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『フランス紀行』(ブノワ・デュトゥルトル、訳=西永良成、早川書房)

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『Le Voyage en France』(Benoît Duteurtre, 2003)
モネの『サン・タドレスのテラス』による色鮮やかな装丁が目を引く本書は、ル・アーヴルのサン・タドレス生まれの作者による第七作目の長編小説である。

主要登場人物は二人。一人はル・アーヴルで生まれ育ち、今はパリで暮らす中年のジャーナリスト。今はタクシーの中で無料配布される月刊誌『タクシー・スター』の副編集長という冴えない肩書きしかないが、もっと自分の能力にふさわしい仕事があるはずだと思っている。アパルトマンの部屋には20歳だった頃の彼を夢見心地にさせていたニューヨークの写真の横に、ル・アーヴルの海岸を描いたモネの複製画が掛かっている。
もう一人はニューヨークに住む22歳の青年。彼は19世紀にル・アーヴルに集まった芸術家たちに憧れ、モネの「サン・タドレスのテラス」の複製画を自室に掲げていて、この絵画についても、サン・タドレスの日常生活についても講演できるほど詳しい。
物語は二人が交互に登場して、一人はほとんど意味のない職業生活の中に閉じ込められている日々を語り、もう一人はあこがれのフランスにやって来たのはいいけれど、見るもの出会うもののことごとくに失望させられる日々を語る。この二人がある日、「クール・デ・ミラクル」という酒場で顔を合わせたのがきっかけで、ディエップにあるソランジュという女性の別荘に一緒に出かけることになる。その別荘のベランダから海辺を見下ろした青年は、まるでモネの絵の光景みたいだ、と歓声を上げる。それもそのはず、モネの風景画はこの別荘で描かれたものだったのだから。

アメリカ人の青年は父親を知らない。母親が若い頃に一夜のアヴァンチュールでもうけた子だったから。青年は別に父親を知りたいとは思っていないのだが、物語のそこここにフランス人のジャーナリストが彼の父親かもしれないという仄めかしがある。このミステリー的要素と、変貌しつつあるフランスの中で失われた古いフランスを求めて彷徨う「フランス紀行」の魅力で読ませる作品である。(2016.5.24読了)
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by nishinayuu | 2016-07-28 10:17 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『直筆商の哀しみ』(ゼイディー・スミス、訳=小竹由美子、新潮クレストブックス)


c0077412_10201813.png『The Autograph Man』(Zadie Smith, 2002)
本書の主人公アレックスは直筆商、すなわち「有名人のサインや直筆文書を売り買いする商売人」である。本書ではまずアレックスの12歳のある日の出来事が語られる。ロンドン郊外のマウントジョイに住む中国人医師リ・ジンと息子のアレックスは、ロイヤル・アルバート・ホールにレスリングの試合を見に行った。知り合いのルービンファイン(15歳)、アダム・ジェイコブス(13歳)も一緒だった。リ・ジンは試合の結果について子どもたちと賭をした。リ・ジンが負けたら一ポンドずつ上げる、といって三人の名前を三枚のお札に書いた。
試合会場では、ジョーゼフ・クラインという少年(13歳)と隣り合った。ジョーゼフは「サイン、直筆、その他諸々の蒐集家」だが、父親からは「ただの役立たず」と見做されている。アレックスがジョーゼフのコレクションに興味を示すのを見たリ・ジンは、自分がいなくなった後アレックスの気を紛らわしてくれるのはこの子かも知れない、と思う。試合は少年たちの予想が当たってリ・ジンの負けに終わり、少年たちはそれぞれ自分の名前が書かれた1ポンド札を手に入れる。リ・ジンはジョーゼフにも1ポンド札を与える。その直後にリ・ジンが倒れて急死したため、少年たちにはリ・ジンの1ポンド札が特別の意味を持つものになったのだった。
それから15年後、アレックスはいっぱしの直筆商になっていた。リ・ジンの1ポンド札が結んだ四人の友情も続いていた。

主人公は母親がユダヤ人で、他の三人もユダヤ人(アダムは界隈では珍しい黒いユダヤ人)ということで、本書にはヘブライ文字やらカバラやら、ユダヤ教の儀式やらが溢れている。それはまあいいとして、後半部の章にはなぜか禅門修行者のための「十牛図」の標題が使われている。また、直筆の収集・取引の話なので、様々な分野の有名人についての情報も満載されていれば、全編に「国際的に通用するジェスチャー」というものもちりばめられている。ストーリーは単純明快なのに、とにかく情報過多で疲れました。「細部がひどくおもしろく、あちこちに笑いがはじけているのもこの作者の特徴だ。おかげで、一行一行翻訳を進めていく作業がとても楽しかった」という訳者のことばに、またどっと疲れました。(2016.5.21読了)
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by nishinayuu | 2016-07-24 10:21 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『なんとかしなくちゃ』(モニカ・ディケンズ、訳=高橋茅香子、晶文社)


c0077412_1035458.png『One Pair of Hands』(Monica Dickens, 1939)
本書は著者のデビュー作で、22歳の時にコック・ジェネラル(料理だけでなく家事全般をこなす使用人のこと)として働いたときの体験をもとにしたもの。見習い看護婦としての体験をもとに書いた『One Pair of Feet』、地方の新聞社で記者として働いた体験をもとに書いた『My Turn to Make the Tea』(皮肉の効いたタイトルですね)とともに自叙伝の三部作といえる(訳者のあとがきより)。

文豪チャールズ・ディケンズの曾孫で名門女学校を出た女性が「使用人」に?とちょっと驚くが、そういえば文豪幸田露伴の娘である幸田文も女中奉公をしてその体験をもとに『流れる』を書いている。素人の目で奉公先のあれこれを事細かに観察・描写している点も共通する。ただし、切実な事情があって中年になってから使用人になった幸田文の場合と違って、著者の場合は何かを待っているだけの無意味な日常を打開しようと考えて思いついたのが料理を作る仕事で、その仕事をするために使用人になることにした、というのだから、若い娘の気ままなお遊びの感は免れない。それはそれとして、勤め先では使用人に徹して決してボロを出さなかった著者の演技力はたいしたものであり、若い娘のそんな冒険を笑って許していたらしい家族のおおらかさもたいしたものである。

著者のコックとしての初仕事はミス・キャタモールの家で10人分のディナーを用意することだった。てんやわんやの一日が終わったあと、ミス・キャタモールは「明日は来てくださらなくていいわ」という言葉とともに著者の手に6シリング分のコインを押し込んだ。次のミセス・ロバートソンのところも、いくつかの小さな失敗と一つの取り返しの付かない不始末のせいで、二日で雇い止めになった。
次のミス・フォークナーのところはもっと長く続いたが、ミス・フォークナーのパートナーによる軽はずみな振る舞いのせいで追い出される。しかしその頃にはようやく仕事にも慣れて手際も良くなった著者は、引き続いて有名な婦人服デザイナー、新婚の若夫婦、病弱な妻と二人の子どもを抱えた大佐、十数人の使用人がいる地方の名家などで通いや住み込みの使用人として働き続ける。そして1年半後に、著者は心身ともに疲れてコック・ジェネラルの仕事を辞めることになったが、その間の著者の体験が綴られた本書は、当時の使用人事情――使う側と使われる側、双方の暮らしぶりや考え方などを知ることができる興味深い読み物となっている。(2016.5.18読了)
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by nishinayuu | 2016-07-20 10:06 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

「多摩動物園」その4

이리의 으르렁
맹금사를 떠나고 다시 큰길을 가면 다음에 나타나는 곳이 아시아원이다. 그런데 아시아원은 언제나 어린애를 동반하는 손님들로 복작거리고 있어서 그것을 피해, 좀 더 안으로 들어가는 게 좋을 것이다. 이제 우리가 가려고 하는 곳은 아시아의 평원인데, 그곳까지는 동물원 안을 돌아다니는 버스를 타고 가는 방법도 있다. 코뿔소의 우리 앞에서 버스를 타고 다다음 정류소에서 내리면 된다. 물론 걸어서 여러 동물들을 보면서 가는 것도 좋을 것이다.
아시아의 평원에서는 이리의 무리를 만날 수 있다. 정확히 말하면 ‘대륙이리’라고 불리는 이 이리는 몽고-일본 국교수립40주년에 몽고에서 선물로 받은 것이라고 한다. 일본에서는 이미 이리가 절멸했기 때문에 우리는 사진이나 영상 이외에서는 이리를 볼 수 없다. 그런 이리의 생태를 눈앞에서 볼 수 있는 곳이 이 아시아의 평원이다.
c0077412_925325.jpg이리들은 꽤 넓은 우리 안에 만들어진 오솔길을 돌아다니는가 하면 조금 높은 곳에 올라가 주위를 바라보기도 하고, 때로는 2, 3마리가 달라붙어 장난치기도 한다. 언뜻 보기에는 털결이 곱지 않는 들개의 무리인 것 같다. 그러다가 이리가 일제히 으르렁거리기 시작할 때가 있어, 그럴 때는 아까까지의 초라한 들개의 모습은 다 사라지고 평원의 이리 본래의 모습이 생생하게 나타난다. 으르렁거릴 때의 그 자세를 보고, 멀리까지 들려라 하는 듯한 그 소리를 들으면, 과연 그들은 개가 아니라 진짜 이리인 것을 납득할 수 있다.
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by nishinayuu | 2016-07-16 09:21 | 随想 | Trackback | Comments(0)

『The Sins of the Father』(Jeffrey Archer, St.Martin’s Paperbacks)


c0077412_1032981.jpg『父の罪』(ジェフリー・アーチャー、2012)
“My name is Harry Clifton.” “Sure, and I’m Babe Ruth”という、よくあるふざけたやりとりで話が始まる。前はハリー・クリフトン、後は彼の取り調べにあたった刑事のことばである。ハリーはブリストルから乗った船が沈没したとき、とっさの判断で、その事故で死んだトム・ブラッドショーになりすました。そして母宛の手紙を、同じく船に乗っていて助かった医師に託した。死亡の知らせが行くだろうが無事だから安心して欲しい、ただし愛するエマとその一族に迷惑をかけないために別の名前で生きていくことにした、という内容の手紙だった。ところがアメリカに着くと同時にハリーは逮捕されてしまう。ハリーが船で知り合ったブラッドショーは、実は脱走兵だったのだ。ハリーはあわてて自分の正体を明かすのだが、全く信じてもらえない。そして冒頭のやりとりとなる。
ハリーがトム・ブラッドショーになりすましたことは、名門ブラッドショー家にとっても好都合だったため、ブラッドショー家は有能な弁護士を雇ってハリーの身元証明を阻止する。こうしてハリーはトム・ブラッドショートして服役することになる。

物語は章ごとに視点を、ハリー、エマ、ジャイルズ、ヒューゴ、などに替えながら進められていく。ジャイルズとエマは貧しいクリフトン家とは身分違いのバーリントン家の兄妹で、ジャイルズはハリーの親友、エマは恋人であること、エマとハリーは異母兄妹の可能性を疑われて結婚できなくなったこと、二人が異母兄妹であればハリーとジャイルズも異母兄弟で先に生まれたハリーがバーリントン家の跡継ぎになること、などは読み進むうちにわかってくるが、どれもこれも詳しい説明がなく既定事実のように語られている。なんで?と思いながら最後まで読み、結末がつかない終わり方にまた、なんで?と思ってよく見てみたら、本書は『クリフトン年代記』の第2部だった!いきなり第2部から入ったので、登場人物の関係やここまでのいきさつをつかむのに苦労してしまった。表紙にきちんと第2部と表示してあればいいのに。それはともかく、刑務所や軍隊の場面でも残虐さやどぎつさがなく、善人と悪人(たとえばエマとジャイルズの父親で、もしかしたらハリーの父親かも知れないヒューゴ)がくっきりしていてわかりやすいし、ストーリー展開も見事。第1部まで遡って読むのはしんどいけれど、ハリーとエマの運命が気になるので、第3部から先は読んでもいいかな、と思っている。
第1部『Only Time Will Tell』は『時のみぞ知る』、第2部の本書は『死もまた我らなり』、第3部『Best Kept Secret』は『裁きの鐘は』というタイトルで新潮社から邦訳が出ている(第2部のタイトルは懲りすぎでは?)。シリーズとしては第7部まで出る予定だという。(2016.5.7読了)
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by nishinayuu | 2016-07-12 10:32 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『ロンドンの二人の女』(エマ・テナント、訳=相原真理子、白水社)

c0077412_10412383.jpg『Two Women of London』(Emma Tennant, 1990)
本書は『ジキル博士とハイド氏』を下敷きに、主人公や周辺の人々のほとんどを女性に入れ替えた女性版のジキルとハイドである。

物語は「ラドヤード・クレッセントとナイティンゲール・クレッセントの共同庭園に一人の男が死んで横たわっている」という文で始まり、死んだ男が「ノッティングヒルの強姦魔」であること、住人の一人ミセス・ハイドによって殺されたらしいことなどが簡単に述べられる。続いて「編集者による前置き」があり、女性医師フランシス・クレーンの突然の死はミズ・ジキルとミセス・ハイドの悲惨な事件を探求したことが原因ではないだろうか、と述べられている。
すなわち、ジキルとハイドにまつわる事件があり、それに関わった医師が死んだことが最初から明らかにされているわけで、いわばネタバレ状態で始まるミステリーなのだ。だからつまらないかというと、決してそんなことはない。なにしろ事件の現場となる庭と建物の描写が複雑怪奇でわかりにくい上、住人たちや出入りする人々の関係が、これまたわかりにくいので、かなり長い間霧の中を彷徨うことになる(原文のせいか翻訳のせいか、あるいは読み取り能力のせいか、行きつ戻りつしながら半分近く読み進んだところでやっと霧が晴れました。オソマツ)。
本書の魅力は妖しい幻想性にあり、その一端が次の文からうかがえる。

イライザ・ジキルの家の隣の庭には、ブニュエルの映画にでも出てきそうな、朽ちかけたピアノラが転がっていた。裂けた鍵盤と崩れかけた寄せ木細工はとっくに雨や霜のために腐食し、(中略)この荒涼たる眺めに面した窓の下には、子どもが描いた横倒れの人間の棒線画のように、プラスチックの壊れた干し物掛けの白い横棒が落ちている。

物語の中での比重とは関係なく、なんとなく気になった文を記しておく。
1.年月がたつうちに気前のよさといったような愛すべき特質が、あまり好ましくない、人を困らせるような特徴に変わることがある。(中略)過度に人に物をあげたがる人には、他人の人生をコントロールしたいという欲求があるのではないかと思う。
2.(家庭を大切にしている)ジーンのような女性は、ミセス・ハイドのような悪女に惹かれるのかも知れない。(中略)自分の性格の隠れた一面が、犯罪などの邪悪な行為の話によって一瞬表面に浮かび上がる。それによって快感を覚えるが、それはやがてまた静まっていく。ここ何十年間かの女性の「解放」にもかかわらず、イギリスでは殺人ミステリーが圧倒的な人気で、特に女性読者が多いのはこのためではないだろうか。
(2016.5.11読了)
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by nishinayuu | 2016-07-08 10:42 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『The Lake of Dreams』(Kim Edwards, Viking Penguin)


c0077412_1096100.jpg『レイク・オブ・ドリームズ』(キム・エドワーズ、2011)
物語の舞台は日本→アメリカ北部→カンボジアへと移動するが、主要舞台はアメリカ北部の湖沼地域である。主人公のルーシーは父の不可解な死のあと家を離れ、ジャカルタで出会った日本人男性のヨシと意気投合して、現在は二人で日本に住んでいる。二人の住居の家主はヨシの学友だったフジモロ氏の夫人である(フジモロはたぶん藤本ですよね)。弟のブレイクがスカイプで、母が交通事故に遭って脚を痛めた、と知らせてきたのをきっかけに、ルーシーは2年ぶりに故郷の家に帰る。
JFK空港からさらに1時間のフライトのあと、やっと湖が見えてくる。湖の名はイロコイ語でランブータン。湖周辺の軍用地だった広大な土地が最近軍から返還された。父亡き後、祖父が興した事業を手中に収めた父の弟は、湖を含むその土地を開発して事業を広げようとしている。そして父が愛していた家も、開発に支障を来すので買い取りたい、と母に持ちかけている。ひとり住まいには広すぎる家をもてあましている母は、その申し出を受け入れようかどうか迷っている。父とずっと不仲だった叔父は、父の急死で関係修復が不可能になったのを悔いているのか、ブレイクを事業に誘った。10月に恋人のエイブリーが出産する予定なので、ブレイクは当面の仕事として叔父の提案を受け入れようとしている。
彼らの家は、1910年にハレー彗星が現れたときに16歳だった曾祖父のJoseph Arthur Jarrettが1925年頃に買ったものだった。母は父の死後、父のlove, love, loveという声が至るところから聞こえるといって二階を閉めきっていたが、その晩、二階にある自分の部屋に泊まる事にしたルーシーは二階のあちこちを見て回った。施錠された戸棚を開けてみると、古い紙の束が見つかる。その中に曾祖父Josephに当てた925年9月21日付の封筒があり、曾祖父にIris(14歳)の処遇について相談する内容で、差出人はRとなっていた。すると母も、前に見つけて隠しておいた箱の中身――同じ筆跡のもう一通の手紙と、何枚もの書類――をルーシーに見せる。母によるとその箱は、曾祖父が納屋のロフトに隠したトランクの内張の中から見つかったものだという。Rとは誰なのか、Irisとは誰なのか、そして曾祖父はなぜ箱を誰にも見られないようにトランクの内張の中に隠しておいたのか……。ここからルーシーの遠大な探索が始まり、家族の歴史から消し去られた人々を光の中に蘇らせるというロマン溢れる物語へと展開していく。

本書は『Memory Keeper’s Daughter』でデビューした作家による長編小説。著者の故郷・ニューヨーク州のFinger Lake regionにおける体験を下敷きにして書き上げたものだという。物語に登場するthe Women’s Rights National Historical Parkは実在の場所。
☆要所、要所に差し挟まれている「彗星の出現」が印象的です。ただ、ヨシとのあれこれ、昔の恋人とのあれこれなどは、本作とは切り離して別の物語にしてもよかったのでは? いろいろ盛り込みすぎたせいで中心テーマの感動が弱まった気がします。(2016.4.12読了)
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by nishinayuu | 2016-07-04 10:12 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)