『Les Thibault13-ÉpilogueⅡ』(Martin du Gard)
エピローグの後半が収められたこの巻は、十三「フィリップ博士の診察」、十四「警報発令の夜」、十五「手紙」、十六「アントワーヌの日記」という四つの章で構成されている。
フィリップ博士の診察を受けた後、アントワーヌがウイルソン(当時のアメリカ大統領)への期待を口にすると、博士は「あれは月世界の人間なんだ」と応じる。アントワーヌが惹かれている「世界連邦」という考え方も、博士に言わせれば「それも夢に過ぎない」となる。(理想主義的なアントワーヌに対して、世界平和への懐疑を語るこのフィリップ博士の冷めた目は、物語の世界からほぼ20年後の世界を知っているマルタン・デュ・ガールの目と重なる。)そして博士のもとを辞そうとして振り返ったアントワーヌは、恩師の顔の上に「博士自身さえそれと気づかぬ告白と、深い憐憫のかげ」を見てしまう。
博士の目から読み取った宣告に茫然自失するアントワーヌの胸に、なにかほっとさせるような考えが浮かぶ。「そうだ、われわれ医者にとって、いつも一つの方法が残されている……手をこまねいて待たないですむ方法……苦しまないですむ方法……」があるのだ。
十五章の最初の手紙はダニエルからのもので、その中で彼は「股を砕いた砲弾の破片によって性を持たぬ人間になった」ことを告白している。そして、母が死ぬまではやらないが、と言いながら自殺の覚悟を述べている。ダニエルがジャン・ポールの子守役に甘んじて、周りの女性たちが眉をしかめるような怠惰な日々を送っているのはそういうわけだったのだ。またこの章でアントワーヌは、ジャン・ポールの将来を思いながら自分の資産状況をジェンニーに知らせる。
最後の章は1918年の7月2日から11月18日までのアントワーヌの日記。その内容は、今やチボーの血を継ぐ唯一の人間になろうとしているジャン・ポールにあてた言葉、一進一退を繰り返しつつも確実に悪化していく病状とそのときどきの心境、戦況と関係各国の動き、そして人類の将来についての思い、という四つに分けられる。たとえば7月7日には国際連盟への期待が記され、7月8日には「三十七歳。これが最後の誕生日!」と記したあとにまた、軍備撤廃を提唱したウイルソンへの共感が綴られ、7月9日には「息切れして眠れない」ままに、ジャン・ポールに「おそらく後になって、去って行くひとりの人間の足跡をこの日記の中に見いだそうとしてくれるだろうか?そしてそのとき、アントワーヌおじさんは、おまえにとって、一つの名前、アルバムに貼られた一枚の写真に比べて、いくらかましになれるだろうか」という悲痛な呼びかけが記される。
そしてこの日記は「1918年11月18日、月曜/三十七歳、四ヶ月と九日/思ったよりもわけなくやれる。ジャン・ポール」という記述で終わっている。
この大河小説が発表されてから70年あまりになるが、チボー家の人々はもちろん、彼らを取り巻く老若男女の言動や思いは少しも古びていない。世界の状況も当時と今では大きく違っているはずなのに、共通点、類似点が多いことに驚かされる。精神が柔らかいうちに読んでおくべき作品であり、そのあとも折々に読み返すべき作品である。(2015.7.15読了)