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『奇跡の自転車』(ロン・マクラーティ、訳=森田義信、新潮社)


c0077412_10385020.png『The Memory of Running』(Ron McLarty, 2004)
「両親のフォード・ワゴンが、メイン州ビッドフォード郊外で、US95号線の中央分離帯のコンクリートに激突したのは、1990年8月のことだった」という文で物語は始まる。主人公のスミシー・アイドは43歳。ヴェトナムの戦場で危うく死にかけたがなんとか無事に帰還。今の仕事はゴダード・トーイズ社の製品検査係。アクション・フィギュアの腕がまともな向きに付いているかどうかをチェックするだけで、知識も技術もいらない仕事だ。夜はジャンクフードと酒とたばこに身を浸し、スポーツ中継を見て過ごした。飲み仲間はいたが友達はなく、もちろんガールフレンドなどはいなかった。体重が126キロもあり、髪は薄くなり始めている。要するに全く冴えない中年男――それがスミシーだった。
ロード・アイランドのイースト・プロビデンスにある実家のピアノの上には写真が並んでいて、その中には22歳の姉ベサニーの美しい顔もあった。ベサニーは世にもまれな美しい娘だったが、頭の中にいる誰かに命令されて服を脱いでポーズをとったり、自傷行為に走ったりしてたびたび「病院」のお世話になっていた。また突然姿を隠してしまうこともあって、その度に父は車で、スミシーは自転車で探し回ったものだった。両親もスミシーもそんなベサニーをとても大切に思い、愛していたのに、あるときついにベサニーは完全に行方不明になってしまった。両親の葬儀を終えて遺品を整理していたとき、スミシーは一通の手紙を見つける。それは20年以上も消息を絶っていたベサニーの死亡通知だった。スミシーは完全に独りぼっちになってしまったのだった。
スミシーは自転車に乗って旅に出る。ベサニーの亡骸を保管しているというカリフォルニアに向かって。もっさりした風貌と鈍くさい言動のせいで、路上生活者やごろつきに間違われたりもすれば、手持ちのお金が尽きそうになったりもする。が、葬儀で久しぶりにことばを交わした幼なじみのノーマと連絡を取ることを思いついてからは、スミシーの旅は少しずつ好転しはじめ、心温まる人たちとの出会いも経験する。節約のために始めたバナナを主食とする食生活が功を奏したのか、旅が終わる頃には劇的に体重が減っている、という愉快なおまけまで付く。実はダイエットはあくまでもおまけで、この自転車の旅はもっと大きなものをスミシーの人生にもたらしたのだった。(2016.10.12読了)
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by nishinayuu | 2016-11-29 10:39 | 読書ノート | Trackback | Comments(2)

『今読むペロー「昔話」』(訳・解説=工藤庸子、羽鳥書店)


c0077412_9593629.jpg『Histoires ou Contes du temps passé avec des moralités』(過ぎし昔の物語ならびに教訓)
本書は1697年に出版された昔物語集の翻訳と、訳者による解説からなり、翻訳部分と解説部分にほぼ同じページ数が割かれている。冒頭には出版に先立つ1695年の手書き本に添えられた「マドモワゼルに捧ぐ」と題する献辞が掲げられており、この「マドモワゼル」がルイ14世の姪であるエリザベート=シャルロット・ドルレアン(19歳)であること、献辞の署名がペローの末息子であるピエール・ダルマンクールであることなどの情報が注として与えられたあと、後半の解説の中で、当時の文芸サロンと「昔話」の生成の関係や、「説話文学の作者」についての考察が繰り広げられる。すなわち、「説話文学の作者はフローベールが『ボヴァリー夫人』の「作者」であるというのと同じ意味合いで、創造の責任を引き受けてはいない」のであり、「ペローの昔話は複数の声が微妙に重なって聞こえる音楽のような性格を持ち、庶民の目線が反映されることもあれば、サロンの貴婦人や知識人の才知がひらめき、あるいはモラリストでもある作家の省察が滑り込むこともある。明らかに異なるトーンの声が介入し、ドラマの緊張が不意に途切れたりすることがある」のだという。

本書に収録されているのは次の八つの物語。
眠れる森の美女(La Belle au bois dormant)
赤頭巾(Le Petit Chaperon Rouge)
青ひげ(La Barbe Bleue)
猫の大将または長靴をはいた猫(Le Maître chat ou le chat botté)
仙女たち(Les Fées)
サンドリヨンまたは小さなガラスの靴(Cendrillon ou la Petite Pantoufle de verre)
巻き毛のリケ(Riquet à la houppe)
親指小僧(Le Petit Poucet)

ハッピーエンディングが原則の昔話のうち唯一の例外が『赤頭巾』で、赤頭巾ちゃんがオオカミに食べられたところで終わっている。1812年から1857年にかけて版を重ねたグリム版は、『赤頭巾』を悲劇で終わらせないために『七匹の子山羊』もしくはその類話の後半部をくっつけたようなのだ、と解説者は言う。ペローの『赤頭巾』は、悲劇的な結末が少なくないラ・フォンテーヌの寓話に近い構造を持った物語で、「狼に気をつけろ」という警告がテーマなのだとか。一方『青ひげ』のテーマは創世記のエバの物語や「パンドラの筺」にも見いだせる「女の好奇心」で、こちらは悲劇で終わってもよさそうなのに、二人の兄が登場して青ひげを殺し、青ひげの財産を手にした妻は立派な紳士と再婚して「青ひげと暮らした辛い時期のことを、すっかり忘れたということです」というなんとも現実的、散文的な結末となっている。
解説によれば全体的には、『眠れる森の美女』『赤頭巾』『青ひげ』の三編が不安や恐怖に満ちた異界の扉を開けるという「昔話」の原型を示しているのに対し、『仙女たち』『サンドリヨン』『巻き毛のリケ』は太陽王の時代の紳士淑女が理想とした人間的な価値――美しい話し言葉、優しい気立て、優れた才知――を讃える寓話として読み解くことができ、最期の『親指小僧』には「昔話」の主人公になりきった少年ペローの姿が透けて見えるという。因みにペローは『親指小僧』の主人公と同じく七人兄弟の末っ子だったそうだ。
最期に今回の「初めて知った今知った」を挙げておく。
『眠れる森の美女』の王子様の母君は「人食い鬼のお血筋」/一歩で七里を行く長靴は履いた人を疲労困憊させる/赤頭巾ちゃんの頭巾を「赤」にしたのはペローの独創で、先行する昔話には影も形もない/ガラスの靴はガラス(verre)ではなくリスの毛皮(vair)の誤記だろうという説がバルザックなどによって唱えられたことがあるが、民話にはガラスや水晶の靴が他にもあるところから、現在は研究者の見解は一致している(今までバルザック説を信じていました。)
(2016.9.30読了)
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by nishinayuu | 2016-11-25 10:00 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『ジェニー・ブライス事件』(M.R.ラインハート、訳=鬼頭玲子、論創社)


c0077412_951932.jpg『The Case of Jennie Brice』(M.R.Rinehart、1913)
作者は1876年アメリカのピッツバーグ生まれで、アメリカ初の〈ミステリーの女王〉といわれているという。生まれたのも世を去ったのも、〈世界のミステリーの女王〉であるアガサ・クリスティより20年近く前だが、アメリカでは今も強い人気を誇っているという。

この作品はEverybody’s Magazineという雑誌に1912年10月号から1913年の1月号にかけて連載されたミステリー。アガサ・クリスティの多くの作品と同様に、殺人はあっても凄惨な殺しの描写はなく、むしろ叙情的な香りが漂う文学作品といった感じの作品である。
ピッツバーグを舞台とするこの作品は、印象的な洪水の場面から始まる。

また、洪水がきた。(中略)昨日地下室の泥をシャベルで掻き出していたところ、ピーター(スパニエル犬)の死体が見つかった。(中略)洪水、そして地下室の果物入れで半分泥に埋まって見つかったラドリー氏の犬。この二つが5年前の洪水の際に起きた、奇妙な事件の記憶を呼び覚ました。あのときは水が一階の部屋の半ばを越えた。

語り手はミセス・ピットマン(仮名)。ピッツバーグの由緒ある家の出身で、15歳まで市内の高級住宅街で過ごしたが、1878年に駆け落ちして以来、家族とは音信がない。20年の放浪の末ピッツバーグに戻ったのは、夫を亡くして郷愁に駆られたためで、家族との和解などは考えられなかった。アレゲーニー川の下流で賄い付きの下宿をやって暮らしているが、困ったことに毎年春には水害に遭う。冬の間に上流の谷が氷塊に埋め尽くされ、春になると氷が砕けて川を溢れさせる。5年前は特にひどい洪水に見舞われ、そのさなかに下宿人の女性が失踪。洪水を利用した夫による殺人が疑われ、下宿の人々や町の人々を巻き込んだ大事件に発展した。このときミセス・ピットマンは冷静沈着な推理でその事件を解決に導いただけでなく、妹には内緒でその娘であるリダ・ハーヴェイと親密な関係を築くことができたのだった。
その他の主要登場人物は以下の通り。
ジェニー・ブライス(下宿人。リバティ劇場の女優で洪水の日に行方不明になる)、フィリップ・ラドリー(下宿人。ジェニーの夫で失業中の俳優。ジェニーが失踪した夜、下宿のボートでこっそり出かけている)、ブロンソン(リバティ劇場の支配人)エリス・ハーウェル(新聞記者。リダ・ハーヴェイの恋人。ジェニーの失踪に関して不可解な言動を見せる)、ホルコム氏(エリス・ハーウェルの友人で、独自のやり方で事件を追う。引退した商人)、レイノルズ氏(下宿人。川向こうの店で絹製品を売っている商人)、アリス・マレー(速記タイピスト。洪水の日に失踪)、モリー・マグワイア(隣家の主婦。水から引き上げたジェニーの毛皮のコートを拾得)、アイザック(昔、屋敷の御者をしていた黒人。ベスお嬢様、と呼びかけて泣きながらミセス・ピットマンを抱きしめる)
(2016.9.24読了)
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by nishinayuu | 2016-11-21 09:52 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『ゼラニウムの庭』(大島真寿美、2012 ポプラ社)


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ストレスがたまったのでゆったりしたくてまた大島真寿美を読んだ。本書の語り手は幼名「るるちゃん」という小説家。ただし、これは小説ではなく「記録」であると最初に断り書きがある。彼女はこの記録を書き残したいと思ったのがきっかけでまとまった文章を書くようになり、やがて小説家になったのだという。

さて、この記録に登場するのは
語り手の曾祖父母、祖母の豊世と婿養子の祖父、母の静子と婿養子の父・亮といった一族の人々と、女中のお駒とその後を継いだ深澤さん、かかりつけ医の桂先生と息子の冬馬先生(と孫の亮=語り手の父)という一族といってもいい人々。そして語り手の別れた恋人であり後に夫になった倉科さん、という面々。そしてもう一人、祖母の豊世と双子として生まれた嘉栄さん。
この一族には世にはばかる秘密があって、その中心人物が嘉栄だった。祖母の豊世が平成2年に80歳で世を去ったとき、双子の姉妹である嘉栄は豊世の娘である静子よりもかなり年下に見えた。すなわち嘉栄は他の人とは異なる時間を生きるように生まれついたため、他の人よりずっと長い幼児期と子ども時代を過ごし、豊世がおばさんになった頃にやっと少女となったのだった。その後も豊世は普通に年老いていき、嘉栄はいつまでも若さと美しさに輝いていた。
語り手は死を前にした祖母からこの一族の秘密を詳しく聞かされ、数奇な運命を生きなければならない嘉栄さんの庇護を託される。それで語り手は一族が守り通してきた秘密を「記録」として書き留めることになったのだが、話はここでは終わらない。なんと、というかやはり、というか、最後に「嘉栄附記」という章があって嘉栄さんが自分の言い分を記しているのだ。「るるちゃん」のお葬式で嘉栄さんに出くわした倉科が驚きのあまり声を失っていた、など「るるちゃん」が知ったら声を失うに違いない暴露話もあって、なかなかおもしろい。140歳を超えたという嘉栄さんはこんなことも言っている。「不自由な人生でしたが、おそらく皆、そんなものなのでしょう。自由な人生などありはしません。そんなものがあると思っているのなら、それは大きな勘違い。私はそう思います。孤独な人生でしたが、それもまた、皆、同じです。孤独でない人間など、どこにいますか。」
(2016.8.30読了)
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by nishinayuu | 2016-11-17 10:10 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

「2016夏休みの課題作文」

韓国語講座で、韓国の新しい小説「보퉁이」に出てくる表現を「一字一句変えずに使って」短文を作る、という宿題がでました。その表現が使われる状況を作り出す必要があるのですが、1文ずつ状況を説明するのは煩雑なので、全体を一つのストーリーにしてそこに課題の表現を嵌め込んでみました。ストーリー自体は下らないものになってしまいましたが、課題の表現(オレンジ色の部分)の嵌め込みはまあうまくいったのではないかと思います。

1길거리에서 우연히 이전의 여자친구를 만났다. 아무렇지도 않은 말을 주고 받고 하면서 잠시 같이 걸었다. 그런데 나로서는 한 가지 마음에 걸린 일이 있어서, 지하철역 앞에서 헤어질 즈음끝내 한 마디 던져버렸다. 정말 미안하다.

2그녀는 미소를 지으면서 대답했다. 당신이 그녀와 사귀고 있다는 소식을 들었을 때 받은 상처는 이제 다 가시고 나니 걱정하지 않아도 된다고.

3 여자친구와 함께 가려고 음악회의 티켓을 두 장 샀다. 학수고대하던 그 날에 그녀는 급한
일이 생겨서 갈 수 없게 됐다고 했다. 내가 혼자서는 재미 없어서 나도 안 가겠다고 말했더니, 그녀는 자신을 미안하게 만들지 말라며, 자신의 친구를 보내왔다. 그 때 같이 음악회에 간 여자와 나는 지금 결혼을 전제로 하여 교제하고 있다.

4여자친구를 놔두고 다른 여자와 사귀기 시작한 나를 주위의 사람들은 설레발을 치며 비난했는데, 정작 그 여자친구만은 나를 나무라지 않았다.

5그래서 내가 이실직고 할 수 밖에 없었다. 그녀가 소개해 준 여자는 내가 꿈꾸던 이상의 여자였다고. 나의 말을 들자 그녀는 아무 말도 없이 떠났다.

6 사죄의 말을 되풀이하는 나를 어떻게 해야 할지 난처했는지, 그녀가 말했다. 실은 내가 그여자를 마음에 들어할줄 알아서 일부러 그 여자를 보냈다고. 그리고 그때 그녀자신이 이상적인 남자를 만났기 때문에 어떻게든 나와 헤어질 작정이었다고. 순진한 나의 사죄가 그녀가 마음속에 묵혀 둔 비밀을 끌어내고 말았다는 것이다.
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by nishinayuu | 2016-11-13 21:29 | 覚え書き | Trackback | Comments(0)

『いちばんここに似合う人』(ミランダ・ジュライ、訳=岸本佐知子、新潮クレストブックス)


c0077412_9295541.jpg『No One Belongs Here More than You』(Miranda July, 2007)
著者は1974年にともに作家である両親のもとに生まれた。パフォーマンス・アーティストとして活躍する一方、映画制作でも注目を浴び、さらに2001年頃から小説を発表し始めたという多才なアーティストである。本書は著者の初めての小説集で、フランク・オコナー国際短編賞を受賞し、多くの作家・批評家から絶賛されたという(本書の著者紹介より抜粋)。この新潮社版にもサンフランシスコ・クロニクル紙、ジンク誌、角田光代らの評が紹介されているが、それらの中でいちばんぴったりきたシアトル・タイムズ紙の評を紹介しておく。
ミランダ・ジュライは、奇妙で抗しがたい、新しい声を持った作家だ。彼女の描く世界はリアルだがシュールで、絶望的に悲しく、それでいて「秘密の悦び」に満ちている。

収録されている全部で16の作品を、収録順ではなく「印象に残った順」に並べてみた。
「その人」――みんなは公園のピクニック・テーブルのところで待っている。苦手だった科目の教師たち、最低野郎たち、今まで恋愛したすべての人たち、去って行った人たちもそこにいて、その人に拍手している。その人は郵便物が来ているのを期待して、すぐ戻るから、といってピクニックを抜け出す。手紙は来ていない。留守電にもメッセージはない。もうピクニックには戻れそうもない。みんなから愛されるたった一度のチャンスをふいにしたことを悲しんでベッドに横たわる。胸にのしかかる悲哀の重みが、どこか心地よい。目が閉じていき、その人は眠りにつく。
「2003年のメイク・ラブ」――15歳のとき、夜中に部屋に入ってきた黒い影とわたしは愛し合った。大学生になってリアルな彼氏が欲しくなり、黒い影に別れを告げた。影は「いつか人間の姿になって戻ってくる。そのときの名前はスティーヴだからね」と言って泣く泣く離れていった。特別支援学校の補助教員になった私の前に背の高い少年が現れたとき、彼の中の黒いものが一瞬私を包み込んで、久しぶりだねベイビー、とささやきかけた。少年の名はスティーヴだった。
「共同パティオ」――デザイナーで「新男子」ヴィンセントが発作を起こして意識を失ったとき、わたしは彼に「あなたは悪くない」とささやいた。それは、私がずっと誰かに言ってあげたかった、そして誰かに言って欲しかった、たった一つの言葉なのかもしれなかった。
「妹」――年寄りの独身男の自分に、ヴィクトルが「妹のブランカを紹介してやる」という。それから数週間の間、何度もブランカに会う機会があったが、いつもすれ違いでついぞ姿を見ることはできなかった。
その他の作品はタイトルだけ、やはり印象に残った順に記しておく。
「子供にお話を聞かせる方法」「十の本当のこと」「あざ」「何も必要としない何か」「モン・プレジール」「水泳チーム」「マジェスティ」「ロマンスだった」「わたしはドアにキスをする」「動き」「階段の男」「ラム・キエンの男の子」。

角田光代の言うように「見事なくらい挑発的な短編小説が並んでいる」し、名人級の翻訳家の訳なので読み出すと途中で止まらなくなる。ただし、消化しきれない作品(最後にあげた数編)もあって、どっと疲れた。(2016.9.15読了)
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by nishinayuu | 2016-11-09 09:30 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『あなたを選んでくれるもの』(ミランダ・ジュライ、訳=岸本佐知子、新潮クレストブックス)


c0077412_93257.jpg『It Chooses You』(Miranda July, 2011)
本書は映画制作に行き詰まっていた著者がカメラマンやアシスタントとともにロサンジェルスのあちこちに住む人々を訪ね歩いてまとめたインタビュー集であると同時に、彼らとの出会いを通して新しい展開をみせることになった映画が完成するまでを描いたドキュメンタリーである。収録されている迫力のある写真は、インタビューに同行したカメラマンで本文にも実名で登場しているブリジット・サイアー(Brigitte Sire)によって撮影されたもの。
インタビューをはじめたきっかけは、脚本を書きあぐねてネットの世界へ逃避するのが日常になっていた語り手(著者)が、ネットの呪縛から逃れるために手に取った「ペニーセイバー」という雑誌だった。毎週火曜日に届く「ペニーセイバー」は自分の持ちものを売りたい人々と買いたい人々のための広告雑誌で、「どの広告もうんと短い新聞記事のようだった」。たとえば
LA在住の某さん、ジャケットを売りに出す。革製。黒のLサイズ。10ドル。
この売り手がどんなふうに日々を過ごしているのか、なにを夢見、なにを恐れているのかを知りたいと思った著者は、売り手に電話をかけた。この手の広告では、売りに出ている商品について訊ねる以外の目的では電話をしないのが暗黙のルールだが、ここは自由の国だというもう一つのルールがあったし、語り手はどうしてもその自由を味わいたいと思った。これを逃したら、今日一日自由を感じるチャンスは二度とないかも知れないのだ。
黒革ジャケットの売り手を手始めに、語り手は「ペニーセイバー」の広告主たちへのインタビューにのめり込んでいく。「マイケル/Lサイズの黒革ジャケット/10ドル/ハリウッド在住」「プリミラ/インドの衣裳/各5ドル/アーケーディア在住」「ポーリーンとレイモンド/大きなスーツケース/20ドル/グレンデール在住」「アンドルー/ウシガエルのオタマジャクシ/1匹2ドル50セント/パラマウント在住」「ベバリー/レパード・キャット(ベンガルヤマネコ)の仔/値段 応相談/ヴィスタ在住」「パム/写真アルバム/1冊10ドル/レイクウッド在住」「ロン/67色のカラーペン・セット/65ドル/ウッドランド・ヒルズ」「マチルダとドミンゴ/〈ケア・ベア〉人形/2取る~4ドル/ベル在住」「ダイナ/コンエア社のドライヤー/5ドル/サン・バレー在住」「ジョー/クリスマスカードの表紙部分のみ50枚/1ドル/ロサンジェルス在住」
多くは貧しいか寂しい人たちだった。そしてほとんどがパソコンとは無縁の人たちだった。それぞれ個性的な人たちで、マイケルは性転換を目指して努力中の男性、ダイナは年齢不詳なだけでなく、込み入っていて奥深くて摩訶不思議な女性で、ロンは「誰もがこういう人物のアパートに入るはめにだけは陥るまいと心がけて一生を送るようなタイプの」コワイ人だった。そしてクリスマスカードのジョーの存在感も強烈だったが、それはロンとは全然違う強烈さだった。彼はまるで強迫観念にとりつかれた天使のように、がむしゃらに善をなそうとしていた。このジョーとの出会いが語り手の映画作りに大きな変化をもたらすことになる。
こうして完成した映画『ザ・フューチャー』は2011年7月にアメリカで公開され、2013年には日本でも公開されたという。(2016.8.28読了)
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by nishinayuu | 2016-11-05 09:32 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『ペナンブラ氏の24時間書店』(ロビン・スローン、訳=島村浩子、東京創元社)

c0077412_9341215.jpg『Mr. Penumbra’s 24-Hour Bookstore』(Robin Sloan, 2012)
語り手のクレイが話し始める。「これから話すのはぼくがめったに紙に触らなかった日々の話だ。(中略)」21世紀初頭にアメリカを襲い、ハンバーガーチェーンを倒産させ、スシ帝国にシャッターをおろさせた外食産業大不況の影響で、ぼくは失業中だった。」

語り手はノートPCで求人広告に目を通しはじめるが、目にとまった雑誌記事を「あとで読む」リストに追加したり、読みたい本をダウンロードして読み始めたりしてしまう。これではらちがあかないと気づいた語り手はスマートフォンを引き出しにしまって外に出る。サンフランシスコは散歩にいい場所だった。そうして見つけたのが「ペナンブラ氏の24時間書店」だった。窓に貼られた求人ビラには「店員募集/夜勤/特殊な応募条件あり/諸手当厚遇」とあった。
ペナンブラ氏はとても年取った男性で、ライトグレーのボタンダウンに青いカーディガンを着ていた。背が高く、やせていて、瞳はカーディガンと同じ青い色だった。この店主から好きな本を聞かれて『ドラゴンソング年代記』と答えたのが気に入られたようで、語り手はアルバイト店員として採用になる。「特殊な条件」の一つは「梯子にのぼれること」だった。書棚はとても高く、上方は空気も薄くてコウモリが見える気がするほどだった。(ここまでで、本好き、古書店好きは作品世界にぐっと引き込まれる。)
さて、アルバイトを始めてすぐに語り手はこの店がふつうの古書店ではないことに気づく。道路に面したスペースは普通の古書店だが、その奥に「奥地」と呼ばれる特殊な古書の棚があった。そこを訪れるのは数人の限られた人たち――コデックス・ヴィータイ(codex vitae)という暗号書を解読するための秘密組織「アンブロークン・スパイン」の会員たちだった。ペナンブラ氏の目を盗んでこれらのことを突き止めた語り手は、友人・知人の力を借りて暗号を解読しようと思い立つ。こうして、500年の間続けられてきたアナログ的手法を厳守しつつ暗号解読を目指す秘密組織を相手に、最新のハイテクに精通した若者達の挑戦が始まる。(このあたりから、ミステリー+ハイテクの世界がめまぐるしい展開を見せるので、ますますこの作品の世界にのめり込むことになる。)

本作品には最新のテクノロジー情報をはじめ現実社会の様々な情報があふれているが、現実にはない事物・事象もそれとなく仕込まれている。たとえば『スターウォーズ』や『ハリーポッター』と並んで『ドラゴン年代記』という作品関連の言及がたびたびあるが、どうやら作者の仕掛けたいたずららしい。もう一つ、「もしかしたら知らないのは私だけ?」と気になってネットで調べてしまったのが「ゲリッツズーン書体」。テクノロジーに関しては、元コンピューター・オタクだったのに最新の情報には全くついていけていないペナンブラ氏に、大いに親近感を覚える。(2016.8.22読了)
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by nishinayuu | 2016-11-01 09:35 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)