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『天に遊ぶ』(吉村昭、新潮社)

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読書会「かんあおい」2016年7月の課題図書。
本書は平成8年1月から平成11年4月にかけて、『波』その他に掲載された「超短編」21編を収録したもの。各作品の概要は以下の通り。

*鰭紙――天明年間の飢饉について調べている学者が目にした古文書に、若い女が人肉を食べる場面の記録があり、その箇所につけられた鰭紙に女の身元が記されていた。
*同居――5年前に妻を亡くした後輩にある女性を紹介したところ、二人の関係は順調に進展した、と思いきや後輩が、彼女には「同居ニン」がいるので結婚できない、と報告してくる。
*頭蓋骨――終戦直後に樺太避難民の船が沈没した海辺で、40年も経って漁網に幼児の頭蓋骨がかかったという。作家は村を訪れて漁師の話を聞いたが、帰途は散々で不審訊問まで受ける。
*香奠袋――文壇人の葬儀は出版社の編集者たちが引き受けるのが習いだ。そんな葬儀に現われるある上品な老女を、編集者たちは警戒しながらも心待ちにする。
*お妾さん――「私が生まれ育った町にはお妾さんの住む家が多かった」で始まり、空襲の時、道沿いの墓所にしゃがんでいた頼れるもののなにもないお妾さん母子の姿で終わる。
*梅毒――桜田門外の変の現場指揮者だった関鉄之介は梅毒患者だったのでは?と疑われていたが、梅毒ではなく糖尿病だったことを調べ上げた作家。関の子孫に報告すると相手の顔が輝いた。
*西瓜――離婚した妻が、ある男に執拗に求婚されて困っている、と言ってくる。さてその真意は? 
*読経――葬儀でひときわ高く錆のある読経の声が響く。声の主は少年の頃、過失で弟を死なせた男だった。
*サーベル――大津事件で無期刑に処せられた津田三蔵の親族に会ったあと墓を訪れた作家は、墓の異様な小ささに驚くとともに、手向ける花を持たずに来たことを悔やむ。
*居間にて――伯父の死を知らされた伯母が身を震わせて笑ったと報告する妻。忍従の人生だったからか、でも妻の場合はそんなことはあるまい、と思う夫。
*刑事部屋――ある家に二人組の強盗が入った。その家の息子と友人の仕業だとにらんだ警察から息子の友人である自分に呼び出しがかかって……
*自殺(獣医その1)――肺癌と診断された犬が道に飛び出して車にはねられた。医者と飼い主のやりとりから敏感に事情を察して自殺したのかもしれない。
*心中(獣医その2)――飼い主の女性によって無理心中の片割れにされたダックスフント。傷も癒えて女性の息子に引き取られていく。
*鯉のぼり――孫と二人暮らしだった老人の家には孫が事故で死んだ後も毎春鯉のぼりが翻った。
*芸術家――自称小説家の峰村と一緒に出奔した従妹が岩手県下にいることがわかって……
*カフェ――友人からすすめられた敷島を一本吸ったことで、少年時代に住んでいた町とそこにいた人々が鮮やかに浮かび上がった。
*鶴――同人誌の仲間だった岸川の通夜。遺族席にいたのは妖艶ともいえる美しい女性だった。岸川がかつて妻子を捨てて走った25歳年上の女性だから、79歳になっているはずだった。
*紅葉――大学時代の友人が終戦から4年目に奥那須の温泉宿に滞在していたときの体験談。一夜を隣室で過ごした男女は殺人犯たちだった。
*偽刑事――取材先では刑事に間違われることがよくある。八丈島でまたそんな気配が見えたので同行者を刑事に仕立てたら天罰が下って、飛行機は欠航、やっと飛んだと思ったら大揺れ。
*観覧車――離婚した妻・娘と一日を遊園地で過ごした男。妻への未練に突き動かされて復縁を迫るが、二人を見送った後、性懲りもなく浮気の虫がまたうずく。
*聖歌――姉の葬儀の席で聖歌斉唱が始まったとき、驚くほど豊かなテノールが会堂内に響いた。姉が親の反対で結婚をあきらめた、もと同じ音楽部にいた男だった。
(2016.4.23読了)
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by nishinayuu | 2016-06-30 10:34 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

「多摩動物園」その3

[독수리의 까! 까! 소리]

『만엽집』에 다음과 같은 와카가 있다.
츠쿠바산의 까! 까! 소리로 우는 독수리처럼
우리 만나지 못한 채 울며 살아가느냐
(筑波嶺にかか鳴く鷲の音のみをか泣き渡りなむ逢ふとは無しに 万葉集3390)

c0077412_1123579.jpg독수리가 까! 까! 소리로 울다니. 그게 실은 어떤 소리인지 오래전부터 궁금했는데, 그 의문이 이 다마동물공원에서 단번에 풀렸다. 다마동물공원에는 맹금류들이 날아다닐 수 있게 돔형으로 만들어진 거대한 맹금사가 있어, 관광객들은 그 맹금사 한가운데를 가로지르는 통로에서 맹금류를 바라본다. 한 때 그 통로를 거닐고 있다가 느닷없이 높은 곳에서 우렁찬 까! 까! 소리가 들려왔다. 올려다봤더니 높은 나무 위에 독수리 한 마리가 있었다. 독수리는 다시 까! 까! 소리로 울고 나서 눈을 크게 뜨고 무심코 사람들을 내려다봤다.
코끼리, 기린, 라이온같은 스타 동물들에 비해 맹금류는 거의 인기가 없는 것 같아서 이 맹금우리를 찾아가는 사람이 많지 않은 것이 안타깝다. 색다른 답사를 하려는 사람이라면 독수리의 호쾌한 울음소리를 듣기 위해서만이라도 이 맹금사를 빠뜨리지 않고 찾아가야 한다.
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by nishinayuu | 2016-06-26 11:24 | 随想 | Trackback | Comments(0)

『わがタイプライターの物語』(ポール・オースター/サム・メッサー、訳=柴田元幸、新潮社)

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『The Story of My Typewriter』(Paul Auster/Sam Messer)
1ページ目にタイプライターのデッサン、2ページ目にタイプライターの油絵があって、本文は3ページ目(ページ番号は8)から始まる。その冒頭の文は――「三年半経って、私はアメリカに戻ってきた。」

どこで何をしていて三年半経ったのか、それまでのいきさつは一切ない。そして「1974年7月のことだ。ニューヨークに帰ってきて最初の午後、荷を解いてみると、ヘルメスの小型タイプライターが壊れてしまっていた。」という文が続く。そのあと著者は友人からオリンピア・ポータブルを40ドルで譲り受け、「その日以来、私が書いたことばは、一言残らずこの機械によって清書されてきた」という。
この西ドイツ製のタイプライターを、友人たちがマックやIBMに鞍替えしても使い続けてきたという変わり者の著者に、さらにもう一人の変わり者・画家のサム・メッサーが加わる。「サムはある日我が家を訪れ、一台の機械に恋をしたのだ」と著者はいう。やがて著者はサム・メッサーのせいで長年の仲間を「それ」として考えることに困難を感じるようになる。「タイプライターはゆっくりと、しかし確実に「それ」から「彼」に変わったのだ」という文のすぐ後に続く絵のタイプライターは確かに「それ」ではなく「彼」になっている!
著者の家を訪れるたびにいくつもの絵やスケッチを描く、というサムの絵が本書の中でどんどん比重を増していき、終わりの方では文よりも絵の方が多い、という状態になっている。もちろんタイプライターを描いた迫力のある油絵が多いが、タイプライターの持ち主を描いたスケッチや油絵もたくさんあって、ポール・オースターの人物像を知る手がかりとなる。この画家はタイプライターに恋をしただけではなく、タイプライターの持ち主にも惚れ込んでいたに違いない。別にポール・オースターのファンでなくても楽しめる、手許に置いておきたくなる傑作絵本である。(2016.4.17読了)
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by nishinayuu | 2016-06-22 10:10 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『妙なるテンポ』(ヴァレリ-・アファナシェフ、編・訳=田村恵子、未知谷)


c0077412_9454247.jpg『Zeitmaϐe and other stories』(Valery Afanassiev)
著者はロシア出身のピアニスト、詩人、作家。訳者によるとその演奏は「美しい演奏だが、単にそれだけではなさそうだ……聴衆の心の中では様々な想像が繰り広げられることになる」という。
本書に収められた短編も、表現は平易なのに「どういうこと?」と一瞬とまどってしまう話が多い。言及されている人物や事物になじみがない場合はなおのこと訳がわからなくなり、読者の教養の度合いを試すための短編集のようにも思えてくる。手強い。けれども途中で放棄したくない。なぜなら、一つ一つの場面が絵画的で、言葉の流れにも不思議な魅力があるからだ。

21編のうち、印象に残った作品(もしくは共感できた作品)は以下の通り。
*巣の中の郭公――とぼけた挿絵(ナメ川コーイチ)もいい。
*マグリットに捧げるオマージュ――『真実の探求』の魚は窓から逃げ出すのか。
*玄人の基準――カフカやベケットが出てきて手強いが、挿絵(上記と同じ)に救われる。
*年配のご婦人方が世界を救う!――祖母のかつての恋物語は世界に往年の輝きを蘇らせる。
*天空の音楽――この世では敵が多かった作曲家が、あの世から地球に注ぐ美しい交響曲。
*ベルサイユの公園にて――互いに相手をだまそうとしている二人の男。微笑んだり罵ったり批判したり、と戦いは果てしなく続く。
*雪の上の足跡――文学作品中の人物の声が奏でる音楽に聴き入る男。しかし彼は作家が決して取り上げない「余白」の位置にいる。
*第三の警官――「世界は白くて四角いもので構成されていて、二人の警官と車が一台あるだけ」ということばを聞かされている男はすでに交通事故で死んでいて。

「第三の警官」にある一文「マレヴィッチだけが白い四角の夢を見ることができる」のマレヴィッチについてのメモ。
マレヴィッチ(1878~1935)はキエフ生まれの画家。キュービズムに飽き足らず、単純平面、厳正構成の美学であるシュプレマティズム(至上主義)を提唱、シャガールと対立した。
代表的作品として「三角形と長方形」(1991)がある。
(2016.4.7読了)
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by nishinayuu | 2016-06-18 09:46 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『The Cat That Walked by Himself』(Rudyard Kipling)

c0077412_13414934.png『ただ一匹で出かけていく猫』(キプリング)
シャルル・ケクラン(作曲家サティの同時代のフランス人作曲家)が1920年に書いたサティ論に次のような一説があるという。
諸君はキップリングの書いた『ただ一匹で出かける猫……』という面白い物語をご存じだろう。私はサティのことを考えるたびに、この奔放な猫の姿を思い浮かべずにはいられないのだ。

もしかしたらサティを理解するための必読書?と思ってウエブで探してみたら、キプリングの『Just So Stories』に収録されている一編だとわかった。さて、その物語とは……

昔むかし、ひとりの男がひとりの女と一緒に暮らし始める。男は外で狩りをし、女は洞穴の中で子育てと家事をする。そのうち彼らは犬、馬、牛を飼い慣らす。犬は彼らの「最初の友」となり、馬は「最初の従者」となり、牛は「おいしい食べ物をもたらすもの」となる。このとき自分も洞穴の火のそばでくつろいだりミルクを舐めたりしたいと思った猫は、女と取引して三つのことを約束させる。ひとつ、子どもをあやして泣き止ませたら洞穴に入れる。ひとつ、転がる糸玉にじゃれついて子どもを笑わせたら火のそばでくつろげる。ひとつ、女が怖がるネズミを食い殺したら温かいミルクを飲ませてもらえる。こうして猫は三つのことを実行し、ついに洞穴に入り込んで火のそばでくつろぐことに成功する。女は温かいミルクの入ったボウルを差し出しながら猫に告げる。「おまえは男と同じくらい賢い。でも約束は私とおまえの間で交わしたものなので、男と犬がどう出るかはわからないよ。」
さて狩りから戻ってきた男はブーツ1足、石のナタ、棒きれ、斧を並べて猫に告げる。「洞穴の中でネズミを捕まえなかったら、このうちのどれかをおまえに投げつけてやる。」すると猫が応える。「洞穴の中ではネズミを捕まえるけれど、外では自分の思うままにやっていくよ、I am the cat who walks by himself, and all places are alike to me.」
これを聞いた男は「最後の余計な台詞を言わなければ外ではおまえを放って置いただろうに。でも、聞いたからには、おまえに出会ったらいつでもものを投げつけてやる。おれの後に続く男もみんなそうするからな。」ここで犬も口を出す。「おれとの取引もしないと。洞穴の中で子どもによくしてやらなかったらおまえを追いかけてかみついてやる。後に続く犬もみんなそうするからな。」そして女も一言付け加える。「賢い猫だと思ったが、男と犬のほうが賢い!」
男の5人に3人は猫にブーツやナタを投げつけ、全ての犬は猫を家から追い出して木の上に追い上げるのはこういうわけだ、というお話でした。

素敵なイラストの作者名は残念ながら調べがつかなかった。(2016.4.4読了)
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by nishinayuu | 2016-06-14 13:42 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『卵のように軽やかに』(サティ、編訳=秋山邦晴・岩佐鉄男、筑摩書房)


c0077412_9503385.jpg『Léger comme un œuf』(Erik Satie)
副題に「サティによるサティ」とある。「グノシエンヌ」の不可思議な旋律に魅せられて久しいが、サティについては「ユトリロの母・シュザンヌ・ヴァラドンを恋したが、その恋に破れて生涯独身を通した」ということぐらいしか知らなかった。そこで本書を読んでサティを知ろうと思ったわけである。訳者によると本書は、サティ(1866~1925)が初期から晩年までに、さまざまな機会に書き残した文章の中から選んだものだという。五つの章からなり、各章のタイトルと内容は次のようになっている。
1.「最後から二番目の思想」 講演原稿や作曲家論をまとめたもの
2.「健忘症患者の回想録」 1912年から1914年に「音楽評論」誌に連載されたエッセイを中心にまとめたもの
3.「哺乳類の手帖」 アフォリズムのシリーズを中心にユーモラスな短文を集めたもの
4.「サティ詩抄」 楽譜の音符のわきに書き込まれた演奏の指示のようにも短い物語のようにも読める詩的なことばを集めたもの
5.「メドゥーサの罠」 1913年に書かれたサティ唯一の戯曲で「ダダ以前のダダの演劇」ともいわれる音楽喜劇

サティという人は突拍子もないことを言い出すし、持って回った言い方や皮肉な言い方をするので、なかなか真意がつかみにくい。サティの周辺にいた人たちや同時代人ならすぐにぴんときただろうことばも、その真意とおもしろさが30%も理解できたかどうか。それでもとにかくサティが時代の先端を行く非常に希有な才能の持ち主だったことと、常軌を逸した奇人だったことは理解できた。ヴァラドンとの恋が短期間で終わったのも頷ける(もちろんヴァラドンも「タダモノ」ではなかったろうが)。
ところでこの本には訳者による膨大で詳細な注がついていて、「サティ事典」といってもいいほどの充実ぶり。本文と併せて読むとサティの同時代人との関係が見えてくる。サティのお眼鏡にかなった人物としてはドビュッシー、シャブリエ、デュカス、ストラヴィンスキー、デゾルミエール(サティのお気に入りの指揮者)、ポール・コレール(ベルギーの音楽批評家、サティの親友)、コクトー、ピカソ、ドラン(サティが病に倒れたとき家に引き取って世話)、ブラックなどがおり、サティに嫌われた人物としてはサン・サーンス(サティが学士院アカデミー会員に立候補して落選したときの審査委員長)、アラゴン(ダダ・グループの詩人)などがいる。
最後に代表的作品をメモしておく。
*3つのジムノペティ(Gymnopédies、パリ音楽院時代)
*グノシエンヌ(Gnossiennes、パリ音楽院時代)
*ヴェクサシオン(Vexation、1893~1896) 840回の繰り返し
*あんたが欲しい/おまえが欲しい(Je Te Veux、カフェ「黒猫」時代)
*メドゥーサの罠(音楽劇、1913)
*パラード(バレエ音楽、1917)
*家具の音楽(Musique d’ameublement、1920)
(2016.4.6読了)
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by nishinayuu | 2016-06-10 09:51 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

「多摩動物園」その2


다마동물공원
어른에게 알맞은 한나절 답사코스

[플라밍고의 질주]c0077412_10453773.png
동물원안으로 들어가서 큰 길을 걸어가면 오른쪽에 아프리카원이라는 표지가 나타난다. 그 표지판앞에서 오른쪽으로 나는 길을 따라 잠시 걸어가면 왼쪽에 플라밍고 광장이 나타난다. 새먼핑크라고 할까, 아니면 연분홍빛이라고 할까, 온몸에서 예쁜 빛을 발하는 플라밍고가 무리를 지어 거닐고 있다. 그 우아한 모습을 잠시 바라보고, 플라밍고를 다 보았다고 생각하는 사람이 많은 것 같다. 전에는 나도 그런 사람의 하나였다.
그런데 어느 날 플라밍고 광장을 떠나 순로대로 길을 따라가기 시작했을 때, 느닷없이 뒤에서 큰 소리가 나서 엉겁결에 발걸음을 멈췄다. 뒤돌아보았더니 플라밍고들이 일제히 질주하고 있었다. 그 움직임도 움직임이거니와 그 날개를 치는 푸드득 소리는 우아한 모습에서는 상상도 할 수 없는 요란한 것이었다. 알고 보면 플라밍고는 한 마리가 날아오르면 모두 다 날아오르고, 한 마리가 질주하면 모두 다 질주하는 습성이 있단다. 그래서 플라밍고 광장에서는 그들의 우아한 모습을 보는 것만으로 만족하지 말고, 시간을 넉넉히 들여서 그들이 소란스러운 질주를 보여줄 때까지 기다리는 것을 권한다.

[사자의 포효]c0077412_10461626.jpg
플라밍고 광장에서 시간을 많이 들이는 대신 사자 광장은 그냥 지나가면 된다. 사자는 ‘백수의 왕’이라는 이름으로 알려져 있는데, 수컷은 훌륭한 갈기가 눈에 띌 뿐 얼굴 생김새든 체격이든 별로 당당하지도 않고, 암컷은 그냥 큰 고양이인 것 같다. 털의 결도 호랑이에 비해 변변치 못하다. 그런데 사자는 듣는 이를 움츠러뜨리는 엄청난 소리로 포효할 수 있다. 주위 일대에 울려 퍼지는 그 포효를 듣고서야 비로소 왜 사자가‘백수의 왕’이라는 이름을 얻었는지를 알게될 것이다. [라이온 버스]는 타지 않아도 되고, 사자의 모습은 보지 않아도 되지만, 모처럼 동물원을 찾아왔으니 사자의 포효만은 반드시 들어봐야 한다.
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by nishinayuu | 2016-06-06 10:46 | 随想 | Trackback | Comments(1)

『おだまり、ローズ』(ロジーナ・ハリソン、訳=新井雅代、白水社)


c0077412_2028090.png『The Lady’s Maid-My Life in Service』(Rosina Harrison,1975)
読書会「かんあおい」2016年5月の課題図書。
副題に「子爵夫人付きメイドの回想」とあるように、本書は著者が子爵夫人レディ・アスター付きのメイドとして過ごした35年間(1928~1964)の記録であるが、同時にレディ・アスターをはじめとするアスター家の人々の35年間の記録でもある。

著者は1899年にヨークシャーの美しい村で、侯爵お抱えの石工の父と洗濯メイドの母の長女として生まれた。すなわちある年齢になったらどこかのお屋敷に奉公に出るのが当たり前の身分であり、そういう時代でもあった。しかし著者は普通の奉公人とは違っていた。利発でしっかり者だった著者は、たちまち女主人レディ・アスターに気に入られ、やがて丁々発止とやり合うほどの仲になり、ついには女主人にとってなくてはならない存在になる。実はこのレディ・アスターという女主人も、いわゆる「淑女」ではなく、華々しい政治活動と自由奔放な言動で知られた、普通とは違う女性だったのである。

膨大な登場人物、エピソードが盛り込まれているが、いくつかの項目にしぼって記しておく。
*アスター一族――年齢は1928年の時点のもの
アスター卿(英国紳士の鑑。プリマス市長。オブザーバー紙の社主)
レディ・アスター(アメリカの富豪の娘。アスター卿とは再婚。初の女性国会議員。感情表現は過剰気味。陽気でふざけるのが好き)、ボビー・ショー(レディ・アスターの前夫との間の子。同性愛行為で服役)、ビリー(21歳。クリヴデン邸宅の当主になってまもなくプロヒューモ事件に巻き込まれる)、ヴィシー(18歳。長女。強すぎる母親に反発していたが、やがて強い絆で結ばれる)、デイヴィッド(16歳)、マイケル(12歳)、ジェイコブ(9歳)
*アスター家の使用人――男性は皆身長180センチ以上
エドウィン・リー(クリヴデンの執事)、アーサー・ブッシェル(副執事。アスター卿つき従僕。物まねが得意)、ギボンズ(ばあや)、ホプキンズ(運転手)、フランク(デコレーター。庭師)
*アスター家の家屋敷――クリヴデン(本拠地。屋内スタッフ33名、さらに多数の屋外スタッフを擁する)、セント・ジェイムズ・スクェア4番地のタウンハウス、ケント州サンドイッチのレスト・ハロー(海辺のカントリーハウス。近くにゴルフ場2カ所)、プリマスのエリオット・テラス3番地(政治活動用。地下1階、地上5階)、インナー・ヘブリディーズ諸島のターバート・ロッジ(農家風の家。鹿狩り・魚釣り用)
*アスター家と親交のあった人々――スウェーデンのグスタフ国王、ユーゴスラヴィアのマリー王妃、メアリー皇太后、ヨーク公、エリザベス王女(後の女王)、マハトマ・ガンジー、バーナード・ショー、T.H.ロレンス(アラビアのロレンス)、J.P.モルガンのトーマス・ラモント、他にも社交界・政界の大物多数
*レディ・アスターが嫌っていた人々――ウインストン・チャーチル、赤狩りで知られるマッカーシー上院議員。

本書は上流階級と使用人階級の対比という点で、カズオ・イシグロの『The Remains of the Day(日の名残)』、テレビドラマの「Downton Abbey」などとの共通点も多い。しかし使用人が女主人とともに世界各地を飛び回ったという点は断然ユニークで、それが本書の後半の読みどころとなっている。(2016.3.24読了)
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by nishinayuu | 2016-06-02 20:28 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)