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「よこやまの道」その5


구로카와로 가는 길

[사쿠라 광장]을 지나 앞으로 걸어가면, 이윽고 왼쪽에 산책길에서 갈라져 있는 오솔길이 보인다. 엣날에 이 주변에는 瓜生黒川往還(우류우 구로카와 왕환)이라는 길이 있었단다. 언덕산등성이를 가로지른 왕황길은 언덕 남쪽의 구로카와마을(현 가나가와현)과 북쪽의 우류우마을(현 다마시)를 연결한 길로, 에도시대부터 쇼와초에 걸쳐 구로카와의 특산품인 목탄과 감을 에도시내에 운반하기 위한 지름길이었단다.

산책길을 버리고 이 오솔길을 내려가면 구로카와마을에 당도할 수 있다. 길 양편은 동네 사람들이 장작과 숯으로 쓰는 목재를, 그리고 비료로 쓰는 낙엽을 수집하기 위해 유지 관리해온 반자연림이다. 휘파람새, 동박새, 딱새, 때까치 같은 새소리도 들리는 상쾌한 숲속길이다.

c0077412_1132078.jpg숲을 빠져나오면 구로카와마을의 정겨운 산간 농촌풍경이 펼쳐진다. 요즈음 택지화가 급속히 진행하고 있지만, 주택지 한가운데에는 汁守神社(시루모리 진자, 국물을 지키는 신사)와 신사를 둘러싸는 신사의 숲이 그대로 남아 있다.

조금 기이한 신사의 이름은 엣날에 후추 관청의 신사였던 현 大國魂神社(오오쿠니타마 신사)에 국물을 챙겨드렸다는 데에서 나왔다고 한다. 시루모리 신사를 왼쪽으로 놓아두고 밭길을 지나 큰길로 내려간다. 거기서 왼쪽으로10분 정도 걸어가면 와카바다이역이 나온다.
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by nishinayuu | 2016-02-27 11:05 | 随想 | Trackback | Comments(1)

『ある青春』(パトリック・モディアノ、訳=野村圭介、白水Uブックス)

c0077412_10221338.jpg『Une Jeunesse』(Patrick Modiano,1981)
物語はパリから遠く離れた山荘の場面から始まる。オディールとルイはテラスに坐って娘と息子が庭で遊んでいる姿を眺めている。「明日の朝、あの子(息子)のギブスをとるの」とオディールが言うと、「いつから、ギブスをしていたっけ」とルイがたずねる。「ほぼ一月」と答えてからオディールはお湯を浴びに二階に上がる。この後の文は次のように続く。

道路のかなた、モミの並木の陰のロープウェイの建物が、温泉地の小さな駅舎のようだ。フランスで最も早くにできたロープウェイの一つらしい。ルイは、フォラーズ山の傾斜をゆっくりと登っていくロープウェイを目で追った。車体の鮮やかな赤が、夏山の緑に際立って見える。モミの木立にいったん姿を消した子供たちは、ロープウェイの建物に近い、木陰になったロータリーに向かって自転車をこいでいる。

(上記の文にある「フランスで最も早くにできたロープウェイの一つらしい」の「らしい」が気になる。ここに暮らすようになって13年になるというのに。「いつからギブスをしていたっけ」もそうだが、なにか心ここにあらず、というか立ち位置が定まらない感じが漂う)

ルイは前の日に山荘の「サニー・ホーム」という表示板を取り外したところだ。保育所にしていたのだが、それも終わった。このあとは山荘の片隅を喫茶室に改築しよう、とルイは思う。
翌日の6月23日に35歳の誕生日を迎えるオディールは、ギブスの中から現れた少年の無傷の皮膚を見て、ふと自分に問うてみる。35にもなって、何か新しいことが起こりうるだろうか、と。鏡の中の自分の顔は昔と変わらない。翌月には同じく35歳になるルイにもまた、変化はない。昔は、幾分かやせていただけ。
息子を傍らに乗せて山荘に向かうオディールがふと口ずさんだのはオペレッタ〈ハワイの薔薇〉の一節だった。そしてパリへ帰る友人を送っていった駅の自動販売機でルイは「ロシェ(岩石)」と呼ばれたお菓子を手にする。昔、オディールがコランクール街のパン屋でよく買っていたものだった。そしてここから舞台は15年前の雨のサン・ローに移る。兵役を終えたばかりのルイはここの〈カフェ・バルコニー〉で行商人のブロシェと会っていた。同じころ、パリの片隅ではオディールがベリューヌ(かつて〈ハワイの薔薇〉を作曲した人物)から声を掛けられていた。仕事を斡旋してくれるというこれらの男たちが一時的に姿を消した時、ルイとオディールはサン・ラザール駅の連絡橋のビュッフェで偶然出会ったのだった。

オディールの祖母が住んでいた街シャルル・クロ街、ルイの父親が選手をしていた競輪場(ナチスの占領時代にユダヤ人を収容した所?)などなど、パリのあちこちの地名が全編に散りばめられ、それらの間をあてどなく浮遊する二人の青春の日々が綴られていく。冒頭に出てくるのは、保護者然とした中年男たちと大胆な手段で手を切った二人の13年後の姿なのだった。(2015.11.4読了)
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by nishinayuu | 2016-02-23 10:23 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『どこ行くの、パパ』(ジャン=ルイ・フルニエ、訳=河野万里子、白水社)

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『Où on va, papa?』(Jean-Louis Fournier, 2008)
この本はタイトルと表紙の絵を見ただけだと、気軽に楽しめそう、と思ってしまいそうだ。けれどもこれは気軽に楽しむどころではない、とても重い内容の本である。それでいて、心が洗われるようなさわやかさの感じられる本でもある。

著者は、はじめはコント作家、アニメ作家、ユーモア作家としてテレビの世界で、80年代後の末からは文筆の世界で活躍してきたフランスではよく知られた人物だという。そんな著者が父になる喜びと期待の中で迎えた第1子は、身体的にも知的にも障害を持つ男の子だった。そして今度こそはという思いで迎えた第2子も、なんと同じく障害を持つ男の子だった。冒頭の節に「ついてなかったよな、きみらも僕ら(著者と配偶者)も。天から降ってきてしまったんだね、災難ってやつが」ということばがあるが、こう言えるまでにはどれほどの苦しみと悲しみがあったことだろう。父親になってから30年以上たったとき、著者は、クリスマスにプレゼントしたくてもできなかった、例えば『タンタンの冒険』などの代わりに、プレゼントすることにしたのだ。「きみたちのために、ぼくが書いた本を。みんなが君たちを忘れないように。きみたちが身障者カードの写真だけの存在で終わらないように。僕がこれまで一度も言わなかったことを、書くために。そして、一度だけ、笑顔できみたちのことを話すために。」

だから我々も覚えておこう。ふたりの名前はマチューとトマだということを。そしてふたりが〈みんなと同じでない〉子たちだということを。「アインシュタインもモーツアルトもミケランジェロも、みんなと同じではなかった」という著者の言葉とともに。
目がよく見えないマチューはボールを投げて時を過ごしていた。それも、一人では取りに行けないとわかっているところへ投げては僕らに拾わせた。同じことを何十回も繰り返した。たぶんそれが、あの子が見つけたただ一つの、絆を結ぶやり方だったのだ。
トマは「どこに行くの、パパ」が口癖だった。シボレー・カマロに乗るといつもそう聞いてくる。僕は「おうちだよ」と答える。ところが1分もたつとまた聞いてくる。答えを聞いても頭に残らないのだ。そして10回目の「どこ行くの、パパ?」に、僕はもう答えない。それでもトマは何度でも繰り返して聞いてくる。百回目には、もう可笑しくてたまらない。繰り返しギャグなら、トマはだれにも負けない。いっしょにいると退屈しない。

ユーモア作家ならではの表現が随所にあるが、その一部を抜き書きしておく。
*(著者が「子どもたちに与えたかったのに」といって挙げている音楽の例)モーツアルトのアダージョの鳥肌が立つような感動、ベートーヴェンの吠え声やリストの不意打ちがもたらしてくれる活力、立ち上がってポーランドを侵攻したくなるワーグナー、心身を鼓舞するバッハのダンス、シューベルトのせつない歌曲に流す熱い涙。
*トマとマチューのいる療養施設にはカンボジア人の子どもがいる。フランス語がうまく話せない両親は医長の診断に、いつも断固として異議を唱えている。問題は、モンゴリアン(ダウン症)ということば。そう、確かに彼らの息子はカンボジアン(カンボジア人)なのだけれども。モンゴリアン(モンゴル人)ではなくて。
(2015.10.21読了)
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by nishinayuu | 2016-02-19 09:51 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『ぼくのハシントおじさん』(アンドラス・ラスロ、訳=井上勇、晶文社)


c0077412_1025672.jpg『Mi Tio Jacinto』(Andras Laszlo, 1956)
「ぼく」というのは7歳の男の子で、名前はペポーテ。「ハシントおじさん」は「ぼく」の本当のおじさんではないが、空き地のバラックでいっしょに寝起きしている。「ぼく」は朝目が覚めると牛乳缶をもって雨の中を駆けだす。パン屋と牛乳屋に行って、おじさんと自分の朝ご飯を調達するためだ。けれども「ぼく」はお金を持っていないので、パンも牛乳も手に入れることはできない。パン屋の親父さんは「ぼく」を見るとすっと店の奥に姿を隠し、応対に出たおかみさんは「おじさん」のぐうたらぶりを罵る。牛乳屋は「ぼく」がその場で飲むならただでいい、というが、「ぼく」はことわる。おじさんといっしょに朝ご飯を食べたいからだ。
「ぼく」は、闘牛ごっこをしている年上の少年たちのために牛の役をやって少しばかりお金を稼ぐ。そのお金で手に入れた牛乳をもって急いでバラックに戻ってみると、出がけに遊びで作った堰のせいでバラックは水浸しになっていた。そんな中でもまだいびきをかいて眠りこんでいたおじさんを起こすと、リュウマチの足が水につかったおじさんは悲鳴を上げる。そして「ぼく」に長々と説教を垂れ、「お前ったら、どてっぱらをけとばされて、ほうりだされたって、文句はいえんところだ」とまでいう。「ぼく」は説教を聞きながら、おじさんが足をぬらさずに脱出できるようにあれこれ支度をする。そうして危険地帯から逃げ出した時、目の前の木の幹に、手紙が一通止めてあるのが見つかった。
それは闘牛の興行主からの手紙で、その日の夜のお祭りに、ハシントが1500ペセタの謝礼でマタドールとして出演するという約束を確認するためのものだった。そうなのだ。ハシントは今でこそ落ちぶれて飲んだくれになり、みなしごの「ぼく」のめんどうをみながら、あるいは「ぼく」にめんどうを見られながら、肩を寄せ合って暮らしているが、かつては闘牛士として鳴らした男だったのだ。

ペーソスとユーモアがあいまったこの詩情あふれる作品は、発表とともにヨーロッパ中で話題になり、『広場の天使』というタイトルで映画化されて世界の各地で感動の渦を巻き起こしたという。(2015.10.21読了)
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by nishinayuu | 2016-02-15 10:03 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『クレモニエール事件』(アンリ・トロワイヤ、訳=小笠原豊樹、草思社)


c0077412_7432759.jpg『L’affire Crémonnière』(Henri Troyat, 1997)
作者は1911年生まれということなので、この作品は86歳の時のものということになる。そんな年齢で、若い娘の心理、恋愛感情などを生き生きと描き出していることにびっくりさせられる。1935年に処女作『仄明かり』を発表して以来、小説、伝記を次々に発表し続け、2007年に亡くなるまでにおよそ100冊の作品を出しているという。まさに現代フランス文学界の巨人ともいえる存在で、人気作家でもあった。

さて本書は、クレモニエール家の長女マリ・エレーヌが、青春の全てをかけて父親の冤罪を晴らす話である。父のフィリップ・クレモニエールが妻殺しの罪で15年の刑を宣告されたのはマリ・エレーヌが15歳の時だった。それから8年、父の無実を信じて闘ってきた彼女は、弁護士会随一の切れ者という評判の弁護士ポルケスの働きのおかげで勝利を勝ち取ることができた。そして父は解放されて家に帰ってきた。けれどもマリ・エレーヌはまだ解放されることはなかった。体の不調を訴え、気力も一向に回復しない父親がすっかり娘に依存していたからだ。娘は娘で、長年の習慣から、自分のために生きることを忘れていた。そのときポルケスが、弁護士ではなく一人の男としてマリ・エレーヌの前に立ち現れて——。

「訳者の私的メモ」(『サトラップの息子』の最後にも全く同じものが載っている!)によると、訳者の頭にトロワイヤの名がインプットされたのは書店で見かけた分厚い『大地ある限り』によってだったそうだが、nishinaの場合は1977年の「私の10冊」に掲げた『エグルティエール家の人々』(1965)の作者としてインプットされている。内容についてはおぼろげな記憶しか残っていないので、いつかまた読んでみようと思っている。(2015.10.19読了)
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by nishinayuu | 2016-02-11 07:44 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

私の10冊(2015年)


c0077412_10135424.jpg☆この1年に読んだ本の中から特に気に入った本を選んで、「私の10冊」としてまとめてみました。また、「私の10冊」の選から漏れた本を「お勧めの10冊」として挙げてみました。
☆画像は「風の丘」です。

私の10冊
白の闇(ジョゼ・サラマーゴ、訳=雨澤泰、NHK出版)
Julius Caesar(Shakespeare, Greenwich House)
아침의 문 (박민규、문학사상)
チボー家の人々(マルタン・デュ・ガール、訳=山内義雄,白水Uブックス)
チェスをする女(ベルティーナ・ヘンリヒス、訳=中井珠子、筑摩書房)
風の丘(カルミネ・アバーテ、訳=関口英子、新潮クレストブックス)
八月の六日間(北村薫、角川書店)
暗いブティック通り(パトリック・モディアノ、訳=平岡篤頼、白水社)
時の娘(ジョセフィン・テイ、訳=小泉喜美子、早川書房)
死んでいる(ジム・クレイス、訳=渡辺佐智江、白水社)

お勧めの10冊
蠅の乳しぼり(ラフィク・シャミ、訳=酒寄進一、西村書店)
ある小さなスズメの記録(クレア・キップス、訳=梨木香歩、文芸春秋)
あらしの前、あらしのあと(ドラ・ド・ヨング、訳=吉野源三郎、岩波書店)
だから荒野(桐野夏生、毎日新聞社)
日本語の正体(金容雲、三五館)
나의 문화유산 답사기(유홍준、창비)
Bartleby the Scrivener(Melville、国書刊行会))
どこ行くの、パパ(ジャン=ルイ・フルニエ、訳=河野万里子、白水社)
ある青春(パトリック・モディアノ、訳=野村圭介、白水Uブックス)
方丈記(鴨長明、小学館日本古典文学全集)
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by nishinayuu | 2016-02-07 10:16 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

「時の娘」(ジョセフィン・テイ、訳=小泉喜美子、早川書房)


c0077412_22225921.png『The Daughter of Time』(Josephine Tey, 1951)
本書の主人公はロンドン警視庁のグラント警部。足の怪我で入院中に、ふと目にした写真の男を刑事の目で眺めながら、この男が座る席は被告席ではなく判事席である、と推理した。ところが写真を裏返してみると、その男はリチャード三世だったのだ。警視庁内で「犯人を顔で見分けられる」という評判をとっているグラントには悔しいミスだった。しかしここでグラントの胸に、もしかしたら自分の推理の方が真実を言い当てているのではないかと、という思いが沸き上がる。こうしてグラント刑事によるリチャード三世の人物像の解明が始まる。彼がひそかに名付けた「ちびすけ」と「アマゾン」という二人の看護婦、女優のマータ・ハラード、アメリカ人の青年キャラダイン、ロンドン警視庁の部長刑事ウィリアムスなど周囲の人々を巻き込みながら、膨大な歴史資料を基に現代の捜査の手法によって調べを進めたグラントが得た結論は次のようなものだった。

c0077412_22232068.jpg*イングランドの王・リチャード三世は、王位継承権を持つ甥をロンドン塔で殺害することによって王位を簒奪した人物で、その精神も歪んでいれば肉体も歪んだ醜い男だった、という世に流布する人物像は、ヨーク家のリチャード三世から王位を奪ったチューダー家側の人間が作り上げたイメージであって、実際のリチャード三世は誠実で慈悲深い王であったし、甥の殺害云々もでっち上げである。
*リチャード極悪人説を世間に流布させた張本人はチューダー朝のヘンリー七世時代にカンタベリー大僧正となったジョン・モートンと、モートンの説をそのまま取り込んだヘンリー八世の大法官であったトマス・モアだった。

以上が本書の結論で、リチャード三世極悪人説を覆す驚くべき内容なのだが、実はこのような内容の書物は過去にいくつも出ているという。それなのに「肉体も精神も歪んだ極悪非道な人物」というリチャード三世のイメージは一向に崩れることなく今に及んでいる。実はnishinaもずっとそう思っていたのだが、それはなんといってもシェイクスピアの戯曲『リチャード三世』の強烈なイメージのせいではないだろうか。シェイクスピアのリチャード三世はその徹底した悪人ぶりがかえって人々を魅了するのだ。シェイクスピアがチューダー朝の劇作家だったことを思うと、そういう描き方をしたのは当然のことだったとも言える。その分、当時の思想界をリードしていたトマス・モアの罪は深い、と改めて思う。
ところで、タイトルの『時の娘』は、「ある詩人の言葉」としてローマの文法家Aulus Gelliusが記録したラテン語
Veritatem temporis filiam esse dixit (真実は時の娘なり、と彼は言った)
からとったもので、「権力者は真実を一時は隠すことができるが、真実は時がたてば明らかになる」といった意味である。(2015.10.12読了)

☆2番目の挿入画像はミレー作『ロンドン塔幽閉の王子』です。
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by nishinayuu | 2016-02-03 22:26 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)