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『倫敦から来た男』(ジョルジュ・シムノン、訳=長島良三、河出書房新社)


c0077412_10242498.png『L’Homme de Londres』(Georges Simenon)
二人の殺人犯が登場する。一人は札束の詰まったトランクを携えてロンドンから船でやってきて、迎えに来た相棒を殺してしまったブラウン。もう一人は偶然その殺人現場を目撃し、諍いのもととなったトランクを手に入れて隠匿したことから殺人に至ることになるマロワン。元軽業師のブラウンはロンドンに妻と子どもたちがおり、港湾駅の転轍手であるマロワンには妻と成人した娘、小学生の息子がいる。最初に目を合わせた時点で、ふたりとも相手が自分のしたことを知っていることを悟る。けれどもブラウンはトランクの行方をマロワンに問いただすわけにもいかずに身を隠している。マロワンはブラウンに襲われるかと恐れながらも、一方では大金を手に入れた興奮から家族の前で奇矯な行動をとってしまう。やがてロンドンから盗難の被害者と捜査官がやってきて、港にも街にも警戒網が敷かれるなかで、自分の物置小屋にブラウンが身を潜めていることを知ったマロワンは、フランを所持していないため何時間も飲まず食わずでいるブラウンのために食料と飲み物を用意して出向いていく。

この作品を江戸川乱歩が次のように絶賛している、と訳者のあとがきにある。
「犯罪者の恐怖心理と、その狂おしい言動を描いては、古今東西ドストエフスキイに及ぶものはないと信じているが、シムノンはそのドストエフスキイの心理的手法を、巧みに我がものとしているように思われる」

舞台となっているのはノルマンディー地方のイギリス海峡に臨む港町ディエップ。港にはイギリス船が停泊する埠頭があり、港とパリを結ぶ鉄道の港湾駅がある。また港近くの街にはマロワンの娘が女中として働く肉屋や、マロワンの行きつけの酒場、旅行客用のホテルがある。いいかえればそれしかないと言ってもいい、薄暗くて寒々としたわびしい場所である。次第に追い詰められていく殺人者たちの不安と恐怖をいっそう煽るかのような、効果的な舞台装置である。(2015.10.17読了)
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by nishinayuu | 2016-01-30 10:24 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『盆栽/木々の生活』(アレハンドロ・サンブラ、訳=松本健二、白水社)


c0077412_9545223.jpg『Bonsái/ La Vida Privada de los Árboles』(Alejandro Zambra、2006)
作者は1975年にサンティアゴで生まれた詩人、作家、批評家で、10代の時エズラ・パウンド、ボルヘス、プルーストらに大きな影響を受けたという(本書カバーの作家紹介による)。

中南米の作家の作品は極彩色と熱気にあふれている印象が強いが、本書からは淡い色合いと静けさを感じる。前者が厚塗りの油絵とすれば、後者は淡彩の水彩画とでもいおうか。また、簡潔な文の連なりとそこから生じる余韻が、まるで詩を読むような心地よさを与える作品でもある。
本書には二つの作品が収められており、主人公はいずれも作者の分身と思しき青年である。彼らは恋人、あるいは妻にある日突然立ち去られてしまい、彼女らの行方を案じながら月日を重ねていくのだが、そこにはみじめさや悲壮さといったものはない。哀しみを胸に秘めて、ひたすら穏やかに生きていくのである。登場人物は以下の通り。
*『盆栽』——フリオ(作家志望の青年)、エミリア(学生時代のフリオの恋人。30歳の誕生日の直後にマドリードで自殺)、アニタ(エミリアの友人。太っているのに、あるいは太っているから?美人。マドリードへエミリアを探しに行く)、アンドレス(アニタの夫)、マリア(フリオの新しい恋人。40代の英語教師。レズビアンかもしれない。彼女もまたフリオの前から去っていく)、ガスムリ(作家。フリオに原稿清書のアルバイトを依頼しておいて直後にご破算にしたため、フリオは彼になりかわって小説『盆栽』を書き始める)。
*『木々の私生活』——フリアン(週日は大学で教え、週末に小説を書いている。書いているのは「盆栽を育てる若い男」の話)、ダニエラ(フリアンが育てている幼い娘。毎晩フリアンが読み聞かせる『木々の私生活』を聞きながら眠りにつく。フリアンの小説に成人後の姿で登場して継父フリアンを回想する)、ベロニカ(ケーキ職人。押しかけて来たフリアンの同居を許して夫とする。3年後のある日、絵画教室に出かけたまま戻らなかった)、カルラ(フリアンが以前同棲していた女性)、フェルナンド(ダニエラの実父)、エルネスト(ダニエラの未来に登場し、やがて消えていくことになる恋人)。

本書にはアルゼンチンの作家、詩人はもちろん、ほかの国の作家の名や作品がたくさん挙げられている。フリオとエミリアがともに「読んだ」と嘘を付き合ったプルーストの『失われた時を求めて』は少し前に再読もしたからいいとして、『盆栽』のエピグラフに引用されている川端康成の小説『美しさと哀しみと』は未読。ぜひ読むように、という訳者の勧めもあるので、読んでみなくては。(2015.10.9読了)
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by nishinayuu | 2016-01-26 09:55 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『暗いブティック通り』(パトリック・モディアノ、訳=平岡篤頼、白水社)


c0077412_9114050.jpg『Rue des Boutiques Obscures』(Patrick Modiano, 1978)
「私は何者でもない。その夕方、キャフェのテラスに座った、ただのほの白いシルエットに過ぎなかった。雨が止むのを待っていたのだった。ユットと別れた時に降りはじめた夕立だ。」という文で始まる。語り手は「何者でもない」というより、自分が何者なのかがわからない記憶喪失者なのだ。ユットは10年前、相談にやってきた語り手の立場に同情して大勢のつてに働きかけ、戸籍を手に入れてくれたうえ、彼の私立探偵事務所で働くようにと言ってくれた。語り手はユットが与えてくれたギー・ロランという名で8年の間いっしょに働いてきたのだが、その日ユットは探偵社閉めてニースへと旅立った。ユットが語り手に同情したのは、実はユット自身も過去を見失った経験があったからだったが、「実際、闇の中を去っていくのを語り手が見送っていた疲れ切った老人と、その昔のテニス選手、バルト海沿岸出身のブロンドの美男子コンスタンチン・フォン・フッテ男爵との間に、いったいどんな共通点が存在しただろうか?」という文で最初の短い章は終わっている。
語り手は自分の過去の手掛かりを求めてパリの街をさ迷い歩く。やがてある写真にフレディー・ド・リュスといっしょに写っている背の高い青年に行き着く。名前はペドロ。フレディーのコレージュ(高等中学)時代の同級生で、ドミニカ共和国の公使館に勤めていて、マッケヴォイという名でも呼ばれていて、ドニースという女性とホテル・カスティーユの緑色の部屋に滞在していたことがあって、そのあと8区のカンヴァレス街のアパルトマンに二人で移り住んで、スイス国境のムジェーヴへ出かけて行って——。

第6章に語り手に送付されてきた調査記録によって、語り手が自分の過去を調べ始めたのは1965年だということがわかる。したがって記憶喪失になったのは1955年頃で、スイスへ越境しようとしてムジェーヴに出かけたのは1943年頃と推定される。ただし、その前のことは全く分からない。ユットにあてた手紙の中で語り手はこう述べている。
なんだかわからないものの切れはし、かけらだけが、探してゆくにつれてふいによみがえってきた……しかし、結局のところ、人生ってそういうものなのかもしれない……でも、それははたしてぼくの人生なのだろうか?それともだれか他人の人生に滑り込んでいったのだろうか?

語り手が歩き回るパリの街路も、そこで語り手が出会う人々も、語り手に様々なことを語り掛けるが、それらはどれも語り手に、自分が何者であるか、何者であったかをはっきりと確信させてはくれない。ある時期に語り手に取り付いていた根無し草であることの不安は、時代が変わった今も記憶喪失という形で語り手に取り付いて離れない。それは語り手一人の不安ではなく、だれもが多かれ少なかれ常に抱いている不安でもあるのだ。(2015.10.1読了)

☆この作品は出版を知った時点で心惹かれ、その後もずっと気になりながら読みそびれていたものです。最初の数行を読んだとき、昔、初めてロブグリエの『迷路の中で』と出会った時の感動を思い出しました。「訳者あとがき」に「冬ソナ」への言及があり、低俗なものとみなされがちな韓ドラと、それとは相いれない感じのするこの作品とのかかわりがさりげなくとりあげられています。そんな訳者の柔軟な姿勢にも感動しました。
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by nishinayuu | 2016-01-22 09:12 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

「よこやまの道」その4

[사쿠라 광장]
완만하고 널너찍한 산등성이길을 끼고 [사쿠라 광장]으로 향한다. 이 산등성이는 도쿄 다마시와 가나가와현 가와사키시의 경계인데, 길 왼쪽이 가와사키시이고 오른쪽이 다마시다. 다마시쪽 바로 아래에는 [남타마 산등성이 간선] 이 산책길와 나란히 있고, 그 간선 저 쪽은 다 주택지대다.
가와사키시쪽은 옛날 그대로의 생활과 밀접한 낮은 산이다. 그런데 와카바다이역에서 멀지 않은 이 산기슭에 요즘 오다큐선 하루히노역이라는 새로운 역까지 생겨서, 오랜 농촌지역이 급속히 주택지역으로 개발되었다.
그러므로 새로운 주택가가 산책길 바로 아래까지 육박하고 있지만, 그 집들을 개의치 않고 조금 더 가면, 왼쪽 길가에 길을 가로막는 것 처럼 서 있는 큰 목련이 눈에 띄고, 길 오른쪽 낮은 곳에는 아담한 광장이 보인다. [사쿠라 광장]에 도착한 것이다.
[사쿠라 광장]에는 이 광장을 정비할 때에 심어진 벚나무들이 있고, 그것에 대해 해설한 안내판도 있다. 벚나무 이름은 다음 같다. ( )내는 한국어명과 학명이다.

우와미즈자쿠라 (그라이아나 벚나무, Prunus grayana)c0077412_9531863.png
에도히간 (올벚나무, Prunus pendula)
오오시마자쿠라 (오시마벚나무, Prunus speciosa)
이누자쿠라 (섬개벚나무, Prunus buergeriana)
마메자쿠라 (잉키사벚나무, Prunus incisa)
야부자쿠라 (Prunus hisauchiana)
호시자쿠라 (Prunus tama-clivorum Oohara, 오른쪽 사진)

위에 열거한 벚나무들은 대개 왕벚나무보다 작은 꽃을 피우는 나무들이다. 그 중 호시자쿠라 (위의 사진) 는 1992년에 발견된 것으로, 다마구릉에 100그루 정도밖에 없는 희귀한 벚나무란다. 학명에 달리는 Oohara는 발견자의 한 명인 大原隆明(오오하라 다카아키)씨 (富山県中央植物園技師)의 이름이다.
[사쿠라 광장]에는 벤치도 설치되어 있어서 봄이 되면 산책하러 온 사람들이나 동네 사람들이 자그마한 벚꽃놀이를 즐기기도 한다.
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by nishinayuu | 2016-01-18 09:54 | 随想 | Trackback | Comments(0)

『ヤンケレの長い旅』(タマル・ベルグマン、訳=岩倉千春、未知谷)

c0077412_11492787.jpg『Along the Tracks』(Tamar Bergman, 1987)
本書は現代イスラエルの作家タマル・ベルグマンによるローティーン向けの作品で、タマルの友人が実際にくぐりぬけた体験をもとに書かれたものだという。作者はこの作品と『帰ってきた船長』と『〈むこう〉から来た少年』を合わせて三部作と呼んでいるそうだ。

物語の始まりは第2次大戦中のポーランドのウッチ。ドイツ兵が街に現れ、ユダヤ人街が明日にもゲットーに変えられるだろうというとき、ヤンケレの一家――大工のイツハクと妻のローザ、7歳のヤンケレとまだ赤ちゃんの妹サレレの四人は街を離れてソ連国境を目指す。同じ思いの大勢の人々が国境の森を目指して走った。はぐれた子供や親を探す声があたりに響く中で、ヤンケレは父親と約束した。ヤンケレがはぐれたらパパはヤンケレが見つかるまで探すし、ヤンケレもパパが見つかるまでパパを探す、と。寒さと飢えに耐えながらやっと国境を越えた一家は、一時滞在キャンプを経てウラル山脈へと向かう。パパが山中の鉱山で働くためだ。しかしここも寒さと飢えから逃れることはできず、ローザに続いてイツハクも体を壊してしまう。そこで一家はポーランドの市民権を放棄してソビエトの市民権を手に入れ、暖かいクリミアへ移り住む。その地でヤンケレの遊び友達シルリクの父親もイツハクと同じ木工協同組合に職を得た。子供たちはもう飢えることもなく、ヴァンカとスタンカという双子の子山羊を手に入れたヤンケレは遊び仲間の中心となる。しかしヤンケレの楽しい子供時代は長くは続かなかった。ソ連にもドイツ軍が侵入して来たのだ。パパは「ナチをやっつけてポーランドの仕返しをする絶好の機会が来た」と言って、ママの懇願を振り切って戦場に行ってしまう。
それから3か月後、クリミア半島がドイツ軍に占領され、ヤンケレとママとサレレはシルリク母子といっしょに貨物列車で東へ向かう。社内ではジフテリアが蔓延して子供たちが次々と死んでいく。ヤンケレは何とか命を取り留めるが、親友のシルリクはあっけなく死んでしまう。シルリクを雪原に埋めに行った母親のベラが列車に乗り損ね、シルリクの妹がローザの手許に残される。ドイツ軍の爆撃が激しくなり、人々は列車から退避して爆撃が終わるとまた列車に乗り込む、ということを繰り返していたが、ある時ヤンケレが線路に戻ってみると、列車がいなくなっていた。ここまでが、ヤンケレの幼い子供としての日々を描いた第1部「ヤンケレ」のあらすじである。
第2部「ヤーシャ」ではヤンケレが必死に母を求めてさまよう姿が描かれる。幼い少年にはあまりに過酷な状況の中で、ヤンケレが少しずつ一人で生きていく力をつけていく過程を、読者は一緒に旅することになる。ヤンケレというのはヤコブのイディッシュ名で、ヤーシャはそのロシア名である。ロシアの大地で逞しく成長した少年は、父と約束したとおり「見つかるまで母親を探し続けて」母親との再会を果たすことができ、やがて父親もヤンケレに約束したとおり家族を探し当てて連絡してくる。それは実に感動的で素晴らしいことではあるが、「パレスチナに行こう。自分たちで新しい祖国を作ろう」という結論には、その後の歴史を知っている者としては複雑な思いを禁じ得ない。彼らにとってはロシアも祖国ではありえず、祖父や祖母が留まってホロコーストの犠牲になったポーランドにも帰りたくない、という心情も理解できないわけではないけれども。(2015.9.27読了)
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by nishinayuu | 2016-01-14 11:50 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『代書人バートルビー』(メルヴィル、訳=酒本雅之、国書刊行会)

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『Bartleby the Scrivener』(Melville)

冒頭にボルヘスによる序文があり、その中で『白鯨』と『バートルビー』の〈共通点と相違点〉が挙げられている。要約すると、

*相違点――『白鯨』が世界の七つの海を舞台にした大作で、カーライルやシェイクスピアの華麗な反響が聴き取れるのに対して、『バートルビー』はウォール街の弁護士事務所を舞台にした短編で、文体も主人公と同様にくすんでいる。
*共通点——両主人公の狂気の沙汰と、その狂気が周りのすべての者に感染していく信じがたい状況
ということになる。
さて『バートルビー』はまず語り手の自己紹介から始まる。それによると、かなりの年配で、野心には縁のない法律屋であり、ウォール街の一角を占める建物の2階に事務所を構えて金持ちの債権や抵当や権利書で安楽な商売をしているという。事務所員として筆耕(代書人)二人と雑用係の少年を雇っていて、それぞれターキー(七面鳥)、ニパーズ(やっとこ)、ジンジャー・ナット(ショウガ入りビスケット)というあだ名のこの三人について語り手は次のように紹介している。
*ターキーは太った小柄なイギリス人で、語り手と同じく60歳に近く、昼食の直後が実務能力の頂点で、午後はすさまじい興奮状態になって実務能力は急速に衰えていく。
*ニパーズはどこか海賊もどきの風貌をした25歳くらいの青年で、病的な野心と消化不良の犠牲者だった。野心に関する問題行動はひとまず置いておいて、消化不良の影響についていえば、節制を忘れぬ子の青年が時々消化不良のせいでイライラと不機嫌の発作を起こして暴れまわるのだ。ただ、それが現れるのは主に午前中なので、語り手はターキーとニパーズ二人の奇癖を一度に引き受けることは免れた。
*ジンジャー・ナットは12歳くらいの少年で、走り使いと掃除が主な仕事だった。ターキーやニパーズのためにしょっちゅうジンジャー・ナッツを買ってくるのも彼の仕事で、それが彼のあだ名の謂われだった。

このような体制では仕事がこなしきれなくなった語り手は、代書人を新たに雇うことにした。語り手の出した広告に応じて、ある朝一人の青年が事務所の入り口にひっそりと立った。「今でもその立ち姿が目に浮かぶ。生気に欠けるほど身だしなみがよく、哀れになるほど上品で、癒しがたいほど孤影悄然、これがつまりバートルビーだった。」語り手は喜んで彼を雇い入れた。「わが筆耕たちの陣営に、こんなにも際立って平静な様子の人物を迎え入れたら、ひょっとしたらターキーの気まぐれな気質やニパーズの激しやすい気質に好影響を与えるかもしれないと思ったからだ。」やがて語り手は、彼らよりもずっと上手の奇人を雇ってしまったことを思い知らされることになる。

本書は「バベルの図書館」と銘打って国書刊行会から刊行されたシリーズ(全30冊)の一冊である。このシリーズはボルヘスが編集し、各巻に序文をつけた「夢と驚異と幻想の世界文学全集」の日本語版ということで、なるほどマニアックな短編が並んでいる。リラダンの『最後の宴の客』と本書の2冊しかまだ読んでいないが、機会があったら(つまり図書館で出会ったら)読んでみたいと思う作品もいくつかある。(遠慮しておきたい作品もあるわけです。)(2015.9.25読了)
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by nishinayuu | 2016-01-10 11:08 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『나의 문화유산 답사기-일본편3』(유홍준, 창비)


c0077412_13363735.jpg『私の文化遺産踏査記-日本編3』(兪弘濬、創批)
本書は韓国編5巻、北韓編2巻、日本編2巻、と書き継いできた美術史学者ユ・ホンジュン氏による日本編の第3巻である。日本編1で九州、日本編2で飛鳥・奈良を踏査・紹介した著者は、京都に関しては「京都の歴史」と「京都の名所」の二つに分けて紹介している。すなわち日本編3の本書は「京都の歴史」の踏査記である。

本書の構成は第1部と第2部が平安時代、第3部が鎌倉時代に当てられているが、踏査のコースとしては次の五つにまとめられている。
①京都が日本の首都として浮上する前の遺跡を巡礼するコース――広隆寺、太秦、大堰川、松尾神社、京都の三大祭り、加茂神社、八坂神社、法観寺五重塔、伏見稲荷神社、高麗寺址など
②平安時代の開幕と二大仏教の歴史的系譜をたどるコース――東寺、空海と最澄、高麗写経、弘法大師と弘法さん、いろは歌、延暦寺、僧兵、根本中堂、宮沢賢治の碑、張保皐記念塔など
③日本の国風文化を訪ねるコース――宇治平等院、藤原道長、鳳凰堂、韓中日の文化全盛期、梵鐘、源氏物語博物館、ウトロ村など
④東山地区の観光名所コース――清水寺、三年坂の商店街、祇園、六波羅蜜寺、空也、慶派の彫刻、三十三間堂、知恩院、建仁寺など
⑤鎌倉時代に創建された諸寺刹を踏査するコース――東福寺、新安海底遺物、高山寺、元暁大師と義湘大師の肖像、仁和寺など

本書を読むと古代の韓半島と日本列島が様々な形で交わりをもち、混然一体とした関係にあったことがわかる。広隆寺や太秦は新羅系の秦氏と深い関わりがあり、八坂神社や法観寺五重塔は高句麗系の渡来人が建てたものであり、清水寺は百済系の坂上田村麻呂が建てたものであること、また京都の随所に韓半島との交流を示す遺跡があることに注目すれば、一般の観光案内書ではわからない新しい京都が浮かび上がってくる。(2015.9.24読了)
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by nishinayuu | 2016-01-06 13:37 | 読書ノート | Trackback(1) | Comments(2)

『ヴォルテール、ただいま参上!』(ハンス=ヨアヒム・シェートリヒ)

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『Sire, Ich Eile….Voltaire bei FriedrichⅡ Eine Novell』(Hans Joachim Schädlich, 2012)
訳=松永美穂、新潮クレストブックス



本書はフランスの哲学者、文学者、歴史家であるヴォルテールの、プロイセン王国の君主・フリードリヒ2世との長年にわたる交流を描いたものである。1694年生まれのヴォルテールに1712年生まれで18歳年下のフリードリヒが送ったファンレターまがいの書簡から始まった二人の交流は、やがてプロイセンの王宮において丁々発止のやりとりをする刺激的な関係へと移行していく。そしてしばらくは両者にとって快適な蜜月時代が続くが、それぞれ一癖も二癖もある大物同士の間に波風が立たないはずもなく……。

本書は二人が交わした多くの書簡をはじめとする膨大な資料をもとに描かれているため、歴史年表を読まされているような感じの部分もなくはないが、登場人物の言動が生き生きと描かれており、またタイトルでもわかるように語り口が軽妙なので、非常に愉快な読み物となっている。
特に興味深いのは当時の上流人士たちの奔放な結婚観・恋愛観と、ヴォルテールの貪欲とも見える金銭感覚。ヴォルテールは若い頃から様々な手段を講じて蓄財に励んでおり、損害を蒙りそうなときは訴訟を起こすことまでして財産を守り、プロイセン王に対しても相応の年俸の支払いを要求している。それもこれも「自分が思うとおりに執筆するためには、経済的に自立していなければいけない」ということを、彼が早い時期から悟っていたからだという。
自由奔放な恋愛・結婚についてはヴォルテールの愛人だったエミリー・ド・シャトレの例がこの書に詳しい。数学者・物理学者・著述家で、女性科学者のパイオニアとされるこの女性は、18歳でシャトレ=ロモン侯爵と結婚したあと、夫公認でロベール・ド・ゲブリアン侯爵とつきあってすぐ別れ、次はピエール・ド・ヴァンセンヌ伯爵と短期間つきあい、それからリシュリュー公爵の愛人となり、ヴォルテールと出会ってリシュリュー公爵との関係を解消。彼女がヴォルテールの愛人となったのは26歳の時で、この関係も夫の公認だったという。これでおしまいと思いきや、彼女は41歳の時にまた愛人を作って、その愛人ランベール侯爵の子を身ごもり、出産の一週間後に世を去る。
驚くべきは彼女が夫との間に二人の子をもうけているばかりか、夫の勧めで勉学を続け、物理の実験をしたり、論文を書いたり、『物理学概説』『幸福論序説』などを著述し、ニュートンの『プリンキピア』などの翻訳もしていることだ。彼女と対等に話せるのはヴォルテールだけで、彼はエミリーを「神のような恋人」と呼んだという。ヴォルテールという巨人の傍らにはこんな女巨人もいたのだ。ただし、エミリーの死後間もなくヴォルテールは新しい愛人を作っている。
さらにおもしろいのは、ヴォルテールを招いたフリードリヒがエミリーの来訪は拒否していること。このエピソードからは妻のエリーザベトもそばに寄せ付けなかったというフリードリヒの人物像も見えてくる。(2015.9.19読了)
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by nishinayuu | 2016-01-02 07:30 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)