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翻訳練習 課題2

今学期の韓国語講座「翻訳の秘訣」で練習したものの記録です。

秘訣-1 よい文は一息に読める。(原文を組み立て直すことも考えてみる)

原文:子どもに健康な遊び、教育、文化を提案する(株)〇〇は、独自のキャラクターを通じて、自然に優しいデザインを始め教育コンテンツ、流通などを新たに提案する、子どものための環境親和型ビジネスです。

c0077412_10223842.jpg  訳文() 〇〇 어린이에게 건강한 놀이, 교육, 문화를 제안합니다. 독자적인 캐릭터를 통해 자연진화적인 디자인, 교육 컨텐즈, 유통 등을 새롭게 선보이며 어린이를 위한 진환경 비즈니스를 전개합니다.

秘訣-2 読点を活用する。(韓国語の読点の使用頻度は低いが、必要に応じて適切に使うこと)

原文1:先生は、感動して泣きながら、走る子どもたちを見つめていた。

訳文:선생님은 감동받아 울면서, 달리는 아이들을 자켜봤다.(意味を明確にするための読点)

原文2:大きいだけがとり得の、私の絵。

訳文:크다는 것만이 장점인, 그림.(強調のための読点)

秘訣-3 長すぎる文は適当に分ける。

原文:(株)〇〇では、お客様によりスムーズにプロジェクトを導入していただくために、お客様とともに悩み、差別化された顧客サービスを提供するとともに、完璧な技術移転を通じてお客様の技術力を一層強化することに努めています。

訳文:()○○ 고객이 더욱더 하게 프로제크트를 도입할 있도록 고객과 함께 고민하며 차별화된 고객 서비스를 제공합니다. 또한 완벽한 기술이전을 통해서 고객의 기술력을 한층 경화하는 노력하고 있습니다.


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by nishinayuu | 2017-10-19 09:52 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)

『모르는 여인들』(신경숙, 문학동네)


『見知らぬ女たち』(申京淑)

c0077412_09133312.jpg本書は2003年から2009年にかけて発表された七つの作品が収められた短編集。2015年の盗作疑惑以来、ちょっと読む気の失せていたこの作家の作品を久しぶりに読んでみた。申京淑は『浮石寺』で惚れ込んで以来、いろいろ読んできた作家である。物語の流れが自然で、文章は簡潔、使われる言葉の一つ一つが的確で共感できる――そんな特徴はこの作品集でも健在で、読み終わった今の感想は「やっぱり猫が好き」じゃあなくて「やっぱり申京淑が好き」ということになりました。ただし、六作目の猫が登場する作品は、登場人物に共感できないし、なんとなく気持ちのよくない内容で、「やっぱり猫は好きじゃない」と思ったのでした。収録作品は以下の通り。

세상 끝의 신발――朝鮮戦争時の少年兵ふたり。逃げるときに15歳の少年は傷みの少ない自分の靴を16歳の少年に譲って先に逃がした。16歳は終生15歳を支えた。16歳だった男の娘は記者になり、15歳だった男の娘は結婚、出産のあと離婚し、精神を病んでコドモに返った。記者の娘が語るふたりの父とふたりの娘の物語。

화분이 있는 마당――語り手はインタビュアー。幼い頃からの長いつきあいの恋人から突然別れを告げられ、ことばは出なくなり、食べ物も喉を通らなくなる。近所の空き家を手に入れた後輩の女性が、荒れ果てていた庭に花を作り始める。語り手が、しばらく留守にすることになった後輩のために水やりに通っていると、その家の一郭にもう一人、女性が住んでいることがわかり……。

그가 지금 풀숲에서――運転中に他の車にぶつかられた男。気がついたら草むらに放り出されていて、身体がまったく動かない。助けを呼ぼうと声を張り上げるが、そのうち声も出なくなる。道路を通り過ぎる車の音は聞こえるが、人の気配はないまま、また夜を迎えようとしている。妻の左手が勝手に動いて男の顔を殴ったり、ものを壊したりするようになったのは、仕事にかまけていて妻の気持ちを考えもしなかった自分のせいかもしれない。死の予感にさいなまれながら、男の意識はあちこち彷徨う。

男の目に映るもの、意識に上るものだけから成り立っていて、ロブ・グリエの『迷路の中で』を彷彿とさせる極めて印象的な作品である。

어두워진 후에――母と兄と祖母の無残な死体を発見した男。あろうことか殺人の嫌疑を掛けられ、理不尽な取り調べを受けるはめに。連続殺人犯が捕まって男の嫌疑は晴れたが、家族が惨殺された家にはいたたまれず、あちこちさまよい歩く。やがて、ふと出会った女のさりげない心遣いに、男はようやく、家に帰ろう、と思い立つ。

성문 보리수――それぞれの道を歩んだ女たちの物語。語り手は韓国をあとにして久しい友人を訪ねてドイツへ。その友人とフランクフルトの町を歩きながら、友人が異国で暮らすようになった事情を知っていく。そして連絡のとれなくなっていたもう一人の自死についても。

この作品は「フランクフルト観光旅行記」の感があり、2015年に訪れたこの街を思いながら懐かしく読んだが、観光案内的な部分が少し多すぎて主題が散漫になったような気がしないでもない。歌曲・菩提樹の歌詞は「泉に沿いて茂る菩提樹」なのになぜ「城門前の菩提樹」なのかと思って調べてみたら、原詩は「城門前の泉の菩提樹」だった。

숨어 있는 눈――(内容省略)

『모르는 여인들――(内容省略)

2017.8.9読了)


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by nishinayuu | 2017-10-15 09:17 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『陽気なお葬式』(リュドミラ・ウリツカヤ、訳=奈倉有里、新潮クレストブックス)

c0077412_10121358.jpgBecёлыепохороны』(Людмила Улицкая1997

舞台はマンハッタンのチェルシー地区にあるアトリエ。1991年の猛暑の夏、亡命ロシア人で画家のアーリクは重病の床にあり、今や彼の素質のすべてが意味をなくしていこうとしていた。優れた記憶力も、絶対音感も、芸術家としての才能も。チロル民謡を歌うひょうきんな声も、超一流のビリヤードの腕前も、なにもかもを引き連れて、彼はいなくなろうとしていた。

アトリエには5人の女たち――エキセントリックな妻のニーナ、軽業師から弁護士に転身した元恋人のイリーナ、その娘で15歳のマイカ、ロシア語教師をしている現役の愛人ワレンチーナ、ロシア語を勉強中のイタリア人ジョイカ――が集まっていて、友人たち――医者だがアメリカでは無資格のフィーマ、民間療法師のマリアおばさん、新参亡命者のファイーナ、フィーマの友人で医者のベルマン、フィーマの幼なじみのリービンなどが次々に訪れる。彼らはみんな、なんらかの事情でロシアを出てきた人々だった。

「彼らはアーリクとともに歩んだ、喜びと悲しみに満ち、決して平坦ではなかった人生の道のりを追想する。ウオッカを飲み、テレビで報道される祖国のクーデターの様子を見ながら。そして、みなに渡されたアーリクの最期の贈り物が、生きることに疲れたみなの虚無感を埋めていく……。不思議な祝祭感と幸福感に包まれる中編小説。」(見返しの紹介文より抜粋。)

以下は目にとまった言葉や事柄の覚え書き。

*アントーノフ種のりんご――「ワレンチーナが1981年にアメリカに来たとき、チェックの布張り鞄には、持ち込んではいけないはずのアントーノフ種のりんごが三つ、詰め込まれていた。」

*マンハッタンのチェルシー地区――「アーリクが大好きなオー・ヘンリーが描いた街。かつては工場労働者が多い雑多な印象の所だったが、ここ数年でめざましく変わってファッショナブルな街へと変貌を遂げた。」

*ルビャンカ広場のジェルジンスキー像――秘密警察の父でレーニンの側近であるこの人物の銅像は、ソ連崩壊の折に撤去された。あるブログ(2013)に、プーチン政権下で銅像を復活させる動きがある、という記事があったが……

*ヤエザキオオハンゴンソウ――八重咲き大反魂草。ルドベキア(Rudbeckia)の仲間。訳者による注に「黄色い大きな花をつける菊科の改良種。第二次大戦後、ソヴィエトで好んで植えられた」とある。

*絵に描いたようなユダヤ人の一団が墓地に押しかけたときのワレンチーナの反応――「この人たちはひょっとしてブライトンビーチあたりの小劇場の役者なんじゃないの、アーリクに聞いてみなきゃ……と考えた瞬間に、たくさん、ほんとうにたくさん訊きたいことがあるのに、もはや訊く相手がいないのだ、と思い知る。」このくだりを読んだとき、ある人から聞いたを思い出した。高校生のとき、同級の女の子が母親を亡くした。彼女の許に駆けつけて慰めの言葉を掛けたりしているうちに、翌日のお葬式になにを着ればいいかという話になった。学校の制服でいいかな、それとも、と迷っていた彼女が「そうだ、お母さんに訊いてみよう」と言った。そのとたんにはっと顔を見合わせたふたりは、改めて涙にくれてしまったという。

この作品は今まで読んだウリツカヤ作品の中でいちばん好きかも知れない。(2017.7.28読了)


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by nishinayuu | 2017-10-11 10:13 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『あの素晴らしき七年』(エトガル・ケレット、訳=秋元孝文、新潮クレストブックス)

c0077412_10110148.jpg The SevenGood Years』(Etgar Keret2015

本書は息子レヴの誕生から父親の死までの7年間の出来事を描いたノンフィクション作品で、36篇のエッセイで構成されている。本書を読めば、パレスチナの人々の土地を奪って建国されたイスラエルという国で、人々がなにを思い、どのように日々を送っているのかが、少しはわかるかもしれない。印象的なエピソード満載なので抜粋は難しいが、ほんの一部をあげてみると――

*ミサイルが一斉発射されたとき、ぼくらはもう一度、日々民間人を攻撃せざるを得ない占領国ではなく、自分たちのために闘う、敵国に囲まれた小さな国となれたのだ。だからぼくらがみんなひそかにちょっとだけホッとしたとしても不思議ではないだろう?(1年目「戦時下のぼくら」)

*過去数年にわたってぼくは多くの祝日をイスラエル国外で過ごしてきた。空軍の戦闘機が頭上をデモンストレーションして飛ぶのを見て独立記念日を過ごしたりせずに済むのには、いくらかホッとするところがあったのは認めざるを得ない。でも、ヨム・キプール(大贖罪日)のときだけは全力でイスラエル国内にいようとしてきた。テルアビブの大通りで小鳥の声が聞こえるのはヨム・キプールのときだけだ。明日はもうヨム・キプールではないと知った息子が泣き出した。それは正しい反応だ。(3年目「スウィート・ドリーム」)

*七つ年上の兄さんがいて、ぼくはいつも大きくなったら兄さんのようになりたいと思っていた。兄さんは12歳のとき神様を見つけてユダヤ教の寄宿学校に入り、15歳のとき宗教を捨てて大学で数学とコンピュータサイエンスを勉強し、21歳のとき兵士になったが「イスラエル国防軍兵士にふさわしくない行為」のために投獄され、数年後にはハイテク企業を辞職して「急進的な」活動に従事し、この5年は奥さんとタイに住んで世界をちょっとだけよい場所にするための国際組織を運営している。ぼくの乗ったゾウの前を自分でゾウを操りながら進む兄さんを見て、大きくなったら兄さんのようになりたいという子ども時代の感覚が戻ってきた。(3年目「英雄崇拝」)

*ここ10年ほど毎年ポーランドを訪問してきた。ぼくの一族のほとんどがそこで恐ろしい状況の中で死んでいったのだけれど、彼らが暮らし、数世代にわたって栄えたのもポーランドであり、この地とそこに住む人々にひきつけられるぼくの気持ちはほとんど神秘的でさえあった。(5年目「想像の中の故国」)

*19年前、ブネイ・ブラクの小さな結婚式場でぼくの姉は死んだ。今ではエルサレムでも最も正統派ユダヤ色の濃い地域に住んでいる。(4年目「亡き姉」)

*文学イベントでクロアチアのザグレブに行った時、地元のカフェのウエイターから聞いた話。「戦争中、それぞれの言語では他意のない言葉の選択も、険悪な政治的含意があるように受け取られかねなかった。コーヒーをさす言葉はクロアチア語、ボスニア後、セルビア語でそれぞれ異なっていたため、客はみんなエスプレッソを注文し始めた。それなら中立なイタリアの言葉だから。そして一夜にしてここではコーヒーではなくエスプレッソのみを出すようになった。」(6年目「お泊まり」)

*ワルシャワのとある通りにぼくらの家が建てられた。その細い家に母さんより歳をとった女性がやって来てジャムをくれた。昔この近くにユダヤ人の友達がふたりいて、その子たちがゲットーに移る前に、おばあさんの母親が作ってくれたジャムサンドをあげたという。細い家のキッチンでジャムをつけたパンを食べた。(7年目「ジャム」)

「イスラエルのユダヤ人」だからこそのエピソードに出会えるのはもちろんだが、どこの国のどんな人でも共感できそうなエピソードも多い。また、全編にユーモアとペーソスがあふれていて充実した読書が楽しめる。なお作者ケレットは、村上春樹が「壁と卵」のスピーチをした2009年エルサレム賞の審査員の一人だという。(2017.7.27読了)


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by nishinayuu | 2017-10-07 10:11 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『ふたつの海のあいだで』(カルミネ・アバーテ、訳=関口英子、新潮クレストブックス)

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Tra DueMari』(Carmine Abate, 2002

著者は1991年に長編デビューし、3冊目の長編である本作によってイタリアをはじめフランス、ドイツで高く評価されて現代イタリアを代表する作家の仲間入りをした。2012年発表の『風の丘』も同じ訳者によってクレストブックスの一冊として紹介されている。

物語の主要舞台はイタリア南端カラブリア州の架空の村ロッカルバ。村は西のティレニア海と東のイオニア海にはさまれた狭い陸地の丘の上に位置しており、夏の間はふたつの海から凄まじい熱風が吹き付ける。

物語はドイツのハンブルクに住むフロリアン少年と両親が夏休みを過ごすために車でロッカルバに向かうところから始まる。フロリアンは自分たちを待つ暑さや馴染みの薄い祖父のことを思ってうんざりしており、2581㎞の道を運転する父のクラウスは息づかいも荒く、苦しげだったが、母のロザンナは幸せいっぱいだった。両親や妹のエルサ、姪のテレーザ、幼なじみ、路地、子豚のいる家畜小屋、オリーヴの木にとまる蝉、教会の裏の崖、バルコニーを彩る斑入りのカーネーション、広大な空を舞う燕に久しぶりに会えるからだ。そしてようやく村に到着すると、母と祖父のジョルジョ・ベッルーシは連れだって平原の真ん中にある「いちじくの館」の跡に行き、うだるような暑さの下で一年分の話をするのだった。

「いちじくの館」は、かつてはカラブリアでいちばん繁盛していた宿だった。183510月にはアレクサンドル・デュマも立ち寄り、デュマが文章を書く横で連れの画家ジャダンが主一家をスケッチした。その画面に描かれている当時15歳でのちに「炎のベッルーシ」と呼ばれた息子が「いちじくの館」の最後の主となった。18657月のある日、盗賊が逃げ込んだ館に北から来た国家警備隊が火を放って全焼させてしまったのだ。奇跡的に火を免れたデュマの手稿とジャダンのスケッチは「家宝」として代々受け継がれ、「いちじくの館」再建の意思を象徴するものとなった。

フロリアン少年の前から突然消えて長い間不在だった祖父のジョルジョ・ベッルーシが、消えたときと同じように突然またフロリアンの前に現れる。「炎のベッルーシ」の孫であるジョルジョは、一族の当主として、また「家宝」を引き継ぐものとして、あらゆる妨害、挫折をものともせず「いちじくの館」の再建に奮闘しはじめる。そんな祖父をフロリアンは少しずつ理解し始める。祖父の不在のあいだにフロリアンも子ども時代を脱していたのだった。

登場する男たちはみな、妻となる女性を求めて遠くまで旅をした情熱家であり(情熱とは無縁に見えるクラウスも!)、そうして妻となった女性たちは魅力的な美人ばかり(まん丸に肥った祖母も!)。丘には花が咲き乱れて空には燕が舞い飛ぶ暑熱のカラブリアの物語に、時たま寒冷なハンブルクの場面が差し挟まれる。燃えるような夏の日に冷房の効いた部屋で読むのにふさわしい一冊である。

2017.7.18読了)
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by nishinayuu | 2017-10-03 08:57 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)