『町でいちばんの美女』(チャールズ・ブコウスキー著、青野聰訳、新潮社)

c0077412_2249477.jpg作者名がロシア系なので、ロシアのどこかの町を舞台にしたちょっときれいな話かと思って読んだら、ハードでぬめっとした(?)男たちの世界を描いた物語だった。原文のすさまじい罵倒語やセックス関係語が、訳文ではかなり和らげられているらしい。おかげで、嫌な感じも残らず、けっこう面白く読んでしまったが、好みでないことは確かなので、うっかり近付かないように、この作者名はしっかり頭に入れておこう、と思った。
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# by nishinayuu | 2006-09-05 21:36 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『日本文明77の鍵』(梅棹忠夫編、創元社)

c0077412_2249189.jpg外国人の日本理解を助けるために書かれたものであるが、日本人が自分の知識を整理するのにも役立つ。初めに英語版が出版されたということからもわかるように、欧米を意識した記述が目立つ。直前に『저고리と鎧』(池明観著、太郎次郎社)を読んだのでなおさらそう感じたのかもしれないが。

☆『저고리と鎧』(池明観著、太郎次郎社)
「元寇で日本が自国を守れたのは、元に征服された高麗や南宋、大越(ベトナム)の人々の抵抗があったおかげ」という著者は、長く日本の大学で教壇に立っていた人物。知日派として、アジア的視点、平和的発想への転換を日本に促しています。なお、저고리(チョゴリ)は韓国服の上半身の部分です。
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# by nishinayuu | 2006-09-04 16:02 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

戸籍についての繰り言

☆はじめに韓国語で書き、あとから日本語訳をつけたものです。原文は、下にある「韓国語の原文」というピンクの文字をクリックすると出てきます。

戸籍についての繰り言
 私の誕生日は9月29日だ。小さいときから毎年9月29日には、両親をはじめみんなが私の誕生日を祝ってくれた。美しい秋が始まる季節に自分の誕生日が来るのがとても嬉しくて、私は9月はいいなあと思いながら大きくなった。ところが15歳の春、事情がすっかり変わってしまった。
 高校の入学手続きのために戸籍を取り寄せたところ、誕生日が7月29日になっていてびっくりした。両親もとてもあわてて、あちこちに問い合わせてくれたが日にちを直す方法は見つからないようだった。
 そのときから私はしかたなく、私的な場面では9月29日を、公的な場面では7月29日を誕生日とし、状況に応じて書き分けることにした。それで、役所や銀行、IT関係の書類ではいつも7月29日を使っているが、ときどき、どちらを使うべきか決めるのに時間が掛かったりするので、他の人には変なふうに見えるかもしれない。ともかく、私は今も一年12ヶ月のうちで9月がいちばん好きだし、7月はいろいろな意味で煩わしくて嫌いだ。
 ところで、少し前に再び戸籍謄本を仔細に見る機会があり、そのときやっと誕生日の間違いが起きた理由がわかった。戸籍謄本に付記されているところによると、我が国の戸籍法が1958年5月に改定され、それまでの書類はすべて新しいものに換えられた。そして私の戸籍謄本には、1959年5月に新しく記録されたという担当者の付記があった。短期間に多くの書類を手書きで記録しなければならないため、あわてた担当者が9を7と書き間違えたに違いなかった。 
 現在はどこでも書類は手書きではなくコンピュータで作成しているが、コンピュータを扱うのはやはり人間であるから、今後も絶対に同じ間違いが起きないとはいえない。私の場合は間違いが「月」だったのが、それでも幸いだった。もしも「年」に間違いがあったとしたらどうなっていただろうか、想像するだけでもぞっとする。

韓国語の原文
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# by nishinayuu | 2006-09-02 21:32 | 随想 | Trackback | Comments(2)

『朝鮮短編小説選(下)』(大村益夫・長璋吉・三枝寿勝訳、岩波文庫)

 
収録作品と著者:そばの花咲く頃(李孝石)、椿の花(金裕貞)、春・春(同)、翼(李箱)、少年行(金南天)、五月の薫風(朴泰遠)、滄浪亭の記(兪鎮午)、泥濘(韓雪野)、留置場で会った男(金史良)、狩り(李泰俊)、巫女図(金東里)、習作室にて(許俊)。
ほのぼのとした、後味のよい作品も入っているので、上巻よりは読みやすい。「そばの花咲く頃」「五月の薫風」はいかにも短編らしい‘よくできたお話’になっている。
「翼」は主人公の人格も、主人公と妻との関係も、奇っ怪ではあるけれども、そこがおもしろいといえばおもしろい。著者李箱(イサン)の名を冠した「李箱賞」は日本でいえば芥川賞に当たる文学賞である。

☆著者についてはマイリンクの「韓国の著名人」をご覧ください。
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# by nishinayuu | 2006-09-01 23:01 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『朝鮮短編小説集(上)』(大村益夫・長璋吉・三枝寿勝訳、岩波文庫)

収録作品と著者:笞刑(金東仁)、運のよい日(玄鎮健)、桑の葉(羅稲香)、民村(李箕永)、洛東江(趙明煕)、白琴(崔曙海)、旱鬼(朴花城)、地下村(姜敬愛)、金講師とT教授(兪鎮午)。

リアリズムのプロレタリア文学系の作品ばかりで、貧乏、悲惨、凄絶のオンパレード。気持ちが萎えているときはとても読めないが、この土地のある時期の現実を知るには格好の読み物ではある。
これらの中で文学的に特に優れているという印象を受けたのは「運の良い日」で、追いつめられた人間の心理と行動が見事に描かれている。

☆著者については、マイリンクの「韓国の著名人」をごらんください。
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# by nishinayuu | 2006-08-31 21:02 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

セーヌのカモメ

☆「特派員メモ」(朝日新聞のコラム)の翻訳です。原文の日本語は、韓国語の下にある「原文」というピンクの文字をクリックすると出てきます。なお、パリ、サン・ジェルマンなどの韓国語表記についてはマイリンクの外来語辞典をご覧ください。

센강의 갈매기 [특파원 메모 파리]

  센강의 강변 왼쪽, 생게르만 (Saint-Germain)의 뒷골목길을 걸어가고 있었는데 머리위에서 ‘기이’ 라는 소리가 들렸다. 철새인 붉은부리갈매기다. 군밤상인과 함께 이 거리에게 본격적으로 겨울을 알리는 새라고 들어알고 있었다.
  루브르미술관의 정원에서는 관광객들이 뿌리는 빵을 한둘레는 작은 비둘기들과 쟁탈하고 있다. 허리의 위치가 높아서 그런지 그들은 땅바닥에서의 다툼에서는 불리하다. 비둘기가 먹고 남긴 음식을 상공에서 노리는 것이 고작이다. 그러나 그들이 활공하는 모습은 아름답다.
  그들이 날개를 쉬는 자리는 가로등이나 동상의 정수리다. 비둘기와 친하게 지내지 않는 것은 이방인으로서의 고집인가.
  겨울철의 도시에 갈매기가 모이는 이유는 도시의 온난화로 인하여 살기가 쉬운 것을 학습했기 때문인것 같다. 음식점의 부엌 쓰레기, 노천시장의 채소 부스러기는 먹고 싶은 대로 먹을 수 있다. 생활권인 강의 수면에는 귀찮은 비둘기도 없다. 이러한 살아가기 위한 이동도 인간세계와 같다.
  나는 갈매기를 틀림없이 바다새라고 알고 있었기 때문에 영불해협에서 1500km나 내륙으로 들어온 파리에서 그들을 만난 것은 뜻밖이었다.
  파리의 ‘야조회’ 에 물어보니 겨울이외에도 어딘가 먼 곳에서가 아니라 교외에 있는 호수와 늪이나 운하에서 지내고 있다고 한다. 파리의 주변에 정주하는 붉은부리갈매기는 최근 10년 동안에 급증하고 있으며, 지금은 약 3000쌍. 이것이 바로 이민이다라는 생각이 든 것은 다음같은 설명을 들었을 때 였다.
  “파리에서 사는 갈매기의 대부분은 바다를 본 적이 없는 겁니다.”

原文
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# by nishinayuu | 2006-08-29 14:03 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)

『ヌサトゥンガラ島々紀行』(瀬川正仁著、凱風社)

c0077412_22473357.jpgヌサトゥンガラとはバリ島、ロンボク島、スンバラ島、コモド島、フローレス島、スンバ島、チモール島、アロール島、ソロール諸島のこと。これらの島々とそこに住む人々を温かく、且つ冷静な目で見、足で確かめた記録である。
アジアの辺境ヌサトゥンガラの「今」を残しておくために書く、と著者はいう。その著者の思いがどのページにもあふれており、「近代化批判」でも「地上の楽園礼賛」でもない、すばらしい紀行文になっている。
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# by nishinayuu | 2006-08-28 15:49 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『オリガ・モリソヴナの反語法』(米原万里著、集英社)

c0077412_22465280.jpg舞台は1960年代のプラハ。バイタリティーの固まりのダンス教師モリソヴナと、時代物の優雅なフランス語を話すフランス語教師エレオノーラ。年齢不詳、前歴不詳のふたりの過去を探り当てる推理小説仕立ての物語。
同じ作者の『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』の姉妹編といった感じなので、作者の自伝的な要素がより強い『嘘つきアーニャ』を先に読んでおくと、『オリガ・モリソヴナ』にすんなり入っていける。

☆『ガセネッタ&シモネッタ』は、同時通訳者だった作者が、とんでもなく優秀で痛快な同時通訳者たちについて書いたお話。この人の、テンポが良く、おもしろおかしくて、しかもいつもなにかしらお勉強になる文が、もうこの先、新しく出てくることがないと思うと、本当に残念です。
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# by nishinayuu | 2006-08-27 18:10 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

「海幸山幸」 その2

☆「海幸山幸」その1(8/24作成)の日本語版です。

 昔々(注1)のお話だよ。ニニギノミコトという神様が天から降りてきて、人間の世界で暮らしていたんだ。その方には海幸という息子と山幸という息子がいてね、海幸は海で釣りをして、山幸は山で狩りをしていたんだ。
 ある日、山幸は海で釣りがしたくなって、海幸に釣り道具を貸してほしいって言ったんだ。海幸はなかなか「うん」と言ってくれなかったけれど、山幸が何度も頼んだのででしかたなく貸してくれたんだって。
 それで山幸は海に行って、釣りをしていたんだ。けれども魚は一匹も釣れないし、釣り針もなくしてしまったんだよ。兄さんの海幸が、釣り針を絶対に返せよ、と責めるので、山幸は海辺で涙を流して泣いていたんだ。そうしたら、海路をつかさどる神が現れて、神の子がどうしてそのように泣いているのか、って尋ねたんだ。そして、山幸の話を聞くと、こう言った。
 「わたくしがおてつだいいたしましょう。この船に乗って、潮の流れにまかせて進めば、海神の宮殿に着きます。宮殿の門の傍らに井戸がありますので、その井戸の上にさしかかる桂の木の枝に座っておいでなさいませ」
 海路の神に言われたとおり、山幸は桂の木の枝に座っていたんだ。すると水を汲みに来た娘が、井戸の中に光り輝いているものがあるのを見て、上を見たんだ。桂の木の枝にとても美しい男がいたので、娘はお仕えする豊玉びめにそのことをお話ししたんだ。豊玉びめは外に出てきて山幸を見ると、たちまち気に入ってしまったんだよ。
 ひめの父である海神も外に出てきてね、 「この方はニニギノミコトのみ子だ」と言って、山幸を宮殿に招き入れたんだ。山幸は豊玉びめと結婚して幸せに暮らしたんだって。
 3年の時が流れた。 ある日、山幸は兄さんの釣り針のことを思い出して、大きなため息をついたんだ。そのため息を聞いて、豊玉びめは父の海神に相談したんだ。海神が山幸に、どうしてため息をついたのか尋ねると、山幸はなにもかも全部話したんだ。
 海神は魚たちを集めて尋ねたんだ。すると魚たちは、ちかごろ赤鯛が喉に釣り針が刺さっていてものが食べられないでいる、と言った。その釣り針こそは山幸がなくしたものだったんだよ。海神は釣り針と、満ち潮の珠、引き潮の珠を土産として山幸にさしあげて、その珠で兄上を苦しめてやりなさい、と言ったんだ。
 ワニザメの背に乗って陸に戻ってきた山幸は、2つの珠を使って海幸を溺れさせたり助けてやったりして苦しめたんだ。海幸はついに降参して、山幸に謝り、山幸の家来になったんだって。
 そのあと、豊玉びめが山幸の子どもを産むために陸にやってきて、海辺に小屋を建てたんだ。山幸が小屋の中をのぞいてみたら(注2)、中には赤ん坊とワニザメがいたんだって。

(注1)と(注2)はここをクリック
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# by nishinayuu | 2006-08-25 11:38 | 再話 | Trackback | Comments(0)

「海幸山幸」 その1

☆『古事記』の「海幸山幸」の物語をおとぎ話ふうの韓国語にしてみました。

  옛날 옛날 호랑이가 담베 피우던 시절에 있었던 아야기야.
  니니기노미꼬토라고 하는 하느님이 하늘에서 내려와서 인간세계에 살고 계셨거든. 그 분에게는 우미사치(海幸)라고 하는 아들과 야마사치(山幸)라고 하는 아들이 있었는데, 우미사치는 바다에서 낚시질을, 야먀사치는 산에서 사냥을 하고 있어.
  어느 날 야마사치는 바다에서 낚시질 하고 싶어서 우미사치에게 낚시도구를 빌려 달라고 했어. 우미사치는 좀처럼 들어주지 않았는데, 야마사치가 몇번이나 부탁하길래 어쩔 수 없이 빌려 주었단다.
  그래서 야마사치는 바다에 가서 낚시질 하고 있었거든. 그런데 물고기는 하나도 낚을 수 없고 낚시바늘마저 잃어버린 거야. 형이 낚시바늘을 꼭 돌려 달라고 강경하게 말해서, 야마사치는 바닷가에서 눈물을 흘리고 있었거든. 그 때 해수신이 나타나서 왜 하느님의 아들이 그렇게 우시냐고 물었거든. 그리고 야마사치의 이야기를 듣고 이렇게 아야기 했어.
  “저희가 성심으로 도와 드리겠습니다. 이 배로 해수를 따라가시면 해신 궁전에 갈 수 있습니다. 궁전 대문옆에 우물이 있는데 움물위쪽에 있는 침나무 가지에 앉아 계십시오.”
  해수신이 시키는 대로 야마사치는 침나무 가지에 앉아 있었거든. 그랬더니 물을 길러 온 아가씨가 물안에서 빛나고 있는 것을 보고 위를 쳐다봤어. 침나무 가지에 매우 잘 생긴 남자가 있었는데 아가씨는 자기 주인인 토요타마공주에게 보고했어. 토요타마공주는 밖에 나와서 야마사치를 보자마자 그가 마음에 든 거야.
  공주 아버님인 해신도 밖에 나왔는데 “이 분은 니니기노미꼬토의 공자님이야” 라고 해서 야마사치를 궁전안으로 안내했어. 야마사치는 토요타마공주하고 결혼을 하고 행복하게 살았단다.
  3년이 지났어. 어느 날 야마사치는 형의 낚시바늘을 생각해 내서 큰 한숨을 쉬었어. 그 한숨을 듣고는 토요타마공주는 아버님하고 상의 했 거든. 해신이 야마사치한테 왜 큰 한숨을 쉬었는지 물었는데, 야마사치는 있었던 일을 다 이야기했어.
  해신은 물고기들을 모으고 물었 거든. 그러자 물고가들은 붉은도미가 요즘 목에 낚시바늘이 있어서 아무것도 먹을 수 없다고 했어. 그 낚시바늘이 야마사치가 잃어버렸던 것이였단다. 해신은 낚시바늘과 함께 만조보석과 간조보석을 선물로 야마사치에게 드리고 그 보석들로 형을 괴롭히라고 했어.
  상어 등을 타고 뭍에 돌아온 야마사치는 두 보석들로 물에 빠지게했다 구조했다 하며 우미사치를 괴롭혔 거든. 우미사치는 너무나 괴로워해 드디어 지고 말아서 야마사치에게 사과하고 야마사치의 신하가 됐단다.
  나중게 토요타마공주가 야마사치의 아이를 낳으러 뭍에 와서 바닷가에 작은 집을 세웠어. 야마사치가 집 안을 들여다보고 보니 안에는 갓난 아이와 상어가 있었단다.
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# by nishinayuu | 2006-08-24 21:54 | 再話 | Trackback | Comments(0)