
Something is rotten in the state of Denmark(1.4.89, Marcellus)デンマークにはなにかけしからぬことがある
With all my imperfections on my head(1.5.79, Ghost)よろずの罪を背負ったままで
The time is out of joint(1.5.189, Hamlet)今の世は調子が狂っている。原義は時勢の関節が外れている
brevity is the soul of wit(2.2.90, Polonius)簡潔は分別の精髄/言は簡を尊ぶ
Though this be madness, yet there is method in’t(2.2.207, Polonius)狂うた様で、そのくせ筋が通っているわい
know a hawk from a handsaw(2.2.397, Hamlet)たいていのことは心得ている
To be , or not to be: that is the question(3.1.56, Hamlet)生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ
Get thee to a nunnery(3.1.122, Hamlet)尼寺に行け
The observed of all observers(3.1.162, Ophelia)衆目の的である人
out-herods Herod(3.2.15, Hamlet)残忍さにおいてヘロデに勝る
metal more attractive(3.2.116, Hamlet)もっと引力の強い金
There’s a divinity that shapes our ends, Rough-hew them how we will(5.2.10-11, Hamlet)我々が荒削りにしておいても、その計った事柄を神様がきちんと仕上げてくださる
german to the matter(5.2.165, Hamlet)適切な
palpable hit(5.2.292, Osric)まさしき当たり

(2014.12.29読了)
☆これまでに英語で何回か読んでいるはずですが、今回読んでみて、台詞も場面もあまり頭に入っていないことを思い知りました。名日本語訳が数々あることは承知していながら、なんとなく(意地で?)避けてきましたが、やはり一度は日本語訳をじっくり読んでみたほうがよさそうです。
# by nishinayuu | 2015-03-23 15:11 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『火曜日の手紙』(エレーヌ・グレミヨン著、池畑奈央子訳、早川書房)_c0077412_13192529.jpg『Le confident』(Hélène Grémillon, 2010)
1975年のパリ。母の葬儀を終えた雑誌記者のカミーユのもとに差出人の名前のない一通の手紙が届く。弔慰の手紙に紛れこんでいたその一通は、封を切る前から目を引いた。他の封筒よりずっと分厚く重みがあって、およそ弔慰の手紙に似つかわしくなかったからだ。封を切ると、中から便せん何枚にも書かれた長い手書きの手紙が出てきた。手紙はこう始まっていた。

アニーはいつも私の人生の一部だった。アニーが生まれたとき、私は2歳、いや、正確には2歳になる数日前だ。私たちはNという村で暮らしていた。学校や散歩の途中や教会のミサで、私は、期せずして、よくアニーと一緒になったものだ。

手紙の書き手はルイという男性で、手紙は「(ヒトラーが総統となってナチの一党独裁が確立され、第二次世界大戦が忍び寄っていた)あの年、世界の中心に、私とアニーがいた。私は無邪気にも、自分たちは歴史のうねりに飲み込まれないと思い込んでいたのだ」という言葉で締めくくられていた。何かの間違いで届いたとしか思えない手紙だったが、差出人の住所も名前もないので送り返すこともできず、転居を控えて忙しかったこともあって、カミーユは手紙をそのまま放って置いた。ところが1週間後に2通目の手紙が届き、ルイとアニーの物語が続いていく。そう、それは手紙というより、誰かに読ませるために書かれた物語だった。その後も毎週火曜日、カミーユのもとに分厚い封書が届き続け、カミーユはおよそ関わりのない人々の物語に次第に引き込まれていき、やがて、自分もこの物語の一部なのではないか、という疑いを抱き始める。

物語はミステリー・タッチで進行し、さりげない登場人物があとで重要な意味を持って立ち上がってきて、大きな驚きと心地よい感動が味わえる。また、印象的なのは、いくつかのアルファベットに重要な意味がこめられていること。たとえば村の名前として書かれているN、豪邸に住んでいた夫妻の頭文字M、カミーユの姓Werner(ヴェルネール)の頭文字W、ルイの綴り字に現れる小文字と同じサイズの大文字のR……。
時代の特殊性によって増幅された歪んだ社会通念とそれによってもたらされた狂気、愛と裏切り、許しと再生、を綴ったこの作品は、数々の文学賞を受賞し、フランス国内でベストセラーになり、25カ国語に翻訳されているという。(2014.12.21読了)
# by nishinayuu | 2015-03-19 13:19 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)
[ミラボー橋](ギョーム・アポリネール)_c0077412_10251469.jpg
「ミラボー橋」の韓国語訳を紹介します。韓国語訳とフランス語の原詩を並べました。
미라보 다리 기욤 아폴리네르 (세계의 명시,민음사)

미라보 다리 아래 센강이 흐르고    Sous le pont Mirabeau coule la Seine
우리의 사랑도 흐르는데       Et nos amours
나는 기억해야 하는가         Faut-il qu'il m'en souvienne
기쁨은 늘 괴로움 뒤에 온다는 것을   La joie venait toujours après la peine
밤이 오고 종은 울리고        Vienne la nuit sonne l'heure
세월은 가고 나는 남아 있네      Les jours s'en vont je demeure
서로의 손을 잡고 얼굴을 마주하고 Les mains dans les mains restons face à face
우리들의              Tandis que sous
팔이 만든 다리아래로         Le pont de nos bras passe
영원한 눈길에 지친 물결들 저리 흘러가는데 Des éternels regards l'onde si lasse
밤이 오고 종은 울리고        Vienne la nuit sonne l'heure
세월은 가고 나는 남아 있네      Les jours s'en vont je demeure
사랑이 가네 흐르는 강물처럼     L'amour s'en va comme cette eau courante
사랑이 떠나가네           L'amour s'en va
삶처럼 저리 느리게         Comme la vie est lente
희망처럼 저리 격렬하게       Et comme l'Espérance est violente
밤이 오고 종은 울리고        Vienne la nuit sonne l'heure
세월은 가고 나는 남아 있네      Les jours s'en vont je demeure
하루하루가 지나고 또 한 주일이 지나고Passent les jours et passent les semaines
지나간 시간도            Ni temps passé
사랑도 돌아오지 않네        Ni les amours reviennent
미라보 다리 아레 센강이 흐르고 Sous le pont Mirabeau coule la Seine
밤이 오고 종은 울리고        Vienne la nuit sonne l'heure
세월은 가고 나는 남아 있네       Les jours s'en vont je demeure

なお日本語の訳詩とメロディーは下記でご覧ください。
http://duarbo.air-nifty.com/songs/2015/02/post-cbf3.html
# by nishinayuu | 2015-03-15 10:45 | 覚え書き | Trackback | Comments(1)

『ただひたすらのアナーキー』(ウディ・アレン著、井上一馬訳、河出書房新社)_c0077412_151027100.jpg『Mere Anarchy』(Woody Allen, 2007)
本書はウディ・アレンという人物とその作品に通じた人向けの、つまり通じていない人(nishinaもそのひとり)にはちょっと手に余るマニアックな小説集である。また訳者によると、「収録作品18のうち10編は究極のインテリ雑誌である『ニューヨーカー』に掲載された」ものだそうで、「物理学の最新のひも理論や宇宙膨張説を取り入れたウイットやユーモアを十全に披露している」のだそうだ。アメリカ文化圏のインテリが持つ知識や一般教養を持ちあわせていない輩には歯が立たない、ということだ。だから、訳者あとがきを先に読んでいたらそもそも読み始めなかったかも知れない。ただし、十分な理解は届かなくても、それなりに楽しむことができる作品がないわけではない。たとえば
『売文家業』(フォークナーもフィッツジェラルドもガルシアもやったノベライゼーション)
『ハレルヤ、売れた、売れた!』(現ナマを求めて祈りの言葉を売り出した結果は…)
『不合格』(息子が一流幼稚園に入れなかった家族の行き着いた先は…)
『歌え、ザッハートルテ』(世紀末のウィーンの音楽家、画家、文人が勢揃い)
『天気の悪い日に永遠が見える』(『地獄変』に書かれてしかるべき建築業者との出会い)
『ツァラトゥストラかく食えり』(ニーチェのダイエットブック!?)

最後の収録作品『ピンチャック法』の中に「霊媒師のB.J.シグムントは、海で事故に遭ったときに名前の母音を全部なくしちまったオーストリア人」とあって、その名前がSygmndと綴られている。作者のフィクションくさいが、口をあまり開けなくても発音できるそんな名前が、北の方の国にはありそうな気もする。軽くウエブ検索してみた限りでは見つからないが。
ところで、この作品をきちんと理解できたかどうかは心許ないが、タイトルを「ただひたすらのアナーキー」と、人を惹きつける七五調にした訳者(あるいは編集者?)がすばらしいセンスの持ち主であることは確かだ。(2014.12.17読了)
# by nishinayuu | 2015-03-11 15:10 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

読書と韓国語学習の備忘録です。


by nishinayuu