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『クリロフ事件』(イレーヌ・ネミロフスキー、訳=芝盛行、未知谷)

c0077412_100864.jpg『L’affaire Courilof』(Irène Némirovsky, 1932)
著者はロシア帝国キエフに生まれ、革命時にパリに亡命し、1929年に『ダヴィッド・ゴルデル』で文壇にデビューした。ナチスドイツによるユダヤ人迫害の中でも次々に長編小説を発表したが、1942年にアウシュヴィッツ収容所で死去した(以上、本書の作者紹介より)。

「二人の男」というタイトルで構想されたという本作は、テロリストのレオンMと、そのターゲットであるクリロフ、という二人の男の物語である。冒頭にレオン・Mと昔の彼を知る男がニースで遭遇する場面があり、この場面の後にレオン・Mが1932年にニースの家で死去したこと、遺品の中に数十ページのタイプ打ち原稿が見つかったこと、原稿の最初のページに「クリロフ事件」と書かれていたことが記されている。すなわちこれに続く1~27の断章は、レオン・Mが自伝として綴った「二人の男の物語」という形になっている。
レオン・Mは1881年、シベリアの寒村で政治犯の両親のもとに生まれ、父の死後に母に連れられてスイスに移住、10歳で母も亡くした後はスイスの「革命委員会」によって育てられた。「革命委員会」所有のサナトリウムで母から受け継いだ結核の療養をし、「党」のリーダーのひとりだったシュワン博士のもとで外国語と医学を学んだ。そして病が癒えるやいなや、「革命委員会」から下される任務をこなすようになった。すなわち被追放者の息子レオン・Mは、革命的な言説、教え、模範で特別に養育された、生まれついての党員だった。そんなレオン・Mが1903年、教育大臣の殺害のためにロシアのサンクトペテルブルクに送り込まれたのである。
1903年、ロシア帝国の教育大臣は残忍に冷血に権力を振るうことで知られるヴァレリアン・アレクサンドロヴィッチ・クリロフだった。皇帝アレクサンドル三世とネルロード皇子の庇護を受けるクリロフは、この国の支配階級にふさわしく革命を憎悪し、大衆を侮蔑していた。大柄で話も動作も遅かったクリロフを、学生たちは「シャチ」と呼んでいた。頭が切れ、残忍で貪欲だったからだ。そんなクリロフの家にレオン・Mはジュネーブ生まれの医師ルグランとして入り込んで暗殺の機会を探った。困惑と混乱を潜めた青い目で凝視するクリロフ、病んだ肝臓の激痛に果敢に耐えるクリロフ、居酒屋の歌い手だった妻を皇帝夫妻の嫌悪と侮蔑にもめげずに愛し続けるクリロフ、敬虔で生真面目で臆病で、用心深いクリロフに日々接しているうちに、レオン・Mはクリロフを理解し、シンパシーさえ感じるようになる。子どもの頃から抽象的な世界「ガラスの檻」で生きてきたレオン・Mは「初めて人間というものを見た」のだった。夏になり、クリロフが権力の座を追われるという事態になる。それにもかかわらず10月に彼を暗殺するという計画には何の変更もないとわかったとき、レオン・Mは指令を伝えに来た男に計画を止めるように必死で訴える。まるで兄の命を賭けて戦っているように感じながら。

本作の背景となっているロシア革命の時代はすでに遠い過去になってしまったが、人間の内面、人間の本質を浮き彫りにした本作の内容そのものは少しも古さを感じさせない。(2016.6.19読了)
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by nishinayuu | 2016-08-29 10:01 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

映画鑑賞ノート23 (2016.7.1作成)

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      2016年上半期に見た映画とドラマの記録

   1行目:鑑賞した月/日 タイトル(原題)

    制作年・制作国 監督 

   2行目:キャスト 3行目:一言メモ

   画像は「サン・ロレンツォの夜」



1/8暴走特急(Under Siege21995米 ジェフ・マーフィー

   S・セガール、E・ボゴシアン、エヴェレット・マッギル

   列車を追う段になるや辺鄙な山道に車が待っている!

1/11鑑定士と顔のない依頼人(The Best Offer2013

   J・トルナトーレ

   J・ラッシュ、D・サザーランド、J・スタージェス 

   老鑑定士の夢のようなロマンスのはずが恋の鑑定は専門外。

1/12 310分、決断のとき(3:10toYuma2007

   J・マンゴールド

   クリスチャン・ベイル、ラッセル・クロウ、P・フォンダ

   家族のために闘う男に悪党が惚れてまさかの展開に。

1/18グロリア(Gloria1999米 シドニー・ルメット

   C・ストーン、ジーンルーク・フィゲロア、J・ノーザム

   カサヴェテス作(80)のリメイク。展開も結末も穏やか。

1/19アンノウン 2011米・独ジャウム・コレット=セラ

   リーアム・ニーソン、D・クルーガー、ブルーノ・ガンツ

   存在を否定された男が真相究明に奔走したら予想外の事が。

1/23Always3丁目の夕日 2005日本 山崎貴

   堀北真希、堤真一、吉岡秀隆、薬師丸ひろ子、小雪

   同じ熱演でも堤は鷹揚に吉岡はいっぱいいっぱいに見える。

1/31ナタリー 2011仏 D&Sフェンキノス

   オドレイ・トトゥ、F・ダミアン、ブリュノ・トデスキー

   パリの不思議ちゃんは渋い二枚目より究極のダサ男を選ぶ。

2/8マイレージ・マイライフ 2009米 J・ライトマン

   J・クルーニー、V・ファーミガ、A・ケンドリック

   空港の荷物検査はアジア人の列が早く進むってホント?

2/9奇跡のシンフォニー(August Rush2007

   C・シェリダン

   フレディ・ハイモア、K・ラッセル、J・マイヤーズ

   エルガーのチェロ協奏曲をはじめ名曲がいっぱい。

   「青い目」の役者は生い立ちも実生活もかなり複雑らしい。

2/17クライム・ダウン 2011英 ジュリアン・ギルビー

   M・ジョーシ、E・スペリアース、イーモン・ウォーカー

   セルビアの少女を保護したせいで危険に晒される登山家達。

3月 情熱のシーラ(El tiempo entre costuras2013西

   アドリアーナ・ウガルテ、E・ミンゲス、P・ビベス

   母子家庭で育ったシーラがスペイン内戦~第二次大戦への

   混乱の時代を美貌と才覚を武器に生きていく物語。

4月 ドクター・マーティン(Doc .Martin)英のテレビドラマ

マーティン・クルーンズ、K・キャッツ、J・アブソロム

ロンドンで鳴らした名外科医がなぜか田舎町の医者に。

   気難しい医者がやっかいな病人・けが人あいてに奮闘する。

4/20A Beautiful Mind 2001米 ロン・ハワード

   ラッセル・クロウ,ジェニファー・コネリー,C・プラマー

   実在の天才数学者ナッシュの半生を描いた重厚な作品。

   幻覚として現れるハリスより精神科医のプラマーがコワイ。

5/10父を探す旅(Second Best1995米 クリス・メンゲス

   キース・アレン、ウィリアム・ハート、CC・マイルス

   不幸な生い立ちの郵便局員が不幸な少年に手をさしのべて。

5/27サン・ロレンツォの夜(La Notte di San Lorenzo

   1982伊 タヴィアーニ兄弟

オメロ・アントヌッティ、マルガリータ・ロサーノ、村人達

舞台はトスカーナ。人々は村を捨て連合軍を求めて歩く。

5/28ジャック・サマーズビー(Sommersby1993

   J・アミエル

   リチャード・ギア、ジョディー・フォスター、B・プルマン

   仏映画のリメイク。フォスターの知的な美しさが光る。

5/28パガニーニ,愛と狂気のヴァイオリニスト 2013B.ローズ

   デイヴィッド・ギャレット、J・ハリス、A・デック

ストラディバリウスの奏でる名曲が楽しめる音楽映画。

   ただしギャレットはパガニーニにしてはぎらぎらしすぎ。

5月 グレース&フランキー(Grace & Frankie)米のTVドラマ

   ジェーン・フォンダ,リリー・トムリン,マーティン・シーン

   「老いても」やはりフォンダは魅力的でシーンはいい感じ。

6/1突破口 1973

   W・マッソウ、JD・ベイカー、ジョン・ヴァーノン

   不細工な中年男、実は女性に優しく頭の切れる男でした。

6/2TheAge of Innocence 1993米 マーティン・スコセッシ

   ダニエル・ルイス、M・ファイファー、ウィノナ・ライダー

   雰囲気は原作そのまま。なぜかファイファーがはすっぱ風。

6/3センチメンタル・アドヴェンチャー(Honkytonk Man

   クリント・イーストウッド 1982

   クリント・イーストウッド、カイル・イーストウッド

   イーストウッドの半自伝作品。Honkytonkはハグレモノ、

   調子ッパズレなどの意とか。最後に短く流れる旋律が

財津和夫の「会いたい」にそっくりなのはなぜ?

6/8寒い国から帰ったスパイ 1965米 マーティン・リット

   R・バートン、クレア・ブルーム、オスカー・ウエルナー

白黒画面がスパイ家業の哀愁にぴったり。原作ル・カレ。

6/26綴り字のシーズン(Bee Season2005米・独 

   S.マクギー他

   ジュリエット・ビノシュ、R・ギア、フルーラ・クロス

   家族の再生の物語。独りよがりの父親をギアが好演。

6/29メイジーの瞳 2014米 S・マクギー、D・シーゲル

   J・ムーア、A.スカルスガルド、オナタ・アブリール

   身勝手な両親に振り回されながらも着実に成長する少女。

6/30ニューヨークの巴里夫(Chinese Puzzle2013仏 

   S.クラピッシュ

   ロマン・デュリス、オドレイ・トトゥ、ケリー・ライリー

   ハチャメチャで愉快。誰も不幸にならず都合よく収まる。


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by nishinayuu | 2016-08-25 11:26 | 映画・ドラマ | Trackback | Comments(1)

『優雅なハリネズミ』(ミュリエル・バルベリ、訳=河村真紀子、早川書房)


c0077412_9584623.jpg『L’élégance du Hérisson』(Muriel Barbery,2006)
本書は『至福の味』(早川書房、2000年)の作者による二作目の作品である。
作品の舞台は前作と同じくパリ15区にある高級住宅街グルネル通り7番地のアパルトマン。調べてみたところ現在ここにあるアパルトマンは5階のようだが、本作では7階まであって、3階と4階はそれぞれ2家族が住み、他の階は1家族でワン・フロアーを占めている。1階の住人は前作と同じく管理人のルネ・ミシェル。ほかにも前作の主人公だった料理批評家のピエール・アルサンをはじめとして、アパルトマンの複数の住人たちが本作にも顔を出している。
一方、新しい住人も登場する。それがなんと日本人で、名前はオヅ・カクロウ。小津安二郎の遠い親戚という設定のこの人物、渋くて素敵な初老の男性である。そしてこのオヅ氏はルネを一目見るなり、ルネが住民たちにはひた隠しにしてきた知性と感性を見抜く。27年の間グルネル通り7番地の管理人をしているルネは、貧しい農家の出で学歴もない54歳の未亡人。背が低くて醜く、地味で凡庸で、無精で無愛想で気難しく、のらりくらりとした巨大な猫を飼っている。すなわち管理人たる者はどうあるべきかという人々の思い込みに順応しているのだが、実は内に秘めた知性と感性を見破られないように棘の砦で身を守る「優雅なハリネズミ」だったのだ。
もう一人の主要人物は6階に住むジョセ家の次女で12歳のパロマ。家は裕福で父も母も高学歴、高等師範学校で哲学を学んでいる姉のコロンブも一般的に見れば秀才であるが、パロマから見ればみんな凡庸な人物である。ずば抜けた秀才であると自認するパロマは、自分が人生で成功することはもう決められているわけで、そんな人生を生きていくことに絶えられないから13歳になる日に自殺する、と決めている。
物語はルネの語りを基調に、パロマの2種類の日記「私は想う」と「世界は回る」が差し込まれる形で進行していく。オヅ氏の登場によって、それまで自分を隠して生きてきたルネは初めて本来の自分らしい生き方に目覚め、人生に絶望していたパロマもまた生きる意味を見いだしていく。

作者の専攻(哲学)と日本びいきのせいで、ときどきかなりの蘊蓄が入るが、全体としては適度に知的で楽しい読み物になっている。ルネとオヅ氏が互いの好みの一致に気づいたきっかけがトルストイの「アンナ・カレーニナ」だったり、ルネのハリネズミぶりがばれたきっかけがオヅ家のトイレに流れる曲がモーツアルトの「レクイエム」だったり、さらにフェルメールをはじめとするオランダ絵画が好きという共通点もある。というわけで、作中に言及されている文学や音楽、そして絵画作品は挙げれば際限が無いので、映画にしぼってメモしておくことにする。
「お茶漬けの味」「風と共に去りぬ」「ブレードランナー」「レッド・オクトーバー」「ターミネーター」「ノッティングヒルの恋人」「東京画」「宗方姉妹」「スタートレック」「ブラック・レイン」
(2016.6.16読了)
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by nishinayuu | 2016-08-21 09:59 | 読書ノート | Trackback(1) | Comments(1)

『あなたの本当の人生は』(大島真寿美、文藝春秋)


c0077412_9593287.jpg本書は2014年に刊行されたもので、初出は別冊文藝春秋303号~311号。
まず登場するのは新人作家の国崎真美。新人賞をもらったあとはぱっとせず、またまた300枚分の原稿を没にされたところだ。
国崎真美の原稿を没にしたのは担当編集者の鏡味(かがみ)。「おまえ森和木(もりわき)ホリーの弟子にならねえか」と言うなり、国崎真美を連れて森和木ホリーの屋敷へ。
鏡味の鳴らしたチャイムに応えて玄関に出てきたのは宇城(うしろ)圭子。20年ほど前、市民会館の事務員をしていたときに、講演に来た森和木ホリーにお茶を出したり挨拶に来た人をさばいたりしたのが縁で、森脇ホリーの秘書になった。森脇ホリーに「あなたの本当の人生はここにはない」と言われたのが決め手だった。森脇ホリーは何年かに一度、この台詞を口走るのだが、国崎真美もこの台詞を言われるかも知れない。もし言われたら、彼女がどうなるか追跡調査をしてみよう――そんなことを考えながら宇城はさりげない顔で国崎真美を森脇ホリーの待つ部屋に案内する。
二階の大きな部屋で国崎真美を待っていたのは「錦船シリーズ」という超ヒット作を持つ森脇ホリー。二度目の脳梗塞を起こしてから足の動きがおかしくなり、そのせいもあってか最近は創作意欲も起きない。仕事関係のことはもちろん、家の中の雑事も宇城にまかせていて、20年あまり前に宇城に声を掛けたのは実に正しいスカウトだった、と思っている。

森脇ホリーは国崎真美を見るなり「あなた、チャーチル(錦船シリーズに登場する黒猫)に似てるわね」と言う。鏡味がぐふっと吹きだし、宇城もうっすらと笑う。こうしてチャーチルこと国崎真美は森脇ホリーの広大な屋敷で暮らし始めるのだが、さて、国崎真美の本当の人生は?

時たま無性に大島真寿美が読みたくなるときがある。それはちょっと疲れているときやストレスがたまっているときだ。今回もそんな状態のなかでこの本を手に取った。期待通り、ふんわりと温かく、とても気持ちが安らぐ読み物だった。ここで、大島真寿美の作品を既読と未読に分けてメモしておく。
これまでに読んだ作品――『香港の甘い豆腐』『ほどけるとける』『かなしみの場所』『水の繭』『チョコリエッタ』『虹色天気雨』『宙の家』『羽の音』
これから読む予定の作品――『ビターシュガー』『戦友の恋』『それでも彼女は歩き続ける』『ゼラニウムの庭』『三月』『ワンナイト』『ピエタ』
(2016.6.13読了)
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by nishinayuu | 2016-08-17 10:01 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『文学会議』(セサル・アイラ、訳=柳原孝敦、新潮クレストブックス)

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『El congreso de literatura』(César Aira)
本書には『文学会議』と『試練』という二つの作品が収められている。


『文学会議』――語り手(貧しい作家)はベネズエラの海辺で〈マクートの糸〉の謎の解明に成功し、400年前に海賊が残した莫大な財宝を手に入れる。にわかに大金持ちになった語り手(実はマッド・サイエンティスト)は招待されていた「文学会議」にある目的を持って出向く。すでにクローンの製造に成功していた彼は、世界征服のために天才のクローンを作ろうと考えたのだ。「文学会議」に出席していた天才作家カルロス・フェンテスの細胞を、クローンスズメバチを使って採取。それをクローン培養器に入れて街から離れた山の上にこっそり埋める。天才のクローンがたくさん生まれるのを待ちながら彼がプールで楽しんでいるとき、異変が起こる。
『試練』――16歳の少女マルシアはぽっちゃり型。運動のためにフローレス広場の近くを歩いていたとき、マオとレーニンという二人の少女が声を掛けてくる。生真面目なマルシアとは何の共通点もないパンク少女だった。しつこくつきまとう二人をなんとか振り払おうとして、短いことばを交わすうちに、マルシアは少しずつ二人にうちとけてくる。そして三人はまるで友達のようにスーパーに入っていき、やがて少女たちのスーパー襲撃が始まる。

『文学会議』は冒頭から人を食ったようなエピソードで始まり、それがさらにエスカレートしていって、まるでB級SFパニック映画のような状況になっていく。『試練』のほうはごく自然で日常的な世界を描いているように始まり、ある時点でとつぜん非日常的な世界に突入していって怒濤の結末へとなだれ込んでいく。どちらも目のくらむような動きと色彩に溢れていて、とても疲れる。表紙の絵(Artwork by Isamu Gakiya)が中身にぴったりで、読後何日たってもこの絵を見ただけでどっと疲れる。(2016.6.11読了)
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by nishinayuu | 2016-08-13 10:06 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『逆さまゲーム』(アントニオ・タブッキ、訳=須賀敦子、白水社)


c0077412_9344542.png『Il gioco del rovescio』(Antonio Tabucchi,1988)
11編の短編からなる本書はタブッキの第三作で、「反対側からものを見ようとして、そのために現実から脱落してしまう人たちや出来事が描かれた作品集(訳者あとがきによる)」である。どの作品も、いつかどこかで見たことがあるような、体験したわけではないのに胸が締め付けられるほど懐かしい、そんな会話や情景から成り立っている。たとえば

「土曜日の午後」――母、息子、幼い娘の三人で暮らす一家。父親は訳あってどこかに身を隠している。ある土曜日の午後、自転車に乗って通り過ぎる父親を娘が目撃して……。
名作映画の一場面、最初と最後を見損なったためこの場面に至ったいきさつも、その後の展開もわからないけれどもなぜか忘れられない、そんな場面を見ているような作品。
「小さなギャッツビイ」――語り手は少年の頃、名作の出だしの暗誦が得意だったから、将来は小説家になろうと思っていた。つまり「小さなギャッツビイ」だったのだ。『グレート・ギャッツビイ』の細部、言及されているミュージシャンや曲はくっきりとは思い出せないけれども、懐かしさがこみ上げてくる。(「あしたお天気がよければね、ラムゼイ夫人は言った。でも、おまえ、ニワトリが鳴くころに起きるのよ」という部分だけはヴァージニア・ウルフの『燈台へ』からとったものだとすぐにわかりました。ただし原文はニワトリではなくlark,すなわち雲雀。)
「ドローレス・イバルーリは苦い涙を流して」――レジスタンスにも参加し、スペイン戦争でも闘ったロドルフォは、同志だったドローレスが「ロシアに身を売った」ため大喧嘩してしまった。彼女がロドルフォを罵ったので、ロドルフォは「きみだってやがて、自分の犯した過ちのためにいつか苦い涙を流すだろう」と答えた。数年後、ロドルフォのもとにモスクワから一通の手紙が来た。差出人はドローレスで、「ドローレスは苦い涙を流しています」とあった。ロドルフォは世界情勢、特にロシアの動向に心を痛めながら61年12月に世を去った。その頃まだ15歳だった息子が「残虐行為をしたという理由で虐殺された」という報道があったが、母親は信じられない。ロドルフォは穏健な社会主義者だったし、父親が死んだとき息子はまだ15歳だったのだから。
この作品も、最初と最後を見損なった映画のような印象が残る。
「チェシャ猫」――長い歳月の後でいきなりアリスから会いたいという連絡がくる。アリスから「チェシャ猫」と呼ばれていた男は列車に乗って出かけていく。列車は彼女が待っているはずのグローセットの駅に着いたが……。
続きがとても気になる作品。
「行き先のない旅」――アルティスタ・ディーノ(芸術家のディーノ)と名のる21歳の若者。列車で乗り合わせた仲買人とモデナへ。糸売りのレゴロの荷馬車でレッジョヘ、カソーラヘ、そしてカノッサへ。そこからはひとりで、ポー河の平野を走るエミリア街道を北に向かって。
訳者によるとこの作品は、ランボーを思わせる特異な詩を書いたにもかかわらず、人生の大半を精神病院に幽閉されて過ごした詩人、ディーノ・カンパーナ(1885~1932)の生涯をタブッキ風にアレンジしたものだという。

全作品を通じて印象に残るのは作者の並外れた描写力だ。もちろんこれは達人翻訳家のおかげでもあるが、文章表現なのに一つ一つの場面が音と色彩と動きをもって鮮やかに浮かび上がってくる。非常に充実した読書体験だった。(2016.6.6読了)
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by nishinayuu | 2016-08-09 09:35 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

「多摩動物園」その5

곤충원, 색채의 교향곡

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아시아의 평원을 떠나 구불구불한 길을 따라 걸어가면 곧 줄지어 있는 새우리가 나타난다. 홍색 따오기, 도요새 등 비교적으로 작은 새들이 사육되어 있는데 이 부근은 다마동물원에서 가장 깊숙한 곳인지라 사람이 드문드문 다니는 아주 고요한 산책로이다.

그 길을 나가면 입구에서 이어지는 큰길이 나오는데 그 큰길 근처에 있는 것이 이 동물원의 하이라이트인 곤충원이다. 곤충원에는 돔형의 거대한 온실이 있어 가지각색으로 어우러져 만발하는 꽃 사이를 날아다니는 형형색색의 나비를 만날 수 있다.
c0077412_1013453.jpg 니곳에 오기 전까지는 동물들의 소리를 즐겨 왔지만 여기서는 꽃과 나비의 sound of silence(침묵의 소리)를 마음껏 즐길 수 있다. 간혹 들리는 아주 작은 날개 소리에 눈귀를 집중하면 꽃꿀을 빨아먹는 벌새가 보일 것이다.
어른들 위한 한나절 동물원 답사는 여기가 마지막 답사지로 문 닫을 때(5:00)까지 색채의 교향곡을 즐기면서 답사를 마무리한다.
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by nishinayuu | 2016-08-05 10:02 | 随想 | Trackback | Comments(1)

『나의 문화유산답사기-일본편4 교토의 명소』(유홍준, 창비)

c0077412_1611222.jpg『私の文化遺産踏査記-日本編4 京都の名所』(兪弘濬、創作と批評社、2014)
著者は美術史を専攻する学者として、これまで韓国の文化遺産をはじめとして北朝鮮の文化遺産、日本の文化遺産についての踏査記10巻を発表している。内訳は韓国編5巻、北朝鮮編2巻、日本編3巻である。日本編3巻では九州、飛鳥にそれぞれ1巻を当てているのに対して京都には「京都の歴史」と「京都の名所」の2巻を当てている。以上の巻数を見ても著者の京都への思い入れのほどがわかる。

本書は5部構成になっており、第1部~第4部に取り上げられている「京都の名所」は以下の通り。
第1部「鎌倉時代の名刹」――知恩院、建仁寺、大覚寺、天龍寺
第2部「室町時代の禅寺」――相国寺、金閣寺、龍安寺、銀閣寺、哲学の道と南禅寺
第3部「戦国時代の茶道の本家」――裏千家と大徳寺
第4部「江戸時代の別宮」――桂離宮、修学院離宮

いずれの名所に関しても入念な下調べと実地の踏査に基づいた実に詳細な解説が繰り広げられているので、資料集として大いに役立つ。また、所々にごく普通の観光客レベルの言動記録も織り込んであり、読者を飽きさせない。ただし、長蛇の列にうんざりして「割り込み」をやってのけるという、著者の「お茶目な」一面の表れかもしれないが日本人としては(あるいは東京人としては)ちょっと理解しがたいエピソードなどもある。

第5部は京都の街歩きの記録「京都漫歩」と、京都で見つかる韓国に関わる事物の記録「京都の中の韓国」からなる。ここで特に印象に残るのは最後に掲げられている尹東柱と鄭芝溶に関する部分だ。日本ではほとんど忘れ去られてしまった二人の韓国詩人の冥福をあらためて祈らずにはいられない。同志社大今出川キャンパスにある二人の詩碑については、後日、別の記事にして紹介したい。(2016.6.5読了)
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by nishinayuu | 2016-08-01 16:11 | 読書ノート | Trackback | Comments(3)